日向ひなた)” の例文
「成程、そいつは氣が付かなかつた。あつしは縁側の方へ退きませう。日向ひなたぼつこをしながらお雜煮を祝ふのも、飛んだ榮耀ええうですぜ」
かれこもつくこをかついでかへつてとき日向ひなたしもすこけてねばついてた。おしな勘次かんじ一寸ちよつとなくつたのでひどさびしかつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
十二月始めのある日、珍しくよく晴れて、そして風のちっともない午前に、私は病床からい出して縁側で日向ひなたぼっこをしていた。
浅草紙 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
ふしぎにおもって、おとうさんがあおむいて見ると、のきさきの高いたなの上にのせられて、たにしの子が日向ひなたぼっこしていました。
たにしの出世 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
取っていた日向ひなたくせえ女だ。気に入らねえのは判り切っているが、眼をつぶって往生してくれ。あいつに逃げられるとまったく困るから
半七捕物帳:20 向島の寮 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
彼女のほおは、入日時いりひどきの山脈の様に、くっきりとかげ日向ひなたに別れて、その分れ目を、白髪しらがの様な長いむく毛が、銀色に縁取へりどっていた。
火星の運河 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
俵というものになって、今まで守り育てて、蔭になり、日向ひなたになって成長させた自分の子供も同様なお米を大切に包んで守ります。
大菩薩峠:37 恐山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
早春の日向ひなたに床をひかせて起上り、食べ度いと思うものをあれやこれや食べながら、くめ子に向って生涯に珍らしく親身な調子で言った。
家霊 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
縁側に腰をかけて日向ひなたぼっこをしていると、黒い土の上から、モヤモヤとかげろうがのぼっている。もうじき五月だ。私の生れた五月だ。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
ボウトの中で日向ひなたぼっこでもしながら、チャアリイのためにこの玩具おもちゃの舟をこしらえて、「こら、チャア公! こわすんじゃあねえぞ」
チャアリイは何処にいる (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
日向ひなたの土の窪んだところに、雞が寝て砂を浴びている。あたりにある梅が馥郁ふくいくたる香を放っている、というようなところらしい。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
こぶかのように起伏しており、森や林が飛び散っていたが、春陽を受けてそれらの物象は、紫ばんだ陰影と、黄ばんだ日向ひなたとを織っていた。
血煙天明陣 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
それは胡床こしょう肱掛ひじかけでした。胡床はつまり椅子です。お天気の日、女はこれを外へ出させて、日向ひなたに、又、木陰に、腰かけて目をつぶります。
桜の森の満開の下 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
私は、神近市子かみちかいちこさんの横顔を眺め、舞踊家林きん子になった、日向ひなたさんに、この人だけは面影おもかげのかわらない美しい丸髷まるまげを見た。
遠藤(岩野)清子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
中にも五島ごとう清太郎博士、藤井健次郎博士は、陰になり日向ひなたになって、私を庇護して下さったので、私は衷心から感謝している。
忽ちすうツと枕の近くにあの日向ひなた臭い匂がして来て、掛け布団をもく/\持ち上げながら、天鵞絨のやうな柔かい毛の物体が這入つて来た。
猫と庄造と二人のをんな (新字旧仮名) / 谷崎潤一郎(著)
かくて彼はなんとすればよかったか? 彼らと対抗して、そのわずかな日向ひなたの場所を奪い合うようなことは、さすがになし得なかった……。
この辺も一面に真っ白に、野も丘も埋められた間を、日向ひなたには埃さえ少し立って、乾ききった街道が、一すじ長く貫いている。
スウィス日記 (新字新仮名) / 辻村伊助(著)
小川町の角で、はす須永すながうちまがる横町を見た時、彼ははっと例の後姿の事を思い出して、急に日蔭ひかげから日向ひなたへ想像を移した。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
日はすでに高く上って、島のここかしこから白いもやがほやほやと立っていた。百匹もの猿は、青空の下でのどかに日向ひなたぼっこして遊んでいた。
猿ヶ島 (新字新仮名) / 太宰治(著)
「じゃが、ご心配ないようにな、暗い冷い処ではありません——ほんの掘立ほったての草の屋根、秋の虫のいおりではありますが、日向ひなたに小菊もさかりです。」
菊あわせ (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
若い白瓜しろうりの心を抜き、青紫蘇あおじそを塩でんで詰めて押したのは、印籠漬いんろうづけといって喜ばれましたが、雷干かみなりぼし日向ひなた臭いといって好まれませんかった。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
私はむくむくと床をぬけ出して、そのぢぢむさい姿を日向ひなたさらし、人並に、否病めるが故に更により多くの日光を浴びようと端近くにじり出る。
嘘をつく日 (旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
彦兵衛は元、漆の産地からそこへ雇われて来た越中者えっちゅうもので、毎日店頭みせさきで、他の者と並んで日向ひなた漆掻うるしかきをしていたものである。
鍋島甲斐守 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
下りてみると、日向ひなたの自動車のなかで運転手がぐっすり居眠りしていた。とうとうこっそりったとみえて、車内にぷうんとにおいが漂っている。
