ひし)” の例文
それは風の通路にあたりて動揺するがごとく、麦は押し曲げらるるのみならず、押し倒され、押しひしがれて、ふたたび起きも得ざりき。
迷の羈絆きづな目に見えねば、勇士の刃も切らんにすべなく、あはれや、鬼もひしがんず六波羅一のがうもの何時いつにか戀のやつことなりすましぬ。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
たといルイ・ナポレオンがセバストポールにおいて露国の猛勢をひしぎしとて仏国人民ははたしてこれがためにいくばくの利益を得たるや。
将来の日本:04 将来の日本 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
今や僕の力は全く悪運の鬼にひしがれて了いました。自殺の力もなく、自滅を待つほどの意久地いくじのないものと成りはてて居るのです。
運命論者 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
枕を削る山颪やまおろしは、激しく板戸いたどひしぐばかり、髪をおどろに、藍色あいいろめんが、おのを取つて襲ふかとものすごい。……心細さはねずみも鳴かぬ。
貴婦人 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
向こうが多勢というのなら、乾児こぶん子方を駆り集め、こっちも大勢となった上で取りひしごうじゃございませんか。恐れるところはございません
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
それ/″\すぐれた余技を持っている積りだのに、広瀬君はその天狗の鼻をひしぐ。一種の高等批評家だ。物事を否定するのに興味を持っている。
妻の秘密筥 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
くるり棒の調子を合わして、ドウ、ドウ、バッタ、バタ、時々ときどきむれの一人が「ヨウ」といさみを入れて、大地もひしげと打下ろす。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
ひしがれたれば如何に強膽がうたんの者なりとも勿々なか/\かくす事能はず立石が家内三人切殺せし事ども殘らず白状なしければ小塚原こづかはらに於てつひはりつけにこそおこなはれけれ
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
それほど彼は、その思いに心をひしがれていたのである。彼は道の両側に連なる、幾百年を経た松の並木をじっと眺めた。
足下そっからが善後策を講じる間もなく不意を衝いて、敵の荒胆あらぎもひしぐという——この行き方が、つまり軍学の極意と申すもの
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
続いて法水は、屠殺される、獣のように打ちひしがれているウルリーケを見やりながら、鮮かに、トリエステと今日の事件との間に、聯字符を引いた。
潜航艇「鷹の城」 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
この、世の中の荒波に打ちひしがれ、子供を生み、肉体を疲らせ衰えはてて死んで行くに違いない、きたりの古臭い女共に彼女の美を誇ってやるのだ。
刺青 (新字新仮名) / 富田常雄(著)
剣術遣が一刀を振上げて居る頭の処へ真一文字に倒れ落ちたから、驚きましたの驚きませんのと、きもひしがれてパッとあと退さがる。見物はわい/\いう。
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
賢き人も時には浅ましく、たけき人も時には弱く、きのう戦場に於いて百千の敵を取りひしいだかと思えば、きょうは家に在って生きながら獄卒のしもとを受ける。
振り放そうともがくお此の痩せ腕を、お絹はひしぐるばかりに片手でしっかり掴みながら、片手で箱をとんとんと叩くと、穴の中から青い蛇が長い首を出した。
両国の秋 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
貫一も今は是非無く婦人に従ひて待合所の出会頭であひがしらに、入来いりくる者ありて、その足尖つまさきひしげよと踏付けられぬ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
こえおうじて、いへのこつてつた一團いちだん水兵すいへい一同みな部室へやからんでた。いづれも鬼神きじんひしがんばかりなるたくましきをとこが、いへ前面ぜんめん一列いちれつならんで、うやうやしく敬禮けいれいほどこした。
また恐怖にひしがれないためには、出来るだけ陽気に振舞ふるまうほか、仕様のない事も事実だった。
将軍 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
あたりは霜にひしがれた草や枯木の幹、岩片などがしらしらと浮き、影がゾッとするほど深い。
ある偃松の独白 (新字新仮名) / 中村清太郎(著)
何うかして其の旧悪の一を捕えて置けば幾等秀子にあだしようとても爾はさせぬ、アベコベに彼奴を取りひしぐ事も出来ると斯う思案を極めて了った、其のうちに彼と虎井夫人は
幽霊塔 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
一番赤シャツの荒肝あらぎもひしいでやろうと考え付いたから、わざわざ山嵐を呼んだのである。
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
牛に向って来られたので是非なく勇者たる小文吾がその牛を取りひしいで抑えつけます。
しかし、顫えて自分の身体に抱きすがった元木武夫の腕には、だんだんと必死の力が籠ってきた。ひ弱い子供ながら、この乱暴な親に押しひしがれずよくもここまで逃げてきてくれた。
白い壁 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
自分の内臟を噛みひしいでもやり度いほどの口惜くやしさばかりはあつても、みのるは何も爲る事も出來なかつた。みのるは矢つ張りこの力のない男の手で養つてもらはなければならなかつた。
木乃伊の口紅 (旧字旧仮名) / 田村俊子(著)
一座の者の荒胆あらぎもひしいで興がるために、火鉢の中へ弾丸をうずめておいたものがある。それがね出した時に、一座の狼狽ぶりを見て笑ってやろうという悪戯者いたずらものがあったのだと思いました。
