ひな)” の例文
曾祖母ひいばあさん、祖父おぢいさん、祖母おばあさん、伯父おぢさん、伯母おばさんのかほから、奉公ほうこうするおひなかほまで、家中うちぢうのものゝかほ焚火たきびあかうつりました。
ふるさと (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
何や……怪我けが貴方あんたは何やかて、美津みいさんは天人や、その人の夫やもの。まあ、二人して装束をお見やす、ひなを並べたようやないか。
南地心中 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その座敷の床の間にはお手製の大きなひな人形が飾ってあった。してみると、私の二回目の家出は三月の節句の頃であったと見える。
遁走 (新字新仮名) / 小山清(著)
袴着はかまぎはたいそうな用意がされたのでもなかったが世間並みなものではなかった。その席上の飾りがひな遊びの物のようで美しかった。
源氏物語:19 薄雲 (新字新仮名) / 紫式部(著)
鬼ごっこ、子をとろ子とろ、ひな一丁おくれ、釜鬼かまおに、ここは何処どこ細道ほそみちじゃ、かごめかごめ、瓢箪ひょうたんぼっくりこ——そんなことをして遊ぶ。
旧聞日本橋:02 町の構成 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
癩人島の俗譚に十のひなもてる牝鶏が雛をつれて食を求め、ギギンボ(自然薯の一種)を見付けるとその薯根ち出て一雛を食うた。
最初は生れて百日位のひなを買って二月ほど養うとモー直ぐに玉子を産み出します。雛で買って一羽八十銭位ですから五羽で四円ですね。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
むかし小野浅之丞あさのじようといふ少年があつた。隣家となりの猫が度々たび/\大事なひなを盗むので、ある日築山つきやまのかげで、吹矢で猫をねらうちにした。
事件は今から七日前、娘のお春が三つの節句のひなを片付けた晩のことであった。お道の枕もとに散らし髪の若い女が真っ蒼な顔を出した。
半七捕物帳:01 お文の魂 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
年が改まった、ひなの宵節句に、彼は千神家へ招かれた、客は彼ひとりだった。母堂や二人の妹たちが心をこめて接待してくれた。
(新字新仮名) / 山本周五郎(著)
そして今では、無精卵を抱いてひなを待つの愚をすてて、はっきりと、前幕府の北条氏以上な武断政体へと、かたむきだしていたのだった。
私本太平記:13 黒白帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
立女形たておやまの顔が文楽座のはふっくらと円みがあるのに、此処のは普通の京人形やおひな様のそれのように面長おもながで、冷めたい高い鼻をしている。
蓼喰う虫 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
僕はたびたび見たが、ひなやしなっている雌鶏めんどりかたわらに、犬猫いぬねこがゆくと、その時の見幕けんまく、全身の筋肉にめる力はほとんど羽衣はごろもてっして現れる。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
ただ世間でおひなさまのようと言われる美しい夫婦の顔を向き合って菓子位つまむだけだ。ここにも小笹屋の若旦那の大ふうが付きまとうのか。
とと屋禅譚 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
名人右門と一対のひなではないかと思われる美しい姿に美しい涙をためながら、なき父の霊前に、静かな回向えこうをささげつづけているのでした。
三大節、歌留多かるた会、豆撒き、彼岸、釈迦まつり、ひなのぼりの節句、七夕の類、クリスマス、復活祭、弥撒ミサ祭なぞと世界的である。
東京人の堕落時代 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
一つには、四つになる富太郎がスヤスヤと眠り、一つは今おひなが脱け出したまゝ、少しなまめかしく、紅い裏のかい卷をはね返して居ります。
私に獅子ししの役をやらしてください。ひなをやる女鳩めばとのように、私はやさしくえてみせます。うぐいすかと思われるように、私は吼えてみせます。
と、奇怪な想念が、まるで卵からかえるひなのように、彼の脳底をつっ突き回り、彼はたちまちそのとりこになってしまった。
たった一羽のひなをもっていて、しかもそれがアヒルの子であったという雌鶏めんどりのように、ただ一つの思想をいだいている人々。
ひなとか七夕とかに物を貰いにあるくことを、何とも思わぬ子供たちであったが、亥の子には別にもちなどをねだらなかった。ただ歌の文句には
年中行事覚書 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
それがしきりとわたしに白孔雀しろくじゃくひなを買えとすすめるのですから、わたしはお伽噺とぎばなしみたようなその夜の空気がへんに気に入ってしまったのです。
オカアサン (新字新仮名) / 佐藤春夫(著)
物置の前では十五になる梅子うめこが、今鶏箱とりばこからひなを出して追い込みに入れている。雪子ゆきこもおもいかにもおもしろそうに笑いながら雛を見ている。
奈々子 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
貴嬢あなたは特に青年の為に御配慮です、乍併しかしながら今日こんにちの青年は、牧者のつゑを求むる羊と云ふよりは、母雞おやどりの翼を頼むひなであります
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
袋の糸目をとくと、なかから美しいべにのつやを持ち、芽割めわれに白い縫糸を見せた小豆が一杯につまっていた。ひなの日の娘らのあそぶお手玉だった。
津の国人 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
そのことは、卵やひなを賣ることで分るばかりでなく、花の根や種や小枝等を園丁に高く賣りつけることでも察しられた。
