何処いずく)” の例文
旧字:何處
何処いずくよりか来りけん、たちまち一団の燐火おにび眼前めのまえに現れて、高くあがり低く照らし、娑々ふわふわと宙を飛び行くさま、われを招くに等しければ。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
男性絶対尊重の女たちにまで、ひじ鉄砲をもらっては、それこそもはや、何処いずくの国へいっても顔向けの出来ない男性の汚辱を残す。
モルガンお雪 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
で、それからは毎夕点燈頃ひともしごろになると、何処いずくよりとも知らず大浪の寄せるようなゴウゴウというひびきと共に、さしもに広き邸がグラグラと動く。
池袋の怪 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
しかるにわが本師釈迦牟尼仏しゃかむにぶつは我の教うる戒法を持つ者は、何処いずくに行くとても凍餓とうがの為に死すということはないとめいせられた。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
相不変あいかわらず君はのんきだな。また認識の根拠は何処いずくにあるかとか何とか云う問題を、御苦労様にも考えていたんだろう。」
路上 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
その後翁は、飄然ひょうぜんとしてこの教会堂を去って何処いずくへ行ったか姿を隠してしまった。今でも、この蔦の絡んだ教会堂は、その儘になって建っている。
(新字新仮名) / 小川未明(著)
いわんやその廃墟も前期後期のみでありまして、中葉期建築に至っては今日世界の何処いずくにも、その廃墟すら見出すことができ得ないのであります。
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)
七つ糸の唐桟とうざんついに、献上博多けんじょうはかたの帯をしめた彼を見ては、黒死館における面影など、何処いずくにも見出されないのである。
人魚謎お岩殺し (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
断然きっぱりとお照のいい消したる時、遠く小銃のようなる音の何処いずくともなく聞えて、そがひびきにやかすかに大地の震うを覚えぬ。
片男波 (新字新仮名) / 小栗風葉(著)
景山かげやまは今何処いずくにいるぞ、一時を驚動せし彼女の所在こそ聞かまほしけれなど、新聞紙上にさえうたわるるに至りぬ。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
ほかの女どもゝ驚いて下流しへ這込むやら、又は薪箱まきばこの中へもぐり込むやら騒いでいるうちに、源次郎お國の両人りょうにん此処こゝを忍びで、何処いずくともなく落ちてく。
おもてのかたさざめきて、何処いずくにかきをれる姉上帰りましつとおぼし、ふすまいくつかぱたぱたと音してハヤここに来たまひつ。叔父はしつの外にさへぎり迎へて
竜潭譚 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
海の底に足がついて、世にうときまで思い入るとき、何処いずくよりか、かすかなる糸を馬の尾でこする様な響が聞える。睡るウィリアムは眼を開いてあたりを見廻す。
幻影の盾 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
やがて峰々から吹いてくる風が、ゆきみぞれの先触れをして、冬籠りの支度は何処いずくの家でも、たいていもう整った。
討たせてやらぬ敵討 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
と、あゝ父の血だ! とちらり閃く考へが、何処いずくともなくすうと冷たく私の体のある部分を這つて過ぎる。
脱殻 (新字旧仮名) / 水野仙子(著)
浅ましゅう口をふたがれ眼をふたがれて何処いずくともなく舁き行かれそうろうほどのこゝち、佛罰たちどころにいたりて生きながら三途八難に赴くかとおぼえ候いしぞや。
二人の稚児 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
山家やまが御馳走ごちそう何処いずくも豆腐湯波ゆば干鮭からざけばかりなるが今宵こよいはあなたが態々わざわざ茶の間に御出掛おでかけにて開化の若い方には珍らしくこの兀爺はげじいの話を冒頭あたまからつぶさずに御聞おききなさるが快ければ
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
