さく)” の例文
Aは、ニコライのさくのところから、東京の街を見おろしながら、ミスタ、ヤマカワと呼ばれたような気がして、ひやっとしたのです。
街路の先端、オーレリーの飲食店の近くには、せきのような音が起こっていた。警官や兵士のさくにぶつかって群集が押し返されていた。
ただ昔のままをとどめてなつかしいのは放課後の庭に遊んでいる子供らの勇ましさと、さくの根もとにかれがれに咲いた昼顔の花である。
花物語 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
さくを建てほりをほる人たちが行ったりきたりしているし、そのあいだを騎馬の武士が走ってゆくかと思うと、列をつくった兵たちが
伝四郎兄妹 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
少年たちはさくの破れ目から、廃工場のある構内こうないへ入っていった。一番手前の工場からはじめて次々に工場の内部をのぞいていった。
骸骨館 (新字新仮名) / 海野十三(著)
清水にはさくってあってね、昼間だったから、けちゃなかったが、床几しょうぎの上に、何とか書いた行燈あんどんの出ていたのを覚えている。
縁結び (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
道は、不破ふわさくから北国街道をさしている方向だが、その本道はいま、足利高氏の主従一列のものが、不破から伊吹の城へ向っている。
私本太平記:07 千早帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
周囲には厳重なさくがめぐらされ、私はその間から、ちょうどお仕置を見物する昔の人のような恰好かっこうながめなければならなかった。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
陳情者たちと役人たちとのあいだのさくが、たとい外面的には非の打ちどころなく存在しているとしても、ゆるんでしまうのです。
(新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
改札口のさくの横手で、老人は岸本の方をよく見て言った。他の人と同じように入場券を手にしないところにこの老人の気質を示していた。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「どうしたのだろう」と独語ひとりごとった。そして自分もどうしていか、分らなかった。ただ意味もなくさくの内をあちこち走りまわっている。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
むかしはあんなに草深かったのに、すっかり見ちがえる位、綺麗きれい芝生しばふになってしまいましたね。それに白いさくなどをおつくりになったりして。
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
どんどん黒いまつの林の中を通って、それからほの白い牧場ぼくじょうさくをまわって、さっきの入口からくら牛舎ぎゅうしゃの前へまた来ました。
銀河鉄道の夜 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
やっと隧道を出たと思う——その時その蕭索しょうさくとした踏切りのさくの向うに、私は頬の赤い三人の男の子が、目白押しに並んで立っているのを見た。
蜜柑 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
二人は売場を離れて、仕方なしに線路ぞいのさくについて泥溝どぶくさい裏町をしばらく歩いた。ポプラの若葉が風におののいて、雨雲が空にかっていた。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
まだ若い女が一人、ハイヒールのかかとを鳴らしながら、ホテルのほうから舗道につづくさくを抜けて、海岸公園に入った。
一人ぼっちのプレゼント (新字新仮名) / 山川方夫(著)
やっとこさと乗込んでから顔を出すと、跡から追駈けて来た二葉亭はさくの外に立って、例のさびのある太い声で、「芭蕉ばしょうさまのお連れで危ない処だった」
二葉亭余談 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
物忌み——たぶう——を犯すような危殆ひあいな心持ちで、誰も彼も、さくまで又、門まで来ては、かいまみしてひきかえすより上の勇気が、出ぬのであった。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
またそこに行く途中にはさくで囲まれた六つの農場と、六つの門とがあるという事を、百姓から聞かされていました。
たまりかねてその子家鴨こあひる自分じぶん棲家すみかをとびしてしまいました。その途中とちゅうさくえるときかきうちにいた小鳥ことりがびっくりしてったものですから
そこには焼きくいのさくが結われてある、かれはそこに立って片ひじを柵においた、青黒い病人じみた顔は目ばかり光って見えた、帯がとけかけたのも
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
ここは昔の後三年ごさんねんえきの、金沢のさくのあった所だといいますから、ありそうなことだと思う人もあったか知れませんが、鎌倉権五郎景政は長生をした人で
日本の伝説 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
街道の出入り口の広い地域には、巨材と青竹とで厳重なさくと、いかめしい門とが作られてあった。そうして弓や槍や長柄や、薙刀なぎなた鉄杖てつじょうで固められていた。
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
杉とひのき鬱蒼うつさうとしてしげつて、真昼でも木下闇こしたやみを作つてゐるらしいところに行き、さくのところで小用こようを足した。
仏法僧鳥 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
明軍みんぐんにかこまれると、すぐに糧食りょうしょくはたたれてしまったが、味方の勇気はくずれなかった。よくかためよく防ぎ戦った。だが難戦苦闘なんせんくとうである。さくはやぶられた。
