さみ)” の例文
美奈子が宮の下のにぎやかな通を出はずれて、段々さみしいがけ上の道へ来かゝったとき、丁度道の左側にある理髪店の軒端のきばたたずみながら
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
しかしこの女が墓の前に延び上がった時は墓よりも落ちついていた。銀杏いちょう黄葉こうようさみしい。ましてけるとあるからなおさみしい。
趣味の遺伝 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「ほほほほ」と、吉里もさみしく笑い、「今日ッきりだなんぞッて、そんなことをお言いなさらないで、これまで通り来ておくんなさいよ」
今戸心中 (新字新仮名) / 広津柳浪(著)
わたしはく「どうしてこんなものを」この人は答える「うちには娘がいからお前に着せる。でないと、うちのなかに色彩がなくてさみしい」
愛よ愛 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
この港は佐伯町さいきまちにふさわしかるべし。見たまうごとく家という家いくばくありや、人数ひとかずは二十にも足らざるべく、さみしさはいつも今宵こよいのごとし。
源おじ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
圖「左様か、今夜はさみしかろうが、これから余儀なく一寸ちょっとかなければならんが、明日あした正午前ひるまえに帰って来ようから、まアゆっくり寝るがい」
今日はまだお言いでないが、こういう雨の降ってさみしい時なぞは、その時分ころのことをいつでもいってお聞かせだ。
化鳥 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「気楽は気楽ですけれど、さみしゅうございますわ、だから今日のように、わがままを申すようなことになりますわ」
水郷異聞 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
跡は降ッた、つるぎの雨が。草はもらッた、赤絵具を。さみしそうに生まれ出る新月の影。くやしそうに吹く野の夕風。
武蔵野 (新字新仮名) / 山田美妙(著)
それと同時に、時たま仕事が順調に運んだ時などには、先生のおられないことをしみじみさみしいと思う。
ここは甲州こうしゅう笛吹川ふえふきがわの上流、東山梨ひがしやまなし釜和原かまわばらという村で、戸数こすうもいくらも無いさみしいところである。
雁坂越 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
名状めいじょうがたさみしさで、はては、涙ぐましくさえなって来るのを、どうすることも出来ませんでした。
パノラマ島綺譚 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
なすなりといふ昨夜は醉にまぎれたれば何ともなかりしが今宵は梅花子と兩人相對して燈火ともしびも暗きやうに覺え盃をさすにもさみしく話も途絶勝とだえがちなれば梅花道人忽ち大勇猛心を
木曽道中記 (旧字旧仮名) / 饗庭篁村(著)
「オヤ誰方かと思ッたら文さん……さみしくッてならないからちっとおはなしにいらッしゃいな」
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
さみしい淋しい怨みを籠めて
白髪小僧 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
百代は小さな声で「先刻さっき」と答えたが、「叔母さんが小供のだから、白い花だけではさみしいって、わざと赤いのをぜさしたんですって」
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「ねえ! 青木さん! 美奈さんと、三人でなければ面白くありませんわねえ。二人きりじゃさみしいし張合がありませんわねえ!」
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
「だッて、一人者じゃアありませんか」と、吉里は西宮を見てさみしく笑い、きッと平田を見つめた。見つめているうちに眼は一杯の涙となッた。
今戸心中 (新字新仮名) / 広津柳浪(著)
潔癖を持つ事は時に孤独こどくさみしさが身をむ事もあるが、つねに、もののイージーな部分にまみれないではっきりとして客観的にものを観察出来て
雨のそぼ降る日など、さみしき家に幸助一人をのこしおくは不憫ふびんなりとて、客とともに舟に乗せゆけば、人々哀れがりぬ。
源おじ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
早「えゝさぞまア力に思う人がおっんで、あんたはさみしかろうと思ってね、わしも誠に案じられて心配しんぺえしてえますよ」
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
今日けふはまだおいひでないが、かういふあめつてさみしいときなぞは、其時分そのころのことをいつでもいつておかせだ。
化鳥 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
はらって其後そののちを問えば、御待おまちなされ、話しの調子に乗って居る内、炉の火がさみしゅうなりました。
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
「それでもおさみしかろうとおもって、オホオホ」
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
夕暮のさみしさはだんだんと脳を噛んで来る。
武蔵野 (新字新仮名) / 山田美妙(著)
僕は僕の希望した通り、平生に近い落ちつきと冷静と無頓着むとんじゃくとを、比較的容易に、さみしいわが二階の上にもたらし帰る事ができた。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「本当に、暫らくお見えになりませんでしたね。貴君あなたが、いらっしゃらないと、此処ここ客間サロンさみしくていけない。」
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
それじゃアお帰り遊ばしてぐに是から又夜おいで遊ばしますか、このおさみしい道を…誠に悪い事を致しました