大菩薩峠:20 禹門三級の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
わが身をひしぐ苦しみの消ゆる事のみ恐れけり。
高田さんがお盃を下さる、頂戴しろ。これッ、人が物を言うに返事もしないか。と声荒らかによばわりて、掴みひしがん有様に、お藤は霜枯の虫のにて
活人形 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
かぼそい老骨のひしげるまでも、それを負って、太守憲綱のりつなたすけ、米沢三十万石の社稷しゃしょくを、この際は、石にかじりついても護り通さなければならない。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
という其のけんまくの怖ろしいのに盗賊共は只きもひしがれましてきょと/\して居りましたが、其の中に千島禮三流石さすがに度胸もすわって居りますから
事実騎西一家は、最初滝人が背負ってきた、籠の中の生物のために打ちひしがれ、続いてその残骸を、最後の一滴までも弾左谿がみ尽してしまったのである。
白蟻 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
この意外なる光景ありさまきもひしがれて、余の人々はただ動揺どよめくばかり、差当りうするという分別も出なかった。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
暫く御待下されよと云に理左衞門はイヤ成ぬ此間より數日の責に白状せぬ強情者がうじやうもの是非ぜひ今日は骨をひしき肉をたゝきても言さにや置ぬ譫言たはごとぬかすな夫責よと下知なすを
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
剣技うでは左衛門の方が上ではあったが、長年肺をわずらっていて、寒気をいとい、紙帳の中で生活しているという身の上で、体力において忠右衛門の敵でなく、忠右衛門のために打ちひしがれ
血曼陀羅紙帳武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
あの「ぢやぼ」(悪魔)をもひしがうず大男が、娘に子が産まれるや否や、暇ある毎に傘張の翁を訪れて、無骨な腕に幼子を抱き上げては、にがにがしげな顔に涙を浮べて、弟といつくしんだ
奉教人の死 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
何が原因か全体髪の毛は先ず大方円いとした者で、夫がもとからすえまで一様に円いなら決して縮れませんうかすると中程につかひしいだ様に薄ッぴらたい所が有る其ひらたい所が縮れるのです
無惨 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
驚くべき長い刀の鞘を払って、上段にとって、えいと叫ぶ、ずいぶん大きな声です。熟練した立合ぶりです。その技倆の程はまだ知らないが、立ち上って、まず大抵の人の荒胆もひしぐというやり方。
宮はひしぐばかりに貫一に取着きて、物狂ものぐるはし咽入むせびいりぬ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
脳漿のうしょうを吸ひ取り精気をひしぐ魔女。
始め、尾張衆のきもを、気をもってひしぎおくこと、今日よりよいおりはないと致して——御家中の者どもみな、腹ふくらませて待ちうけてござりますれば
新書太閤記:01 第一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ふ、かなしいこゑに、おどろいてかほげると、かげごとく、くろが、ひし背後抱うしろだきに、左右さいううでつかひしぐ。
浅茅生 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
「ええ、おのれ途方もない言いがかりをしおる。ゆうべのいたずらも大方おのれであろう。爺さま、早う来てこやつをひしいでくだされ」と、婆はよろめきながらたけった。
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
弱い者は黙って居りますから文治のような者が出て、お前の方が悪いと意見を云っても、分らん者は仕方がありませんゆえ、七人力の拳骨げんこつで打って、向うのきもひしいでおいて
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
何處と心得て然樣な前後揃ぬ儀を申す全く汝が殺したに相違有まいサア明白めいはくに申せ云ぬに於はひざひしぎ石をだかせても云するぞと威猛高ゐたけだかに叱り付けれども九助は決して僞りは申上ませぬと云を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
心を冷たく打ちひしぎ、まるで枯れ尽したすげか、荒壁を思わす朽樹くちきの肌でも見るかのような、妙にうらさびれた——まったく見ていると、その暗い情感が、ひしと心にのしかかってくるのだった。
白蟻 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
私を囲んでいた友人たちは、これだけでも、もう荒胆あらぎもひしがれたのでしょう。皆顔を見合せながらうっかり側へ寄って火傷やけどでもしては大変だと、気味悪るそうにしりごみさえし始めるのです。
魔術 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
若衆の声は凛々と響き、鬼をもひしぐ勢いがある。
紅白縮緬組 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
(序戦はまず敵のきもひしげば足る)という程度に、長追いもせず、悪戦もせず、ただ退路を失って四方に潰乱した敵を、手頃にとらえては潰滅を加えた。
三国志:09 図南の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その手で、ひしぐばかりしか膝頭ひざがしらつかんで、呼吸いきが切れそうなせきを続けざまにしたが、決然としてすっくと立った。
革鞄の怪 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
孝行を尽して優しくする処は娘子むすめっこの岡惚れをするような美男でございますが、いかると鬼をもひしぐという剛勇で、突然いきなりまかなの國藏の胸ぐらをとりまして奥の小間に引摺り込み
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)