穿)” の例文
この伯母さんは、女学校を出て、行燈袴あんどんばかま穿いて、四円の月給の小学教師になったので、私の母から姉妹きょうだいの縁を切るといわれたひとだ。
この雨にふり籠められたばかりでなく、旅絵師の澹山は千倉屋の奥の離れ座敷に閉じ籠って、当分は再び草鞋わらじ穿きそうもなかった。
半七捕物帳:33 旅絵師 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
十六人ははかま穿き、羽織を着た。そして取次役の詰所へ出掛けて、急用があるから、奉行衆ぶぎょうしゅうに御面会を申し入れて貰いたいと云った。
堺事件 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
羅紗らしゃの筒袖羽織に野袴を穿いて、蝋鞘ろうざやの大小を差し、年は三十前後と思われるほどの若さを持っているのが、爽やかな声で言います
大菩薩峠:22 白骨の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
赤革の靴を穿き、あまつさえ、リボンでも飾ったさまに赤木綿のおおいを掛け、赤いきれで、みしと包んだヘルメット帽を目深まぶかに被った。……
灯明之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そこへ飯を喰い終った一知が、帯を締め締め、草履ぞうり穿いて出て来たので、草川巡査は素知らぬ顔をして台所の入口へ引返して来た。
巡査辞職 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
岡山頭巾で顔をつつみ、半纏の代わりに黒の短羽織みじかばおりを着、股引の代わりに裁着たっつけ穿き、そうして腰に一本ずつ、短い刀を差していた。
仇討姉妹笠 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
女は彼を見ると、それでも沓下だけは大急ぎで穿いた。そして彼の体を全く馴染みの男の様に抱えてテーブルの前の椅子に坐らせた。
ドーヴィル物語 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
父は家人の騒ぐのを制して、はかま穿きそれから羽織をた。それから弓張ゆみはりともし、仏壇のまへに据わつて電報をひらいたさうである。
念珠集 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
女の方は二十前後の若い妻らしい人だが、垢染あかじみた手拭てぬぐいかぶり、襦袢肌抜じゅばんはだぬ尻端折しりはしょりという風で、前垂を下げて、藁草履わらぞうり穿いていた。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
佐藤はその頃筒袖つつそでに、すねの出るはかま穿いてやって来た。余のごとく東京に生れたものの眼には、この姿がすこぶる異様に感ぜられた。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「うん。一しょに往くよ。」坊ちゃんはあわてて格子戸から降りて、下駄を穿いて、よしやのあとを追うようにして、走って出掛ける。
張箍はりわ女袴をんなばかま穿いた官女くわんぢよよ、とちよ、三葉形みつばがたぬひを置いて、鳥の羽根はねの飾をした上衣うはぎひきずる官女くわんぢよよ、大柄おほがら權高けんだかで、無益むやく美形びけい
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
長岡家に養われてからは、なり振りも小綺麗に、前髪もきちんとって、伊織は、奉公人らしくなく、足袋たびまで白いのを穿いていた。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
足袋たび穿かぬあしかふさめかはのやうにばり/\とひゞだらけにつてる。かれはまだらぬ茶釜ちやがまんでしきりにめし掻込かつこんだ。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
白絣かすりのあらい浴衣ゆかたに、黒の帯、新しい滝縞たきじまの袴をシヤンと穿いて居た。お国風にまもるさん衛さんと七つも違ふ湯村の名を呼んで居た。
茗荷畠 (新字旧仮名) / 真山青果(著)
閣下……いや、男爵は、そいつの皺を伸ばしながら右足に穿き、もう一方を穿こうとすると、どうしたことか、それも右足の方である。
沼畔小話集 (新字新仮名) / 犬田卯(著)
吉川と云う方は、明石縮あかしちぢみ単衣ひとえに、藍無地あいむじの夏羽織を着て、白っぽい絽のはかま穿いて居た。二人とも、五分もすきのない身装みなりである。
大島が出来る話 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
あの時は家へ來て泊つた鈴木のお客に餘所行の下駄を二足とも穿いて行かれてしまつて、あんな困つた事はなかつたつて言つてるのよ。
梅龍の話 (旧字旧仮名) / 小山内薫(著)
天上の最もあきらかなる星は我手わがてに在りと言はまほしげに、紳士は彼等のいまかつて見ざりしおほきさの金剛石ダイアモンドを飾れる黄金きんの指環を穿めたるなり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
生憎あいにくそんなものは持合せていないので、まあ我慢することにして——足袋たび穿き、手袋をはめ——天井裏は、皆荒削あらけずりの木材ばかりで
屋根裏の散歩者 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
ハムレットはタイツを穿いて剣をさげているじぶんの阿呆なすがたに気がつき、意味をつかめずに茫然としていたにちがいありません。
ハムレット (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
「岡つ引におどかされて獲物を吐き出したとあつちや、この東作の名折れだ。今直ぐ長い草鞋わらぢ穿くまでも、そいつは御免蒙らうよ」
そして靴を純印度式のモージャディというのを穿かれ、しかも昨夜の頭布サッファの正面にはこれも兼ねて写真で見るとおりのコロンギという
