またた)” の例文
不思議ふしぎあねは、まちなかとおって、いつしか、さびしいみちを、きたほうかってあるいていました。よるになって、そらにはほしまたたいています。
灰色の姉と桃色の妹 (新字新仮名) / 小川未明(著)
色のない焔はまたたく内に、濛々もうもうと黒煙を挙げ始めた。と同時にその煙の下から、茨や小篠をざさの焼ける音が、けたたましく耳をはじき出した。
老いたる素戔嗚尊 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
こう言ってふいにポルフィーリイは、いかにも人を小馬鹿にしたような様子で目を細め、ぽちりとまたたきでもするように彼を見やった。
俄然がぜん鉱山の敷地が陥落をはじめて、建物も人も恐ろしいいきおいもっまたたく間に総崩れにち込んでしまった、ということが書いてある。
謀叛論(草稿) (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
所々に出水でみずの土手くずれや化けそうな柳の木、その闇の空に燈明とうみょう一点、堂島開地どうじまかいちやぐらが、せめてこの世らしい一ツのまたたきであった。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
屍体のこもに船蟲がざわざわざわめく音が、この奇怪な話にいっそうの凄気を添えた。しかし、若い巡査は、眼をまぶしそうにまたたいて
地虫 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
空は高く晴れ、数限りもない星がチラチラとまたたき、ちょうど頭の上に十八九日ごろの月が、紙片かみきれでも懸けたように不愛相に照っていた。
六月 (新字新仮名) / 相馬泰三(著)
さっさっと風がたって星がともし火のようにまたたく夜であった。身も世もないほど力を落して帰ろうとするのを美しい人が呼びとめて
小品四つ (新字新仮名) / 中勘助(著)
しかし身体は決して動かさない。折々彼の眼が妙な表情をしてまたたく事がある。するとドイツ語の分らない人でも皆釣り込まれて笑い出す。
アインシュタイン (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
そうして塔のように捲き上げたターバンを傾けて、妾の瞳にピッタリと、自分の瞳を合せると、そのまままたたき一つしなくなった。
ココナットの実 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
加奈江たちは先ず尾張町から歩き出したが、またたく間に銀座七丁目の橋のところまで来てしまった。拍子抜けのした気持ちだった。
越年 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
彼は眼をまたたかせながら、星たちが自分へ送ってよこす無限の光を眺めていた。それにつれて狂った覚悟はますます強まって行くのだった。
じっとしてるのを苦しがってるシルヴァン・コーンのまたたきに応じて、賞賛の様子を示しながら、もっともらしくうなずいていた。
都会は靄の底に沈み、高い建物の輪郭が空の中に消えたころ、上層の窓にともされた灯が、霧の夜の灯台のようにまたたいていた。
(新字新仮名) / 池谷信三郎(著)
「武士はそんな卑怯なことをするものじゃねえ——と言いたいが、実は娘がそばにひっ付いて、またたきする間も離れなかったんで、へッ、へッ」
ねえ、そうでしょう、まっくらな夜、森の中を歩いてゆく人が、はる彼方かなたに一点のともしびのまたたくのを見たら、どうでしょう。
飛衛は新入の門人に、まずまたたきせざることを学べと命じた。紀昌は家に帰り、妻の機織台はたおりだいの下にもぐんで、そこに仰向あおむけにひっくり返った。
名人伝 (新字新仮名) / 中島敦(著)
眼鏡とってぱしぱしまたたきながら嗅ぐようにして雑誌を読んでいる顔、熊の子のように無心に見えて、愛くるしく思いました。
二十世紀旗手 (新字新仮名) / 太宰治(著)
しわりしわりとまたたいている阿賀妻は、そんなとぼけたような恰好かっこうで、その実自分にとっては周到な先の先まで思いめぐらし考案にふけっていた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
ぼんやり皆の話を聞いてた年若なお千代は、突然話の先を向けられて、甘ったるい眼付をまたたいたが、ふいに早口に叫んだ。
阿亀 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
その顔はせ衰えて物凄いほど青く、眼は足もとから二、三間さきの石畳をあなのあくほど見入ったまままたたきもしなかった。
クララの出家 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
「母さんに言って来なければわるいわ。母さんがね、いいって仰有おっしゃったら弟と一しょに来ますわ。」と悧巧な目をまたたいた。
或る少女の死まで (新字新仮名) / 室生犀星(著)
都会の雑沓ざっとうから遠く離れた武蔵野むさしのの深夜は、冥府めいふのように暗く静まり返っていた。音といっては空吹く風、光といってはまたたく星のほかにはない。
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
「それッ」と合い図をしますと、部下の兵たちは、かみの中にかくしていた、かけがえの弦を取り出してまたたくまに弓を張って
古事記物語 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
「立花出雲は、添役じゃぞ。」吉良は、うるしのように黒く光る眼を、いそがしくまたたいた。「孫三、出雲から、何がまいったとやらいうたのう——。」
元禄十三年 (新字新仮名) / 林不忘(著)
また水面を全速力で逃げ出しても、潜水艦と飛行機の競走では、まったく亀と兎で、またたく間に追いつかれてしまいます。
太平洋雷撃戦隊 (新字新仮名) / 海野十三(著)
ブラックバードの後を目送しながら、「飛ぶ」に相当する動詞を案じていた辰男は、どんよりした目をまたたきさせた。すぐには返事ができなかった。
