手向たむけ)” の例文
そは戦敗の黒幕におおわれ、手向たむけの花束にかざられたストラスブルグの石像あるがために、一層いっそう偉大に、一層幽婉ゆうえんになったではないか。
曇天 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
一滴の思いやりのある手向たむけもうけないで土に埋められてしまった事を夢にも知らないで、その事を案じ悩みながらも疵は癒えかけた。
芳川鎌子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
省線電車渋谷駅の人気者であった「忠犬」の八公はちこうが死んだ。生前から駅前に建立こんりゅうされていたこの犬の銅像は手向たむけの花環に埋もれていた。
柿の種 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
父母ちゝはゝのおん為に。経の偈文げもん謄写かきうつして。前なる山川におし流し。春は花を手折たをりて。仏に手向たむけ奉り。秋は入る月にうそぶきて。そゞろ西天にしのそらこふめり。
手向たむけの水を入れる器が用意されているが、その中に、木の端を削って、それに那須野紙のたいそう古くなったのを貼りつけたものがある。
見當り次第しだい討取うちとつて夫に手向たむけんと思ひせがれ太七をよび勘兵衞殿は其方のためじつの親には有ねども六ヶ年のあひだ世話せわになりたれば親に違ひなし彌七を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
そこでことさらに気分を易えて、この間大磯おおいそくなった大塚夫人の事を思い出しながら、夫人のために手向たむけの句を作った。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「たうげ」は「たむけ」より来た語だというのは、通説ではあるが疑をるる余地がある。行路の神に手向たむけをするのは必ずしも山頂とは限らぬ。
峠に関する二、三の考察 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
国外千里の異境に、名もわからず、花一枝の手向たむけもうけず、天の星とともに黙している土中の白骨にも、いわせれば、綿々と、憂国の所以ゆえんを吐くかもしれない。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それは、妹の保護のもとに、芸術の道に精進していた唐沢光一が、妹の横死をいたむ涙の裡に完成した力作で、彼女に対する彼が、唯一ゆいいつ手向たむけであったのであろう。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
と、やけに突立つったつ膝がしらに、麦こがしの椀を炉の中へ突込つっこんで、ぱっと立つ白い粉に、クシンとせたは可笑おかしいが、手向たむけの水のれたようで、見る目には、ものあわれ。
灯明之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
平常つね道理だうりがよくわかひとではないか、しづめてかんがなほしてれ、植村うゑむらこと今更いまさらとりかへされぬことであるから、あとでもねんごろとぶらつてれば、おまへづから香花かうげでも手向たむければ
うつせみ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
「昔の歌に、武夫もののふ手向たむけ征箭そやも跡ふりて神寂かみさび立てる杉の一もと、とあるのはこの杉だ」
何より如来様の御恩報謝ごおんはうしやに成るし、又亡く成つた道珍和上への手向たむけであると信じて居た。
蓬生 (新字旧仮名) / 与謝野寛(著)
小「はい、それは回向の曲、手向たむけの曲と云うのが有りますから、笛で手向おたむけは出来まする」
その葉ではね返すように小さく手向たむけの水を上げると、心からなる声で呼びかけた。
小説 円朝 (新字新仮名) / 正岡容(著)
うやうやしく祠前に手をつきて拝めば数百年の昔、目の前に現れて覚えずほろほろと落つる涙の玉はらいもあえずひともとの草花を手向たむけにもがなと見まわせども苔蒸したる石燈籠の外は何もなし。
旅の旅の旅 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
勘次かんじはるあひだにおしなの四十九にちすごした。白木しらき位牌ゐはいこゝろばかりの手向たむけをしただけで一せんでもかれ冗費じようひおそれた。かれふたゝ利根川とねがは工事こうじつたときふゆやうや險惡けんあくそら彼等かれら頭上づじやうあらはした。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
一基の十字架の上に、緑の色の猶あざやかなる月桂ラウレオの環を懸けたるは、ロオザとマリアとの手向たむけなるべし。われは墓前にひざまづきて、亡人なきひとおもかげをしのび、更にかうべめぐらして情あるロオザとマリアとに謝したり。
眞志屋の遺物中に、「壽阿彌の手向たむけに」と端書して一句を書し、下に「昌功」と署した短册たんざくがある。坂昌功は初め淺草黒船町河岸に住し、後根岸に遷つた。句は秋季である。しかし録するに足らない。
寿阿弥の手紙 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
和女そもじへの夜毎よごと手向たむけは、かうしてはないてくことぢゃわい。
ぬさ手向たむけの男山
新頌 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