これは抽斎が「三坊さんぼうにはひな人形を遣らぬかわりにこれを遣る」といったのだそうである。三坊とは成善しげよし小字おさなな三吉さんきちである。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
この奥様はお隣屋敷浮田中納言様の奥様の妹御に当らせられ、御利発とは少々申し兼ね候へども、御器量は如何いかなる名作のひなにも劣らぬほどに御座候。
糸女覚え書 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
なかで、胸毛むなげにふかくくびをうづめた母燕おやつばめねむるでもなくをつぶつてじつとしてゐるとひなの一つがたづねました。
ちるちる・みちる (旧字旧仮名) / 山村暮鳥(著)
母親は扇のように翼をひろげてひなをおおうていた。父親は飛び上がって出て行き、それからまた戻ってきては、くちばしの中に餌とくちづけをもたらしていた。
○天保三年辰四月、我がすむ塩沢の中町なかまちに鍵屋某が家のほとりに喬木たかききあり。此からすをむすび、ひな梢々やゝかしらをいだすころ、巣のうちに白きかしらの鳥を見る。
ひなの節句の晩に男の子を挙げてまだ産屋にこもっている私は医師から筆執る事も物を読む事も許されておりません。
産屋物語 (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
Brrrrと唇をふるわして、彼は、金属性の扣鈕ボタンを二つ三つコップへ入れて振る。するとそれが、一羽のひなっ子に早変りして出て来る。見物が集まる。
「先生。こういう盆栽なんぞはいかがなものでしょう。当節じゃやはりひな人形や錦絵にしきえなんぞと同じように表向おもてむきには出せない品なんで御座いましょうか。」
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
「秋の風」の句は、秋らしい風の吹くころ、ふと芙蓉の花の下に鶏のひながいたのを見つけたというのであります。
俳句とはどんなものか (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
何ものかが次第にんでくるようにも思われ、また何ものかが生れ出ようとして悩んでいるようにも思われる。抱いた夢はひなえさねばならない。
何でエ! ひな節句せっくの内裏様や五人囃にんばやしじゃアあるめエし、並んでじっとしていねえで、飛び込んで来たらどうだ。ヤイ、てめえ、眼の色が変っているぞ。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
その開閉器スイッチの間には、山雀やまがらひなが挾まれていて、把手とってを引く糸が切れておりました。ああ、あの糸はたしか、地下の棺中から引かれたに相違ございません。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
この喪章もしょうと関係のある球の中から出る光線によって、薄く照らされた白衣はくいの看護婦は、静かなる点において、行儀の好い点において、幽霊のひなのように見えた。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
四、五間向うに、数羽のひなとともにたわむれている雷鳥、横合よこあいから不意に案内者が石を投じて、追躡ついじょうしたが、命冥加いのちみょうがの彼らは、遂にあちこちの岩蔭にまぎれてしまう。
穂高岳槍ヶ岳縦走記 (新字新仮名) / 鵜殿正雄(著)
水仙を漬物の小桶こおけけかへよと命ずれば桶なしといふ。さらば水仙も竹の掛物も取りのけてひなを祭れと命ず。古紙雛ふるかみびなと同じの掛物、かたわらに桃と連翹れんぎょうを乱れさす。
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
「マドロスさん、こりゃ何だい、この鳥は何だか知っているかい、アルバトロスのひなじゃあるまいね」
大菩薩峠:32 弁信の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
近くの白山はくさん神社の群から離れたのかも知れません。それがよくれて、卵をかえしたり、ひなをはぐくんだりします。それを見せるといって、類さんを連れて来ました。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
あの年を取った去年の鳥、せっかく育てたひなを殺された親鳥、彼らも若いのに劣らず愛し合っていた。いつ見ても、彼らは一緒にいた。彼らは逃げることが上手だった。
博物誌 (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
この林から一里ほど離れた地点ところに、だだっ広い前庭を持った一構えの農家が立ってい、家鶏にわとりひなが十羽ばかり、親鶏の足の周囲を、欝金色うこんいろの綿の珠が転がるかのように
血曼陀羅紙帳武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
いよいよ春だ。村の三月、三日にはひなを飾る家もある。菱餅ひしもち草餅くさもちは、何家でも出来る。小学校の新学年。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
ひな人形セット」「呉服ソルド市」「今シーズン第一の名画」「愛とユーモアの明るい避暑地」
外来語所感 (新字新仮名) / 九鬼周造(著)
私は下駄げたをつっかけて土間へ降り、無言で鶏小屋へ案内しました。ひなの保温のために、その小屋には火鉢を置いてあるのです。私たちは真暗い鶏小屋にこっそりはいります。
(新字新仮名) / 太宰治(著)
そのうちでも、くびのまわりのあかとりが、えだつくって、三ひなをかえして、三ひななかよくえだからえだびうつっていましたのを、わすれることができませんでした。
春がくる前 (新字新仮名) / 小川未明(著)
ある日、私が授業をえて、二階から降りて来ると、先生はがらんとした工場のすみにひとり腰掛けていた。その側で何かしきりに啼声なきごえがした。ボール箱をのぞくと、ひなが一杯うごめいていた。
廃墟から (新字新仮名) / 原民喜(著)