らん)” の例文
まもなくうちから持って来た花瓶にそれをさして、へやのすみの洗面台にのせた。同じ日においのNが西洋種のらんはちを持って来てくれた。
病室の花 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
雪の羅衣うすものに、霞の風帯ふうたい、髪には珊瑚さんご簪花さんかいと愛くるしく、桜桃おうとうに似るくちらんまぶた。いや蘭の葉そのものの如きしなやかな手ぶり足ぶり。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ええの二字では少し物足らなかったが、その上掘って聞く必要もないからひかえた。障子しょうじを見ると、らんの影が少し位置を変えている。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
卓上にらんの花をけた花瓶かびんが置いてあり、「お帰りになったらお知らせ下さい、御一緒にお茶を戴くつもりでお待ちしております」
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
おかあさんが、家の前の小さな畑に麦をいているときは、二人はみちにむしろをしいてすわって、ブリキかんでらんの花を煮たりしました。
グスコーブドリの伝記 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
そのまた鬼の妻や娘もはたを織ったり、酒をかもしたり、らんの花束をこしらえたり、我々人間の妻や娘と少しも変らずに暮らしていた。
桃太郎 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
淡い甘さの澱粉でんぷん質の匂ひに、松脂まつやにらん花を混ぜたやうな熱帯的な芳香ほうこうが私の鼻をうつた。女主人は女中から温まつた皿を取次いで私の前へ置いた。
過去世 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
らん類が温室で、人工の熱によって息づまる思いをしながら、なつかしい南国の空を一目見たいとあてもなくあこがれているとだれが知っていよう。
茶の本:04 茶の本 (新字新仮名) / 岡倉天心岡倉覚三(著)
夫婦がそんな問答をかわしているところへ、ある知人から花が届けられてきた。病人へではなく、小説書きの老妻の方へであった。花は高貴ならんである。
日めくり (新字新仮名) / 壺井栄(著)
ことに「にごり江」のおりき、「やみ夜」のおらん、「闇桜やみざくら」の千代子、「たまだすき」の糸子、「別れ霜」のおたか、「うつせみ」の雪子、「十三夜」のおせき
樋口一葉 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
碧潭へきたん一脈いちみやくらんきて、ゆかしきうすものかげむとおぼえしは、とし庄屋しやうやもりでて、背後うしろなる岨道そばみちとほひとの、ふとたゝずみて見越みこしたんなる。
婦人十一題 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
香もなく花も貧しいのぎらんがそのところどころに生えているばかりで、杉の根方はどこも暗く湿っぽかった。
筧の話 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
むかし筑前ちくぜんの国、太宰府だざいふの町に、白坂徳右衛門とくえもんとて代々酒屋を営み太宰府一の長者、その息女おらんの美形ならびなく、七つ八つのころから見る人すべて瞠若どうじゃく
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
其結果トーマス・コルトンと名乗る男はらん領スマトラから乗船して、二週間前に倫敦へ着いた事を知った。
P丘の殺人事件 (新字新仮名) / 松本泰(著)
竹にらんをあしらって、その間に遊んでいる五羽の鶏を描き出したものが壁の上にかかった。それは権威の高い人の末路を語るかのような一幅の花鳥の絵である。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
もっともらんの葉一枚描くことも習わないで、名南画を描こうというのであるから、困るのは当然である。
南画を描く話 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
動物組織学の泰斗たいとにして、一九一九年より同二五年にわたる間、らん領アンゴラ、サマザンカ地方において、夫人とともに類人猿解剖および言語の研究に従事。
令嬢エミーラの日記 (新字新仮名) / 橘外男(著)
らんさまとて册かるるひとの鬼にも取られで、淋しとも思はぬか習慣ならはしあやしく無事なる朝夕が不思議なり
暗夜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
店の前までくると、入口の擦硝子すりがらすの大戸の前には、冬の午後の、かじかんだ日ざしをうけて、一つ一つの葉の先に、とげのあるらんの小さい鉢が二つおいてありました。
(新字旧仮名) / 新美南吉(著)
「なるほど、恐竜ドラゴンと云えるものが、あの殯室モーチュアリー・ルームにいたことは事実確かなんです。しかし、その一人二役の片割れはらんの一種——衒学的ペダンティックに云うと、竜舌蘭リネゾルム・オルキデエなんですがね」
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
「叔母が頼まれて行つたのは、谷中三崎町の細田屋善兵衞の家で、二月になると、一人娘のおらんさんに養子婿が來ることになつて居るので、金に飽かしての花嫁衣裳だ」
「そんなことぐれえにらみがつかねえでどうするかい。目のさめるような江戸紫ときいたんで、ぴんときたんだ。まさしくそりゃ、いま江戸で大評判のおらんしごきだよ」
彼の服装は、これも同じく芝居がかりで、白い絹帽をかぶり、上衣うわぎにはらんの花をかざし、黄色い胴衣を着、同じく黄色い手袋を歩きながらパタパタやったり振ったりしていた。
頭の上には、らんを飾った藤蔓ふじづると、数条のつたとがけやきの枝から垂れ下っていた。二人の臥床は羊歯しだにら刈萱かるかやとであった。そうして卑弥呼ひみこは、再び新らしい良人おっとの腕の中に身を横たえた。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
興動けばただちに車を狭斜きょうしゃの地にるけれど家には唯らんうぐいすと書巻とを置くばかり。
雨瀟瀟 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
「熱帯の島から、らんをひきぬいてきて、このテーブルの上へおく。熱帯の蘭だ」
