幾人いくたり)” の例文
途中に幾人いくたりもいたじゃありませんか。松の木のてっぺんにもいたし峠の躑躅つつじの繁みの中にもいました。みな鉄砲を持っていましたよ。
中指を切られた者が既に幾人いくたり有ったか知れん、誠に何とも、ハヤ面目次第もない、權六其方そなたが無ければ末世末代東山の家名はもとより
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
「加うるに君が居ても差支えない。諸君のような人ばかりなら、幾人いくたり居たって私は心配もなんにもしないが。」と梓は愁然しゅうぜんとして差俯向さしうつむく。
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
彼が自分の家まで歩いて行く間には、幾人いくたりとなく田舎風な挨拶をする人に行き逢った。長いひげはやした人はそこにもここにも居た。
岩石の間 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
他に幾人いくたりもない身の上だったのであるが、自分として頼もしい女性と思われぬのはどうしたことであろう、僧のような父宮に育てられ
源氏物語:54 蜻蛉 (新字新仮名) / 紫式部(著)
振乱す幽霊の毛のように打なびく柳のかげからまたしても怪し気なる女の姿が幾人いくたりと知れず彷徨さまよで、何ともいえぬ物哀ものあわれな泣声を立て
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
と、守人は、すでに幾人いくたりかの生血を知っている水心子正秀すいしんしまさひでの作、帰雁きがんの一刀を腰にぶち込んで、忍びやかに方来居を立ちいでようとした。
つづれ烏羽玉 (新字新仮名) / 林不忘(著)
この蕭白の言草いひぐさに従つたら、今の京都画家に、ほんとのかきが幾人いくたりあるかわからなくなるが、兎に角京都には絵をかく人がたんとゐる。
随分沢山たくさんあるんですが、みんなおつむの毛の白いのや、禿げたのばかりで、あなたのような若々しい方は幾人いくたりもありはしません。
焔の中に歌う (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
おおかたどこで、どんな人に、幾人いくたりおうとも、版行はんこうで押したような口調で御前さん働く気はないかねを根気よく繰返し得る男なんだろう。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
わが腰を休めたる石の彼方かなたには、山より集り落つる清水のかけひありて、わが久しく物を思へる間、幾人いくたり少女をとめ來りて、その水を汲みては歸りし。
秋の岐蘇路 (旧字旧仮名) / 田山花袋(著)
「城内から、お市の方様、また小さい和子様たち、お幾人いくたりも背にしばって、浅井家の傅人もりびと三、四名の衆とごいっしょに……」
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
これ迄も私は幾人いくたりかの人に聞いて貰ったのでございますがね、聞いてしまうと其人達は、馬鹿にしたような顔をして、大きな声で笑うのでごわす。
死の航海 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
それには同気相求めて友が幾人いくたりも出来た。同県人で予備門からのち文科へった男が有ったが、私は殊に其感化を受けた。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
首卷くびまきのはんけちにわかにかげして、途上とじよう默禮もくれいとも千ざい名譽めいよとうれしがられ、むすめもつおや幾人いくたり仇敵あだがたきおもひをさせてむこがねにとれも道理だうりなり
経つくゑ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
少しはなれて彼の足音を聞くと、幾人いくたりかの人が来るのにちがいないという気がするのも、決して無理はありません。
(間)私はもう幾人いくたり愛する人に死なれたか知れない。慈悲深い法然ほうねん様や貞淑な玉日や、かいがいしいお兼さんや——
出家とその弟子 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
奇麗な女は幾人いくたりも見たが、なんだか大々だいだいしてみえたのだ。色の浅黒い大きな顔で、鼻がすっと高くってしおのある眼だった。った眉毛まゆげがまっ青だった。
山を負うた小学校の門の前をば、村端れの水汲場に水汲みに行く大きい桶を担いだ農家の女が幾人いくたり幾人いくたりも、霧の中から現れて来て霧の中へ隠れて行つた。
(新字旧仮名) / 石川啄木(著)
山河月色さんかげっしょく、昔のままである。昔の知人の幾人いくたりかはこの墓地に眠っている。豊吉はこの時つくづくわが生涯の流れももはや限りなき大海だいかい近く流れ来たのを感じた。
河霧 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
「さあ、数がどのくらいだと仰っしゃいますんで? 幾人いくたり死んだか、そいつあちょっくら分りかねますだよ。誰もそんなもの、勘定かんじょうしたことがありましねえだから。」
額髪ぬかがみの幼な女童めわらは、そのごとく今も囲むに、早や老いてふふむものなし。子をなして幾人いくたりの親、死なしめてあとのこる妻、かしましと世にいふきはか、さて寄りて我にかくいふ。
夢殿 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
いかなる際と云ふとも、この部屋にも昼もこもれる女の一人ひとりを忘れ給はぬ人の幾人いくたりかはあるべし。溜息つくうちに、私はく思ひ申しさふらふ。ボオイの松本の顔のあらはれさふらふ
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
あなたが他に幾人いくたり女をお持ちなさろうと、幾人子供をお拵えなさろうと、それは初めから承知の上のことですから、何とも思ってやしませんし、あなたの本当の妻として
人間繁栄 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
