さや)” の例文
虚無僧の兼吉が、さやごと出した一刀、平次は引つこ拔いて見ると、是は紛れもない銀紙貼の竹光、人など斬れる代物ではありません。
ここだ、藤六は槍のさやをはらい、しずかにそちらへ近寄った、そして広縁へとび上りざま、障子を二枚、さっと左右へ押しひらいた。
足軽奉公 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
「率直」という、戦時中に得ていたはずのただ一つのぼくの倫理は、いまはぼくのなかで、さやくした鋭利な短剣でしかなかった。
煙突 (新字新仮名) / 山川方夫(著)
刀をさやに納めたものの、五郎三郎はもうここに長居もできなかった。すぐに帰り支度をして、彼はお縫と三左衛門とに送られて出た。
箕輪心中 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
古風にさしたり袋棚ふくろだなの戸二三寸明し中より脇差わきざしこじりの見ゆれば吉兵衞は立寄たちよりて見れば鮫鞘さめざやの大脇差なり手に取上とりあげさやを拂て見るに只今人を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
そのくせ刀は、濡れたつかをこころもち斜めにして、あと言えばさとさやを抜け出るばかりに置いてあるのが、殺気を流すのであります。
大菩薩峠:17 黒業白業の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
さらぬだに地獄絵の青鬼そのままなところへ——左手に握った乾雲丸をさやぐるみふりあげるたびにからの右袖がぶきみな踊りをおどる。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
「くだらぬ強がりはよせ。それよりは、俺に、範宴を会わせろ。……嫌か、嫌ならば、抜いた刀だ、ただはさやにかえらぬが、覚悟か」
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ノウノウと手足を伸ばしたついでに、枕元に掛けたこん背広の内ポケットから匕首拵あいくちごしらえの短刀を取出して仰向になったままさやを払ってみた。
冥土行進曲 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
長坂もいかり、刀に手をかけた処、内藤は、畜生を斬る刀は持たぬとてさやぐるみで打とうとしたのを、人々押止めたと云う事がある。
長篠合戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
かはつてかへつてたのはくま膏薬かうやく伝次郎でんじらう、やちぐさんだかさかむたぬき毛皮けがはそでなしをて、糧切まぎりふぢづるでさや出来できてゐる。
下人は、老婆をつき放すと、いきなり、太刀のさやを払って、白いはがねの色をその眼の前へつきつけた。けれども、老婆は黙っている。
羅生門 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
すると、此の乱心ものは、あわただしさうに、懐中をけ、たもとを探した。それでもさやへは納めないで、大刀だんびらを、ズバツとたたみ突刺つっさしたのである。
妖魔の辻占 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
彼は好い気になって、書記の硯箱すずりばこの中にある朱墨しゅずみいじったり、小刀のさやを払って見たり、ひと蒼蠅うるさがられるような悪戯いたずらを続けざまにした。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
中佐の言葉の調子がどんなに激越げきえつになろうと、佩剣のさやがどんな騒音そうおんをたてようと、そのまぶたは、ぴくりとも動かなかった。
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
にぶる時はたくはへたるをもつてみづからぐ。此道具だうぐけものかはを以てさやとなす。此者ら春にもかぎらず冬より山に入るをりもあり。
草を苅る如く人を切ったのでさすがに数馬も疲労つかれたらしくホッと深い溜息をしたが、やがて静かに太刀をぬぐいパチリとさやに納めてしまった。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
それから帰って身支度をして、長押なげしにかけた手槍てやりをおろし、たかの羽の紋の付いたさやを払って、夜の明けるのを待っていた。
阿部一族 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
一生その着物いちまいで過した。刀のさやには漆を塗らぬ。墨をまだらに塗ってある。主人の北条時頼ほうじょうときよりも、見るに見かねて
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
と片手ながらに一揮ひとふりれば、さや発矢はつしと飛散つて、電光たもとめぐ白刃しらはの影は、たちまひるがへつて貫一が面上三寸の処に落来おちきたれり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
それはさやのところへ新聞を巻いてあった。私はその手鎗を持って藤坂の口に立ったり、切支丹坂の下に立ったりした。
死体の匂い (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
蝋色ろいろさやの細いやつをややおとしめにたばさみながら、りゅうとしたいでたちで、さっとばかりに立ち上がりました。
元和げんな偃武えんぶ以来、おさめてさやにありし宝刀も、今はその心胆と共にびて、用に立つべきもあらず。和といい、戦という、共にこれ俳優的所作に過ぎず。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
ジャヴェルは帽子をかぶって、両腕を組み、杖を小脇こわきにはさみ、剣をさやに納めたままで、へやの中に二歩はいり込んだ。