夏目先生は、楠緒さんのおなくなりの時に、「あるほどの菊投げ入れよ棺の中」という手向たむけの句をおみになりました。
大塚楠緒子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
大津時雨堂しぐれどうの夜が思いだされる。銀五郎は自分の望みが達しられた今日、うれしい手向たむけと聞くであろう。
鳴門秘帖:06 鳴門の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
武道を祈る者この杉に矢を射立てて手向たむけとするがゆえにこの名ありと見える。その出処と真偽とを知らざるも、人も知るごとくこの地もまた駿河との国境である。
地名の研究 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
討取うちとり幸之進殿に手向たむけまゐらせたし一ツには行末ゆくすゑながき浪人の身の上母公の養育にもさしつかへるは眼前がんぜんなり且敵を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
平常つねは道理がよく了解わかる人では無いか、気を静めて考へ直してくれ、植村の事は今更取かへされぬ事であるから、跡でもねんごろともらつて遣れば、お前が手づから香花かうはなでも手向たむければ
うつせみ (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
と早、離れてはいたが、謙造はかたわらなる、手向たむけにあらぬ花の姿に、心置かるる風情ふぜいで云った。
縁結び (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
死去の広告中に、私の名前を使って差支さしつかえないかと電話で問い合された事などもまだ覚えている。私は病院で「ある程の菊投げ入れよかんの中」という手向たむけの句を楠緒さんのためにんだ。
硝子戸の中 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
なおこの上他界のものと思はず、朝夕の手向たむけたのみ入候。枕山家内のことは、積信院のこゝろもち我よく/\知りつれば、おって物がたりに及ぶべく候。かしく。積信の姉へ。白居申ふす。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
そればっかりがわたくしへの手向たむけだ、源助どん、お前にも長らく御厄介になったから、相川様へ養子にくように成ったら、小遣こづかいでも上げようと心懸けていたのも、今となっては水の泡
憎や、小賢こざかしの敵めら、いで信長がふみつぶして、先駆けの精霊しょうりょうどもに手向たむけせん。——つづけッ、信長に!
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
手向たむけ候者一人も是なししか拙僧せつそう宗旨しうしの儀は親鸞上人しんらんしやうにんよりの申つたへにて無縁むえんに相成候つかへはめい日には自坊じばうより香花かうげ手向たむけ佛前ぶつぜんに於て回向ゑかう仕つり候なりと元より墓標はかじるしなき
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
新墓しんばかには光岸浄達信士という卒塔婆そとばが立ってしきみあがって、茶碗に手向たむけの水がありますから、あゝ私ゃア何うして此処こゝまで来たことか、私の事を案じて忠平が迷って私を救い出すことか
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
雪まじりに鳥の羽より焼屑やけくずうずたかい処を見着けて、お手向たむけにね、びんの口からお酒を一雫ひとしずくと思いましたが、待てよとわっしあ考えた、正覚坊じゃアあるめえし、鴛鴦が酒を飲むやら、飲ねえやら。
唄立山心中一曲 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
たばになって倒れた卒塔婆そとばと共に青苔あおごけ斑点しみおおわれた墓石はかいしは、岸という限界さえくずれてしまった水溜みずたまりのような古池の中へ、幾個いくつとなくのめり込んでいる。無論新しい手向たむけの花なぞは一つも見えない。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
「胸が、濶然かつぜんと、開けたここちがします。十兵衛どの。亡父ちちの霊へよい手向たむけをしました」
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
二畳のへやの反故張り障子の内で、小三郎が一節切を取って手向たむけの曲を吹きました音色が、丈助の心耳しんにへ聞えますると、アヽ悪いことをしたと、始めて夢の醒めた如く改心致し、母の手を握り詰め
たばになつてたふれた卒塔婆そとばと共に青苔あをごけ斑点しみおほはれた墓石はかいしは、岸とふ限界さへくづれてしまつた水溜みづたまりのやうな古池ふるいけの中へ、幾個いくつとなくのめり込んでる。無論むろん新しい手向たむけの花なぞは一つも見えない。
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
心ばかりの手向たむけをしよう。
灯明之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
手向たむけの花をさす竹の
偏奇館吟草 (新字旧仮名) / 永井荷風永井壮吉(著)
手向たむけの水だい。」
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)