えぐ)” の例文
それから、こんなこともいったわ、人殺しするのに、ピストルなんて、莫迦ね、あたしなら短刀でえぐってやるわ、すごいでしょうねエ。
夢鬼 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
二人がひそひそと語らいながら、私の顔を見ては何事か笑い興ずるような時など、私は胸をえぐってなぶり殺しにされるような思いがした。
駅夫日記 (新字新仮名) / 白柳秀湖(著)
が、今一瞬の間に顔を合わせたスパセニアの映像だけは、網膜深くえぐり付いて、忘れようとしても忘れられるものではありません。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
巌がぐるりとえぐれて地の底深く陥窪おちくぼんだ処が脚下あしもとに見えた。李張は躊躇ちゅうちょせずにその巌窟いわあなへはいった。人の背丈せたけ位の穴がななめにできていた。
悪僧 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
やがてきついたところはそそりおおきないわいわとのあいだえぐりとったようなせま峡路はざまで、そのおくふかふか洞窟どうくつになってります。
其一つだ、堆雪がえぐれて岩壁との間に六、七尺の隙間が作られ、其処から臼を挽くような音と共に一団の霧がむらむらと舞い上るのを見た。
黒部川奥の山旅 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
大佐の剣は、今日祖国の横腹をえぐるよりも、競売に付せられ、古物商に売られ、鉄屑てつくづの中に投げ込まれる方が、かえってよいでははないか。
「何と何だって、たしかにあるんだよ。第一爪をはがすのみと、鑿をたたつちと、それから爪をけずる小刀と、爪をえぐみょうなものと、それから……」
二百十日 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
匕首あいくちかなんかで一突きにえぐられ、あッと叫ぶ間もなくこときれたのにちがいない。このおだやかな死顔を見ると、その辺の消息が察しられるのである。
彼は眼を細めにあけて、大理石の石板いしいたよこたえられた女の白い体と、胸の只中をナイフで無残にえぐられた赤い創口きずぐちとを見た。
青蠅 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
銅銭会員十六人が、髪縄けなわで絞首されていた。髪縄の一端には分銅があり、他の一端は門の柱の、えぐり穴の中に没していた。
銅銭会事変 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
亭主は鳩尾みぞおちのところを突きとおされる、女房は頭部あたまに三箇所、肩に一箇所、左の乳の下をえぐられて、たおれていたその手に、男の片袖をつかんでいたのだ
義血侠血 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
暫く登りその上に出て、本沢のリンネを覗くとそれは深くえぐれていてそれについて行く事は出来ないので、そのまま上の草の混った胸壁バットレスを登り続ける。
一ノ倉沢正面の登攀 (新字新仮名) / 小川登喜男(著)
投げ飛ばされた一郎次は、右のわきの下に刀でえぐるような痛みを感じました。彼は、もう死ぬような気がしました。
三人兄弟 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
会員のうちに下手人がいるのだとしたら、あの美しい身体にむごたらしい血の縞を描いた奴は、あのか細い喉を無残にえぐった奴は、一体この内の誰だろうと
悪霊 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
庸三はドクトルの指図さしずで、葉子の脇腹わきばらひざでしかと押えつける一方、両手に力をこめて、ももを締めつけるようにしていたが、メスが腫物をえぐりはじめると
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
これは雪が深く、岩壁に喰い入って、そこだけを、虫歯の洞のように、深くえぐるので、刳られた崖が、椀を半分欠いたようになって、立っているのがそれだ。
高山の雪 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
越後地方では木をえぐって作った塩槽の上に塩をかますのままで置き、その底にたまる滷汁にがりをメダレと呼んでいた。
食料名彙 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
と、たちまおぼゆるむね苦痛くつうちょう疼痛とうつうたれするどかまもって、えぐるにはあらぬかとおもわるるほどかれまくら強攫しがき、きりりとをばくいしばる。いまはじめてかれる。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
宿から数十町下ると、西川に渓流がさらに一段と谷底へえぐり込まれ、滝となって落ちる崖の上の路へ出た。
岩魚 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
界隈かいわいの物持で通っている植木屋へ、型の通りの怪盗幻の民五郎が入って、小判で二百両あまりの金をった上、主人惣吉そうきちの土手っ腹をえぐって逃げ失せたのです。
「兄さんがいなくなった後で、盗賊が入って、ねえさんを殺して、はらわたえぐって逃げたのですが、じつに惨酷ざんこくな殺しかたでしたよ。だが、それがまだつかまらないです。」
成仙 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
プッツリとばかりも文句無しで自己おのが締めた帯をはずして来ての正宗まさむねにゃあ、さすがのおれもえぐられたア。
貧乏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
「すっかり私は叔父さんの裏面うらを見ちゃってよ——三吉叔父さんという人はよく解ってよ」こう骨をえぐるような姪の眼の光を、三吉は忘れることが出来なかった。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
なんとなく甘へるやうな蕗子の様子から判断して、雨宮紅庵のことはとにかく、引越の理由に就てもつとえぐられることを待ち構えてゐるのではないかと伴作は思つた。
