生垣いけがき)” の例文
広い庭を囲っている槿むくげ生垣いけがきを越して、向うには畑を隔てた小家が二、三軒つづいている筈であるが、その灯も今夜は見えなかった。
半七捕物帳:33 旅絵師 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
わたしの光は、古いプラタナスの葉が、ちょうどカメのこうのようにりあがって、しげっている生垣いけがきの中に、さしこもうとしていました。
るのがうまいとしたから、ちることもよくちた。本郷ほんがう菊坂きくざか途中とちう徐々やは/\よこちたがてら生垣いけがき引掛ひつかゝつた、怪我けがなし。
麻を刈る (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
『そううまくはかないサ、ハハハハ、イヤそんなら行って来ようか、ご苦労な話だ、』と江藤が立ち上がろうとする時、生垣いけがきの外で
郊外 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
宇佐川鉄馬は小さい身体をおどらせると、苦もなく生垣いけがきを越えて、四角な顔を醜くゆがめたまま、逃げ腰ながら一刀の鯉口こいぐちを切ります。
と、永いからたちの生垣いけがきの外を、可愛らしいぽっくりの鈴が忍びやかに歩いて鳴った。トムが歩む方へ、その鈴の音がいて来た。
かんかん虫は唄う (新字新仮名) / 吉川英治(著)
生垣いけがきの上の方をすかすと、石碑の頭が一種の光を持って見えていた。主翁ていしゅの心は暗くなった。彼は書生とぴったりならんで歩いた。
黄灯 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
だらしのない春ののどかさとは違う。三四郎は左右の生垣いけがきをながめながら、生まれてはじめての東京の秋をかぎつつやって来た。
三四郎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
窓を開いて助けを求めようにも、両側はうち続く並木と生垣いけがきばかり、まれに人家が見えても、みな燈火ともしびを消して寝静まっている。
妖虫 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
そのままじっとしてないで、縁先の下駄をつっかけて、飛石づたいに菖蒲畑の傍まで来ましたら、生垣いけがきくぐって大きい犬が近寄って来ました。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
門をはいってすぐ右にゆき、生垣いけがきについてまわると、材木を置く木小屋があり、そのさきに、車井戸を挾んで小さな家士住宅が並んでいた。
花も刀も (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
丹治の逃げるを追いかける了簡もなく、火を消す方へのみかゝり、ワイ/\騒いでいるうちに、丹治おかめの両人は生垣いけがきを破り逃げ出しました。
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
駅を出て二十分ほども雑木林の中を歩くともう病院の生垣いけがきが見え始めるが、それでもその間には谷のように低まった処や
いのちの初夜 (新字新仮名) / 北条民雄(著)
大地から蒸発する肉情的な蘊気うんきの不思議な交錯の中に漂渺ひょうびょうとした気持ちになつて、いくつか生垣いけがきについて角を折れ曲つた。
夏の夜の夢 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
散らばつた新築の借家が、板目に残りの日をうけて赤々とえてゐる。それを取り囲んで方々の生垣いけがき檜葉ひばが、地味な浅緑でつとかたまつてゐる。
姉弟と新聞配達 (新字旧仮名) / 犬養健(著)
家の南側のまばらな生垣いけがきのうちが、土をたたき固めた広場になっていて、その上に一面にむしろが敷いてある。蓆には刈り取ったあわの穂が干してある。
山椒大夫 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
拙宅の庭の生垣いけがきの陰に井戸が在る。裏の二軒の家が共同で使っている。裏の二軒は、いずれも産業戦士のお家である。
作家の手帖 (新字新仮名) / 太宰治(著)
粗末な生垣いけがきで囲まれた二坪ほどの小庭には、彼が子供の頃見憶みおぼえて久しく眼にしなかった草花が一めんにはびこっていた。
苦しく美しき夏 (新字新仮名) / 原民喜(著)
下水と溝川みぞかははその上にかゝつたきたな木橋きばしや、崩れた寺の塀、枯れかゝつた生垣いけがき、または貧しい人家のさまと相対して、しば/\憂鬱なる裏町の光景を組織する。
水 附渡船 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
良寛さんが沿つてゆく生垣いけがきには、今夜そこに宿をもとめるすずめ達が、まだ落着かなくて、ばたばたと羽音を立ててゐた。
良寛物語 手毬と鉢の子 (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
原を出ると大根畑があって、その向うに生垣いけがきがあって、そこでギーッと刎釣瓶はねつるべの音がします。米友は、畑の中の道を突切って行って見ると百姓家です。
大菩薩峠:20 禹門三級の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
その男が生垣いけがきや溝を跳び越えてぴょんぴょん跳びながら私を追っかけて来るのは、中でも一番怖しい悪夢であった。
彼はこの藤蔓には手をやいて、たうとうそれぎりにして置くより外はなかつた。さうして今度は生垣いけがきを刈り初めた。
かしの高い生垣いけがきで家を囲んだ豪家もあれば、青苔あおごけが汚なくえたみぞを前にした荒壁の崩れかけた家もあった。鶏の声がところどころにのどかに聞こえる。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
もううちへは二、三丁だ。背の高い珊瑚樹さんごじゅ生垣いけがきの外は、桑畑が繁りきって、背戸の木戸口も見えないほどである。
紅黄録 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
あいちやんは野原のはら横斷よこぎつて其後そのあと追蒐おツかけてつて、丁度ちやうどそれが生垣いけがきしたおほきな兎穴うさぎあなりるのをました。
