うづくま)” の例文
今まで下にうづくまつてゐたのが、急に飛び立つたと思ひますと、兩手を前へ伸した儘、車の方へ思はず知らず走りかゝらうと致しました。
地獄変 (旧字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
ミサを読んでしまつて、マリア・シユネエの司祭は贄卓したくの階段を四段降りて、くるりと向き直つて、レクトリウムの背後うしろうづくまつた。
祭日 (新字旧仮名) / ライネル・マリア・リルケ(著)
僕がこゝに來ようと思つてね、あの專賣局の裏道を來ると、まつ暗い中に一人の女がうづくまつてゐるんだ。そして何か獨語ひとりごとをいつてるんだ。
輝ける朝 (旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
夫婦ふうふはこれに刎起はねおきたが、左右さいうから民子たみこかこつて、三人さんにんむつそゝぐと、小暗をぐらかたうづくまつたのは、なにものかこれたゞかりなのである。
雪の翼 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
だから、どんなに遠くにゐる牛でも、林の中にぢつとうづくまつてゐるのも、すぐに目につく。そしてびつくりするほど大きく見える。
南方 (旧字旧仮名) / 田畑修一郎(著)
まるで苦行者が苦行をでもつづけるやうに自分自身の気分を燃える炎のなかに見つめて、犬や猫にとり囲まれてうづくまつて居る自分。
平八郎父子が物を言ひ掛ければ、驚いたやうに返事をするが、其間々あひだ/\は焚火の前にうづくまつて、うつゝともゆめとも分からなくなつてゐる。
大塩平八郎 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
獨木舟カヌーの置いてある室の奧に、一段ゆかを高くした部屋があり、其處に家族等がうづくまつたり、寢そべつたりしてゐるらしい。
低い戸のそばに、つやい、黒い大きい、猫がうづくまって、日向ひなたを見詰めていて、己が側へ寄っても知らぬ顔をしている。
冬の王 (新字新仮名) / ハンス・ランド(著)
彼は戸口かどぐちうづくまりて動かず。婢は様々に言作いひこしらへてすかしけれど、一声も耳にはらざらんやうに、石仏いしぼとけの如く応ぜざるなり。彼はむ無くこれを奥へ告げぬ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
胃から血を吐いて三日苦しんで死んだ、彼女の夫の記憶が、あの時の物凄い光景が、今も視凝めてゐる箸のさきの、灰の上に灰のやうに静かにうづくまってゐる。
夕凪 (新字旧仮名) / 原民喜(著)
ケルベロスは煖炉の正面にうづくまつて白い色の化物のやうに、ぢつと火を見詰めてゐる。折々振り返つて己の方を見る、その目には感謝と忠実とが映じてゐる。
帆は風にきて、舟は忽ち外海にはしり出で、我は艙板ふないたの上に坐して、藍碧なる波の起伏を眺め居たるに、傍に一少年のうづくまれるありて、ヱネチアの俚謠ひなうたを歌ふ。
右にうづくまるのがライオン岩、深巌とした赭黒である。と、舟は直ちに遊仙ヶ岡の碧潭にさしかかる。
日本ライン (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
風鈴草ふうりんさういろつぽいの鈴、春ここにちりりんと鳴る、はしばみの樹が作る筋違骨すぢかひぼねしたうづくまる色よい少女をとめ
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
父は店先でトン/\と桶のたがれてゐたし、母は水汲に出て行つた後で私は悄然せうぜんと圍爐裏の隅にうづくまつて、もう人顏も見えぬ程薄暗くなつた中に、焚火の中へ竹屑を投げ入れては
二筋の血 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
まんなかに富士があつて、その下に河口湖が白く寒々とひろがり、近景の山々がその両袖にひつそりうづくまつて湖を抱きかかへるやうにしてゐる。私は、ひとめ見て、狼狽し、顔を赤らめた。
富嶽百景 (新字旧仮名) / 太宰治(著)
月の光は青白く落ちて、一層凄愴せいさうとした死の思を添へるのであつた。人々は同じやうに冷い光と夜気とを浴び乍ら、巡査や医者の来るのを待佗まちわびて居た。あるものは影のやうにうづくまつて居た。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
とお雪さんが、何かしら狼狽の有様で、例のぱちくりする眼で素早く四方を見𢌞したが、急にわざとらしい咳払ひと共に立上つて、界の襖を引開けた。そしてそこの暗い片隅にうづくまつてゐた私を見て
乳の匂ひ (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
方二間ほどの鉄の檻の中には、彼の求むる虎其物が、懶げに前足を揃へてうづくまつてゐた。その薄汚れた毛並みと、どんより曇つた日のやうな眼光が、先づ彼の眼に入つた時、彼は鳥渡ちよつとした落胆を感じた。
(新字旧仮名) / 久米正雄(著)
うづくまる)
職業(教訓劇) (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
今まで下にうづくまつてゐたのが、急に飛び立つたと思ひますと、両手を前へ伸した儘、車の方へ思はず知らず走りかゝらうと致しました。
地獄変 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
止り木から下りて、綿の上にうづくまつてゐる。寒いのであらう。之では長くもつまいと思ふ。いよ/\仕方がなければ動物園へ持つて行くことにしよう。
かめれおん日記 (旧字旧仮名) / 中島敦(著)
りよその視線しせん辿たどつて、入口いりくちから一ばんとほかまどまへると、そこに二人ふたりそううづくまつてあたつてゐるのがえた。
寒山拾得 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
狂女は不在と聞きてあへて争はず、昨日きのふの如く、ここにて帰来かへりを待たんとて、おなじき処に同き形してうづくまれり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
その漸く近づくをうかゞへば、靜かにうごかすものは一人の老翁なり。艣の一たび水を打つごとに、波は薔薇花紅ばらいろべにを染め出せり。舟のへさきに一人のうづくまれるあり。その形女子をみなごに似たり。
異樣な小屋が、泥沼と化した泉のほとりに、かわいたやうに、うづくまつてゐるばかり。いづこにも塔らしいものは見えぬ。さうしていつも同じやうな眺め。眼が二つあつても、なんにもならない。
