野面のづら)” の例文
黄金色のえにしだが三角形の頭を突き出し、白い苜蓿うまごやしが点々と野面のづらを彩っています。……鷓鴣しゃこが飛び出す、鷹がゆるゆると輪を描く。
犂氏の友情 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
そうして彼が眼をあけた時には、おきたと三十郎との姿は見えず、野面のづらすすきを風がそよがし、月が照っているばかりであった。
一枚絵の女 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
ただ見れば、ひらたい野面のづらにすぎないが、平たい野の中にもゆるい起伏がある。老尼の姿が、そのわずかに低い地の蔭になった。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「いや、お前様お手近じゃ、そのあかりき立ってもらいたい、暗いとしからぬ話じゃ、ここらから一番野面のづらやっつけよう。」
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
或る夜、庭の樹立がざわめいて、見ると、静かな雨が野面のづらを、丘を、樹を仄白ほのじろく煙らせて、それらの上にふりそそいで居た。
野面のづら。塀外。海岸。川端。山中。宮前。貧家。座敷。洋館なぞで、これがどの狂言にでも使われます。だから床の間の掛物は年が年中朝日と鶴。
虚構の春 (新字新仮名) / 太宰治(著)
わたしは子供の好むやうな春の景色がすきで、したがつて菜の花に黄色い蝶が飛んでゐるありきたりの野面のづらが大好き。
春宵戯語 (旧字旧仮名) / 長谷川時雨(著)
行く先ざきの野面のづらはまっ白な雪でおおわれて、空には日の光も見えなかった。いつも青白いはい色の空であった。はたをうつ百姓ひゃくしょうのかげも見えなかった。
其の晩も二人は町や海岸を散歩して、帰つてからも遅くまで月光のたゞよひ流れてゐる野面のづらを眺めながら話してゐた。
或売笑婦の話 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
北野きたのはづれると、麥畑むぎばたけあをなかに、はな黄色きいろいのと、蓮華草れんげさうはなあかいのとが、野面のづら三色みいろけにしてうつくしさははれなかつた。
死刑 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
そして、さながらまえぶれのようにつめたい、湿しめっぽいかぜは、野面のづらくかわりに、都会とかいうえおそったのです。
ぴかぴかする夜 (新字新仮名) / 小川未明(著)
野面のづらの夕風にすそたもとひるがえしながら、団扇うちわで彼方此方と蛍を追うところに風情ふぜいがあるのだと、何となく思い込んでいたのであったが、実際はそんなものではなく
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
寒い寒い風がひゅうひゅう野面のづらをふく、かれあしはざわざわ鳴って雲が低くたれる、安場は平気である。かれは高い堤に立って胸一ぱいにはって高らかに歌う。
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
こういうたのしい、平和へいわ月日つきひおくむかえするうちに、今年ことし子供こどもがもう七つになりました。それはやはり野面のづらにはぎやすすきのみだれたあきなかばのことでした。
葛の葉狐 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
政宗の幼い時は人に対して物羞ものはじをするような児で、野面のづら大風おおふうな児では無かったために、これは柔弱で、好い大将になる人ではあるまいと思った者もあったというが
蒲生氏郷 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
空風からかぜの吹きまくらない野面のづらには春に似たもやが遠く懸っていた。その間から落ちる薄い日影もおっとりと彼の身体からだを包んだ。彼は人もなくみちもない所へわざわざ迷い込んだ。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
今日きょうは雲のゆきき早く空と地と一つになりしようにて森も林もおぼろにかすみ秋霧重く立ちこむる野面のづらに立つ案山子かがしの姿もあわれにいずこともなく響くつつの音沈みて聞こゆ。
わかれ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
云ふべからざる満足に充たされ、我が心は無味乾燥の学校を忘れ、彼、教師の魅力なき学課を忘れ、私ははるかな野面のづらを見遣り、春の大地のおもしろき、幻術を観るに余念なかつた。
蜆を取りに野面のづらに出た時の句で、蜆を取っていると手に一杯取れた。
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
なんと豊満な野面のづらの風景であろうと思いながら、感服して歩いた。
しゃもじ(杓子) (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
野面のづらは青黒く暮れかかっていた——背が粟立つほど、底寒かった。
不在地主 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
大風をつき抜く様な鋭声とごえが、野面のづらに伝わる。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
黄金こがねくちもて野面のづらかすむる
「いや、お前様まんさま手近てちかぢや、あかり掻立かきたつてもらひたい、くらいとしからぬはなしぢや、此処等ここらから一ばん野面のづらやツつけやう。」
高野聖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
一匹のけものと一人の女、走る走る東北へ! 三囲みめぐりから牛御前うしごぜん長命寺ちょうみょうじから須崎すざきたんぼ! 一面の野面のづら、諸所に林、人家乏しく、耕地も乏しい。
剣侠受難 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