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
もうそのへんへい生垣いけがきになっておりましたので父は生垣のすこしまばらになっている隙間すきまから中をのぞいてどういうわけか身うごきもせずにそのままそこを
蘆刈 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
彼方かなたの狐も一生懸命、はたの作物を蹴散けちらして、里のかたへ走りしが、ある人家の外面そとべに、結ひめぐらしたる生垣いけがきを、ひらりおどり越え、家のうちに逃げ入りしにぞ。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
季節はよほど進んではいたが、なおそこここの生垣いけがきのうちにはおくれ咲きの花が残っていて、通りすがりにそのかおりが、彼に幼時のことを思い出さした。
籬落りらく」という題がつけてある。生垣いけがきで囲われたわら屋根の家が、閑雅に散在している郊外村落の昼景である。
郷愁の詩人 与謝蕪村 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
彼は、うんと幅の広い経木きょうぎの帽子をかぶると、浴衣ゆかたに下駄をつっかけて、サナトリウムの門を抜け、ゆっくり、日蔭ひかげの多い生垣いけがきの道を海岸の方に歩いて行った。
鱗粉 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
路に隣った麦畑はだんだん生垣いけがきに変り出した。保吉は「朝日あさひ」を一本つけ、前よりも気楽に歩いて行った。
寒さ (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
裏口の生垣いけがきいているこでまりの白い花のあわが、洗濯物せんたくもののように、風に吹かれていた。千穂子は走って、台所へ行き、釜の下をのぞいた。火が燃えきっていた。
河沙魚 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
みんなが、わあわあいっていると、すぐあちらのいえのおばさんが、生垣いけがきあいだから、こちらをのぞいて
芽は伸びる (新字新仮名) / 小川未明(著)
そのカフェーも、ウィーンの目抜き通りにあるカフェーがそうであるように、通りに向って低く苅りこんだ常緑樹の生垣いけがきの奥に白と赤の縞の日覆いをふり出している。
道標 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
ふりかえると、年よりは茶店の横の日だまりにちりをよけてまっていた。日あたりのよい生垣いけがきの一か所につぼみをつけた山吹やまぶきがむらがり、細い枝はつぼみの重さでしなっている。
二十四の瞳 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
「これからまた、八、九ちょうもあるいてね、森のおくのおくで、大きなかしの木が、三ぼん立っている下のおうちよ。おうちのまわりに、くるみの生垣いけがきがあるから、すぐわかるわ。」
天秤棒をキシませながら、ふれ声をあげて、フト屋敷の角をまがると、私と同じ学帽をかぶった同級生たちが四五人、生垣いけがきのそばで、独楽こまなどをまわして遊んでいるのがめっかる。
こんにゃく売り (新字新仮名) / 徳永直(著)
小半時あまりも時刻ときを経た時、まき生垣いけがきに取り巻かれ、広い庭に厚く植え込みが繁り、その中に萱葺きの屋根などを持った、三棟ほどの風雅の家が、ひっそりと立っているという
血煙天明陣 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「もうね、歌だけじゃない。私にはあの人のすべてがわかるようです。……あの人はね、生垣いけがきのある家に住んでいます。生垣は椿ですな。あの人は、白い椿がとても好きなんです」
軍国歌謡集 (新字新仮名) / 山川方夫(著)
親父おやじが死んでから春木町を去って小石川の富坂とみざかへ別居した。この富坂上の家というは満天星どうだん生垣いけがきめぐらしたすこぶる風雅な構えで、手狭てぜまであったが木口きぐちを選んだ凝った普請ふしんであった。
さうして、途ばたの生垣いけがきの下に、もつと美しい花が咲いてゐるのを見つけるのだつた。
其中そのなかけて苦勞性くろうせうのあるおひとしのびやかにあとをやつけたまひし、ぐりにぐればさて燈臺とうだいのもとらさよ、本郷ほんごう森川町もりかはちようとかや神社じんじやのうしろ新坂通しんざかどほりに幾搆いくかまへの生垣いけがきゆひまわせしなか
経つくゑ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
隣に親たちがいるので、彼もそれ以上戸を叩かず、すごすご帰って行くのだったが、いつもそれでは済まず、木槿もくげの咲いている生垣いけがきを乗りこえ、庭へおりて縁の板戸を叩くこともあった。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
「だれがもうこんなわがままな人の所に来てやるものか」そう思いながら、生垣いけがきの多い、家並やなみのまばらな、わだちの跡のめいりこんだ小石川こいしかわの往来を歩き歩き、憤怒の歯ぎしりを止めかねた。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
調子づいてうたいまくっていると、地境の生垣いけがきの間から大きな目がのぞいた。
あなたも私も (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
まがりくねった道を進み、生垣いけがきをぬけ、みぞを通って歩いていきます。すると、そのあとから、ネズミたちがゾロゾロついていくのです。チビさんは、一時いっときも休まずふえを吹きつづけています。
私は散歩の途中、偶然この家の前を通りかかって、軒さきに「貸間あり」の札がさがっているのを見かけ、檜葉ひば生垣いけがきにかこわれているこの家のたたずまいになんとなく気をかれたのである。
犬の生活 (新字新仮名) / 小山清(著)
青木さんは井戸の方のこんもりした生垣いけがきの外から覗いてお出でになる。
桑の実 (新字旧仮名) / 鈴木三重吉(著)
守人がつばを吐きかけると、影はころぶように生垣いけがきの闇黒に消えた。
つづれ烏羽玉 (新字新仮名) / 林不忘(著)