生際はえぎわ)” の例文
と三吉はあによめの額をながめた。お倉は髪を染めてはいるが、生際はえぎわのあたりはすこしめて、灰色に凋落ちょうらくして行くさまが最早隠されずにある。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
神尾主膳の面は、左右の眉の間から額の生際はえぎわへかけて、牡丹餅大ぼたもちだいの肉をぎ取られ、そこから、ベットリと血が流れているのです。
大菩薩峠:19 小名路の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
生際はえぎわの、クッキリした、白い額が、はずかしさに顔中赤味をさしたので、うつくしく匂った。女らしさがすぎるほど、女らしい女だった。
田沢稲船 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
たもとから手帛ハンケチを出して顔へ当てた。濃い眉の一部分と、額と生際はえぎわだけが代助の眼に残った。代助は椅子を三千代の方へり寄せた。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
色の白そうな、口髭くちひげまゆや額の生際はえぎわのくっきりと美しいその良人の礼服姿でった肖像が、その家には不似合らしくも思えた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
とんとん拍子にのりが来て、深川夫人は嫣然顔にこにこがお、人いきりに面ほてりて、めのふちほんのり、生際はえぎわあぶらを浮べ、四十有余あまり肥大でっかい紳士に御給仕をしたまいながら
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
成程これじゃ、泰さんが、「驚くな」と云ったのも、さらに不思議はありません。色の白い、鼻筋の透った、生際はえぎわの美しい細面で、殊に眼が水々しい。
妖婆 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
而もこの小片は、よく見ると、あの喧嘩の靴跡の内の、芝草の生際はえぎわに一番近い女の靴跡の下敷になっていたんだよ。
花束の虫 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
二本の指先で前髪のたばを軽く持ち上げ、片手の櫛で前髪のふくらみを生際はえぎわの下から上へと迅速に掻き上げる。
妾宅 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
前髪を掌で後ろになで上げて、いい生際はえぎわだと云った。そして次には、大きな凸額おでこだと云った。「大きなおめめだこと、」と云いながら、その眼瞼に接吻した。
子を奪う (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
まず死骸の側にほうり出してある玄能を見、首に巻付けた恐ろしく頑丈な綱を見、それから死骸の髪の生際はえぎわ眼瞼まぶたの裏、鼻腔びこう、唇、のどなどとひと通り見終って
かあさまがたいへんおうつくしいかたであっため、おかあさま敦子あつこさまもめるような御縹緻ごきりょうで、ことにその生際はえぎわなどは、ふるえつくほどお綺麗きれいでございました。
「すぐ行くわ、少し綺麗になって……」と、毛の落ちかかっている生際はえぎわへ、手をやった。
貞操問答 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
あらい縫目や、又は毛髪の生際はえぎわなぞに白粉が停滞しないように注意しつつ、デリケートに指を働らかせて行くところは、如何にも斯様な化粧品を扱い慣れている手附では御座いませんか。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
一時をくねる細腰もしんなりとしてなよやか、慾にはもうすこし生際はえぎわ襟足えりあしとを善くしてもらいたいが、にしても七難を隠くすという雪白の羽二重肌、浅黒い親には似ぬ鬼子おにっこでない天人娘。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
私がそのニールゼン嬢のおもかげを思い出したと言ったならば、この婦人の持つ美貌、殊に理智的な美しさや、金髪の波うつ生際はえぎわ、幾分憂鬱な眼光まなざしは見せながらも、全体に抱きしめてもみたいほど
グリュックスブルグ王室異聞 (新字新仮名) / 橘外男(著)
月とよしを描いた衝立ついたての蔭から、よろよろと蹌踉よろめき上り、止めようとする宅悦の襟首えりがみをひっ掴んで、逆体さかていに引き据え、上になったお岩の生際はえぎわから一溜の生血なまち、どろどろと宅悦の顔にかかるのが
人魚謎お岩殺し (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
子供に好い子をおというと、変な顔をする。この女達は、皆その子供のように、変な顔をしている。眉はなるたけ高く、甚だしきは髪の生際はえぎわまでるし上げてある。目をなるたけ大きくみはっている。
ヰタ・セクスアリス (新字新仮名) / 森鴎外(著)
と、ブラウンはぎくりとして、生際はえぎわまで真赤になった。
死面デスマスクは、彼女の生際はえぎわの毛をすこしつけたままで巧妙に出来上ったそうで、いきているときより可愛らしい顔だといわれた。
松井須磨子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
と据えて出し、腰をかがめたおうなを見よ。一筋ごとに美しくくしの歯を入れたように、毛筋がとおって、生際はえぎわの揃った、柔かな、茶にややかばを帯びた髪の色。
悪獣篇 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
なかなかいい容貌きりょうである。鼻筋の通った円顔は白粉焼おしろいやけがしているが、結立ゆいたての島田の生際はえぎわもまだ抜上ぬけあがってはいない。
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
芸事の稽古けいこなどをしたせいか、しとやかな落着いた女で、生際はえぎわの富士形になった額が狭く、きれの長い目が細くて、口もやや大きい方であったが、薄皮出の細やかな膚の、くっきりした色白で
