たず)” の例文
母とか弟とかそうした人たちにさえすぐには知らすことをすまい、その場の都合で今日すぐに尼の家をたずねることになるかもしれぬ。
源氏物語:55 手習 (新字新仮名) / 紫式部(著)
とにもかくにも彼は二人の子にあい、その世話になる人々に礼を述べ、知人の家々をたずねて旧交をあたためただけにも満足しようとした。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
そして出発しようとしてる時に、ひとりの従弟いとこたずねて来たのでそのくわだては行なわれませんでした。今夕従弟は別府を去りました。
青春の息の痕 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
矢野は手紙をよこしておいて翌夕大木をたずねた。矢野は自分の考えを大木につげ、大木の考えを手紙に聞いただけでは満足ができない。
廃める (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
彼は自分がこういう場所へ来ている時、それをねらってわざわざ冷やかしのようにたずねて来るこの役人の心に不愉快を感じていた。
西坂本に故敦忠の山荘の跡をたずねて、はからずも昔の母にめぐり逢う迄のいきさつを書いた、一篇の物語であると云ってもよいのである。
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
あのレコードが日本へ来たのは、大正十二年の春(一九二三年)震災の少し前、クライスラーやゴドフスキーが日本をたずねた頃だ。
それから、またしばらくの後、或る日私が仕事場で仕事をしていると、一人の百姓のような風体ふうていをした老人が格子戸こうしどけてたずねて来ました。
その頃、彼は一度東京へ出て知人をたずねようと思っていた。がたったそれだけのことが彼にとってはなかなか決行できなかった。
冬日記 (新字新仮名) / 原民喜(著)
学者がくしゃは、いつか三にんおとこたちが、いくねんのちになって、しかもうちそろって、かぎをちながら自分じぶんたずねてきたことをおもしました。
三つのかぎ (新字新仮名) / 小川未明(著)
ところが窪田がたずねて行って見ると、驚いたことには津島は下宿の六畳の間一ぱいに蔵経を積め込んで卒業論文を書いていた。
競漕 (新字新仮名) / 久米正雄(著)
「みんな聞いてしまいましたよ。前に京都から女がたずねて来たことも、どこかの後家さんと懇意であったことも、ちゃんと知ってますよ。」
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
机は多枝のらしく、たずねてゆくといつも多枝は、彼女の部屋ときめているらしい玄関の三畳の、その机の前から立って迎えた。
(新字新仮名) / 壺井栄(著)
そうして、やがて一と月ほども無事にすぎた時に、お角はいつものようにたずねて来て、文字春となにかの話の末にこんなことをささやいた。
半七捕物帳:16 津の国屋 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
新市街の白仁長官しらにちょうかんの家をたずねた時、結構な御住居おすまいだが、もとは誰のいた所ですかと聞いたら、何でもある大佐の家だそうですと答えられた。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「でも親方が刑務所けいむしょから出て来たときに、どうしてわたしをさがすでしょう。きっとこちらへたずねて来るにちがいありません」
だが、これからもなお、水をい山をたずね、そして水も山も温かく私を抱擁してくれるであろうと思うだけが、せめて私の生へのきずなである。
利根川の鮎 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
煙硝蔵えんしょうぐらのある二の丸下まであるかなければならなかったが、それでも一日に一度は必ず、どちらかがたずねあうのであった。
饒舌りすぎる (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
そうした日の、ある夕ぐれ、青葉の匂いをいで、そぞろ歩きをしようと、当然帰途は美妙斎におくってもらうつもりでたずねると、留守だった。
田沢稲船 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
袒裼たんせき剣を持って水に入り、連日神と決戦してすがめとなり勝負付かず、呉にきて友人をたずねるとちょうど死んだところで
隣町に住んでいたので、短冊を背中に入れて気軽くたずねてくる。弟子の家を廻り歩くのが何よりの楽しみであったらしい。
私はいままで何んにも知らなかったので、ついそのおばさんにはよそよそしくばかりしていたが、そのうちに是非ともおたずねしてみたいものだ。……
花を持てる女 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
わたくし小櫻こざくらもうすものでございますが、こちらの奥方おくがたにお目通めどおりをいたしく、わざわざおたずねいたしました……。』
草隠そういんの病骨へ、度々、おもの好きなるおたずね、おこころざしもだし難く、粗茶ひとつけんじ参らすべく、待ち申し上げ候
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そののち同博士をたずねた折、それとなくこうこういう議論につきいかにお考えであるかと、いわゆるやっつけた人の説を繰り返せるに、博士はいわ
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
この話はすべて遠野とおのの人佐々木鏡石君より聞きたり。さく明治四十二年の二月ごろより始めて夜分おりおりたずたりこの話をせられしを筆記せしなり。
遠野物語 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
すると、新年になって、年始旁々かたがた譲吉の家をたずねた友人の杉野は、仕立下ろしと見える新しい大島の揃を着て居た。
大島が出来る話 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
