余波なごり)” の例文
旧字:餘波
さするように袖を撫でた。その透切すきぎれしたきぬの背に肩に、一城下をかけて、海に沈む日の余波なごりの朱を注ぐのに、なお意気はとおって、血が冴える。
ち得た所は物びてゐる。奈良の大仏だいぶつかねいて、其余波なごりひゞきが、東京にゐる自分の耳にかすかにとゞいたと同じ事である。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
嘘みたいに、空は青く照りかがやき、余波なごりのしぶきもまだ白い浦曲うらわの諸所では、早や荷下ろしが始まっている。
私本太平記:11 筑紫帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
あけぬれば月は空に帰りて余波なごりもとゞめぬを、硯はいかさまになりぬらん、な/\影やまちとるらんとあはれなり。
あきあはせ (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
慰めるように云って彼は女の熱い凝視からのがれるように外向いた、海は時化の余波なごりで波が高く、すごいほど青黒く澄透った水の上を白い泡が縦横に騒ぎまわっている。
麦藁帽子 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
按ずるに朽木氏の聞き伝へた所は、丁巳の流言が余波なごり僻陬へきすうに留めたものであらう。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
千早振ちはやふ神無月かみなづきももはや跡二日ふつか余波なごりとなッた二十八日の午後三時頃に、神田見附かんだみつけの内より、塗渡とわたあり、散る蜘蛛くもの子とうようよぞよぞよ沸出わきいでて来るのは、いずれもおとがいを気にしたまう方々。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
あやしみ問はるるにはくも答へずして、貫一は余りに不思議なる今日の始末を、その余波なごりは今もとどろく胸の内にしたた思回おもひめぐらして、又むなししんいたみ、こんは驚くといへども、我やいかる可き、事やあはれむべき
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
夕日の余波なごりあるあたり、薄紫の雲も見ゆ。そよとばかり風立つままに、むらすすきの穂打靡うちなびきて、肩のあたりに秋ぞ染むなる。
清心庵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
姉なる人が全盛の余波なごりいては遣手やりて新造しんぞが姉への世辞にも、美いちやん人形をお買ひなされ、これはほんの手鞠代てまりだいと、くれるに恩を着せねば貰ふ身の有がたくも覚えず、まくはまくは
たけくらべ (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
電車の乗降のりおりが始まるたびに、彼は注意の余波なごりを自分の左右に払っていたつもりなので、いつどっちから歩き寄ったか分らない婦人を思わぬ近くに見た時は、何より先にまずその存在に驚ろかされた。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
くぐって流れた扇子の余波なごりか、風も無いのにさらさらとなびく、青柳の糸のもつれに誘われた風情して、二階にすらりと女の姿。
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
朝月夜あさづくよのかげ空に残りて、見し夢の余波なごりもまだうつつなきやうなるに、雨戸あけさしてうちながむれば、さと吹く風たけの露を払ひて、そゞろ寒けく身にしみ渡るをりしも、おちくるやうに雁がねの聞えたる
あきあはせ (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
この雨はもなくれて、庭も山も青き天鵞絨びろうど蝶花ちょうはな刺繍ぬいとりあるかすみを落した。何んの余波なごりやら、いおりにも、座にも、そでにも、菜種なたねかおりみたのである。
春昼後刻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
けむり月夜つきよのやうにみづうへにもかゝる。ふねけた余波なごり分解わかず……たゞ陽炎かげらふしきりかたちづくりするのが分解わかる。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
莞爾につこりして、草鞋わらぢさき向直むきなほつた。けむり余波なごりえて、浮脂きら紅蓮ぐれんかぬ、みづ其方そなたながめながら
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
船のある事……帆柱ほぼしら巻着まきついた赤い雲は、夕日の余波なごりで、鰐の口へ血の晩御飯を注込つぎこむんだわね。
印度更紗 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
空は晴れて、かすみが渡って、黄金のような半輪の月が、うっすりと、淡い紫のうすもの樹立こだちの影を、星をちりばめた大松明おおたいまつのごとく、電燈とともに水に投げて、風の余波なごり敷妙しきたえの銀の波。
妖術 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
先達せんだつの仁右衛門は、早やその樹立こだちの、余波なごりの夜に肩を入れた。が、見た目のさしわたしに似ない、帯がたるんだ、ゆるやかな川ぞいの道は、本宅から約八丁というのである。
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
主税がまた此地こっちへ来ると、ちとおかしいほど男ぶりが立勝って、薙放なぎはなしの頭髪かみも洗ったように水々しく、色もより白くすっきりあく抜けがしたは、水道の余波なごりは争われぬ。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
瞬く間に立蔽たちおおう、黒漆こくしつ屏風びょうぶ一万枚、電光いなびかりを開いて、風に流す竜巻たつまき馳掛はせかけた、その余波なごりが、松並木へも、大粒な雨ともろともに、ばらばらと、ふな沙魚はぜなどを降らせました。
河伯令嬢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
もうちとつと、花曇りという空合そらあいながら、まだどうやら冬の余波なごりがありそうで、ただこう薄暗いうちはさもないが、処を定めず、時々墨流しのように乱れかかって、雲に雲がかさなると
妖術 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
蟻をならべた並木の筋に……蛙のごとき青田あおたの上に……かなたこなた同じ雲の峰四つ五つ、近いのは城のやぐら、遠きは狼煙のろし余波なごりに似て、ここにある身は紙鳶たこに乗って、雲のかけはし渡る心地す。
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
あおく晴れて地の上に雨の余波なごりある時は、路なる砂利うつくしく、いろいろのこいしあまた洗いいださるるが中に、金色こんじきなる、また銀色ぎんしょくなる、緑なる、樺色かばいろなる、鳶色とびいろなる、細螺きしゃごおびただし。
照葉狂言 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
おなたかさにいたゞきならべて、遠近をちこちみねが、東雲しのゝめうごきはじめるかすみうへたゞよつて、水紅色ときいろ薄紫うすむらさき相累あひかさなり、浅黄あさぎ紺青こんじやう対向むかひあふ、かすかなかゆきかついで、明星みやうじやう余波なごりごと晃々きら/\かゞやくのがある。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
夫人 このあたりは雨だけかい。それは、ほんの吹降りの余波なごりであろう。鷹狩が遠出をした、姫路野の一里塚のあたりをお見な。暗夜やみよのような黒い雲、まばゆいばかりの電光いなびかり可恐おそろしひょうも降りました。
天守物語 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
……余波なごりが、カラカラとからびたきながら、旅籠屋はたごやかまち吹込ふきこんで、おおきに、一簇ひとむら黒雲くろくもの濃く舞下まいさがつたやうにただよふ、松を焼く煙をふっと吹くと、煙はむしろの上を階子段はしごだんの下へひそんで
貴婦人 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)