ねんごろ)” の例文
彼等の物語をばゑましげに傍聴したりし横浜商人体しようにんていの乗客は、さいはひ無聊ぶりようを慰められしを謝すらんやうに、ねんごろ一揖いつゆうしてここに下車せり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
われ半面を扇にて蔽ひつゝ、その乙女を呼び止めて、長崎へ行く道を問ふに、乙女は恥ぢらひつゝ笠を取り、いとねんごろに教へ呉れぬ。
白くれない (新字新仮名) / 夢野久作(著)
アクリシウスすなわち母子を木箱にれ、海に投げたが、セリフス島に漂到して、漁師ジクッスの網にかかり、救われ、ねんごろに養わる。
頭陀ずたの中から結構な香を取出し、火入ひいれの中へ入れまして、是から香を薫き始め、禅宗の和尚様の事だから、ねんごろに御回向がありまして
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
時に御主人、われ等ここへ斯う参って、御家族にお目にかかりねんごろな御給仕に預るのも何かの因縁です。折角の機会ですから娘御たちに三帰を
茶屋知らず物語 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
伯父が見兼ねて、態々わざわざ上京して、もう小説家になるなとは言わぬ、唯是非一度帰省して両親の心を安めろとねんごろさとして呉れた。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
ねんごろなる看護の恩を謝し、今はよしなき望を絶ちて餘所の軍役に服せんとおもへば、最早羅馬にて相見ることはあらじと書せり。
そのために世代の営んでいる偽りない辛苦の混乱をも、やはりねんごろに評価され、ひろい歴史の前に観察されなければなるまい。
そこへこの一件をききこんだから、これ幸いと実は当地においてノブちゃんをねんごろに口説こうというわけです。今日あたりは物になるだろうな。
青鬼の褌を洗う女 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
お母さん、ほんとに民子は可哀相でありました。しかし取って返らぬことをいくら悔んでも仕方がないですから、跡の事をねんごろにしてやる外はない。
野菊の墓 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
付て一同に通夜迄もなし翌朝よくあさ泣々なく/\野邊のべおくりさへいとねんごろに取行なひ妻の紀念かたみ孤子みなしご漸々やう/\男の手一ツにそだてゝ月日を送りけり
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
古いふださがっていますが、——時々和漢の故事を引いて、親子の恩愛を忘れぬ事が、即ち仏恩をも報ずる所以ゆえんだ、とねんごろに話して聞かせたそうです。
捨児 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
太息といき吐き『それ程事情が聞きたけりやあ、話すまいものでもないが。一体手前は、あの深井と、いつからねんごろしたんだい』
したゆく水 (新字旧仮名) / 清水紫琴(著)
……(下人に)やい、そちはヹローナぢゅう駈𢌞かけまはって(書附を渡し)こゝ名前なまへいてある人達ひとたち見附みつけて、今宵こよひわがやしきねんごろ御入來ごじゅらいをおまうすとへ。
これは他山がいまだ仕途にかなかった時、元秀がその貧を知って、しょを受けずしてねんごろに治療した時からのまじわりである。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
火はこうして とねんごろに教えながら昼飯の支度をして、やがて飯ができたのでちょこなんとかしこまって給仕をしてくれる。
島守 (新字新仮名) / 中勘助(著)
(殿、ふと気紛きまぐれて出て、思懸おもいがけのうねんごろ申したしるしじゃ、の、殿、望ましいは婦人おなごどもじゃ、何と上﨟じょうろうを奪ろうかの。)
吉原新話 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そのある友人が、日本の神道を研究するには、必ず黒住宗忠くろずみむねただの説をうかがわねばならぬと注意してくれて、ねんごろにもこの偉人に関する出版物を送ってくれた。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
父の耳目を欺かん其のことば、先頃其方が儕輩の足助あすけの二郎殿、年若きにも似ず、其方が横笛に想ひを懸け居ること、後の爲ならずとねんごろに潛かに我に告げ呉れしが
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
女子幼少の時より能く此趣意の大概を言い聞かせ、文字を知るに至れば此書を授けて自から読ましめ、不審あらばねんごろに其意味を解き聞かせて誤ることなからしめよ。
新女大学 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
利家招じ入れると勝家、年来のよしみを感謝して落涙に及んだ。勝家、利家に「貴殿は秀吉とかねねんごろであるから、今後は秀吉に従い、幼君守立ての為に力を致される様に」
賤ヶ岳合戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
同行した宗像博士は、一晩そこに泊って、川手氏の気持の落ちつくのを見届け、老人夫婦にその世話をねんごろに頼んだ上、直ちに東京に引返した。復讐鬼は東京にいるのだ。
悪魔の紋章 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
この三人でまずやることになったが、無論、亀岡氏は翌朝早々見えられ、自分の言の適中したことを大いに悲しみ、ねんごろに仏の前に礼拝をされて後、私を他へんで申すには
平常つね道理だうりがよくわかひとではないか、しづめてかんがなほしてれ、植村うゑむらこと今更いまさらとりかへされぬことであるから、あとでもねんごろとぶらつてれば、おまへづから香花かうげでも手向たむければ
うつせみ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
