かすみ)” の例文
かかる折から、柳、桜、緋桃ひもも小路こみちを、うららかな日にそっと通る、とかすみいろど日光ひざしうちに、何処どこともなく雛の影、人形の影が徜徉さまよう、……
雛がたり (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
千葉県ちばけんかすみうらの上空から西南せいなんを望んだとすると、東京湾が見え、その先に伊豆半島いずはんとうが見える位が関の山だが、赤外線写真で撮すと
赤外線男 (新字新仮名) / 海野十三(著)
じいっとみているとこっちの眼のまえがもやもやとかげって来るようでその人の身のまわりにだけかすみがたなびいているようにおもえる
蘆刈 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
空を横切るにじの糸、野辺のべ棚引たなびかすみの糸、つゆにかがやく蜘蛛くもの糸。切ろうとすれば、すぐ切れて、見ているうちはすぐれてうつくしい。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
京の桜はもう散っていたが、途中の花はまだ盛りで、山路を進んで行くにしたがって渓々たにだにをこめたかすみにも都の霞にない美があった。
源氏物語:05 若紫 (新字新仮名) / 紫式部(著)
いつものトホンとしたやつに余醺よくんかすみがかかり、しごく曖昧な顔で金座の門の前に突っ立って、顎十郎先生、なにを言うかと思ったら
顎十郎捕物帳:07 紙凧 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
寛容な自然はこの人達をもさすがに見捨てずに、雪をかずいた連峰は漂々とかすみの上から、君とそして彼等を見下ろしているではないか。
その上にも、まことに無理なお願いであるが、どうか拙者をこのままかくまって、かすみうら常陸岸ひたちぎしか、鹿島かしまの辺まで便乗させてもらえまいか
旗岡巡査 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
幾里いくりともなきながれにかすみをひきたるがごとく、朝より夕べまでこと/″\く川上へつゞきたるがそのかぎりをしらず、川水も見えざるほど也。
あいつは霧だから、かすみのような女を見つけたに違いない。マリユスは詩人の仲間だ。詩人と言えば狂人だ。アポロンは狂人なりだ。
見わたすかぎり田圃に、黄色い花がかすみのように咲きそろっているのに気がつくと、トヨも突然気がたってきたように、たちどまる。
南方郵信 (新字新仮名) / 中村地平(著)
森をもってわかつ村々、色をもって分つ田園、何もかもほんのり立ち渡るかすみにつつまれて、ことごとく春という一つの感じに統一されてる。
春の潮 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
ただ「春風」とか「春の月」とかいう春という字のくっついているのにさらに春季の季題である「かすみ」「氷解」「燕」「桜の花」「種蒔たねまき
俳句とはどんなものか (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
鼻が高く、目が大きくクッキリと白い顔には、古代紫のかすみ模様の地紋のあるシャルムーズ縮緬ちりめんの羽織が、ぴったりとからだについていた。
第二の接吻 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
夜中よなか彼等かれらつた。勘次かんじ自分じぶんいそぐし使つかひつかれたあしあるかせることも出來できないのでかすみうら汽船きせん土浦つちうらまちた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
人間に交っていると、うつらうつらまだ立ち初めもせぬ野山のかすみおもい、山河に引き添っているとき、激しくありとしもない人が想われる。
河明り (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
これは祖先以来の出入先で、本郷五丁目の加賀中将家、桜田堀通の上杉侍従家、桜田かすみせきの松平少将家の三家がそのおもなるものであった。
細木香以 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
さすがに紅海は太陽の光と熱砂のかすみと共に暑かった。汗と砂漠さばく黄塵こうじんによって私の肉体も顔も口の中までも包まれてしまった。
飛び出してお出でよッ! 誰も知らないところで働きましょう。茫々としたかすみの中に私は神様の手を見た。真黒い神様の腕を見た。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
連歌師がその力を尽したるは主としてかすみ、雪、月、花、紅葉もみじ時鳥ほととぎす、等のありふれたる題目にして、その他の題目はその句極めて少きを見る。
古池の句の弁 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
ところがこの老博士は今年八十四五歳であり、君子であり品格をもった国宝的建築家でありますが、現実の社会事情からは些かかすみの奥に在る。
一番早く塗って来た者は、大きくなってから美しい嫁をもらい、好い男を婿に取るといっておりました。(かすみ村組合村是。鳥取県日野郡霞村)
日本の伝説 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
ときには口からパイプをとって、香りのよいかすみのような煙を鼻のあたりにうずまかせながら、重々しくうなずいて、大賛成の意をあらわすのだ。
東洋の端にある日本のことなどかすみ棚曳たなびいた空のように、空漠くうばくとしたブランクの映像のまま取り残されているのだと梶は思うと、その一隅から
厨房日記 (新字新仮名) / 横光利一(著)
また野母のも半島を越して玄界灘の水平線と思わるるかすみの奥に、五島列島が淡く並んで見える。国見と江丸えまる山の彼方には、有明海が彎曲して現れる。
雲仙岳 (新字新仮名) / 菊池幽芳(著)
詩入しいり)「国を去って京に登る愛国の士、心を痛ましむ国会開設の期」雲やかすみもほどなく消えて、民権自由に、春の時節がおっつけ来るわいな。」
