しべ)” の例文
……今は槍もある、ナイトでもある、然しクララの前に跪く機会はもうあるまい。ある時は野へ出て蒲公英たんぽぽしべを吹きくらをした。
幻影の盾 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
これは後で見ると、悉く下の大広間の格天井ごうてんじょうに描かれた、天人てんにんの眼や、蝶々ちょうちょうの羽の紋や、牡丹ぼたんしべなどであったということです。
花をむしるも同じ事よ、花片はなびらしべと、ばらばらに分れるばかりだ。あとは手箱にしまっておこう。——殺せ。(騎士、槍を取直す。)
海神別荘 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
かがり火も張合いがなく、まもなく火勢をもとのしべ立ちの形に引伸しほのおの末だけ、とよとよとよとよと呟かしている。神楽の音が聞えて来る。
富士 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
杉、松、檜、樟などが繁茂している緑一色の中に、ところどころ、椿のあざやかな赤が黄色いしべをのぞかせて、眼にしむ濃さで、点綴てんてつされている。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
あたかも花のしべから蕊へと深く分け入つて蜜を探した蜂のやうな、あのゲエテの心が求めたものは、實にこの『水銀』であつたらうかと想像される。
桃の雫 (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
花は美しくても花であって、またよく乱れたしべなども盛りの花といっしょにあったりなどするものであるが、人の美貌はそんなものではないのである。
源氏物語:28 野分 (新字新仮名) / 紫式部(著)
その中にあるしべを取ってそれを掌の上に並べ置き、手の脈所のところをトントンと叩くとその小さな蕊が縦に立っててのひらにひっついて居るのが面白いので
病牀苦語 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
その花茎が伸び立って薄くれないの花びらが黄のしべを現して開いた時、俄に秋めいて涼しくなるとその花のもろく衰えてゆく時、秋海棠はいつの時もいい。
(新字新仮名) / 窪田空穂(著)
「あの花粉——っていうの魅惑的ね、そう思わない……露に濡れた花粉だのしべだのって、じーっと見てると、こう、なんだか身ぶるいしたくなるわ……ね」
彼の空想の魔杖の一振りに、真白な百合ゆりのような大きな花がみるみるつぼみの弱々しさから日輪のようにかがやかしく開いた。清逸は香りの高いしべの中に顔を埋めてみた。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
伸子、素子、磯崎夫妻の一行四人は、白い服の小さい女の児をしべのようにかこんでモンパルナス通までタクシーで来て、エドワード六世ホテルの部屋へはいって行った。
道標 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
直角にいかつい肩を聳やかしている、その胸毛の底に白いしべを点じたのは雪である、アルプス一帯に雪の降るのは、それは早いもので、九月の末には、白くなるほどつもらぬまでも
梓川の上流 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
……犬のように這わせたり、魚のように裸体はだかにしたり、牡丹の花弁を一枚一枚、はいでやったあげくに太いしべを、むき出しにするように男の衣裳を、一枚一枚はいでもやったよ。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
何があんな花弁を作り、何があんなしべを作っているのか、俺は毛根の吸いあげる水晶のような液が、静かな行列を作って、維管束のなかを夢のようにあがってゆくのが見えるようだ。
桜の樹の下には (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
蜂はその時もう花粉にまみれながら、しべの下にひそんでいる蜜へくちばしを落していた。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
紅葵は鮮紅で、しべが黄で、上向きがちに目を仰いで咲く。根から枝が別れて、そろって延びて、花は段々を成して幾つともなく前に横に上に下につく。多蘭泊の紅葵は高い高い脊丈である。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
それは幾重にも幾重にも重つた莟の赤いはなびらを、白く、小さく、深くしべまで貫いて穿うがたれてあつた、言ふまでもなくそれは虫の仕業である。彼は厭はしげに眉を寄せながら尚もその上に莟を視た。
中の太いしべを見せて、日を追い始める。
(新字新仮名) / 小川未明(著)
あくたに流れて寄れる月見草つきみさうしべなれ。
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
「百合だ、百合のしべだ。」
これは後で見ると、悉く下の大廣間の格天井がうてんじやうかれた、天人の眼や、蝶々の羽の紋や、牡丹ぼたんしべなどであつたと言ふことです。
此のたびの不思議な其の大輪たいりんの虹のうてな紅玉こうぎょくしべに咲いた花にも、俺たちが、何と、手を着けるか。雛芥子ひなげしが散つてに成るまで、風が誘ふをながめて居るのだ。
紅玉 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
ジェーンは義父ぎふ所天おっとの野心のために十八年の春秋しゅんじゅうを罪なくして惜気おしげもなく刑場に売った。にじられたる薔薇ばらしべより消え難きの遠く立ちて、今に至るまで史をひもとく者をゆかしがらせる。
倫敦塔 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