兄と共に、一年前に文科大学をへた者や、未だ文科の学生である幾人いくたりかが、このごろ毎晩のやうに兄の部屋に集つて、文学の同人雑誌を発行する相談で夜を更してゐた。
海路 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
しかも幾人いくたりの女を抱いても、幾多の歡樂を盡しても、彼の求めてゐる女は一人であり、彼の願ふ歡樂は唯一つであるやうに、私はそのものを求めて歩いてゐるのであらう。
霧の旅 (旧字旧仮名) / 吉江喬松(著)
これまで寺僧のうちで幾人いくたりもぬけ出した者はあるのだが、一人として麓へ行きついた者はない。
道成寺(一幕劇) (新字新仮名) / 郡虎彦(著)
十年や二十年に幾人いくたりと現われるものでなかろう、よき師匠をとり得てお仕合せに存じまする
まゐらんとする時はかならず水をぶ。寒中の夜は幾人いくたりも西東へはせありくとかたれり。
朧気おぼろげながら逢瀬おうせうれしき通路かよいじとりめを夢の名残の本意ほいなさに憎らしゅう存じそろなどかいてまだ足らず、再書かえすがき濃々こまごまと、色好み深き都の若佼わこうど幾人いくたりか迷わせ玉うらん御標致ごきりょうの美しさ
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
これは当時三十一歳であった枳園には、もう幾人いくたりかの門人があって、そのうちに相模の人がいたのをたよって逃げたのである。この落魄らくたく中のくわしい経歴は、わたくしにはわからない。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
リイズの、あの、御立派な方たちをお幾人いくたりお連れになるか存じませんが。一等いゝ寢臺全部を用意して、お書齋もお客間も、ちやんと取片づけて、綺麗にするようにとのお指圖さしづです。
この男子壮年に及びて子宝こだから幾人いくたりを設けしのち、又も妻女の早世にふとひとしく乱心仕りて相果あいはて候。その後代々の男子の中に、折にふれ、事にさわりて狂気仕るもの、一人二人と有之これあり
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
あるいは幾人いくたりあつまって遠い処に行っている一人を思ったり、あるいはたれか一人に憂き事があるというと、みんなが寄って慰めるのだ。しかし己は慰めという事を、ついぞ経験した事がない。
兎に角斯う種々様々の傷の有る所を見れば、よいかえきゝたまえ、一人で殺した者では無い大勢で寄てたかッて殺した者だ(大)成る程—(谷)シテ見れば先ず曲者は幾人いくたりも有るのだが
無惨 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
「宮ちゃん。君には、もう好い情人ひと幾人いくたりもあるんだろう。」と言って見た。
別れたる妻に送る手紙 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
その杯を座中の誰でもよろしい、足下そくかの一番好いてる者へさすがかろうと云うのは、実は其処そこに美人が幾人いくたりも居る、私はその杯を美人にさしても可笑おかしい、わざと避けてさゝなくても可笑しい
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
奧のつめなる室には、少年紳士等打寄りて撞球戲たまつきをなせり。婦人も幾人いくたりか立ちまじりたるに、紳士中には上衣を脱ぎたるあり。われは初め此社會の風儀のかくまで亂れたるをば想ひはからざりしなり。
今日までにこれでしくじつたが幾人いくたりと指折りかくるに、瘠せぎすなお針女はこれを抑へて、こんなことは、奉公人の我等の搆ふた事ではなけれど、腹立たしきはお艶めが、奉公人の咽喉のんどをしめて
野路の菊 (新字旧仮名) / 清水紫琴(著)
幾人いくたり幾人いくたりも、細い悲しげな声を合せて、呼んでいるように為吉の耳に聞えました。何だか聞き覚えのある声のようにも思われました。一カ月まえに難船して死んだ村の人達の声のような気もしました。
少年と海 (新字新仮名) / 加能作次郎(著)
「両刀横へていかめし作りの胸毛男を、幾人いくたり随伴ともに引連れ」
「こちらのお寺はお幾人いくたりでございます」と、半七は訊いた。
半七捕物帳:66 地蔵は踊る (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
長壽花きずゐせん金髮きんぱつのをとめ、幾人いくたりもの清いまつげはこれで出來る。
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
一、 妻にもと幾人いくたり思ふ花見かな 破笠はりつ
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
そんな者と話の合いようが無かろうじゃないか。ああ、年甲斐がいもない、さいというものは幾人いくたりでも取替えられる位の了見でいたのが大間違。
旧主人 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
そのうち自然に放縦ほうしょうにもなって、幾人いくたりもの恋人を持ちましたが、その中で可憐かれんで可憐でならなく思われた女としてその人が思い出される。
源氏物語:22 玉鬘 (新字新仮名) / 紫式部(著)
京都大学の講師富岡謙蔵氏は、長らく病気でせつてゐる。幾人いくたりかその道の博士をたのんで診ては貰つたが、一向にくならない。
肉付のいゝ若い女が幾人いくたりも、赤い潰髷つぶし結綿ゆひわたにもう華美はで中形ちゆうがた浴衣ゆかたを着て引掛ひつかけ帶もだらしなく、歩む度に白い足の裏を見せながら行く。
歓楽 (旧字旧仮名) / 永井荷風永井壮吉(著)
ここにも、幾人いくたりかの警固はいたであろうに、それ等のすべての者が逃げ失せてしまった後まで、何うして、こんな所に、一人で潜んでいたのか?
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
百「婆さま、おめえはまアえらく孫が幾人いくたりも有るなア……然うだ、おらアもう忘れたが、アんたア云う通りの名前だっけ、あんたア宜く知ってるなア」
敵討札所の霊験 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)