まさ)” の例文
旧字:
信幸怒ってまさに幸村を斬らんとした。幸村は、首をねることは許されよ、幸村の命は豊家のために失い申さん、志なればと云った。
真田幸村 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
その時羽根楊子の白い先を、まさにその唇へ当てようとしてゐた惟然坊は、急に死別の悲しさとは縁のない、或る恐怖に襲はれ始めた。
枯野抄 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
もし忠邦をして答えしめば、まさにいうべし、「内外の積弊駸々乎しんしんことしてふせぐべからず、一日の猶予は則ち一日の大患なりと知らずや」
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
余は実に驚きたれどお合点の行かぬ所あり横鎗を入んためまさ唇頭くちびるを動さんとするに目科も余と同じ想いの如く余よりも先に口を開き
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
そこへゆれて来てユッサユッサ何千人かを詰めてゆれ出したら、女、子供が多いから忽ちまさに共鳴があがりそうに騒然として来た。
氏と私との交際に於て——すくなくも私の長座の為めに、氏の感ずる受難の如き、まさしく夫れに相当しよう。で、私は云おうと思う。
小酒井不木氏スケッチ (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
私の云ふ束縛とは若樹を縛る麻縄の如きものであつて、かのまさに倒れんとする老樹を辛うじて支ふる鉄のたがの如きものではないのである。
恋愛と道徳 (新字旧仮名) / エレン・ケイ(著)
其平な頂上がまさに低下しようとする所から、やや円味を帯びて殆ど直線に近い空線を描いた一座の山が、前記の二峰の上にのり出している。
望岳都東京 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
まさに老境に入らんとせられつつあった老師などにとっては、その変化に順応するの如何に困難なりしかを想像するに余りあるものがあった。
洪川禅師のことども (新字新仮名) / 鈴木大拙(著)
縦令たとい事実はしからずとするも、芭蕉はか感ぜり。故に芭蕉のまさに死せんとして門人その辞世の句を問ふや、芭蕉答へて曰く
古池の句の弁 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
鈍中の鈍となって、ちくりとでも、真実に眼がめないことを祈っているのだ。巡査はまさに、彼のためにあってくれるような職務でもあった。
旗岡巡査 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
死にひんしたおぼえのある人は誰も語ることだが、まさに死せんとする時は幼き折の瑣事さじが鮮やかに心頭によみがえるものだという。
連環記 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
真蒼まっさおに塗った泥絵具の岩から白い手が生えたのだ。そして岩が短刀を振り上げて、今やまさに、我が三笠老探偵に危害を加えようとしているのだ。
妖虫 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
シャツのえりが開けていて、せた胸や、風にふくらんでまさに裂けようとしてる帆布のような弱々しい張りきった皮膚が、その間から見えていた。
伝へ聞く……文政ぶんせい初年の事である。将軍家の栄耀えよう其極そのきょくに達して、武家のは、まさに一転機をかくせんとした時期だと言ふ。
妖魔の辻占 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
チリー王国の首府サンチャゴに、千六百四十七年の大地震まさに起らんとするおり、囹圄れいぎょの柱にりて立てる一少年あり。
女の決闘 (新字新仮名) / 太宰治(著)
予はここにおいてまさに自ら予が我分身の鴎外と共に死んで、新しい時代の新しい文学を味わうことを得ないようになったかを疑わんとするに至った。
鴎外漁史とは誰ぞ (新字新仮名) / 森鴎外(著)
「糞ッ止めて止まらぬぞ」ト独言ひとりごとを言いながら再びまさ取旁付とりかたづけに懸らんとすると、二階の上り口で「おまんまで御座いますヨ」ト下女の呼ぶ声がする。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
昔の支那人は「帰らなんいざ、田園まさせんとす」とか謡った。予はまだそれほど道情どうじょうを得た人間だとは思わない。
艸木虫魚 (新字新仮名) / 薄田泣菫(著)
これあに文学の一大進歩ならずや、おもうに一事一運のまさに開かんとするや、進むに必ずぜんをもってす。たとえばなお楼閣にのぼるに階級あるが如し。
慶応義塾の記 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
人はほとりにありてかれまさに死せんとする時かならずをひるをさける。狐尾をうごかさゞるを見て溺死おぼれしゝたるをり、尾をり大根をぬくがごとくして狐をる。
然るを、論者これを察せず、ようやく活溌におもむくの気象を抑えてこれに赴かしめず、まさに自治に入らんと欲するの精神を制してこれに入るなからしめんとす。
祝東京専門学校之開校 (新字新仮名) / 小野梓(著)
火遁の術は奇にしてあと尋ねかたし 荒芽山畔まさしずまんとす 寒光地にほとばしつて刀花乱る 殺気人を吹いて血雨りんたり 予譲よじよう衣を撃つ本意に非ず 伍員ごいん墓を
八犬伝談余 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
女は憂いを持つことによってのみ真のいろ気が出る。雛妓はいままさに生娘の情にかえりつつあるのではあるまいか。
雛妓 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
しかし、ある事件のため、時の王様の怒りに触れて、まさ斬罪ざんざいに処せられんとしたのです。その時、彼は何を思ってか、七日間の命乞いのちごいをいたしました。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
