まゆ)” の例文
とおげんは自分ながら感心したように言って、若かった日に鏡に向ったと同じ手付で自分のまゆのあたりを幾度となくで柔げて見た。
ある女の生涯 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
と船長がしゃがれた声でプッスリと云った。同時にまゆの間とほっペタの頸筋くびすじ近くに、新しい皴が二三本ギューと寄った。冷笑しているのだ。
難船小僧 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
魚眼ぎょがんというりのある眼、りのふかい鼻すじ、まゆの形、いい唇、個々に見れば見るほど、なおどこかで記憶のある女の顔であった。
鳴門秘帖:06 鳴門の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
茶店の女主人と見えるのは年頃卅ばかりで勿論まゆっておるがしんから色の白い女であった。この店の前に馬が一匹つないであった。
くだもの (新字新仮名) / 正岡子規(著)
まゆだけは時代風に濃く描いていた。復一はもう伏目勝ふしめがちになって、気合い負けを感じ、寂しく孤独のからの中に引込まねばならなかった。
金魚撩乱 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
金の吸口くちで、烏金しゃくどうで張った煙管きせるで、ちょっと歯を染めなさったように見えます。懐紙かいしをな、まゆにあてててまいを、おも長に御覧なすって
眉かくしの霊 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
うるさいよ」お島はまゆをぴりぴりさせて、「お前さんのように、私はあんなものにへっこらへっこらしてなんかいられやしないんだよ」
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
瑠璃子の前には、小姓か何かのように、力のないらしい青年は、極度の当惑に口をつぐんだまま、そのひいでたまゆを、ふかくひそめていた。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
幾多の卓越した文明の事跡は、ただ過去の巻にのみ読まれている。往く人々の首はうな垂れ、苦しみやうらみがそのまゆに現れている。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
夫婦は大層喜んだが、長野から請待しょうたいした産科のお医者が、これまで四十の初産ういざんは手掛けたことがないと云って、まゆひそめたそうである。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
すると菊池はまゆを挙げながら、「うそだよ、君」と一喝いつかつした。僕は勿論さう云はれて見れば、「ぢや譃だらう」と云ふほかはなかつた。
「そんなに書物まで不自由してゐるのでせうか」と、軍服の夫人は、やはり東洋風の孝行を教はつた嫁らしく、まゆを寄せて見せた。
南京六月祭 (新字旧仮名) / 犬養健(著)
彼はふとまゆをしかめた。筋骨のたくましい、髭の濃い、眼のぎょろっとした苅賀の相貌と、あの豪放な嘲弄とを思いうかべたのである。
百足ちがい (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
青い顔には玉のような汗がうき、長い頭髪がべっとりぬれてまゆの方までのびている。黒川医師は目を大きくむくと川北先生の眼をみた。
四次元漂流 (新字新仮名) / 海野十三(著)
思い入った決心をまゆに集めて、日ごろの楽天的な性情にも似ず、運命と取り組むような真剣な顔つきで大事の結着を待つ木村の顔。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
薄青いペンキ塗の洋食店の二階も、そこに席を占めたまゆの間に黒子ほくろのある紳士も、色の白い女も、ことごとくこの空気に包まれていた。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
おほかぶさつてるまゆ山羊やぎのやうで、あかはな佛頂面ぶつちやうづらたかくはないがせて節塊立ふしくれだつて、何處どこにかう一くせありさうなをとこ
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
黒みがかった髪がゆったりと巻き上がりながら、白いひたいを左右からまゆの上まで隠していた。目はスペイン人らしく大きく、ほおは赤かった。
古寺巡礼 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
黒目勝くろめがちな、くちびるあかい、まゆい、かみながおんなは、だまって、二人ふたりかってあたまげました。魔術使まじゅつつかいのおんなは、おしなのでした。
初夏の空で笑う女 (新字新仮名) / 小川未明(著)
ハテ、めうことをんなだとわたくしまゆひそめたが、よくると、老女らうぢよは、何事なにごとにかいたこゝろなやまして樣子やうすなので、わたくしさからはない
ホールはせきこんで、まゆをしかめながら言った。が、おかみさんは、ちょっと、うなずいたきり、足もとめないですれちがってしまった。
そんなさわぎの中で、荒田老はやはりまゆ一つ動かさないですわっており、鈴田はあからさまな冷笑をうかべて、みんなを見まもっていた。
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
……何かその行方しれずになつた子とあの子のあひだに、まゆつきとか口もととかの似てゐるところでもあるのかしらと思つて……
死児変相 (新字旧仮名) / 神西清(著)
人々は猜疑さいぎ嫌悪けんおまゆをひそめる。父の一身に非難が集まる。その時に子はどうしたらよいのであろう。会うのがよいか会わぬがよいか。
出家とその弟子 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
「ひょっと貴様がわざとそんな段取りにしくもうってんじゃないかい?」不意に彼はこう口をすべらして、険しくまゆをひそめた。