三両清兵衛と名馬朝月 (新字新仮名) / 安藤盛(著)
さくの柱のもとに在りて帽をりたりしは、荒尾がことばの如く、四年の生死しようし詳悉つまびらかにせざりし間貫一にぞありける。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
ひさしの下、戸袋の蔭を念入りに調べましたが、土藏は敷地一パイに建てた上、嚴重なさくをめぐらされて、横へも裏へも廻る方法はなく、井戸はお勝手に喰ひ込んで
そして話はその娯楽場の驢馬ろばの話になりました。それは子供を乗せてさくを回る驢馬で、よく馴れていて、子供が乗るとひとりで一周して帰って来るのだといいます。
橡の花 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
マイルの間ずっと土砂降。泥濘ぬかるみ。馬のくびに達する雑草。豚小舎のさくも八ヶ所程飛越す。マリエに着いた時は、既に薄暮。マリエの村には相当立派な民家がかなり在る。
光と風と夢 (新字新仮名) / 中島敦(著)
後に大きな築山つきやまをいっぱいに控えて、前は運動場のさくで仕切られた中へ、みんなを追い込むしかけになっている。狭いわりに見物人が多いのではなはだ窮屈である。
三四郎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
腰掛けの前の木さくの縁にその大きなこぶしを置き、なお見回して、突然検事の上に目を据えて語り初めた。
活動館へはいって、そこでは荒城の月という映画をやっていた。さいしょ田舎の小学校の屋根やさくが映されて、小供の唱歌が聞えて来た。嘉七は、それに泣かされた。
姥捨 (新字新仮名) / 太宰治(著)
〔評〕南洲城山にる。官軍さくゑて之を守る。山縣やまがた中將書を南洲に寄せて兩軍殺傷さつしやうさん極言きよくげんす。南洲其の書を見て曰ふ、我れ山縣にそむかずと、斷然だんぜん死にけり。
大崎停車場は軌道の枕木を黒く焼いて拵えたあらっぽいさくで囲まれている。その柵の根には目覚むるような苜蓿クロバーの葉が青々と茂って、白い花が浮刻うきぼりのように咲いている。
駅夫日記 (新字新仮名) / 白柳秀湖(著)
どこへ何の目的あって行くのかと思えば、さくを乗り越えて、作事小屋の中へ足を踏み込みました。
表通の家の裏手に無花果いちじくの茂っているのと、溝際どぶぎわさく葡萄ぶどうのからんでいるのを、あたりに似合わぬ風景と見返りながら、お雪の家の窓口を覗く事にしているのである。
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
墓地を左に折れると、石のさくをめぐらした広い土の真んなかに、小さい五りんの塔が立っている。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
ひつじさるひらいてゐる城の大手おほては土井の持口もちくちである。詰所つめしよは門内の北にある。門前にはさくひ、竹束たけたばを立て、土俵を築き上げて、大筒おほづゝ二門をゑ、別に予備筒よびづゝ二門が置いてある。
大塩平八郎 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
隣字となりあざの仙左衛門が、根こぎの山豆柿やままめがき一本と自然薯じねんじょを持て来てくれた。一を庭に、一をにわとりさくに植える。今年ことし吾家うち聖護院しょうごいん大根だいこが上出来だ。種をくれと云うから、二本やる。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
それから、牧場にさくをしてなかったので、今のようにね、で、牛が逃げ出すかもしれません。それに、番人は牛の番をするだけでなく、草を食わせなくっちゃならないんです。
達吉たつきちは、人々ひとびとがなんといってもかまわずに、さくえて、寂然せきぜんとした教会堂きょうかいどう敷地内しきちないはいみ、まどわくを足場あしばとして、さるのごとく、といをつたって、建物たてものかべじり
僕はこれからだ (新字新仮名) / 小川未明(著)
見て隱居少しよんきかせられよと申しければ心得たりと聲をあげよむ辯舌べんぜつよくつかへると云ふ事なく佐竹家の侍士さむらひ大將澁江内膳しぶえないぜん梅津うめづ半右衞門外村とのむら十太夫等先陣に進み一のさく二の柵を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
さくから、あるいは屋根にまで登って、日の丸の旗をってくれていた職工さんや女工さんの、目白押めじろおしの純真な姿を、汽車の窓からみたときには、思わずなみだがでそうになりました。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
日曜日の夜に彼の馬がヴァン・タッセルのところのさくにつないであれば、その乗り手が家のなかで求婚しているか、あるいはいわゆる「言い寄っている」たしかなしるしであり
線路脇の焼いた枕木まくらぎさくに接近した六畳と四畳半ぐらいの小さな家だったが、その六畳の方には五人家内かない沖仲士おきなかしか何かの一家族が住み、私達は四畳半の間に住むことになっていた。
一間置きまたは二間置き位いにさくを造って土留として、六、七十度の傾斜地を、五十度なり四十度なりに僅かずつ平にして、蕎麦そば、粟、ひえ、豆の類を作るので、麦などはとても出来ぬ。
白峰の麓 (新字新仮名) / 大下藤次郎(著)
彼は決して怠惰でも放縦でもなく、長期の職業にしばられるかわりに、金が入用になると、小舟やさくをつくること、植樹、接ぎ木、測量のような何か短期の肉体労働の仕事でそれをた。
彼は決して怠惰でも放縦でもなく、長期の職業にしばられるかわりに、金が入用になると、小舟やさくをつくること、植樹、接ぎ木、測量のような何か短期の肉体労働の仕事でそれをた。
さくなんか造ったって駄目さ、死のうという奴は盲目だ、俺の所為せいじゃねェや)
鉄路 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
駄目だめだと寺田はくわえていた煙草たばこを投げ捨てると、スタンドを降りて、ゴール前のさくの方へ寄って行った。もう柵により掛らねば立っておれないくらい、がっくりと力が抜けていたのだ。
競馬 (新字新仮名) / 織田作之助(著)