雨宮紅庵 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
彼はいま歌口をえぐりながら、頭の中ではべつのことを考えていた。十日のちに猪狩りが行われるが、これは七年ぶりのことで、全藩を挙げての大掛りな計画であった。
四日のあやめ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
咽喉をえぐられて女は死んでいる。自害でないことは傷口が内部へ向って切り込んでいるのと、現場に何一つ刃物の落ちていないこととで、彦兵衛にも一眼でわかった。
もちろんライデンにはそのふだはないので、むしろ自暴やけ気味だったのでしょう、もし、おれが持っているんだったら、心臓をえぐり抜いてみせる——と云ったそうなのです。
白蟻 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
栗本の腕は、傷が癒えても、肉がえぐり取られたあとの窪んだ醜い禿は消す訳に行かなそうだった。
氷河 (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
それより洞中どうちゆう造船所ぞうせんじよないのこくまなく見物けんぶつしたが、ふとると、洞窟どうくつ一隅いちぐうに、いわ自然しぜんえぐられて、だいなる穴倉あなぐらとなしたるところ其處そこに、嚴重げんぢうなるてつとびらまうけられて
食うものもろくに食わせられずに、叱言こごとの代りに眼を指でえぐりとられた娘も見た。こんな雲南の奴隷娘や、悲惨な少年坑夫の話を、ここで生れた君は知らないはずはないだろう。
雲南守備兵 (新字新仮名) / 木村荘十(著)
いずれもその生殖器が斬りかれ、えぐり出され、そこから手を挿入そうにゅうして大腸、内部生殖器官、その他の臓物ぞうもつが引き出されてあって、まことに正視に耐えない光景をていしているのである。
女肉を料理する男 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
じたりえぐったりぎ合わせたり編んだりした木工品がうずたかく積みあげてある。
強×(9)され、×(10)えぐられ、臓腑ぞうふまで引きずり出された女たち!
間島パルチザンの歌 (新字旧仮名) / 槙村浩(著)
老いた母は出歩きに伴われたり、美味しいものも馳走になったりしたが、この嫁の親切は老いた母の悲しみを余計えぐった。末娘に棘々しくあたる痛みが、どんな嫁のかしずきにも癒やされなかった。
草藪 (新字新仮名) / 鷹野つぎ(著)
と力をいだしてえぐらんと為るを、しかと抑へて貫一は
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
えぐるやうに深く突つ込んだものと見えます。
高瀬舟 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
殊に昨夜ゆうべ犬と戯れているあんな甘い言葉を聞いたことが、妙に私の胸を躍るようにえぐって、あの声を聞くと眠られなくなると思いつつも
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
庄三郎はそれから富士権現ふじごんげんの前へ往った。ほこらの影から頬冠ほおかむりした男がそっと出て来て、庄三郎にねらい寄り、手にしている出刃で横腹をえぐった。
南北の東海道四谷怪談 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
そして明るいと小気味よい鼻は静観の美であり、かすかに開かれた紅唇くちから覗く、光さえ浮んだ皓歯こうしは、観客の心臓を他愛もなくえぐるのだ。
夢鬼 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
日本人なら突ッ通すかえぐるか、この二つのうちだが、傷口を見ると、遠くからでも匕首を打込んだような、しゃくッたようなようすになっている。
「では何者か日本でも五臓丸を造るものがあると見える。生きた人間の五臓をえぐり抜き、製造するという五臓丸! 何物の悪魔の所業しわざであろう?」
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
知ってのとおり両側の壁には、長方形をした龕形がんけいえぐり込まれた壁灯が点されている。そこで、自分の姿を認められないために、まず区劃扉のかたわらにある開閉器スイッチひねる。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
水は右岸の岩壁の裾を横なぐりに深くえぐっているので、なめらかな壁面の上部は円天井のように狭い河身を掩うている。まるで片側の上の方が途切れた長い洞穴を見るようだ。
秋の鬼怒沼 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
沼地などの多い、土地の低い部分を埋めるために、その辺一帯の砂がところどころえぐり取られてあった。砂の崖がいたるところにできていた。釣に来たときよりは、浪がやや荒かった。
蒼白い月 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
その右のひざと足の甲の間を二寸ほど、強い力でえぐいたように、脛の肉が骨の上をすべって、下の方まで行って、いっしょにちぢれ上っている。まるで柘榴ざくろつぶしてたたきつけた風に見えた。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
醜い争いが深夜まで続いた後、折柄しの突くばかりの土砂降りの中をお銀は戸外へ不貞腐れて出たのだった。後を追って助三郎が格子へ手を掛けた時、雨に濡れた冷たい刃物が彼の脾腹ひばらえぐった。
土橋どばしの方角を指して帰って行く道すがらも、まだ捨吉はあのむかしの窓の下に、あの墨汁すみやインキで汚したり小刀ナイフえぐり削ったりした古い机の前に、自分の身を置くような気もしていた。壁がある。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
二、三本よろよろと、足許を覚束なげに立っている、顧れば焼岳の頂は凹字にえぐられて、黄色い噴煙が三筋、蒲田谷の方へ吹き靡いている、私の立っているところは、もう向う側の霞沢岳の頂上に
谷より峰へ峰より谷へ (新字新仮名) / 小島烏水(著)
同時に、悪魔をも辟易せしめるに相違ない、えぐるが如き眼光を見たまへ。ただ一人の人物を頭の中で完全に育てあげるといふことさへ至難な業であるのに、バルザックの持つ人物の多様さよ。深さよ。