入江のほとり (新字新仮名) / 正宗白鳥(著)
そこが幽界ゆうかいたび現世げんせたびとのたいした相違点そういてんでございますが、かく私達わたくしたちは、またた途中とちゅうとおけて、ひとつのうま世界せかいへまいりました。
其風にまたたく小さな緑玉エメラルドの灯でゞもあるように、三十ばかりの螢がかわる/″\明滅する。縁にかけたりしゃがんだりして、子供は黙って見とれて居る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
吃驚びっくりして、ひょいと顔を上げると、横合から硝子窓がらすまど照々てらてらと当る日が、片頬かたほおへかっと射したので、ぱちぱちとまたたいた。
縁結び (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
晴賢は、自身采配を以て身を揉んで下知したが、一度崩れ立った大軍は、如何いかんともし難く、またたく中に塔の岡の本陣は、毛利軍に蹂躙じゅうりんされてしまった。
厳島合戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
そして、その一夜こそは、どんなに好奇の心をおどらせながら、灯のまたたくキャンプの中に、一同とともに眠られぬ一夜を明かしたことであったろうか。
令嬢エミーラの日記 (新字新仮名) / 橘外男(著)
階の両側のところどころには、黄羅紗きらしゃにみどりと白との縁取りたる「リフレエ」を着て、濃紫のはかまをはいたる男、項をかがめてまたたきもせず立ちたり。
文づかい (新字新仮名) / 森鴎外(著)
「その尋ぬるものが仮りにわたしであったとして、さてそれを尋ねあてたら、何とせらるるのじゃ。」と、小坂部はまたたきもせずに彼の顔を見つめた。
小坂部姫 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
人が起すとちょっと面を揚げ、眼をまたたきしまたうつぶき睡る。惟うに日本の猴も同様でこれを猿子眠りというのだろ。
ああそれさえまたたきをする間,娘の姿も、娘の影も、それを乗せて往く大きな船も櫓拍子ろびょうしのするたびに狭霧さぎりの中におおわれてしまう,ああ船は遠ざかるか
初恋 (新字新仮名) / 矢崎嵯峨の舎(著)
「君の細君は何処かのサナトリウムにはいっているんだって? その後どうなんだい?」長与は人にものをくときの癖で妙に目をまたたきながら訊いた。
菜穂子 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
と三吉が振って見せる帽子も見えなくなる頃は、小山の家の奥座敷の板屋根も、今の養子の苦心に成った土蔵の白壁も、またたく間におげんの眼から消えた。
ある女の生涯 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
またたきもせず眼をえてこっちを見ているのだが、男の顔は恐ろしく平べったくゆがんで見えた。何とはなしに冷たい氷のようなものが太田の背筋を走った。
(新字新仮名) / 島木健作(著)
もと勤めていた時の経験と顔とで剃刀問屋から品物の委託いたくをしてもらうとまたたく間に剃刀屋の新店が出来上った。
夫婦善哉 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
またたき一つしないのである。それが物凄く見られないで何であろう。そして更に永遠なるものを呼吸しているのである。この時の静寂の深刻さはそこにある。
そこに互をつなぐ暖い糸があって、器械的な世を頼母たのもしく思わせる。電車に乗って一区をまたたく間に走るよりも、人の背に負われて浅瀬を越した方がなさけが深い。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その店にはなお、大きな籠に黒絽くろろを張って、絵の具で模様を画いたのに、蛍が一杯這入っていて、その光が附いたり消えたり、またたきするようで綺麗でした。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
深く息をのみ込んで、ぐっと胸を張った。よし! 彼は下っているロープに飛びついた。まったく猿だった。するすると一男の体はまたたにのぼって行った。
秋空晴れて (新字新仮名) / 吉田甲子太郎(著)
ここはやかたの広間であった。銀燭が華やかにまたたいている。一段高い床間には楯無しの鎧が飾ってある。——月数。日数。源太が産衣うぶぎ。八竜。沢瀉おもだか。薄金。膝丸。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
またたうち女形おやま振袖ふりそでなびく綺羅きら音楽のちまたになったのかと思うと、この辺の土地をばよく知っている身には全く狐につままれたよりもなお更不思議なおもいがして
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
遠くになると星のようにまたたいている。山の峡間はざまがぼうと照らされて、そこから大河のように流れ出ている所もあった。彼はその異常な光景に昂奮こうふんして涙ぐんだ。
城のある町にて (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
またたく間に物のあいろも見えなくなり、樺の木立ちも、降り積ッたままでまた日の眼に逢わぬ雪のように、白くおぼろに霞む——と小雨が忍びやかに、怪し気に
武蔵野 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
「強い、強い、先方が強い。この分で、鍵屋の辻へ行こうものならまたたに、おのおの方が撫斬なでぎりになる」
まつたくわきらないやうなはち動作どうさへん嚴肅げんしゆくにさへえた。そして、またたきもせずに見詰みつめてゐるうちに、をつとはその一しんさになに嫉妬しつとたやうなものをかんじた。
画家とセリセリス (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)