“傅人”のいろいろな読み方と例文
読み方(ふりがな)割合
もり37.5%
もりびと37.5%
もりと12.5%
もりやく12.5%
(注)作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
長閑斎は甘んじて這い歩くのである。そしてくしゃみをした途端に、背中の子が落馬した。侍女こしもと傅人もりも、腹をかかえて笑いこける。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「——何といっても、まだあの通りたあいない御幼少じゃ。傅人もりの膝に置かせて、お苦しい目におあわせ致さんでも、よくはあるまいかの」
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「いや真情だ。傅人もりとして、少年の日から世話をやかせ、あげくに十年、縁の下の辛苦をさせた。げに、そちならではだ」
私本太平記:07 千早帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と、穏当な語を返して、少し膝を上座に向け直し、傅人もりの長谷川丹波守へ、
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「城内から、お市の方様、また小さい和子様たち、お幾人いくたりも背にしばって、浅井家の傅人もりびと三、四名の衆とごいっしょに……」
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
黒田家から傅人もりびととして井口兵助、大野九郎左衛門などを付けてよこしてあるが、竹中家としてもほとんど主人半兵衛の嫡子ちゃくし同様に待遇たいぐうしていた。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「いかにも、伊那丸さまのお傅人もりびと、木隠龍太郎という者でござるが、もしや、貴殿きでんは、このなかへ逃げこんだ血まみれなる法師武者ほうしむしゃのすがたをお見かけではなかったか」
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「さては伊那丸君いなまるぎみのお傅人もりびとでしたか。今宵こよい、町へわたったとき、さわがしいおうわさは聞いていましたが、よもやあなたがたとは知らず、さきほどからのしつれい、いくえにもごかんべんをねがいまする」
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
急いで抱き止めて戻って来た若い郎党がある。四男の正秀と同い年ぐらい。つい近頃、子供らの傅人もりとに抱えられたという小冠者こかんじゃである。
日本名婦伝:大楠公夫人 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と、いわれた一色右馬介が、深いところは、何も問うなく、「心得まいた」として、ただちにその晩、小壺ノ浦でふたたび高氏に別れて去ったのも、じつに幼君又太郎時代からの傅人もりやくだった右馬介なればこそだった。
私本太平記:03 みなかみ帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)