左の手をその親指が太刀たちさやに触れる程に大きく開いたまゝひざの上に伏せ、毛沓けぐつ穿いた両足を前方に組み合わせて虎の皮の敷皮の上に端坐している。
指揮刀しきたうさや銀色ぎんいろやみなかひらめかしてゐる小隊長せうたいちやう大島少尉おほしませうゐさへよろけながらあるいてゐるのが、五六さきえた。
一兵卒と銃 (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
湿った毛を入れると、毛の全体が凍って氷のさやおおわれてしまうので、霜は全体に生ずるのであろうと思われる。
(新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
願はくは汝わが胸に入り、かつてマルシーアをその身のさやより拔き出せる時のごとくに氣息いきけ 一九—二一
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
すこしのさやとがめなどいひつのり、無用の喧嘩を取むすび、或は相手を切りふせ、首尾よく立のくを、侍の本意のやうに沙汰せしが、是ひとつと道ならず。
西鶴と科学 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
待ち疲れていた清十郎は武蔵を見ると直ちに大刀のさやを払った。ところが武蔵は右手に木刀をぶらさげている。
青春論 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
刀のさやを払って走せ向った血気の青侍二三名は、たちまちその大丸太の一薙ひとなぎに遇い、脳漿のうしょう散乱してたおれ伏します。
雪の宿り (新字新仮名) / 神西清(著)
けれどもその時分はマダ双刀だいしょうさなければならぬ時であるから、私の父の挟して居た小刀ちいさがたなすなわ𧘕𧘔かみしもを着るとき挟す脇差のさやを少し長くして刀に仕立て
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
雪之丞は、そう心に呟きながら、懐剣に懐紙でぬぐいをかけて、さやに収めると、供男の姿をあたりにもとめたが
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
「話す話す、訳を言うからその手を放してくれ」と、小平太はようよう女の手をほどいて、刀をさやに納めた。
四十八人目 (新字新仮名) / 森田草平(著)
老人がもし傍に煙草入れやら眼鏡のさややらを出して取散らしてあったなら掛合うまえから話の見切りをつけて、ぽつ/\仕舞いかけでもしたであろうように
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
かつさやの細工にも工夫が見られ、優れた品の数々を見ます。誰も使ってみたい心を起すでありましょう。たしかにこの国が誇ってよい産物の一つであります。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
二つくらい次の部屋で、何か気配がして、開けたてに扉がきしる音が聞えてきた。サーベルのさやが鳴る。武石は窓枠に手をかけて、よじ上り、中をのぞきこんだ。
渦巻ける烏の群 (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
さやの違いのあるのは気がつかない。精々二三円のところをすくって得意がっているから、仕事が小さい。僕は十円以下は問題にしない。相場師は要するに鞘師さやしだ。
勝ち運負け運 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
かように治まりたる御代には太刀をさやに納め弓をば袋に入れて置いても、その身その身の数寄すき数寄すきに随い日を暮し夜を明かし慰むべき事じゃ、千も万も入らず
そのことは、中心から四、五インチの距離に地面と同じ高さの輪をなしている厚い樹皮のさやによって判る。
長いもの、短いもの、黒、白、朱、螺鈿らでん、いろいろなさやと、柄巻つかまきつば——二百四五十本もあるであろうか。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
温情は少しもなく、さやに納めた短刀のような知力があるのみである。われわれはその知力にいつのどを刺されるかわからない。不断に武装していなければならない。
落し差しにした一刀をさやぐるみ腰からはずして、縁ばたにおいた一升徳利を囲炉裏の前へ押しだした。
本所松坂町 (新字新仮名) / 尾崎士郎(著)
彼は剣のさやを手に持って鏡の前に立ったのである。彼が剣のつかがしらで鏡に一撃をあたえると、刀身は鞘から半分ほど抜け出して、柄がしらは鏡の上の壁を打った。
勝、この間から苦労をかけたな、行くぞ、彼はそういうと藤蔓ふじづるさやのように巻いた山刀を、石の上でしごいて藤蔓を切り放った。そして白刃を勝の眼の前にのべた。
で、元のさやに収った万年屋夫婦は、白と千草の風呂敷包を二人で背負しょい分けてどこへか行ってしまった。
世間師 (新字新仮名) / 小栗風葉(著)
これは両手の甲を下に、柄を片手で、さやの柄に近く別の手で握り、そこで刀を抜き、両手で完全にひっくりかえしてから、刀をつばまで鞘に納めようというのである。
そしてシーナイフを藤原の前から取って彼のしりっぺたにブラ下がっている、その帆布製のさやに収めた。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
女の帽子針のさきさやめて居るのは、仏蘭西フランスの女が長い針のさき危険あぶなくむき出しにして居るのとちがふ。衛生思想が何事なにごとにも行亘ゆきわたつて居るのはさすがに独逸ドイツである。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
耳までさやを払った刀身の如く、鋭利になって、触るれば手応えあらんずるとき、幻は微小なる黒体となって、まりの如く独楽こまの如くに来た、この黒体がただ一つ動くために
奥常念岳の絶巓に立つ記 (新字新仮名) / 小島烏水(著)