いていえばそこらの草がにわかに声をしゃくッて泣いたような音、——でなければ野面のづらをなぐりつけて行ッた一陣の風。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
野面のづらいちめんに草いきれがたち、蒸風呂のなかにでもいるようで、腹背ふくはいから、ひとりでに汗が流れ走る。
ひどい煙 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
その単純な鳴りものの一生懸命な響きが、夜更けまで、野面のづらを伝うて彼の窓へ伝はつて来た。
野面のづら御影みかげに、乾かぬ露が降りて、いつまでも湿しっとりとながめられるわたし二尺の、ふちえらんで、鷺草さぎそうともすみれとも片づかぬ花が、数を乏しく、行く春をぬすんで、ひそかに咲いている。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
近くの野面のづらをわたり、べきべきたる落雲を破って、天と地との広大無辺な間隙を一ぱいにふるわす、チビ公はだまってそれを聞いていると、体内の血が躍々やくやくおどるような気がする。
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
野面のづらを走る汽車を、後へ引き戻そうとしているようにすら思えてならなかった。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
頃は夏の最中もなか、月影やかなる夜であつた。僕は徳二郎のあとについて田甫たんぼに出で、稻の香高き畔路あぜみちを走つて川のつゝみに出た。堤は一段高く、此處に上れば廣々とした野面のづら一面を見渡されるのである。
少年の悲哀 (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
春の野面のづらからいろどりを失つてしまつてゐる。
春宵戯語 (旧字旧仮名) / 長谷川時雨(著)
しかも此の霧の中に、野面のづらかへすひづめの音、ここのツならずとおならず、沈んで、どうと、あたかも激流の下より寄せ気勢けはい
二世の契 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
とも急調子に聞えてきて、ようやく迫る緊迫感に、野面のづらの風は不気味にみ、雲間のかりも行く影をひそめてしまった。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
遠い野面のづらには霜に濡れた麦の切株、玻璃鐘はりしょうの帽子をかぶせたサラドの促成畑、前庭に果樹園を持った変哲もない百姓小屋、いずれも駱駝らくだ色にすすぼけ、鳥肌立ったる冬景色。
遅い月が出たばかりで野面のづら蒼茫そうぼうと光っている。微風にびんの毛を吹かせながらかず焦心あせらず歩いて行くものの心の中ではどうしたものかと、策略を巡らしているのであった。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
今まで赤々していた夕陽ゆうひがかげって、野面のづらからは寒い風が吹き、方々の木立や、木立の蔭の人家、黄色い懸稲かけいねくろい畑などが、一様に夕濛靄ゆうもやつつまれて、一日苦使こきつかわれて疲れたからだものうげに
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
星どころか、野面のづらは白く煙つて、空はただ無限に重かつた。
追えども追わせず、たもとをふり払って、一刀斎は、野面のづらの空の白雲のように、いずこともなく独り去ってしまった。
剣の四君子:05 小野忠明 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
おごれ奢れ、やあ、棄置かれん。」と無遠慮にわめいてぬいと出た、この野面のづらを誰とかする。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
よしきりが群れて芒の中で、騒がしく啼き立て羽搏はばたきしたが、一斉に立って晴れた空へ、碁石をいたように散って見せ、すぐに一、二町はなれた野面のづらへ、また一斉に落ち込んだ。
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
ゆるい傾斜の下は、畑と野面のづらへつづいている。東は久我畷くがなわて、北は山岳、西は円明寺川まで一眸いちぼうの戦場もいまは青い星のまたたきと、一色の闇のみであった。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
野のはてに雲が浮かんでいる。真昼の日光に裏漉うらごしされたのか絹のように輝いて見える。野面のづらは寂しく人気なく、落葉松からまつ山榛やまはんのきの混合林が諸所に飛び飛びに立っているのが老人の歯が抜けたようだ。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
空よく晴れて一点の雲もなく、風あたたかに野面のづらを吹けり。
竜潭譚 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
窓から眺めやると、凄まじい雷光いなびかりが、雲を斬り、野面のづらをはためき、それに眼をふさぐ瞬間——思わず手は耳へ行って、五体に雷神かみなりのひびきを聞くのであった。
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
空よく晴れて一点の雲もなく、風あたたかに野面のづらを吹けり。
竜潭譚 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
すると月明の野面のづらを黒々と一ぴょうの軍馬が殺奔さっぽんしてくる。白き戦袍ひたたれ白銀しろがねよろいは、趙雲にも覚えのある大将である。彼はわれをわすれて、こなたから手を振った。
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いかにもぬぐつたやうに野面のづら一面。
二世の契 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
野面のづらいちめん、草の葉の露は乾いて、れあがった霧に代って、馬煙や血けむりが立ちこめていた。
上杉謙信 (新字新仮名) / 吉川英治(著)