そしてまゆをひそめたり急に右手を開いたりして、あたかもその陰惨な内心で最後にも一度ひとりで問いひとりで答えてるかのようだった。
がらっとあくとまゆをひそめ、口をゆがめて、けれども実は胸をおどらせ、書きかけの原稿用紙をさっそく取りかたづけて、その客を迎える。
(新字新仮名) / 太宰治(著)
果ては奥義書や秘伝を書くのが日本的思考のり方で、近頃は女房のまゆを落させたりオハグロをぬらせることは無くなったが
デカダン文学論 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
小山こやまのような鼻、くさむらのようなまゆ、例の黄と黒のダンダラのかみの毛は、部屋の天井にただよう、あやしい雲のようです。
虎の牙 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
此処にまゆひそめて語るは児島惟謙こじまゐけん氏なり。顔も太く、腹も太く、きも太く、のそり/\と眼をあげて見廻すは大倉喜八郎氏なり。
燕尾服着初めの記 (新字旧仮名) / 徳冨蘆花(著)
御城代樣ごじやうだいさま御容態ごようだいは、づおかはりがないといふところでございませうな。癆症らうしやうといふものはなほりにくいもので。』と、玄竹げんちくまゆひそめた。
死刑 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
評判な美しさというほどでもないが、まゆのところに人に好かれるようにえんなところがあって、豊かな肉づきがほおにも腕にもあらわに見えた。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
松葉杖ははなれていたが、まだまだびっこの歩きぶりを見ると、校長先生はちょっとまゆをよせ、気のどくがった顔で見ていた。
二十四の瞳 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
腹立はらだたしさに、なかばきたい気持きもちをおさえながら、まつろうにらみつけた徳太郎とくたろうほそまゆは、なくぴくぴくうごいていた。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
梭櫚しゆろの毛を植ゑたりやとも見ゆる口髭くちひげ掻拈かいひねりて、太短ふとみじかなるまゆひそむれば、聞ゐる妻ははつとばかり、やいばを踏める心地も為めり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
かけなされて御たすけ下さる樣に願にまかり出しと云ければ可睡齋かすゐさいまゆひそめ夫は如何樣の儀なるやといはるゝに三五郎は九助が是までの事柄ことがら
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
こないだっから仕掛しかけて居たものが「つまずい」て仕舞ったのでその事を思うとまゆが一人手にって気がイライラして来る。
秋風 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
まゆを落して歯を染めた、小作りの年増としまであった。むこもらったがまた別れたとかいうことで、十一、二の男のを持っていた。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
上衣の高くてぴんと張った襟の上には、力強い二重顎が拡がっている。毛深いまゆの下では黒い両眼の視線が元気そうに注意深く射し出ている。
変身 (新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
「な、何を笑うのだ」少年はきっとまゆを上げました。「よしッ。こうなれば貴様を射ち殺してから、お父さんを助け出すッ」
計略二重戦:少年密偵 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
なるほどそれであの時太子はまゆ一つも動かされず平然としていられたのだなと今更ながら私にも合点がいったのであったが
ナリン殿下への回想 (新字新仮名) / 橘外男(著)
私が一心に視詰みつめていると、彼女の肌に燃える光りはいよいよ明るさを増して来る、時には私のまゆきそうに迫って来る。
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
私はすこしも金など欲しいとは思わないので、飛んだことになったと、はらはらしながら、まゆしわを寄せてなだめるように
狂乱 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
帳場の奥からまゆの青ずんだ女将おかみが、うろたえて出て来ると、あわてふためき乍ら、ゆうべのあの二階の部屋へ導いていった。
山県有朋の靴 (新字新仮名) / 佐々木味津三(著)
病後とはいえ、ふと打ちむかった時、欣々さんにこうも似ていたかと思うほど、眼とまゆがことに美しく、髪が重げだった。
江木欣々女史 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
龍造寺主計は、まゆをよせた。彼は、心から気の毒に思ったのだ。そういうふうに、すぐ人に同情したり、他人のことを心配したりする男なのだ。
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
ぼくが改まって、「金沢君、お願いがあるんだけれど」と切り出すと、「え、なんだい」彼はおおげさにまゆひそめました。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
間もなく相見た時は、君もやゝ心解けて居たが、茶色の眼鋭くまゆけわしく、熬々いらいらした其顔は、一見不安の念を余におこさした。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
ところが、こんなに戦争がひどくなると、大悪魔はお日様が曇るやうな大きなまゆのよせ方をして、独り言を申しました。
悪魔の尾 (新字旧仮名) / 宮原晃一郎(著)
やや上気したほほのあか味のためにったまゆのあとがことにあおく見える細君はこういいながら、はじらいげにほほえんだ会釈を客の裕佐の方へなげ