ナリン殿下への回想 (新字新仮名) / 橘外男(著)
私の案内の声に応じて現われたのは一人の破袴を穿いた丈高い書生さんであった。来意を通ずると直ちに私を漱石氏の室に通した。
漱石氏と私 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
盤台面ばんだいづらの汚い歯の大きな男で、朴歯ほうばの下駄を穿き、脊割羽織せわりばおりを着て、襞襀ひだの崩れた馬乗袴うまのりばかまをはき、無反むぞりの大刀を差して遣って参り
白っぽい竪縞たてじまの銘仙の羽織、紫紺しこんのカシミヤの袴、足駄を穿いた娘が曾て此梅の下に立って、一輪の花を摘んで黒い庇髪ひさしびんに插した。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
赤焦あかちやけた黒繻子の袋袴を穿いた役場の助役、消毒具を携へた二人の使丁こづかひ、この人數は、今日も亦家毎に強行診斷をつて歩いた。
赤痢 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
食堂で渡される靴が足には小さいのを無理して穿いてるうちに、たちの悪い底豆が出て非常に悩まされた、母親にはがみがみ言われるし
歩む (新字新仮名) / 戸田豊子(著)
ハイヒールを穿いているせいか背丈までがずうっと高く見え、歩き方もうまい、街燈の灯でちらりと見た横顔はまた素晴しく奇麗でした。
耳香水 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
かんじきを穿かしたら誰もこの老人にかなうものはないが、スキーはまだ始めて二年にしかならぬというので、丁度良い同行者なのである。
吉良は、穿き古した草鞋わらじのような感じの、細長い顔をまっすぐ立てたまま、平茂のことばは、聞こえていて聞こえていなかった。
元禄十三年 (新字新仮名) / 林不忘(著)
玄関と庖厨かっての入口を兼ねた古風な土間へおり、そこにあった藤倉草履ふじくらぞうり穿いて、ばったの飛ぶようにぴょいぴょいと裏口から出て往った。
春心 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
身体からだに附いてるものは押える事が出来ないッてから、今度はピカピカ光る指環ゆびわを三つも四つも穿めて見せびらかしてやろう、」
魚屋大声を揚げてうそつきの牝犬め、わが夫は十年来離さず犬の皮のパッチを穿いているが、彼処あそこ肉荳蔲にくずくのように茶色だとののしったそうだ。
浜田は茶っぽい背広を着て、チョコレート色のボックスのくつにスパットを穿いて、群集の中でも一ときわ目立つ巧者な足取で踊っています。
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
見卸せば、ペツポのをぢ例の木履きぐつを手に穿きて、地上にすわり居たり。この人にかく近づきたることは、この年頃絶てなかりき。
で、私はよく、郊外の大家の近所やごみだめの中に捨てられているお嬢さん方の下駄や時には男の下駄をも、自分のと穿きかえて歩いた。
「だが今日日ぢゃ草鞋作って穿く代りに靴足袋買って穿かんならんやうに世の中が出来とるでなあ! なんでもその通りだ!」
夏蚕時 (新字旧仮名) / 金田千鶴(著)
此の一平が何時ものやうに青い筒袖の法被はツぴに青い股引もゝひき穿いて、何時ものやうに腕組をして何時ものやうに大きな腹を突出し
解剖室 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
私達が穿き物を下駄箱に入れていたら、その音を聞きつけたと見えて帳場のあたりから下宿のおかみさんが出て来た。目が赤くはれている。
風宴 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
八丁徳 草鞋を穿いちゃったか。惜しいことを。——のう安兵衛さん、立つなら立つで、一度俺に知らせてくれそうなものだった、恨むぜ。
沓掛時次郎 三幕十場 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
短い破れたはかまには、雪がかかって湿れている。——足には足袋たび穿かずに、指は赤く海老のように凍えていた。翁は、おごそかに
(新字新仮名) / 小川未明(著)
……幸太はそれから半刻あまりして帰った、ひどく酔って、草履を穿くのに足がきまらないくらいだった。彼が外へ出て二三間いったとき
柳橋物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
私の姿を見ると、彼女は軽い小刻みな足どりで、割れた木靴を引っかけ、脚の皮膚を白靴下のようにきゅっと穿いて、早速駆け寄って来る。
博物誌 (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
一人はステツキを持ち草履ざうり穿き、一人は日和下駄ひよりげたを穿いて、藪蔭を通り墓地を拔けて、小松の繁つてゐる後ろの山へ登つた。
入江のほとり (旧字旧仮名) / 正宗白鳥(著)
竹藪たけやぶがざわざわ鳴っていた。崖に挟まれた赤土路を弟妹きょうだい達が歩いている。跣足はだしになっているのも、靴を穿いているのもいた。
秘められたる挿話 (新字新仮名) / 松本泰(著)
斉藤平太は茶いろの乗馬ズボンを穿き赤ネクタイを首に結んであっちへ行ったりこっちへ来たり忙しく両方を監督しました。
革トランク (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
鳥打帽とりうちぼう双子縞ふたこじま尻端折しりはしおり、下には長い毛糸の靴足袋くつたびに編上げ靴を穿いた自転車屋の手代てだいとでもいいそうな男が、一円紙幣さつ二枚を車掌に渡した。
深川の唄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
伊尹いいんの使った料理鍋、穿いたカナカンジキだのというようなものを素敵に高く買わすべきで、これはこれ有無相通、世間の不公平を除き
骨董 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)