何処いずくよりきたり、我何処にかく、よく言う言葉であるが、矢張りこの問を発せざらんと欲して発せざるを得ない人の心から宗教の泉は流れ出るので、詩でもそうです
牛肉と馬鈴薯 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
余はここにおいて卑見ひけんを述べ、蕪村が芭蕉に匹敵する所の果して何処いずくにあるかを弁ぜんと欲す。
俳人蕪村 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
かれめて問ひ給ひしかば、爾時ソノトキに「御津ミアサキ」とまおしき。その時何処いずくしか言ふと問ひ給ひしかば、即、御祖ミオヤの前を立去於坐タチサリニイデマして、石川渡り、阪の上に至り留り、此処ここと申しき。
水の女 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
皆目見当も附かぬ事なれば壁際に難を避けんとする処、陳は手前の背後より抱付だきつきて匕首を突刺し其まま何処いずくへか逃去申候にげさりもうしそうろう、たいへんなる痛手にて最早余命幾許いくばく無之これなく存候ぞんじそうろう
と二足三足追い駆けたれど重き身体からだの走る事もならぬに曲者の姿は何処いずくへか消え失せたり。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
同女は大胆にも厳重なる監視の目をくぐりつつ、重病にしおりたる母親を伴い、一通の遺書ようのものを同女の父、殿宮愛四郎氏宛に残して、何処いずくへか姿をくらましてしまった。
少女地獄 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
名所古蹟は何処いずくに限らず行って見れば大抵こんなものかと思うようなつまらぬものである。
ひじまくらに横に倒れて、天井に円く映る洋燈ランプ火燈ほかげを目守めながら、莞爾にっこ片頬かたほ微笑えみを含んだが、あいた口が結ばって前歯が姿を隠すに連れ、何処いずくからともなくまたうれいの色が顔にあらわれて参ッた。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
試みに男子の胸裡きょうりにその次第の図面をえがき、我が妻女がまさしく我にならい、我が花柳にふけると同時に彼らは緑陰に戯れ、昨夜自分は深更しんこう家に帰りて面目めんぼくなかりしが、今夜は妻女何処いずくに行きしや
日本男子論 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
「うむ。その神尾喬之助は何処いずくにおると申すのか。すみやかに言えッ!」
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
このほど大王何処いずくよりか、照射ともしといへる女鹿めじかを連れ給ひ、そが容色におぼれたまへば、われちょうは日々にがれて、ひそかに恨めしく思ひしなり。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
赫々かっかくと照っていた日の光りが少し蔭ると、天地がほんのりと暗くなって、何処いずくともなく冷たい、かんばしい風が吹いて来る。
稚子ヶ淵 (新字新仮名) / 小川未明(著)
奴隷たちをはじめ数多あまたの金銀財宝家具家財を積んだ巨船をして、何処いずくへともなく羅馬を脱去してしまいました。
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)
昼間何処いずくにか潜伏して、絶えて人にまみえず、黄昏こうこん蝦蟇の這出はいいづる頃を期して、飄然ひょうぜんと出現し、ここの軒下、かしこの塀際、垣根あたりの薄暗闇うすくらやみに隠見しつつ
妖僧記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
黄昏たそがれちかき野山は夕靄ゆうもやにかくれて次第にほのくらく蒼黒く、何処いずくよりとも知れぬかわずの声断続きれぎれに聞えて、さびしき墓地の春のゆうぐれ、いとど静に寂しく暮れてゆく。
父の墓 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
逃げられぬように手早く二人の足に一刀を切付け、それから縁側の両人を目がけて其の場に切伏せ、当の敵たる蟠龍軒は何処いずくにありやと間毎まごと々々を尋ねますと
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
かかる私政に服従するの義務何処いずくにかあらん、この身は女子なれども、如何いかでこの弊制へいせい悪法を除かずしてむべきやと、しょうは怒りに怒り、はやりに遄りて、一念また生徒の訓導に意なく
