しお)” の例文
しおの引く時泥土でいどは目のとどく限り引続いて、岸近くには古下駄に炭俵すみだわら、さては皿小鉢や椀のかけらに船虫ふなむしのうようよと這寄はいよるばかり。
縄をつかむとその力で、舟はグルグルしおに巻かれた。そして飛島の岩の蔭からも、それに曳かれてまた一そう渦に誘われて廻ってくる。
鳴門秘帖:06 鳴門の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ちょうど、そのうたこえは、うみしおのわくおとのようであり、おんなたちの姿すがたは、春風はるかぜかれるこちょうのごとくに、られたのでした。
砂漠の町とサフラン酒 (新字新仮名) / 小川未明(著)
橋板の上に跫音あしおとがしはじめた。と、思う間に板のきしる音がして何か大きなものがしおの中へ落ちた。それに続いて橋板の落ちる音もした。
参宮がえり (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
ボートから十メートルほど左の、しおがのこした海草の上に、二個の死体が、一つはあおむけに、一つはうつぶせに横たわっている。
少年連盟 (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
マア、夜間通船の目的でなくて隅田川へ出て働いて居るのは大抵こんなもので、勿論種々の船はしおの加減で絶えず往来ゆききして居る。
夜の隅田川 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
そう云えばかつい肩のあたりや、指節ゆびふしの太い手の恰好かっこうには、いまだ珊瑚礁さんごしょうしおけむりや、白檀山びゃくだんやまの匂いがしみているようです。
報恩記 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「不二夫君、わかったよ。わかったよ。これは海の水なんだ。海がしおになって、岩のすきまから流れこんできたのだよ。」
大金塊 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
隆夫のたましいは、久しぶりにひろびろとした海を見、しおのにおいをかいで、すっかりうれしくなり、いつまでも眺めていた。
霊魂第十号の秘密 (新字新仮名) / 海野十三(著)
その潮は伊豆まで行って消えるものだそうだが、果してどこまで行って消えるのやら、漁師はその一条の波を「しおの路」といって怖れます。
大菩薩峠:18 安房の国の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
この橋はやや高いから、船に乗った心地ここちして、まずこころを安んじたが、振り返ると、もうこれもたもとまでしおが来て、海月はひたひたと詰め寄せた。
海の使者 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ある島に一ぴきの椰子蟹がおりました。大変おとなしい蟹で、珊瑚岩さんごいわの穴に住まっておりました。しお退くと、穴の口にお日様の光りがのぞき込みます。
椰子蟹 (新字新仮名) / 宮原晃一郎(著)
そのかあさんがくなるときには、ひとのからだにしたりいたりするしおが三まいも四まいものかあさんの単衣ひとえしずくのようにした。
伸び支度 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
私が舵を操っていて、船長とレッドルースとの二人の新手あらてがオールを漕いでいたのだ。「舟はしおに流され通しです。もう少し強く漕げませんか?」
それ等は神秘じんぴな強い生命の力で、黒い目をして夜のしおから出て岸に上り——または毛深い耳を立てて、つたにかくれて身を伸してはいないでしょうか。
免職の事を吹聴ふいちょうしたくも言出すしおがないので、文三は余儀なく聴きたくもないはなしを聞てむなしく時刻を移す内、説話はなしは漸くに清元きよもと長唄ながうたの優劣論に移る。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
それから里朝りちょうの曲弾も首尾よく相済んだ跡は、お定まりの大小芸妓の受持となって、杯酒しおわかすと昔は大束に言って退のけたが、まこと逆上返のぼせあがる賑いで
油地獄 (新字新仮名) / 斎藤緑雨(著)
それともまったくほかの原因げんいんによるのでしょうか、とにかく日によって水がしおのように退きするときがあるのです。
イギリス海岸 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
今日は二百十日なのだ。そうと気がつくと、なんとなくあらしをふくんだ風が、じゃけんにほおをなぐり、しおっぽいかおりをぞんぶんにただよわせている。
二十四の瞳 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
しお滿ちる珠を出して溺らせ、もし大變にあやまつて來たら、しおる珠を出して生かし、こうしてお苦しめなさい
庸三はその晩神山に送られてうちへ帰って来たが、しおを見計らって庸三をさそい出した神山と小夜子の狂暴な恋愛も、ちょうどそのころが序曲であった。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
しおの流れの上の、波のあらいところにしびが泳いでいる。しびのそばにはしびの妻がついている。ばかなしびよ」
古事記物語 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
東京が大分だいぶ攻め寄せて来た。東京を西にる唯三里、東京に依って生活する村だ。二百万の人の海にさすしおひくしおの余波が村に響いて来るのは自然である。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
自分の乗っている船腹に打ちつけるしおのぴたぴたする音が高くなって、舟は絶えず、小さな動揺を続けました。
少年と海 (新字新仮名) / 加能作次郎(著)
「もうだめです、もうだめです。船は、あぶないしおの流れの中へ入ってしまいました。もう二三分したら、何もかも、みじんにくだけてしまうでしょう。」
余程よほどしっかりした自信、力のある乗手のりてであるうえに、風としおとをよく知っている者でなくてはならなかった。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