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
路傍みちばたにはもうふきとうなどが芽を出していました。あなたは歩きながら、山辺やまべ野辺のべも春のかすみ、小川はささやき、桃のつぼみゆるむ、という唱歌をうたって。
冬の花火 (新字新仮名) / 太宰治(著)
群を離れた河千鳥がみぎわに近く降り立った。その鳴き渡る声が、春深いかすみに迷うて真昼の寂しさが身に沁みるようである。
駅夫日記 (新字新仮名) / 白柳秀湖(著)
彼はかすみうらの北端にある鉾田ほこた町で生れ、父も霞ヶ浦の通船に乗っていたし、彼もごく小さいときから、父といっしょに通船に乗ったということだ。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
かすみうらといえば、みなさんはごぞんじでしょうね。茨城県いばらきけんの南の方にある、周囲しゅうい百四十四キロほどのみずうみで、日本第二の広さをもったものであります。
あたまでっかち (新字新仮名) / 下村千秋(著)
私が仙人になれない第一の理由は雲にのれないことでもなく、かすみがくえないことでもなく、実にこの爪を長くすることが辛抱できないところにある。
胆石 (新字新仮名) / 中勘助(著)
たまたいもそのままかすみのうちにけ去りてすくうも手にはたまらざるべきお豊も恋に自己おのれを自覚しめてより、にわかに苦労というものも解しめぬ。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
私は燈台の中を見せてもらって、そのあとで窓の外へ眼をやった。沖あいはるかかすみの中に、敷根しきねらしい島と大島らしい島のどんよりと浮んでいるのを見た。
真紅な帆の帆前船 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
姉を頼りにして上京したのが、明治卅五年の四月、故郷ふるさとの雪の山々にもかすみたなびきそめ、都は春たけなわのころ、彼女も妙齢十七のおりからであった。
松井須磨子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
それと共に私はまたかすみせきの坂に面した一方に今だに一棟ひとむねか二棟ほど荒れたまま立っている平家ひらやの煉瓦造を望むと
その、艶にうつくしいほおに、遠山のかすみをえがいた朱骨絹しゅぼねきぬぼんぼりの灯が、チロチロと、夢のように這っています。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
秋の末、木の葉がどこからともなく街道をころがって通るころから、春のかすみの薄く被衣かつぎのようにかかる二三月のころまでの山々の美しさは特別であった。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
そうした森の中の道を通りぬけると、芝生が生えているのかと思われるような山が前方にそびえ立っていた。かすみがふうわりとそれらの山にれこめていた。
『あれ/\、あの醜態ざまよう。』とゆびざ彼方かなた見渡みわたすと、生殘いきのこつたる獅子しゝ一團いちだんは、くもかすみ深林しんりんなか逃失にげうせた。
青地清左衛門を従えて、かすみの中へ悠々と、徳大寺大納言家の歩み去った後は、おくめという娘一人だけとなった。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
君の必然の線は現在からはみ出して、未来のかすみの中に曖昧な影を落としているではないか。もし、その上を歩むなら、君の精神の自由とはどこにあるのだ。
二十歳のエチュード (新字新仮名) / 原口統三(著)
言葉はなくても真情まことは見ゆる十兵衛が挙動そぶりに源太は悦び、春風みずを渡ってかすみ日に蒸すともいうべき温和の景色を面にあらわし、なおもやさしき語気円暢なだらか
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
したがって私は昼間の編隊爆撃がこの工場地帯と分ったら五百メートルでも千米でも雲をかすみと逃げだす算段にしており、兼々かねがね健脚を衰えさせぬ訓練までつんでおり
魔の退屈 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
眉のあと青々あを/\と妙に淋しくほつそりして居りますが、水際立つた元祿姿げんろくすがたで、敷居の上に櫻貝のやうな素足の爪を並べて立つと、腰から上へ眞珠色しんじゆいろかすみたなびいて
空ろな目が、かすみのかかった様に、白っぽくて、白眼の隅の方に、目立たぬ程、灰色のポツポツが見えていた。
(新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
かすみ駈出かけいだすに平兵衞も是はと驚きにげんとなしたるうしろより大袈裟おほげさに切付ればあつと叫びて倒るゝを起しも立ずとゞめの一刀を刺貫さしつらぬ懷中くわいちうへ手を差入れ彼穀代金百兩を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
『どうです散歩に出ましょう、今日は何だかかすみがかってまるで春のようですよ。』と小山は自分を促した。
小春 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
村の煙がまっすぐに、雨に洗われた空へ立ち上っていた。静まり返ってる運河が、白楊樹の間に輝いていた。青い光のかすみがうっすりと、牧場や森を包んでいた。
ふもとかすみは幾処の村落をとざしつ、古門こも村もただチラチラと散る火影によりてその端の人家をあらわすのみ、いかに静かなるひなの景色よ、いかにのどかなる野辺の夕暮よ
空家 (新字新仮名) / 宮崎湖処子(著)
彼女の立ちすぐれた眉目形みめかたち花柳かりゅうの人たちさえうらやましがらせた。そしていろいろな風聞が、清教徒風に質素な早月の佗住居わびずまいの周囲をかすみのように取り巻き始めた。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)