横向いて、なんと長閑のどかなそのまるい眼だ。おりおり岩菊のしべを覗き込む
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
寝転んで、始め鼻を当てると突き上げるやうなしべのにほひ、それにも徐々にれて来る。五分、十分、かの女はまつたく馴れて来た。ひそかなむせぶやうな激情が静まつて、呑気のんきな放心がやつて来る。
(新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
見事な向日葵ひまわりの花が一輪高彫になっていて、そのしべは一カラットもあろうかと思う、小さいながら美しいダイヤがはめ込みになっておりました。
向日葵の眼 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
おもはず……をとこ驚駭おどろきみはつた。……とおびはさんで、胸先むなさきちゝをおさへた美女たをやめしべかとえる……下〆したじめのほのめくなかに、状袋じやうぶくろはしえた、手紙てがみが一つう
艶書 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
石のべの躑躅のしべは長けれどえつつ垂りぬ日の光沁み
白南風 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
姿見すがたみおもかげ一重ひとへ花瓣はなびら薄紅うすくれなゐに、おさへたるしろくかさなりく、蘭湯らんたうひらきたる冬牡丹ふゆぼたんしべきざめるはぞ。文字もじ金色こんじきかゞやくまゝに、くちかわまたみゝねつす。
婦人十一題 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
私はこの五人の男女に、五つの美しい花弁を持った、醜いしべのように取り囲まれて居りました。
石のべの躑躅のしべは長けれどえつつ垂りぬ日の光沁み
白南風 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
ときに、一筋ひとすぢでもうごいたら、の、まくら蒲團ふとん掻卷かいまき朱鷺色ときいろにもまがつぼみともつたかほをんなは、芳香はうかうはなつて、乳房ちぶさからしべかせて、爛漫らんまんとしてくだらうとおもはれた。
人魚の祠 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
この墓にみつつ白き山茶花のしべあざやけきかんは來りぬ
白南風 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
桜の枝を踏めばといって、虫の数ほど花片はなびらも露もこぼさぬ俺たちだ。このたびの不思議なその大輪の虹のうてな、紅玉のしべに咲いた花にも、俺たちが、何と、手を着けるか。
紅玉 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
この墓にみつつ白き山茶花のしべあざやけきかんは来りぬ
白南風 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
づ口だけはていい事を言うて、其の実はお互に餌食えじきを待つのだ。又、此の花は、紅玉のしべから虹に咲いたものだが、散る時は、肉に成り、血に成り、五色ごしきはらわたと成る。
紅玉 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
しべの黄色い新鮮な花。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
花は夏咲く、丈一尺ばかり、こずえの処へつぼみを持つのはほかの百合も違いはない。花弁はなびらは六つだ、しべも六つあって、黄色い粉の袋が附着くッついてる。私が聞いたのはそれだけなんだ。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
まず口だけはていい事を言うて、その実はお互に餌食えじきを待つのだ。また、この花は、紅玉のしべから虹に咲いたものだが、散る時は、肉になり、血になり、五色ごしきはらわたとなる。
紅玉 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
黒髪のつやは、金蒔絵きんまきえの櫛の光を沈めて、いよいよ漆のごとく、藤紫のぼかしに牡丹ぼたんの花、しべに金入の半襟、栗梅の紋お召のあわせ、薄色のつまかさねて、かすかに紅の入った黒地友染の下襲したがさ
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
蘇芳貝すおうがい、いろいろの貝をしべにして、花の波が白く咲きます、そのなぎさを、青い山、緑の小松に包まれて、大陸のおんなたちが、夏の頃、百合、桔梗ききょう、月見草、夕顔の雪のよそおいなどして、あさひの光、月影に
海神別荘 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その芋虫にまた早や、うてなしべめられる、二度添どのもあるわいの。
陽炎座 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ふといたまど横向よこむきにつて、ほつれ白々しろ/″\としたゆびくと、あのはなつよかをつた、とおもふとみどり黒髮くろかみに、おなしろはな小枝こえだきたるうてな湧立わきたしべゆるがして、びんづらしてたのである。
人魚の祠 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
唇ばかり、埋め果てぬ、雪の紅梅、しべ白く莞爾にっこりした。
陽炎座 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
夕顔のしべもおはぐろでニタリと笑う。
雪柳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)