むら)” の例文
取りつくろはぬ矮き樹の一もと二本庭なる捨石の傍などに咲きたる、或は築山に添ひて一トむら一ト簇なせるが咲きたる、いづれも美し。
花のいろ/\ (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
一方の幹には青い葉がむらがり出ているのに、他方の幹だけはいかにも苦しみもだえているような枝ぶりをしながらすっかり枯れていた。
菜穂子 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
花の大きさは二寸余で、六弁のものも八弁のもある。色はあおか白、中心に小さな紫弁がむらがってちょっと小菊の花に似ているもの
そうして洋卓テーブルの引出から西洋はさみを出して、ぷつりぷつりと半分程の長さにり詰めた。そうして、大きな花を、鈴蘭のむらがる上に浮かした。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
河に沿うて、河から段々陸に打ち上げられた土沙で出来ている平地の方へ、家のむらがっている斜面地まで付いている、黄いろい泥の道がある。
(新字新仮名) / ウィルヘルム・シュミットボン(著)
単に神の下にむらがる兄弟の民を云ふ外はなし、上に一の神を戴き、下に万民相愛の綱あり、これを以て宗教的組織の社会に一人の為せる害は
復讐・戦争・自殺 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
方略の第二段に襲撃を加へることにしてある大阪富豪の家々は、北船場きたせんばむらがつてゐるので、もうことごと指顧しこあひだにある。
大塩平八郎 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
麦の黄熟したさま、里川のたぷたぷと新芽をたゝえて流れてゐるさま、杜の上に晴れやかにむらがり立つた雲のさま、すべて心を惹かないものはない。
大阪で (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
その下半身を埋めた雑草の緑は見るも鮮かであった。国境の安別で見た女郎花おみなえし風の鬱金うこん色の花もむらがっていた。だが、凄まじい飛沫しぶきのなだれであった。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
その岩は黒く光る柘榴石ざくろせきである。それが底の方に幾つともなくむらがつてゐる岩の群を抜いて、大約一万五千フイイト乃至一万六千呎位真直に立つてゐるのである。
うづしほ (新字旧仮名) / エドガー・アラン・ポー(著)
それでも秋が来た時には、草や木のむらがつた中から、おぼろげに庭も浮き上つて来た。勿論昔に比べれば、栖鶴軒せいかくけんも見えなかつたし、滝の水も落ちてはゐなかつた。
(新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
水沫みなわのように、迷いはじめる、峠が高くなるだけ、白いシシウドや、黄花のハリフキがむらがって、白い幕の中で黄色い火をともしたように、うすぼんやりしている
谷より峰へ峰より谷へ (新字新仮名) / 小島烏水(著)
尤も空想や幻想が頭の中にむらがり起っている場合、若しくは強烈な官能の悦楽に耽っている場合などはそれを忘れてはいるが、まったくそれ等のものを奪われるか
浮浪漫語 (新字新仮名) / 辻潤(著)
さて午後興行に這入つた客が太平無事を楽んでゐるうちに、晩の興行に這入らうとする客が、なるたけ入口に近く地歩を占めようとして、次第次第にむらがつて来た。
防火栓 (新字旧仮名) / ゲオルヒ・ヒルシュフェルド(著)
よこれて田畝道たんぼみちを、むかふへ、一方いつぱうやますそ片傍かたはら一叢ひとむらもり仕切しきつた真中まんなかが、ぼうひらけて、くさはへ朧月おぼろづきに、くもむらがるやうなおくに、ほこら狐格子きつねがうしれる
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
たけつてつかねたやうに寸隙すんげきもなくむらがつて爪先つまさきられてはおびえにおびえた草木さうもくみなこゑはなつてくのである。さうしてもうかねばらぬ時間じかんせまつてる。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
それから間もなく、ある朝庸三が起きて茶の間へ出ると、子供はみんな出払って、葉子が独り火鉢ひばちの前にいた。細かい羽虫が軒端のきばむらがっていて、物憂ものうげな十時ごろの日差しであった。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
不吉な妖虫のむらがりのようにすら映ってくる。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
私は言わば、ただ、その生墻に間歇かんけつ的にむらがりながら花をつけている野薔薇の与える音楽的効果を楽しみさえすればよかったのであるから。
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
少々ばつは悪かったようなものの昨夜ゆうべの心配は紅炉上こうろじょうの雪と消えて、余が前途には柳、桜の春がむらがるばかり嬉しい。神楽坂かぐらざかまで来て床屋へ這入る。
琴のそら音 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
何々石とかいふ岩石が、水ですり磨され、覇王樹シヤボテンのやうに突ツ張つてむらがつてゐる、どの石もみんな深成岩しんせいがんと言はれてゐる花崗岩くわかうがんで、地殻の最下層の、岩骨が尖り出て
天竜川 (新字旧仮名) / 小島烏水(著)
かういふやうに広狭くわうけふ種々の socialゾチアル繋累的けいるゐてき思想が、次第もなくむらがり起つて来るが、それがとうとう individuellインヂヰヅエル自我じがの上に帰着してしまふ。
妄想 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
啜る啜るさまざまの物語するついでに、氷雨塚というもののこのあたりにあるべきはずなるが知らずやと問えば、そのいわれはよくも知らねど塚は我が家のすぐ横にあり、それその竹のむらしげれるが
知々夫紀行 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
そこの一隅にむらがりながら咲いてゐる、私の名前を知らない眞白な花から、花粉まみれになつて、一匹の蜜蜂の飛び立つのを見つけたのだ。
燃ゆる頬 (旧字旧仮名) / 堀辰雄(著)
百、二百、むらがる騎士は数をつくして北のかたなる試合へと急げば、石にりたるカメロットのやかたには、ただ王妃ギニヴィアの長くころもすそひびきのみ残る。
薤露行 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その砂山の上に、ひよろひよろした赤松がむらがつて生えてゐる。余り年を経た松ではない。