大原ぬしがあの誠実なる心を以て我邦の家庭教育を改良し給わば世人せじんまさに神とも仏ともしてその徳を感謝せん。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
即ち彼はそれが可能なことであるならまさに死せんとする者と自分の命を取換へることも敢て辞せない人である。
盗まれた手紙の話 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
日露干戈かんくわを交へてまさに三えつ月、世上愛国の呼声は今ほとんど其最高潮に達したるべく見え候。吾人は彼等の赤誠に同ずるに於ていささかの考慮をも要せざる可く候。
渋民村より (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
孔子は恠力乱神かいりょくらんしんを語らずといい給えども左伝さでんには多く怪異の事をせたり又中庸ちゅうように国家まさおこらんとすれば禎祥ていしょう有り国家まさほろびんとすれば妖孽ようげつありと云うを
怪談牡丹灯籠:02 序 (新字新仮名) / 総生寛(著)
静坐やゝ久し、無言の妙漸く熟す。暗寂の好味まさに佳境に進まんとする時、破笠弊衣の一老叟らうそうわが前に顕はれぬ。われほ無言なり。彼も唇を結びて物言はず。
松島に於て芭蕉翁を読む (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
子曰く、なんじ(汝)なんわざる、その人とりや、発憤して食を忘れ、楽しみて以て憂いを忘れ、老いのまさに至らんとするを知らざるのみと。(述而じゅつじ、一八)
孔子 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
死病しびょうの勢で初めて思うことが言える。わしはあれの今までが可哀そうでなりません。鳥のまさに死なんとするその鳴くやかなし。人の死なんとするその言や善し」
脱線息子 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
まさに大雨を下さんとす、明夜尚一回露宿ろしゆくをなさざれば人家ある所にいたるをず、あます所の二日間尚如何なる艱楚かんそめざるべからざるや、ほとん予測よそくするを得ず
利根水源探検紀行 (新字旧仮名) / 渡辺千吉郎(著)
然るにわが日中両国を返顧へんこするも、猶お未だ、昏々こんこん蒙々もうもう、一に大祥のまさに臨み亡種の惨を知らざるが如し。
上海 (新字新仮名) / 横光利一(著)
道雄少年はまさに猛然とピストルの引金を引こうとしました。シムソンはうろたえながら叫びました。
計略二重戦:少年密偵 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
雨全く止みて日はまさに暮れんとする時で、余は宿るべき家のあてもなく停車場を出ると、流石さすがに幾千の鉱夫を養ひ、幾百の人家の狭きたに簇集ぞくしふして居る場所だけありて
空知川の岸辺 (新字旧仮名) / 国木田独歩(著)
その卦兆の辞を見るに「魚の疲れ病み、赤尾を曳きて流に横たわり、水辺を迷うが如し。大国これを滅ぼし、まさに亡びんとす。城門と水門とを閉じ、すなわち後よりえん」
盈虚 (新字新仮名) / 中島敦(著)
歯牙しがにも掛けずありける九州炭山坑夫の同盟罷工今やまさに断行せられんことの警報伝はるにおよんで政府と軍隊と、実業家と、志士と論客とな始めて愕然がくぜんとして色を失へり
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
大難がまさろうとしている、諸君が善くおさめるといっても、これはどうすることもできない
富貴発跡司志 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
玉山ぎょくざんまさに崩れんとして釘抜藤吉の頬の紅潮あからみ。満々と盃を受けながら、葬式彦兵衛が口詠くちずさんだ。
それらの歿後、その墨蹟が何の価値なきのみならず、あさましい醜体を縁日の店頭にゼロを以てさらすに至っては、まさに後進をして否応なしに悟らしめるものがある次第である。
まさに消えなんとする蝋燭ろうそくの光は朦朧もうろうとそれをてらしている。時計を出して見ると午前三時。
本州横断 癇癪徒歩旅行 (新字新仮名) / 押川春浪(著)
又仏の像を造ること既にをはりて、堂に入るることを得ず、諸々もろもろ工人たくみ計ることあたはず、まさに堂の戸をこぼたむとせり。然るに汝、戸をこぼたずして入るることを得つ。此れ皆汝がいさをしなり。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
思ふに泡鳴は、一時代先んじたるものにして、まさきたらんとする時代を暗示せり。
遠藤(岩野)清子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
平塚さんは「現にあること」と「まさにあるべきこと」とを混同しておられます。
平塚さんと私の論争 (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
そのまさに静岡に赴こうとする時、枇杷の核は見上るばかりの大木となっていた。
枇杷の花 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
そうして今やまさに、自分の脳髄の幽霊に取り殺されようとしている現状である。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
嵐だと考えながら二階を下りてへやに帰った。机の前に寝転んで、戸袋をはたく芭蕉の葉ずれを聞きながら、まさに来らんとする浦の嵐の壮大を想うた。海は地の底から重く遠くうなって来る。
(新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
夜はいとあかけれど、強く寒き風はたちまち起りぬ。まさに没せんとする日はさかりなる火の如く、天をば黄金色わうごんしよくならしめ、海をば藍碧色らんぺきしよくならしめ、海の上なる群れる島嶼たうしよをば淡青たんせいなる雲にまがはせたり。
ヴエスヴイオ山 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
そして其の廃墟の上に、民衆の新しき社会がまさに勃興せんとしつつある。