踊る地平線:04 虹を渡る日 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
日向ひなたの方は、幸い風もないので、日向ぼっこの猫みたいに背を丸めてうずくまって眼を細めたくなるような快さであった。
如何なる星の下に (新字新仮名) / 高見順(著)
日向ひなたの学校の硝子がらすにこの間まではいがぶんぶん飛んでいたが、それももう見えなくなった。田の刈ったあとの氷が午後まで残っていることもある。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
小父おぢさんの帰りはとつかはと馬車に乗りてはねばならぬ我宿わがやどの三ぜん冷飯ひやめしに急ぎ申候まうしそろいますなは如何いかん前便ぜんびん申上まうしあそろ通り、椽端えんばた日向ひなたぼつこにそろ
もゝはがき (新字旧仮名) / 斎藤緑雨(著)
下では梵妻と娘が茣蓙ござの四隅を持ち、上からちぎって落す柿を受けていた。老僧も監督するような形で、懐手ふところでをしながら日向ひなたに立って眺めていた。
果樹 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
安倍郡大川村大字日向ひなたの奥の藤代山などでも、かつて西河内にしこうちの某という猟師が、大きな人の形で毛をかぶった物を、鉄砲で打ち留めたことがあった。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
いま引いた文章にも書いてある通り、おれとお前の関係はこの船場新聞にはじまって以後いわば蔭になり日向ひなたになり、おれはお前を助けて来たのだ。
勧善懲悪 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
秋晴れの日向ひなたに干されたりしているのを見る時、何となく目あたらしく、いかにも郊外の生活らしい心持をさせたことを、わたくしは記憶している。
葛飾土産 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
わたし乳首ちゝくび苦艾にがよもぎまぶって鳩小舍はとごや壁際かべぎは日向ひなたぼっこりをして……殿樣とのさま貴下こなたはマンチュアにござらしゃりました……いや、まだ/\きゃしませぬ。
山県やまがた公は相変らず小田原の古稀庵で、日向ひなたぼつこをして暮してゐるが、この老人としよりにも日が経つと不思議に髯が伸びる。
時どき彼らは日向ひなたや土の匂いのするようなそこの子を連れて来て家で遊ばせた。彼も家の出入には、苗床が囲ってあったりする大家の前庭を近道した。
雪後 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
低い戸のそばに、つやい、黒い大きい、猫がうづくまって、日向ひなたを見詰めていて、己が側へ寄っても知らぬ顔をしている。
冬の王 (新字新仮名) / ハンス・ランド(著)
と、門から突当りの玄関がいて、女教師の日向ひなた智恵子はパツと明るい中へ出て来た。其拍子に、玄関にとなつた職員室の窓から賑やかな笑声が洩れた。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
これは、まず、怪異なかっこうをした亀の子が、上げ潮にうちあげられてきれいな砂浜で日向ひなたぼっこをしている形。
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
行燈あんどんはほのかにともっていたものの、日向ひなたから這入はいってたばかりのまつろうには、うちなか暗闇くらやみであった。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
ゴーリキイはあんなに人間で、まるで人生そのものみたいに見事で、それで日向ひなたの年とった糸杉の匂いのようなまじりけない男が感じられたでしょう。
道標 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
さぞ困苦艱難こんくかんなんしたであろう、この文治もの、そちに劣らぬ難儀はしたが、天日てんぴに消ゆる日向ひなたの雪同前、胸も晴々はれ/″\したわい、おゝ斯様こんな悦ばしい事は……
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
にれかしや栗や白樺などの芽生したばかりのさわやかな葉の透間から、煙のように、またにおいのように流れ込んで、その幹や地面やの日かげと日向ひなたとの加減が
毎日ぶらぶら家にいて、日向ひなたぼっこしているか、鶏の世話などをしていた。白木が飼っているのは、軍鶏しゃもである。
黄色い日日 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
時間は遅々ちちとして、なかなかはかどらなかった。私は縁側に出て日向ひなたぼっこをしながら、郵便配達員の近づく足音を一秒でも早く聞き当てようと骨を折った。
大脳手術 (新字新仮名) / 海野十三(著)
柔かい五月の日向ひなたも、心地よく二人の洋傘に浸みた。二人ともそれ/″\に一寸したよそ行きの着物を着てゐた。
桑の実 (新字旧仮名) / 鈴木三重吉(著)
秣山まぐさやまへゆく道は灌木の岡にそうて蔭になり日向ひなたになりうねうねとうねってゆく。人どおりのないのと岡がせまってるのとで斑尾の道よりいっそう淋しい。
島守 (新字新仮名) / 中勘助(著)
が、自分が獲ったのであると思うと、一匹だって、捨てる気はしない。小屋へ帰ってから、彼は小太刀で腹をき、わたを去ってから、それを日向ひなたへ乾す。
俊寛 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
色さまざまな桜の落ち葉が、日向ひなたでは黄にくれないに、日影ではかばに紫に庭をいろどっていた。いろどっているといえば菊の花もあちこちにしつけられていた。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
久八はとくさつし何事も心切しんせつを盡し内々にて小遣錢こづかひぜに迄も與へかげになり日向ひなたになり心配してくれけるゆゑ久八が忠々まめ/\敷心にめでて千太郎は奉公に來し心にて辛抱しんばう
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
世間の尊敬の中で暮らすのは、假令たとへ、勞働者の尊敬に過ぎないとしても、「日向ひなたで、靜かに氣持よく坐つてゐる」