妄想 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
必ず土産に持ちかえるものにしてあるエーデルワイス(深山薄雪草みやまうすゆきそう)は銀白の柔毛にこげむらがらせて、同族の高根薄雪草たかねうすゆきそうや、または赤紫色の濃い芹葉塩釜せりばしおがま四葉塩釜よつばしおがまなどと交って
白峰山脈縦断記 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
そこの一隅にむらがりながら咲いている、私の名前を知らない真白な花から、花粉まみれになって、一匹の蜜蜂みつばちの飛び立つのを見つけたのだ。
燃ゆる頬 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
はなやかな色と、陽気な肉と、浮いた足並のむらがるなかでこう云った父の言葉は、妙に周囲と調和を欠いていた。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
海抜一万尺前後の標高を示して谷地(河内という称呼はおのずから谷地を暗示している)の四周に、あるいは尖塔ピンネークルとなり、あるいは円頂塔ドームとなって、むらがり立っているが、神河内は
日本山岳景の特色 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
なかほどに節のあるような鼻。白いたっぷりあるひげあごの周囲にむらがっている。
花子 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
一箇処、岸の崩れたところがあって、其処に生えていた水楢みずならの若木が根こそぎ湖水へ横倒しにされながら、いまだに青い葉をむらがらせていた。
晩夏 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
食堂に下りて、窓の外にむらがる草花のにおいぎながら、橋本と二人静かに午餐ごさんの卓に着いたときは、機会があったら、ここへ来て一夏気楽に暮したいと思った。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
葉陰を洩れた日の光で、紫陽花あじさいの花弁をむらがらしたような、小刻みなさざなみを作って、ったりと静かにひろがるかとおもうと、一枚硝子ガラスの透明になって、見る見る、いくつも亀甲紋に分裂して
谷より峰へ峰より谷へ (新字新仮名) / 小島烏水(著)
そこいらの山の端にまっしろな花をむらがらせている辛夷の木を一二本見つけて、旅のあわれを味ってみたかったのである。
大和路・信濃路 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
さうして洋卓テーブル引出ひきだしから西洋はさみして、ぷつり/\と半分はんぶん程の長さにめた。さうして、大きなはなを、リリー、オフ、ゼ、ヷレーのむらがるうへかした。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
天鵞絨ビロードのように、手障りの柔らかな青い葉が、互い違いになって、柱のような茎を取りまいて居る、此柱の頭から、つぼみが花傘なりにむらがって、蛹虫さなぎむしの甲羅のように、小さく青く円くなっている。
菜の花 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
……ただそれらの植込みに私の知っている花や私の知らない花がむらがり咲いているのが私には見馴みなれなかった。
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
誰でも中年以後になって、二十一二時代の自分を眼の前におもい浮べて見ると、いろいろ回想のむらがる中に、気恥きはずかしくて冷汗の流れそうな一断面を見出すものである。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そんなにもむらがっているそれ等の花がもう先刻さっきのように好いにおいがしなくなってしまっていることに私はおどろいた。
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
半時なりとも死せる人の頭脳には、喜怒哀楽の影は宿るまい。むなしき心のふと吾に帰りて在りし昔を想い起せば、油然ゆうぜんとして雲のくが如くにその折々はむらがりきたるであろう。
幻影の盾 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
いまは厚い大きな葉をむらがらせた無花果の木が、私達に恰好かっこうのよい木蔭をつくっていてくれた。
幼年時代 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
ありの座敷へ上がる時候になった。代助は大きな鉢へ水を張って、その中に真白な鈴蘭すずらんを茎ごと漬けた。むらがる細かい花が、濃い模様のふちを隠した。鉢を動かすと、花がこぼれる。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それはなんだかそんな黄色をした無数の小さなちょうむらがりながら飛んでいるようにも見える。
鳥料理 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
その一輪がどこまでむらがって、どこまで咲いているか分らぬ。それにもかかわらず一輪はついに一輪で、一輪と一輪の間から、薄青い空が判然はんぜんと望まれる。花の色は無論純白ではない。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そんな谷あいの山かげに、他の雑木にまじって、何んの木だか、目立って大きな葉をむらがらせた一本の丈高たけたかい木が、その枝ごとに、白くかがやかしい花を一輪々々ぽっかりと咲かせていた。……
朴の咲く頃 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
そのふちに朝顔のような草がしげっているが、からまる竹もつえもないので、つると云わず、葉と云わず、花を包んで雑然とむらがるばかりである。朝顔の下はすぐがけで、崖の向うは広い河原かわらになる。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
大粒な黄いろい果実をむらがらせた柑橘類かんきつるいや紅い花をつけた山茶花さざんかなどが植わっていたが、それらが曇った空と、草いろの鎧扉と、不思議によく調和していて、言いようもなく美しいのだ。
旅の絵 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
あり座敷ざしきがる時候になつた。代助は大きなはちへ水をつて、其なか真白まつしろなリリー、オフ、ゼ、ヷレーをくきごとけた。むらがるこまかい花が、い模様のふちかくした。はちうごかすと、はなこぼれる。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)