増×寺様でも快くお引受け下さいまして、ねんごろ回向えこうをしておくから、もう何にも心配せずに安心してお帰りと仰せて下さいましたので、はじめて私どももほっといたしました。
蒲団 (新字新仮名) / 橘外男(著)
「お安さんは君の身代りに死んだのだ、ねんごろに弔うて遣り玉え」墓守は斯く其の若者に云うた。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
「主人の彦兵衞は五十を越してから急に若返つて、近頃隣町の小唄の師匠とねんごろになり、近いうちに改めて仲人を立てて、後添にして家へ引入れることになつて居たさうですよ」
この部屋へ歩いて入ると、知事が出て来て、ねんごろに私に挨拶したが、殆ど十時に近かったにもかかわらず、彼の態度には、いささかも待ちくたびれたような所が見られなかった。
……お梅のほうは顔もよく覚えていない金三郎を恋い慕い、佐土原さどはら人形に着物をきせて三度々々影膳かげぜんをすえ、あなた、あなたと生きた金三郎がそこにいるようにねんごろに話しかける。
顎十郎捕物帳:20 金鳳釵 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
「おゝ、ほんにそうでございました。そう云う思し召なら頂戴いたしましょう。私は少しも欲しくありませんが、仰せの通り死んだ貞の墓を建てゝ、あとねんごろに弔ってやりましょう」
支倉事件 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
徒ニ遺産ヲ費シ安然トシテ妻子ヲやしなフ。文子ノイハユル孝ハ妻子ニ衰フモノトハ僕ノ謂歟いいか。多罪。野君久シク病ニ伏シ書ヲ賢兄ニおさむルコト能ハズ。僕ニ属シテねんごろニ謝セシム。頓首とんしゅ死罪。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
門口にかぶさりかかつた一幹ひともとの松の枝ぶりからでも、それが今日でこそいたづらに硬く太く長い針の葉をぎつしりと身に着けて居ながらも、曾ては人の手が、ねんごろにその枝をいたはり葉を揃へ
で、純八は座敷へ請じて、茶を淹れときを進めたりして、ねんごろに僧を待遇したが
高島異誌 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
ということをねんごろに教えたので、遊女は随喜の涙を流した。法然その態を見て
法然行伝 (新字新仮名) / 中里介山(著)
をんなれでかざりだから他人ひとにもられるからね」内儀かみさんはねんごろにいつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
そうした死骸に往き当ると穴を掘り、野花やかそなえてねんごろに埋めてやった。
仙術修業 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
虚子は、ここで掛声かけごえをいくつかけて、ここで鼓をどう打つから、おやりなさいとねんごろに説明してくれた。自分にはとてもめない。けれども合点がてんの行くまで研究していれば、二三時間はかかる。
永日小品 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
決して悪い料簡で今のやうな事をしたのでは無い。娘さんの恥にならないやうに、わたしが立派に女房に持つと云つた。さもユリアとねんごろにして、草臥くたびれて、膝を枕にして寝たのだと云ふ風である。
センツアマニ (新字旧仮名) / マクシム・ゴーリキー(著)
池田伊豫守の三人をお遣わしになりました、急ぎ最期の御用意をなされい、思し召し置く事も候わば、此の者に仰せ聞けられ候え、後々の御孝養きょうようねんごろに沙汰を致すでござろう、と云う口上である。
聞書抄:第二盲目物語 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
榎本は彼等の陳情を、両眼を湿ませながらねんごろにきいていたが
渡良瀬川 (新字新仮名) / 大鹿卓(著)
嬢は老婦人の前に材料の品々を持ち来りて一々ねんごろに説明し
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
栄三郎様は、浅草三社まえとかの女とねんごろになさっている。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
館の人とも自然にねんごろにしあつてゐられた。
淡島寒月氏 (旧字旧仮名) / 幸田露伴(著)
と、ねんごろさとすのであった。
剣の四君子:02 柳生石舟斎 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
畦塗るや首をかしげてねんごろ
五百五十句 (新字旧仮名) / 高浜虚子(著)
元禄五年板、洛下俳林子作『新百物語』二に金沢辺の甚三郎という商人、貧しくなり、大黒天を勧請かんじょうして、甲子の日ごとにねんごろにこれを祀る。
吾家にしゃくとどめ給ひてその巻物を披見ひけんせられ、仏前に引摂結縁いんじょうけちえんし給ひてねんごろ読経供養どきょうくようを賜はりしのち、裏庭に在りし大栴檀樹だいせんだんじゅつて其の赤肉せきにくを選み
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
(いんえごねんごろには及びましねえ。しっ!)と荒縄あらなわつなを引く。青で蘆毛あしげ裸馬はだかうまたくましいが、たてがみの薄いおすじゃわい。
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
思へば殿下のねんごろな招請三ヶ年、上洛に応ぜぬばかりか四隣に兵をさしむけて私利私闘にふける、遂に御成敗を蒙るは自業自得、誰を恨むところもござらぬ。
二流の人 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
岡村もおかしいじゃないか、訪問するからと云うてやった時彼はねんごろに返事をよこして、楽しんで待ってる。
浜菊 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)