新聞では、天気予報やしおや、或は季節の魚の場所まで報告する。そのテクニツク、用具までも紹介するといふ事になつて来たので、どつとアマチユアが増加して来た。
釣心魚心 (新字旧仮名) / 佐藤惣之助(著)
左手の脚柱の暗い投影の中に、濃い鼠のしおじみ雨じみた角錐形の天幕テントが一つ、その中に、これも鼠の頭巾附きの汚れ破れた雨外套をかぶって、誰やらごろ寝していた。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
菜種畠なたねばたけの遠く続いてる傾斜の向うに、春昼の光にかすんだ海が見え、沖では遠く、鯨がしおいてるのである。非常に光の強く、色彩の鮮明な南国的漁村風景を描いてる。
郷愁の詩人 与謝蕪村 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
そうして暑くなると、海に入って行こうといって、どこでも構わずしおつかりました。そのあとをまた強い日で照り付けられるのですから、身体からだ倦怠だるくてぐたぐたになりました。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
この港では漁業も少しは行われていたが、夜間にぶらぶら歩き𢌞って海の方を眺めることが盛んに行われた。殊に、しおがさして来て満潮に近い時に、それが行われるのであった。
このふくれるように盛りあがって満ちてくるしおなやましさ! わしはこの島の春がいちばん苦しい。わしの郷愁きょうしゅうえがたいほどさそうから。とぼしい草木くさきも春のよそおいをしている。
俊寛 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
つまり、酒場へもどる決心をしたのだ。そして、それはほんとうにしおどきでもあった。
(新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
分別臭ふんべつくさい顔をして、そこらを見廻した。仲裁ちゅうさいのようでもある。で、これをしおしてしまえばよかったのだが、頭から喬之助を見くびり、あくまでんでかかっている近江之介である。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
今日の船は如何どうしたのか、う/\云う浪風なみかぜで、斯う云う目にあった、しおかぶって着物が濡れたと云うと、宿の内儀かみさんが「それはお危ない事じゃ、れが船頭ならいが実は百姓です。 ...
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
林なすしおみさき崖椿がけつばき
六百五十句 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
と、ぬしのない血まみれなその小舟がしおに乗って流されてゆくそばに、ぽかりと、西瓜すいかのような物が浮いた。ふたつの人間の頭である。
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「きみ、ボートは危険きけんだ、あれを見たまえ、しおはひいたが暗礁あんしょうだらけだ、あれにかかるとボートはこなみじんになってしまうぞ」
少年連盟 (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
乾くと漕ぎづらいから、自分の前の処にある柄杓ひしゃくを取ってしおを汲んで、身を妙にねじって、ばっさりと艪のへその処に掛けました。
幻談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
それから一月ひとつきばかりののち、そろそろ春風しゅんぷうが動きだしたのをしおに、私は独り南方へ、旅をすることになりました。そこでおうにその話をすると
秋山図 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
なぜだかわかりませんが、船は少しも動かないのです。しおの満ち引きにおうじて、多少なりとも動くべき筈のところ、船底を
恐竜島 (新字新仮名) / 海野十三(著)
矢声やごえを懸けて、しおを射てけるがごとく、水の声が聞きなさるる。と見ると、竜宮の松火たいまつともしたように、彼の身体からだがどんよりと光を放った。
海の使者 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それほどおそろしいいきおいでかあさんからいてったしおが——十五ねんのちになって——あのかあさんと生命せいめいりかえっこをしたような人形娘にんぎょうむすめしてた。
伸び支度 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
タールやしおの香も何か物珍しいものだった。私は、いずれも遠く大洋を渡って来た、実に珍奇な船首像を見た。
「おいうさぎよ。おまえからだに毛がはやしたければ、この海のしおにつかって、高い山の上で風に吹かれてておれ。そうすれば、すぐに毛がいっぱいはえるよ」
古事記物語 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
しおが刻限にとものうて、おおよそどの程度に船の歩みを助け妨げ、または強制しているかということは、永い歳月にわたってただ生死をこれに托している人たちだけが
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
ぼくあります。くじら、頭と黒いしっぽだけ見えます。しおくとちょうど本にあるようになります」
銀河鉄道の夜 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
瞬間しゅんかん、絶望的なものがしおのように押しよせてきたが、昔のままの教室に、昔どおりにつくえ椅子いすを窓べりにおき、外を見ているうちに、背骨せぼねはしゃんとしてきた。
二十四の瞳 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
その、もと船長の遺言書は、むずかしい文章なので、くだいて話すとね、今から二十年ばかりまえに、紀伊半島のしおみさきの沖で、大洋丸という汽船が、暴風のために沈没した。
海底の魔術師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
帆綱の影、しおじみた欄干てすりの明り、甲板の板の目、かんのきしり、白い飛沫しぶき、浅葱いろの潮漚しおなわ
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)