内外うちそと)” の例文
突き当りに牡丹ぼたん孔雀くじゃくをかいた、塗縁ぬりぶちの杉戸がある。上草履を脱いで這入って見ると内外うちそとが障子で、内の障子から明りがさしている。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
加賀近国では、よし、それまでになくても、内外うちそと能登の浦づたいをしないと、幅が利かなかったらしいのです。今からだと夢のようです。
河伯令嬢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それについても定めて内外うちそとから色々の苦情があったことゝ察しられますが、当人が飽までも遊芸に執着しているのだから仕方がありません。
三浦老人昔話 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
己がまゝ掻𢌞かきまは我儘わがまゝ氣儘きまゝ振舞ふるまひたりしが何時しか町内廻りの髮結かみゆひ清三郎と密通みつつうをなし内外うちそとの目を忍びて物見遊山に浪費ついえ
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
何處どこらかあるいてたとえてあしほこりだらけだと」二三にんこゑ戯談ぜうだんかへした。いへ内外うちそとのむつとした空氣くうきます/\ざわついた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
皆は家の内外うちそとを探し廻った。すると一人の女中が彼女を見つけ出した。彼女は庭の隅にぼんやり立っていたそうである。
子を奪う (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
「それから、丹波屋の三軒長屋も内外うちそとから當つて見ましたが、三軒ともまことに神妙で、少しも變ることはありません」
さすれば内裡だいり内外うちそとばかりうろついてる予などには、思いもよらぬ逸事いつじ奇聞が、舟にも載せ車にも積むほど、四方から集って参るに相違あるまい。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
清十郎既に人を殺して勘十郎の見出すところとなり、家の内外うちそと大騒擾おほさうぜうとなりたる時にお夏は狂乱したり、其狂乱は次の如き霊妙の筆に描出せらる。
「歌念仏」を読みて (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
女学校でつかう手芸用のへらだよ、此奴が裏の塀の根元を掘て手紙を埋めたり掘出したりした奴さ、塀の内外うちそとは夜なら誰にも知れず一仕事やれるからね
誘拐者 (新字新仮名) / 山下利三郎(著)
葬式の出る前は沸騰にえかえるようなごたつきであった。家の内外うちそとには、ぎッしり人がつまって、それが秩序もなく動いていた。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
はばかるように車の内外うちそとから声がかわされた。ほろにのしかかって来る風に抵抗しながら車はやみの中を動き出した。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
翌日あくるひの午後は、会葬の男女をとこをんなが番小屋の内外うちそとに集つた。牧場の持主を始め、日頃牝牛を預けて置く牛乳屋なぞも、其と聞伝へたかぎりは弔ひにやつて来た。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
町の恰度中央なかほどの大きい造酒家さかやの前には、往来に盛んに篝火かがりを焚いて、其周囲めぐり街道みちなりに楕円形な輪を作つて、踊が初まつてゐる。輪の内外うちそとには沢山の見物。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
小用こように行きたいから是非出してくれ、もし出さなければ倉の中で用を足すが好いかといって、網戸の内外うちそとで母と論判をした話はいまだに健三の耳に残っていた。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そして駿介は、その間もぢつとしては居ず、治つてからは一層、家の内外うちそとの仕事に忙しかつた。
生活の探求 (旧字旧仮名) / 島木健作(著)
人さえいなければそういって溜息ためいきをつくのは夜ごと日ごとのことである。さりとてよそ目に見たおとよは、元気よく内外うちそとの人と世間話もする。人が笑えば共に笑いもする。
春の潮 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
良介は、部屋の中に幾つも棚をつくつたり、運動と称して朝夕内外うちそとを猛烈な勢ひで掃除した。彼の家が、この頃のやうにキレイに片づき掃除の行きとゞいたのは初めてだつた。
秋晴れの日 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
平生しよつちゆう参りたいツて言ふんで御座いますよ、けれども御存知ごぞんじ下ださいます通り家の内外うちそと、忙しいもンですから、思ふばかりで一寸ちつとも出られないので御座いますから、嬢等むすめどもにもネ
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
そのふるえた、どこか臆病げな声色こわいろは、外に立っている黙った尼さんのような木立にも聞えるように、窓の内外うちそとには、厭らしい沈黙の他にこの様子を見守っているものがなかった。
夜の喜び (新字新仮名) / 小川未明(著)
するとそれが愛子であつた。新橋ならまだしも、上野では一寸珍らしい出迎へだ。改札口の内外うちそとに人だかりがしてどの目もどの目も愛子に注がれて居る。俺は心に怯れが出て来た。
畜生道 (新字旧仮名) / 平出修(著)
風の音にも心をおく身、魯達が窓から下をさしのぞくと、手に手に棍棒などを持った若者二、三十人をひき連れて、馬に乗った長者ちょうじゃ風の一人物が、しきりと妾宅の内外うちそとうかがっている。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