沓脱くつぬぎそばうづくまつて、揉手もみでをしながら、圖々づう/\しいをとこで、ずツとかほ突出つきだした。
片しぐれ (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
千曲川の水は黄緑の色に濁つて、声も無く流れて遠い海の方へ——其岸にうづくまるやうな低い楊柳やなぎの枯々となつた光景さま——あゝ、依然としてもとの通りな山河の眺望は、一層丑松の目をいたましめた。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
日が暮れるまで大きい圍爐裏ゐろりの隅にうづくまつて、浮かぬ顏をして火箸許りいぢつてゐたので、父は夕飯が濟んでから、黒い羊羹を二本買つて來て呉れて、お前は一番ちいさいのだからと言つて慰めて呉れた。
二筋の血 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
猫は猫で、そこの板間の端に来て彼の顔に近くうづくまつた。
が、その中でもたつた一人、座敷の隅にうづくまつて、ぴつたり畳にひれ伏した儘、慟哭どうこくの声を洩してゐたのは、正秀せいしうではないかと思はれる。
枯野抄 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
いちは殆どかうなるのを待ち構へてゐたやうに、そこにうづくまつて、懷中から書附を出して、眞先にゐる與力よりきの前に差し附けた。まつと長太郎も一しよに蹲つて禮をした。
最後の一句 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
年久くかはるる老猫ろうみようおよ子狗こいぬほどなるが、棄てたる雪のかたまりのやうに長火鉢ながひばち猫板ねこいたの上にうづくまりて、前足の隻落かたしおとして爪頭つまさきの灰にうづもるるをも知らず、いびきをさへきて熟睡うまいしたり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
筋骨逞ましき男六人うごかせり。畫にしても見まほしき美少年一人かぢの傍にうづくまりたるが、名を問へばアルフオンソオと答ふ。水は緑いろにしてとほり、硝子ガラスもて張りたる如し。
はるかにいぬ長吠ながぼえして、可忌いまはしく夜陰やいんつらぬいたが、またゝに、さとはうから、かぜのやうにさつて、背後うしろから、足代場あじろばうへうづくまつた——法衣ころもそでかすめてんだ、トタンになまぐさけものにほひがした。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
目をパチ/\してうづくまってゐるのを見付けた——
心の姿の研究 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
亜欧堂田善あおうだうでんぜん銅版画どうばんぐわの森が、時代のついた薄明りの中に、太い枝と枝とをはしてゐる。その枝の上にうづくまつた、可笑をかしい程悲しいお前の眼つき……
動物園 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
ふと見れば、桟橋さんばしに一さうの舟がつないであつた。船頭が一人ともの方にうづくまつてゐる。土地のものが火事なんぞの時、荷物を積んで逃げる、屋形やかたのやうな、余り大きくない舟である。
大塩平八郎 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
沓脱くつぬぎかたはらうづくまつて揉手もみでをしながら、※々づう/\しいをとこで、づツとかほ突出つきだした。
二た面 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
うるがんはこの悪魔が、或は塔の九輪くりんの上に手をつて踊り、或は足門あしもんの屋根の下に日の光を恐れてうづくまる恐しい姿を度々たびたび見た。いやそればかりではない。
悪魔 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
道柏は一座へ禮をした後、つと利章の面前に進んで、そこにうづくまつた。そして「道柏がすわるのぢや、少し下がつて貰はう」と聲を掛けた。利章は「おすわりなされい」と云つて動かずにゐた。
栗山大膳 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
雪枝ゆきえ美女たをやめまへ盤石ばんじやくへだてゝうづくまつたのである……
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
その後に又一人、同じやうな烏帽子狩衣のうづくまつたのは、多分召し連れた弟子の一人ででもございませうか。
地獄変 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
八はその儘そこにうづくまつてしまつた。
金貨 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
自分は無暗むやみに書物ばかり積んである書斎の中にうづくまつて、寂しい春の松の内をはなはだだらしなく消光してゐた。
東京小品 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
加之しかのみならず、右紅毛人の足下あしもとには、篠、髪を乱し候儘、娘さとを掻き抱き候うて、失神致し候如く、うづくまり居り候。
尾形了斎覚え書 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
それが互に膝をつき合せておよそまん中どころにうづくまつたが、何分舟が小さいので、窮屈な事おびただしい。そこへ又人が多すぎたせゐか、ともすれば、ふなべりが水にひたりさうになる。
世之助の話 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
娘の「こひさん」に胸を破つた翁と「しめおん」とは、その枕がみにうづくまつて、何かと介抱を致いて居つたが、「ろおれんぞ」の息は、刻々に短うなつて、最期さいごももはや遠くはあるまじい。
奉教人の死 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
老人は、うづくまつたまま泣いてゐる。兎は何度も後をふりむきながら、舟の方へ歩いてゆく。その空には、舌切雀のかすかな羽音がして、あけ方の半透明な光も、何時か少しづつひろがつて来た。
かちかち山 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)