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
が、間もなく傷口を取巻く頭髪の生際はえぎわを指差しながら、医師へ言った。
気狂い機関車 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
顔は度々合せるから漸く分ったが、く見ると、雀斑そばかすが有って、生際はえぎわに少し難が有る。髪も更少もすこし濃かったらと思われたが、併し何となく締りのあるキリッとした面相かおだちで、私は矢張やっぱりいと思った。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
眉のやや濃い、生際はえぎわい、洗い髪を引詰ひッつめた総髪そうがみ銀杏返いちょうがえしに、すっきりと櫛の歯が通って、柳に雨のつやの涼しさ。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
店先へ腰をかけて駒下駄こまげたのうしろでとんとんと土間を蹴るは二十はたちの上を七つか十か引眉毛ひきまゆげに作り生際はえぎわ白粉おしろいべつたりとつけて唇は人喰ふ犬の如く、かくてはべにも厭らしきものなり。
桑中喜語 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
かわらないのは眉から額、富士額の生際はえぎわへかけて、あの人の持つ麗々しい気品のある、そして横顔の可愛らしさ、わたしは訪ねて来て、近々と見ることの甲斐かいのあったのをよろこんだ。
一世お鯉 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
けれども、脊恰好せいかっこうから、形容なりかたち生際はえぎわの少し乱れた処、色白な容色きりょうよしで、浅葱あさぎ手柄てがらが、いかにも似合う細君だが、この女もまた不思議に浅葱の手柄で。
売色鴨南蛮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
額はまるく、まゆも薄く眼も細く、横から見ると随分しゃくれた中低なかびくの顔であるが、富士額ふじびたい生際はえぎわかつらをつけたようにあざやかで、下唇の出た口元に言われぬ愛嬌あいきょうがあって、物言う時歯並の好い
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
……眉は鮮麗あざやかに、目はぱっちりとはりを持って、口許くちもとりんとした……ややきついが、妙齢としごろのふっくりとした、濃い生際はえぎわ白粉おしろいの際立たぬ、色白な娘のその顔。
陽炎座 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
眼はぱっちりしてまゆも濃く生際はえぎわもよいので顔立は浮彫うきぼりしたようにはっきりしている代り口のやや大きく下腭したあごの少し張出している欠点も共に著しく目に立って愛嬌あいきょうには至って乏しくうれいもまずきかぬ顔立であった。
雨瀟瀟 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
眉の鮮かさ、色の白さに、美しき血あり、清き肌ある女性にょしょうとこそ見ゆれ、もしその黒髪の柳濃く、生際はえぎわさっかすんだばかりであったら、えがける幻と誤るであろう。
伊勢之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
四辺あたりに人もなく一人立って、からかさを半開き、真白まっしろな横顔を見せて、生際はえぎわを濃く、美しく目迎えて莞爾にっこりした。
妖術 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
仲よしの小鳥がくちばしあわす時、歯の生際はえぎわ嬰児あかんぼが、軽焼かるやきをカリリと噛む時、耳をすますと、ふとこんながするかと思う、——話は違うが、(ろうたけたるもの)として
雛がたり (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
とちゃんと取って、蝋燭を頂くと、さもその尊さに、生際はえぎわの曇った白い額から、品物は輝いて後光がすように思われる、と申すものは、おんなの気の入れ方でございまして。
菎蒻本 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
生際はえぎわ少しあがりて、髪はややうすけれども、色白くして口許くちもとしまり、上気性のぼせしょうと見えて唇あれたり。
化銀杏 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
苦労も道楽もしたろうのに、雁金額かりがねびたい生際はえぎわが、一厘だって抜上がっていませんやね、ねえ。
南地心中 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
が、うっとりと優しい顔、顔、顔よりも、生際はえぎわがすっきりと髪の艶が目に立った。
露萩 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
生際はえぎわが抜け上ってつむりの半ばから引詰ひッつめた、ぼんのくどにて小さなおばこに、かいの形のこうがいさした、片頬かたほせて、片頬かたほふとく、目も鼻も口もあごも、いびつなりゆがんだが、肩も横に、胸も横に
悪獣篇 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
的面まともにこっちを向いて、眉の優しい生際はえぎわの濃い、鼻筋の通ったのが、何も思わないような、しかも限りなきおもいを籠めた鈴のような目をみはって、瓜核形うりざねなりの顔ばかり出して寝ているのをながめて
葛飾砂子 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
生際はえぎわの曇った影が、まぶたして、面長おもながなが、さしてせても見えぬ。
露肆 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
生際はえぎわが濃く……あかりの映る加減でしょう……どう見ても婦人おんなでしょう。
吉原新話 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)