かくのごとく、天使の手より立昇りてふたゝび内外うちそとに降れる花の雲の中に 二八—三〇
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
一〇、コルシカ人の急所は大鍋おおなべの中に。翌日の午後、コン吉はコルテの町からさまざまな買物を騾馬ろばの背に満載して帰って来た。それと同時に『極楽荘』の内外うちそとには大改革が行なわれた。
雨のしとしとと降る晩など、ふけるにつれて、ちょいとちょいとの声も途絶えがちになると、家の内外うちそとむらがり鳴く蚊の声が耳立って、いかにも場末の裏町らしいわびしさが感じられて来る。
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
蒲団ふとん藻抜もぬけのからになっているし、台所の戸口が一パイに開け放されて月あかりがしているので、どこに行ったのか知らんと家の内外うちそとを見まわったが、出て行ったあとで又、雪が降ったらしく
復讐 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
たとえば封建の世に大名の家来は表向きみな忠臣のつもりにて、その形を見れば君臣上下の名分を正し、辞儀をするにも敷居しきい一筋の内外うちそとを争い、亡君の逮夜たいやには精進しょうじんを守り、若殿の誕生には上下かみしもを着し
学問のすすめ (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
馬車の窓に輝きし夕日は落ちて、氷川町のやしきに着けば、黄昏たそがれほのかにくりの花のを浮かべつ。門の内外うちそとには荷車釣り台など見えて、わき玄関にランプの火光あかりさし、人の声す。物など運び入れしさまなり。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
私は内外うちそとに気兼ねをしながら見ていました。
薬が内外うちそと一面に染みるように
根を掘上げたばかりと思う、見事な蓮根がさく内外うちそと、浄土の逆茂木さかもぎ。勿体ないが、五百羅漢ごひゃくらかん御腕おんうでを、組違えて揃う中に、大笊おおざる慈姑くわいが二杯。
古狢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
たづね能々よく/\相談さうだんなし給へとすゝめるに付彦三郎は御深切ごしんせつ御詞おことばかたじけなしと打悦うちよろこ内外うちそと事共ことども諜合しめしあはせ橋本町へぞ急ぎける
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
これから半刻はんときばかり以前の事である。藤判官とうほうがんの屋敷を、表から襲った偸盗ちゅうとうの一群は、中門の右左、車宿りの内外うちそとから、思いもかけず射出した矢に、まず肝を破られた。
偸盗 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
もとよりかべひまはない。そこらこゝらのはやしあひだのこされたかやしのつてて、とぼしいわらぜて垣根かきねでもふやうにそれを内外うちそとからいたたけてゝぎつとめた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
「これからが大変で、目黒の尼寺の通善が、俗名のおつうかえって根津宮永町の石井依右衛門のところへ入ってザッと一年半、内外うちそとの評判は此上なし、綺麗で親切で、物柔かくて道心堅固で——」
男もので手さえ通せばそこから着てかれるまでにして、正札が品により、二分から三両内外うちそとまで、膝の周囲まわりにばらりとさばいて、主人あるじはと見れば、上下縞うえしたしまに折目あり。
露肆 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
だから柘榴口ざくろぐち内外うちそとは、すべてがまるで戦場のように騒々しい。そこへ暖簾のれんをくぐって、商人あきうどが来る。物貰ものもらいが来る。客の出入りはもちろんあった。その混雑の中に——
戯作三昧 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
贔屓ひいきし御用も追々多くなり今は利兵衞方りへゑかたにても吉兵衞なくてはかなはぬ樣に相成けり然共されども吉兵衞は少もたかぶらず傍輩はうばいなかむつましく古參こさんの者へはべつしてしたしみける故内外うちそと共に評判ひやうばんよく利兵衞がよろこび大方ならず無二者またなきものと思ひけりしかるに吉兵衞は熟々つら/\思案しあんするに最早もはや紀州を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
第一詰め所に坐ったまま、門の内外うちそと五六間の距離へ絶えず目をそそいでいる。だから保吉の影が見えると、まだその前へ来ない内に、ちゃんともう敬礼の姿勢をしている。
保吉の手帳から (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
十番はどっちへあたるか、二の橋の方は、と思うと、すぐ前を通るらしい豆府屋の声も間遠に聞え、窓の障子に、日がすともなく、かげるともなく、ぼうとして、妙に内外うちそと寂然ひっそりする。
雪柳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ほとんど、五分ごふん六分ろつぷんきに搖返ゆりかへ地震ぢしんおそれ、またけ、はかなく燒出やけだされた人々ひと/″\などが、おもひおもひに、急難きふなん危厄きやくげのびた、四谷見附よつやみつけそと、新公園しんこうゑん内外うちそと幾千萬いくせんまん群集ぐんしふ
露宿 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
殊に春さき、——庭の内外うちそとの木々の梢に、一度に若芽のえ立つ頃には、この明媚めいびな人工の景色の背後に、何か人間を不安にする、野蛮な力の迫つて来た事が、一層露骨に感ぜられるのだつた。
(新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)