夜になってとやへ入るのは何もかわったことはないけれど、何だかさみしそうで可哀相だねえ、母様おっかさんと二人ばかしになったって、お前、私が居れば可いじゃあないか。
三枚続 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
燧寸マッチの箱のようなこんな家に居るにゃあ似合わねえが過日こねえだまでぜいをやってた名残なごりを見せて、今の今まで締めてたのが無くなっているうしろつきのさみしさが、いやあに眼にみて
貧乏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
「はい。お一人でおッていらッしゃいましたよ。おさみしいだろうと思ッて私が参りますとね、あちらへ行ッてろとおッしゃッて、何だか考えていらッしゃるようですよ」
今戸心中 (新字新仮名) / 広津柳浪(著)
幸助を中にして三つの墓並び、冬の夜はみぞれ降ることもあれど、都なる年若き教師は源叔父今もなお一人さみしく磯辺に暮し妻子つまこの事思いて泣きつつありとひとえに哀れがりぬ。
源おじ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
やなぎが、気ぜわしそうにそのくせさみしくれる。橋が、夏とは違ってもっとよそよそしく乾くと、くつより、日本のひより下駄げたをはいて歩く音の方がふさわしい感じである。巴里に秋が来たのだ。
巴里の秋 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
こんな寒い晩に登ったのは始めてなんだから、岩の上へ坐って少し落ち着くと、あたりのさみしさが次第次第に腹の底へみ渡る。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
へだての襖は裏表、両方の肩でされて、すらすらと三寸ばかり、暗き柳と、曇れる花、さみしく顔を見合せた、トタンに跫音あしおと、続いて跫音、夫人は退いて小さなしわぶき
伊勢之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
其処そこへ坐っちゃアいけません、此処こゝうちの中じゃありません、表でございます、こんな処に居てはさみしいし、寒くって堪りません、もう少しだからサアきましょう
代助はその笑の中に一種のさみしさを認めて、眼を正して、三千代の顔をじっと見た。三千代は急に団扇を取ってそでの下をあおいだ。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そんなこといつてるひまがなかつたのが、あめ閉籠とぢこもつてさみしいのでおもしたついでだからいたので
化鳥 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
手前は紀伊國屋宗十郎そうじゅうろうの手代伊兵衞と申すもので、若主人伊之助は昨年より少々不首尾なことがありまして、只今まで斯様にさみしい処に押込められて窮命に成って居りますから
平生食卓をにぎやかにする義務をもっているとまで、みんなから思われていた自分が、急に黙ってしまったので、テーブルは変にさみしくなった。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
さみしいのかと謂って、少しく抱きあげて、きばのごとく鋭きくちばしにお夏は頬の触らぬばかり
三枚続 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
火を持って来ておくれな……なにマチが這入って居ると、マチはあってもいから火を一つ持っておいでな……さみしくっていけねえから……なに夜は火はない、虚言うそばかり吐いて居る
霧陰伊香保湯煙 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
もっとも父はよほど以前に死んだとかで、今では母とたった二人ぎり、さみしいような、またゆかしいような生活を送っている。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
伊「そんな怖い顔をしなくってもいじゃアないか、私が悪ければこそ斯んなさみしい処に来て、小さくなってるので、あんま徒然とぜんだから発句ほっくでもろうと思ってちょいと筆を取ったのだよ」
蝙蝠こうもりが黒く、見えては隠れる横町、総曲輪から裏の旅籠町はたごまちという大通おおどおりに通ずる小路を、ひとしきり急足いそぎあし往来ゆききがあった後へ、ものさみしそうな姿で歩行あるいて来たのは、大人しやかな学生風の
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
よひの口ではあるが、場所が場所丈にしんとしてゐる。庭のさきで虫のがする。独りですはつてゐると、さみしい秋のはじめである。其時遠い所でだれ
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
薄暗いうち振仰ふりあおいで見るばかりの、たけながき女のきぬ、低い天井から桂木のせなのぞいて、薄煙うすけむり立迷たちまよふ中に、一本ひともと女郎花おみなえし枯野かれのたたずんでさみしさう、しかなんとなく活々いきいきして、扱帯しごき一筋ひとすじまとうたら
二世の契 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
その濁った音が彗星ほうきぼしの尾のようにほうと宗助の耳朶みみたぶにしばらく響いていた。次には二つ鳴った。はなはださみしい音であった。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「恐れるな。小天狗こてんぐめ、」とさも悔しげに口の内につぶやいて、洋杖ステッキをちょいとついて、小刻こきざみに二ツ三ツつちの上をつついたが、ものうげに帽の前を俯向うつむけて、射る日をさえぎり、さみしそうに、一人で歩き出した。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
代助は其わらひなか一種いつしゆさみしさを認めて、たゞして、三千代のかほじつと見た。三千代は急に団扇うちはを取つてそでしたあほいだ。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)