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
舟は杳然ようぜんとして何処いずくともなく去る。美しき亡骸なきがらと、美しききぬと、美しき花と、人とも見えぬ一個の翁とを載せて去る。翁は物をもいわぬ。ただ静かなる波の中に長き櫂をくぐらせては、くぐらす。
薤露行 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
といふ句を見て、作者の理想は閑寂かんじゃくを現はすにあらんか、禅学上悟道の句ならんか、あるいはその他何処いずくにかあらんなどと穿鑿せんさくする人あれども、それはただそのままの理想も何もなき句と見るべし。
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
折しも微吹そよふく風のまにまに、何処いずくより来るとも知らず、いともたえなるかおりあり。怪しと思ひなほぎ見れば、正にこれおのが好物、鼠の天麩羅てんぷらの香なるに。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
してその歌をきいた。やはり美しの姿は半ば木の葉に隠れて此方こなたを覗く様子は昨日と異ならない。この度ばかりは……と躊躇ためらう間に早や何処いずくへか消えてしまう。
森の妖姫 (新字新仮名) / 小川未明(著)
「実は昨晩の狼藉者は、貴方様の御舎弟おしゃてい源次郎様とお國さんと、うから密通しておでになって、昨夜殿様を殺し、金子衣類を窃取ぬすみとり、何処いずくともなく逃げました」
中尉の永遠に眠るこの墓地が当市の何処いずくにあるかは、中尉の手記中に詳しく記されてありますが、中尉はこの墓地のことを不思議なほど力を籠めて記述しております。
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)
築地海岸にむかえる空は仄白ほのしろ薄紅うすあかくなりて、服部の大時計の針が今や五時を指すと読まるる頃には、眠れる街も次第に醒めて、何処いずくともなく聞ゆる人の声、物の音は朝の寂静しずけさを破りて
銀座の朝 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
さるにても万一もしわがみいだすを待ちてあらばいつまでもでくることを得ざるべし、それもまたはかりがたしと、こころまよひて、とつ、おいつ、いたずらに立ちてこうずる折しも、何処いずくよりきたりしとも見えず
竜潭譚 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
背の低い眇目びょうもくの、顔付かおつきのどことなくおっとりとした鼠色の服を着ていなさる、幾人の兄弟けいていや、姉妹があり、父や母は何処いずくにどうして、して真面目な恋もあって
男一人の身の上だから、何処いずくの山の中へまいりましても喰うだけの事は出来ます、お前は此処こゝとゞまって聟を取り、家名相続をせんければならんから、拙者一人できます
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
必らずしも雨霰の如くに小歇おやなくバラバラ降るのではなく何処いずくよりとも知らず時々にバラリバラリと三個みつ四個よつ飛び落ちて霎時しばらくみ、また少しく時を経て思い出したようにバラリバラリと落ちる。
池袋の怪 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
(殿、な、何処いずくへな。)
吉原新話 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
この時にはふもとの村々には大雷雨があって、物を知れる年寄などは又誰れか池で身投みなげをしてしぬんだな、と噂をするのである。しかしてその旅人は何処いずくへ行ったやら再び姿を見ぬ。
森の妖姫 (新字新仮名) / 小川未明(著)
源「これは槍で突かれました、手強てづよい奴と思いのほかなアにわけはなかった、しか此処こゝ何時迄いつまでこうしてはられないから、両人ふたりで一緒に何処いずくへなりとも落延おちのびようから、早く支度をしな」
折悪おりあしく同人を討洩らし、如何いかにも心外に存じ候ゆえ、一時其の場をのがれ、たとい何処いずくはてに潜むとも、おのれ生かして置くべきや、無念をらしてのち訴え出でようと思い居ります内、母の大病
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
ちょうど頭の上の木の梢にとまって、「二郎さん二郎さん早くお出でよ、トテッポーッポー、脇見をせんでお出でなさい。トテッポーッポー」と二郎に力づけて、又何処いずくへか去ったのであります。
迷い路 (新字新仮名) / 小川未明(著)