それ以来私は、この男がたずねてくるたびごとに裁判所のニュースを何かと聞き、次第次第にそのことに関するある種の理解ができるようになりました。
審判 (新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
今まで何度来ても、それはこちらでぎょくをつけてやるから来るので、向うからついぞたずねて来たことなどなかったのに、めずらしい。どうしたのだろう。
うつり香 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
明治四十一年四月二日の昼過ぎ、妙なじいさんがたずねて来た。北海道の山中に牛馬を飼って居る関と云うじじいと名のる。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
前に述べた任立政じんりっせいらが胡地こち李陵りりょうたずねて、ふたたび都に戻って来たころは、司馬遷はすでにこの世にかった。
李陵 (新字新仮名) / 中島敦(著)
長い間上海シャンハイに行っていて、半年ばかり前に帰ったのですが、その当時逢った切り久しくたずねもしません。帰ってからは余り事件を引受けないということです。
一寸法師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
お徳は老母からも細君からも、みっしりしかられた。お清は日の暮になってもお源の姿が見えないので心配して御気慊ごきげん取りと風邪見舞とを兼ねてお源をたずねた。
竹の木戸 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
「大きくなったら、りっぱな音楽家になったら、ベルリンへ私をたずねておいでよ。力になってあげるから。」
ある秋の甌香閣おうこうかくたずねた王石谷おうせきこくは、主人の惲南田うんなんでんと茶をすすりながら、話のついでにこんな問を発した。
秋山図 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「そこで貴殿におたずねしますが、この拙者という人間こそ、その独楽を手中に入れようとして、永年尋ねておりました者と、ご推量されたでござりましょうな」
仇討姉妹笠 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
その頃波蘭ポーランドの革命党員ピルスウツキーという男が日本へ逃げて来て二葉亭をたずねて来た。その外にも二葉亭をたよって来た露国の虚無党亡命客が二、三人あった。
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
るよく晴れた日、須利耶さまはみやこに出られ、童子の師匠ししょうたずねて色々れいべ、また三巻みまき粗布あらぬのおくり、それから半日、童子をれて歩きたいともうされました。
雁の童子 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
べつに怨恨えんこんなどいだいてはいないのだとこたえたが事実じじつとしては青流亭せいりゅうてい女将おかみおなじく、いつもよるになつてから老人ろうじんたずねるのがつねで、あるとき、ひどくはげしい口調くちょう
金魚は死んでいた (新字新仮名) / 大下宇陀児(著)
当時東京市中の私窩子しかしたずね歩むに、本所立川の入口相生町あいおいちょうの埋立地に二階建の家五、六軒ありて夜は公然と御神燈をかかげてチヨイトチヨイトと客を呼びゐたり。
桑中喜語 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
ある日、仕事を終えて帰り仕度じたくをしていると、労働組合の同志の中村がぶらりとたずねて来た。ちょっと話がある、と彼はいうのだ。二人は肩を並べて事務所を出た。
(新字新仮名) / 島木健作(著)
たまたまたずねてくる人も、宮木が美貌であるのを見ると、いろいろと親切ごかしをいって誘惑しようとするが、宮木は、かたい貞婦の操を守ってこれを冷淡にあしらい
やっと父親の存在を意識いしきしてきたらしく、ある晩、東京から久しぶりでたずねてきた友人と街で飲みあかし、あくる朝、帰ってくると、すぐ胃が痛みだし、嘔気はきけを催したので
親馬鹿入堂記 (新字新仮名) / 尾崎士郎(著)
しかし、警察が彼らの私宅を訪問したり、その工場をたずねたりするようになると、彼らは真剣に聞くようになって来た。そして、警察をだんだん恐れぬようになって行った。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
けれども、もうだいぶ時間じかんっているのにたまごはいっこうからやぶれる気配けはいもありませんし、たずねてくれる仲間なかまもあまりないので、この家鴨あひるは、そろそろ退屈たいくつしかけてました。
早速翌くる朝たずねて行って面会すると、デビーは「まだ商売かえをするつもりか」と聞いて、それから「ペインという助手がやめて、その後任が欲しいのだが、なる気かどうか」
私は地図を書いてもらって徒歩で其処にたずねて行った。二階の六畳一間で其処に中林梧竹ごちく翁の額が掛かっていて、そこから富士山が見える。私は富士山をそのときはじめて見た。
三筋町界隈 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
近頃ちかごろ春信はるのぶで一そう評判ひょうばんった笠森かさもりおせんを仕組しくんで、一ばんてさせようと、松江しょうこう春信はるのぶ懇意こんいなのをさいわい、ぜんいそげと、早速さっそくきのうここへたずねさせての、きょうであった。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
そののちまた小野妹子おののいもこが二めにシナへわたったとき衡山こうざんのおてらたずねると、まえにいた三にんぼうさんの二人ふたりまではんでしまって、一人ひとりだけのこっておりましたが、そのぼうさんのはなし
夢殿 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
「こないだおたずねのときも、実は、一生懸命、これを彫っておりましたわけ——」
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)