引緊ひきし)” の例文
娘は自衞的に表情を引緊ひきしめました。かう答へる聲は、顏にも姿にも似ぬ、少しさびのある女聲最低音アルト、平次は妙な幻滅をさへ感じました。
其處そこ風呂敷ふろしきひぢなりに引挾ひつぱさんだ、いろ淺黒あさぐろい、はりのある、きりゝとしたかほの、びん引緊ひきしめて、おたばこぼんはまためづらしい。……
松の葉 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
女義太夫の衰退とばかりは見られないのではなかろうかと思われた。とはいえ、綾之助の技芸げいはそれらの聴衆をすこしの間に引緊ひきしめてしまった。
豊竹呂昇 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
しかその核心となるものが決して在来の絵で云ふ中心でも、主題でもなく、其れが全体の調和を引緊ひきしめて居るのでもない。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
その声をきくと、急に身体の筋肉が引緊ひきしめられた。そして何かが、重い鈍なるものが、彼の眼の前にぴたりと据えられた。其処で凡てがゆきづまっていた。
生あらば (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
太平洋のさめと異名を取った樫原かしはら太市船長の顔が、急にぴんと引緊ひきしまった。——伊藤青年は報告紙を見ながら
流血船西へ行く (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
種々いろ/\状態じやうたい明瞭はつきり目先めさきにちらついてしみ/″\とかなしいやうつてたりして猶更なほさら僂麻質斯レウマチス疼痛いたみがぢり/\と自分じぶん身體からだ引緊ひきしめてしまやうにもかんぜられた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
彼は形よくきざまれた唇をきつと引緊ひきしめて私を見据ゑた。彼が激昂したのか、驚いたのか、どうしたのかを説明することは容易ではなかつた。彼はよく顏色を制御し得たから。
「イヤイヤ滅多な事を言出して取着かれぬ返答をされては」ト思い直してジット意馬いばたづな引緊ひきしめ、に住む虫の我から苦んでいた……これからが肝腎かなめ、回を改めて伺いましょう。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
それから顔を引緊ひきしめて
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
急信きふしんは××ねん××ぐわつ××にち午後ごごとゞいたので、民子たみこあをくなつてつと、不斷着ふだんぎ繻子しゆすおび引緊ひきしめて、つか/\と玄關げんくわんへ。
雪の翼 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
平次は『娘の新しい角度』を見せられたような氣がして、フト身内の引緊ひきしまるのを感じました。娘をこれだけひきつける男には、何にか知ら容易ならぬものがあるのでせう。
呂昇の芸には、柔らかい腕をゆるゆると巻きつけていって、やがてキュッと引緊ひきしめるようなところがある。春の夜に降る雨のように、人の心を溶かしてしまうようなところがある。
豊竹呂昇 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
「僕だって活きて二度と、先生の顔が見られないように……」と思わずこぶしを握ったのを、我を引緊ひきしめられたごとくに、夫人は思い取って、しみじみ
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
多津吉は、手足を力なく垂れた振袖を、横抱きに胸に引緊ひきしめて、御手洗みたらしの前に、ぐたりとして、蒼くなって言った。
軽い雨で、もうおもてを打つほどではないが、引緊ひきしめたたもと重たく、しょんぼりとして、九十九折つづらおりなる抜裏、横町。谷のドン底のどぶづたい、次第に暗き奥山路おくやまみち
第二菎蒻本 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
もとへ突込つっこんで、革鞄の口をかしりとくわえさせました時、フト柔かな、滑かな、ふっくりと美しいものを、きしりとくびって、引緊ひきしめたと思う手応てごたえがありました。
革鞄の怪 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
さらぬだに、地震ぢしん引傾ひつかしいでゐる借屋しやくやである。颶風ぐふう中心ちうしんとほるより氣味きみわるい。——むね引緊ひきしめ、そであはせて、ゐすくむと、や、や、次第しだい大風おほかぜれせまる。
十六夜 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
うながすように言いかけられて、ハタと行詰ゆきつまったらしく、ステッキをコツコツとまたたきひとツ、唇を引緊ひきしめた。
春昼後刻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
黒小袖の肩を円く、但し引緊ひきしめるばかり両袖で胸を抱いた、真白まっしろな襟を長く、のめるように俯向うつむいて、今時は珍らしい、朱鷺色ときいろ角隠つのかくし花笄はなこうがいくしばかりでもつむりは重そう。
露肆 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
なやましさを、がけたきのやうな紫陽花あぢさゐあをくさむらなかむでひやしつゝ、つものくるはしく大輪おほりんあゐいだいて、あたかわれ離脱りだつせむとするたましひ引緊ひきしむるおもひをした。
麻を刈る (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
「水道橋まで歩行くが可い。ああ、酔醒えいざめだ。」と、衣紋えもんゆすって、ぐっと袖口へ突込んだ、引緊ひきしめた腕組になったと思うと、林檎りんごの綺麗な、芭蕉実バナナふんと薫る、あかり真蒼まっさお
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
三声ばかり呼ぶと、細く目を開いて小宮山の顔を見るが否や、さもさも物に恐れた様子で、飛着くように、小宮山の帯にすがり、身を引緊ひきしめるようにして、坐った膝に突伏つッぷしまする。
湯女の魂 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
嬉しい! と手を通して三枚襲さんまいがさねの上へ羽織るとひとしく引緊ひきしめて、すそを引いたまますッと出て座敷を消えると、色男梓君のために、健康を祝してビールの満を引くものすうをしらず。
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と、手を引入れて引緊ひきしめて、わっとばかりに声を立てると、思わずじっと抱き合って
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ると心配しんぱいむねたきちるやうで、——おび引緊ひきしめてをつとの……といふごころで、昨夜ゆうべあかしたみだれがみを、黄楊つげ鬢櫛びんぐしげながら、その大勝だいかつのうちはもとより、あわただしく
夜釣 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
遊女つとめあがりの女をと気がさして、なぜか不思議に、女もともに、あなどり、かろんじ、冷評ひやかされたような気がして、悚然ぞっとして五体を取って引緊ひきしめられたまで、きまりの悪い思いをしたのであった。
第二菎蒻本 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
つゑ引緊ひきしめるやうに、むねつて兩手りやうてをかけた。痩按摩やせあんまじつあんじて
三人の盲の話 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
と思うと、引緊ひきしめるような、柔かな母の両の手が強く民也の背にかかった。
霰ふる (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
おもふと、引緊ひきしめるやうな、やはらかなはゝりやうつよ民也たみやかゝつた。
霰ふる (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
八郎はくれないの八口を引緊ひきしめた。梅が薫って柳がなびく。
卵塔場の天女 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
かお引緊ひきしめた。