ふしぎ国探検 (新字新仮名) / 海野十三(著)
長手の火鉢の向うに坐って居るのが粥河の女房おらん、年はとって二十一、只今申す西洋元服で、丸髷に結って金無垢の櫛かんざしで黒縮緬の羽織を引掛ひっかけている様子は、自然と備わる愛敬
柘榴ざくろ色をした真紅のくちびる! その間からのぞいたのは、磁器のようにつやのある真っ白の歯! ムッと感じられる肌のにおい! だが室の中を充たしているのは、かんばしいらんのかおりである。
剣侠受難 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
うちきょうじていると、「しこらん」という土地の名菓が出る。豊太閤が賞美してこの名を与えたそうである。形はかぶとしころのごとく、かおりはらんのごとしというのだそうな。略して「しこらん」。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
やがて十二月に入らうといふこの氷海の孤島の公園は、ありとあらゆる熱帯らんの花ざかりである。その間に点々と、竜眼りゅうがんやマンゴーなどの果樹が、白や黄いろの花を噴水のやうにきらめかせてゐる。
わが心の女 (新字旧仮名) / 神西清(著)
とりわけらんが多く、紙一ぱいに蘭の葉の画いてあるのもありました。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
らんゆふべ狐のくれし奇楠きゃらたか
俳人蕪村 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
女の振り向いた方には三尺の台を二段に仕切って、下には長方形の交趾こうちはちに細きらんるがんとして、こうの煙りのたなびくを待っている。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
山茶花さざんかの咲く冬のはじめごろなど、その室の炭のにおいが漂って、淡い日がらんの鉢植にさして、白い障子にはねの弱いあぶがブンブンいっているのを聞きながら
しかし不思議な事にはらんのさびしい花はこれに比べてもちっとも見劣りがしないのみか、かえって今までよりも強くこの花の特徴を主張するかと思われた。
病室の花 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
笛は喨々りょうりょうとうむことなく、樺の林をさまよっている。やがて、そこに人かげがうごいた。見ればひとりの美少女である。長くたれた黒髪くろかみに、らんの花をさしていた。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そこには私の意匠した縁台が、縁側と同じ高さに、三尺ばかりも庭のほうへ造り足してあって、らん山査子さんざしなどの植木ばちを片すみのほうに置けるだけのゆとりはある。
(新字新仮名) / 島崎藤村(著)
それに親父おやぢが金属の彫刻師ほりしだものですから、さかづき、香炉、目貫縁頭めぬきふちがしらなどはありませんが、其仕事をさせる積りだつたので、絵を習へと云ふので少しばかりネ、すゝきらん
いろ扱ひ (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
福子が午後の四時過ぎに、今津の実家へ行って来ると云って出かけてしまうと、それまで奥の縁側でらんはちをいじくっていた庄造は、待ち構えていたように立ち上って
猫と庄造と二人のおんな (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
案内に応じて通されたのは、日当りのい座敷だった。その上主人が風流なのか、支那シナの書棚だのらんの鉢だの、煎茶家せんちゃかめいた装飾があるのも、居心いごころい空気をつくっていた。
奇怪な再会 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
カストリの透明な液が、らんの模様の白地の盃にそそがれたが、貞子もミネものめなかった。悠吉がいないことを野村のために気の毒に思いながら、ミネはだまってすきやきをたべた。
妻の座 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
盆栽でも、こんなものでも、他人ひとに任せて置くようではろくなものは出来ないのだ。私は昔、らんの鉢を沢山並べて、その葉を一枚一枚でて、ほこりをおとしていた伯父の姿をふと思い出した。
由布院行 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
北国寄りのF——町の表通りに、さまで大きくはないがしっかりした呉服店ごふくてん老舗しにせがあった。おらんというむすめがあった。四郎はこの娘が好きでF——町へ来ると、きっとこの呉服店へ立寄った。
みちのく (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
又カウランという美人をおらんと名づけ、ヴリウという賊がございますが、是は粥河圖書かゆかわずしょという宝暦八年に改易かいえきに成りました金森兵部小輔かなもりひょうぶしょうゆう様の重役で千二百石を取った立派なお方だが、身持が悪くて
らんの葉のとがりしさき初嵐はつあらし
自選 荷風百句 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
らんゆふべ狐のくれし奇楠きゃらたか
俳人蕪村 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
丸顔にうれい少し、さっうつ襟地えりじの中から薄鶯うすうぐいすらんの花が、かすかなるを肌に吐いて、着けたる人の胸の上にこぼれかかる。糸子いとこはこんな女である。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
非理曲直ひりきょくちょくすこぶる公明で、私のいとまにはらんを愛しきんかなしょもよく読むといったような文彬だった。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
(いつでもうわさをしていたからお前たちも知っておいでだろう。らんや、お前が御存じの。)
清心庵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
他国では科学がとうの昔に政治の肉となり血となって活動しているのに、日本では科学が温室のらんかなんぞのように珍重され鑑賞されているのでは全く心細い次第であろう。
自由画稿 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)