ほふ)” の例文
が、生命いのちは取らぬ。さるかわり、背に裸身はだかみの美女を乗せたまま、池のほとりで牛をほふって、角あるこうべと、尾を添えて、これを供える。
夜叉ヶ池 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
次の日は仲秋節ちゅうしゅうせつ。——史家しけの小作や奉公人は、昼から莚席えんせきの支度に忙しかった。羊をほふあひるや鶏をつぶすこと、何十羽かわからない。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
薩長はさきごろ攘夷を行ったとはいえ、いずれも一藩の出来事、皇国一致して外夷をほふるの壮挙は、まだ行われていないのである。
新撰組 (新字新仮名) / 服部之総(著)
貴人横奪、槐門かいもん周章。ひのえよりみずのえ、一所集合、牙城をほふる。急々如律令きゅうきゅうにょりつれい。——つまりこういう意味でござった。甲斐守殿へお伝えくだされ
銅銭会事変 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
いわんや己れが生命を維持せんがために、もとより他の一命を要求するをこれ遅疑せんや。その生命すらこれをほふり、これを断つ。
将来の日本:04 将来の日本 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
世間朋友の交わりを破るはもちろん、はなはだしきは親子相殺し兄弟相敵し、家を焼き人をほふり、その悪事至らざるところなし。
学問のすすめ (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
すでに彼の敵をほふったのか、まだ戦闘に加わらなかったのか、手足がちゃんと揃っているところを見るとおそらく後者であろう。
まさに大量的にほふられようとする生けにえたる人民に、ファシズム戦争の本質を示そうとする者たちがあることなどはもってのほかである。
平和への荷役 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
されど予にして若し予自身を救はんが為に、本多子爵を殺さんか、予は予が満村恭平をほふりし理由を如何の地にか求む可けん。
開化の殺人 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
牛や馬のように、首玉へなわいわえつけておいて、むざむざとほふられるのだ。それはあまりに怖ろしい、あまりに人間性をないがしろにしたものだ。
四十八人目 (新字新仮名) / 森田草平(著)
相手は一諏訪栄三郎と侮って、一気にしてこれをほふり坤竜丸をおさめるつもり——鍔鳴りのひびきが錚然そうぜんとして月明に流れた。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
神社の祭典に犠牲いけにえを供した事実が少からず証拠立てられる以上(別項「上代肉食考」参照)、また神を祭る「はふり」の名が、動物をほふるホフリ
「エタ」名義考 (新字新仮名) / 喜田貞吉(著)
彼は先ず夜鴉の城主の武士道にそむける罪を数えて一門の面目を保つ為めに七日なぬかの夜を期して、一挙にその城をほふれと叫んだ。
幻影の盾 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
何の意味があってかくまでも虐げようとするのか。天然の怒りが来ないであろうか。美をほふるものは、その刃で自らを屠る時があるであろう。
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
差当りは高清水の敵城をほふらんと進行したのは稀有けうな陣法で、氏郷雄毅ゆうき深沈とは云え、十死一生、危きこと一髪を以て千鈞せんきんつなぐものである。
蒲生氏郷 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
病人料理には牛肉のうちでも一番柔い部分即ち腰のランという処なぞが適当です。それもほふりたての新しい肉ではいけません。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
公使館を焼き払い、外人をあやめて、国難を招くがごとき浪藉ろうぜきを働くとは何ごとかっ。幕政に不満があらばこの安藤を斬れっ。この対馬をほふれっ。
老中の眼鏡 (新字新仮名) / 佐々木味津三(著)
麗しきアリスバの地に住みけるテウトラニスの子アクシロスをほふり、メシステウスの子エウリアルスは、ドレソス、オフェルチオス、エセポス
敵をほふった数だけの勲章と、いわれを聞いて少々びっくり、但し御両人そんな気振りもなく、ただニコニコと愛想よし。
明治世相百話 (新字新仮名) / 山本笑月(著)
... 先生は是れ罪なき犠牲の小羊、之をほふる猛悪の手はすなはち自分の父」と語りきたれる井上は、にはかに声を荒らげて「見給へ、剛一は愈々いよ/\奸党にまつたよ、 ...
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
真向正面から相手をほふらずして、他の手段方法によって相手をほろぼすものはむしろ卑怯としていやしめられるのである。
かたき討雑感 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
国峰をほふってひた押しに攻め寄せた武田軍は、外塁を蹂躪じゅうりんして城外へせまったが、そのとき大手の攻め口に新しく堅固なほりが掘られてあるのを発見した。
一人ならじ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
屍体は肉親の兄西一郎にしいちろうにめぐりあい、おのれをほふった恨深い殺人者について訴えたいように見えたが屍体はもう一と口も返事することができなかった。
恐怖の口笛 (新字新仮名) / 海野十三(著)
そして、その夜、主人の不在を見すまして、第二の犠牲者をほふるべく、再びあのいやらしい姿を現わしたのである。
暗黒星 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
血まぶれの Tourbadourトルバドル 華美はでないさみの若者が、ほふ牡牛おうしArènneアレエヌ桟敷さじきも崩れん叫び声。
猛虎まうこほふるといふ投鎗なげやりかたち髣髴ほうふつとして、その兩端りようたん一種いつしゆ奇妙きめう鋭角えいかくをなしてる、この鋭角えいかくが、てい速力そくりよくくわんして、きわめて緊要きんえうなる特色とくしよくさうである。
ほふられた種牛の肉は、今、大きなはかりに懸けられるのである、屠手の一人が目方を読み上げる度に、牛肉屋の亭主は鉛筆をめて、其を手帳へ書留めた。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
やがて過越すぎこしの祭の第一日、過越の羔羊こひつじほふるべき日が来た。これを食すべき場所は、エルサレムに限られていた。
キリスト教入門 (新字新仮名) / 矢内原忠雄(著)
それにこの間も私の内(夫を指していう)が話したことだが、もしあのラマが俺のめい婿むこに成らないようであれば、ほふって喰物にするという話であった。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
音松はやはりただの安やくざで、獅子ししほふった獲物をあさる野狐に過ぎなかったのです。その告白を聴けば——
銭形平次捕物控:126 辻斬 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
四十七、八年前パリ籠城ろうじょうの輩多く馬をほふったが、白馬の味いたく劣る故殺さず、それより久しい間パリに白馬が多かった(『随筆問答雑誌ノーツ・エンド・キーリス』十一輯七巻百九頁)
それから後も、男は、得意の弓矢の業をもって、麓に住む荒い獣を半殺しの程度にして狩り取り、湧玉の水のほとりに待受けていて、女を見ると、ほふり殺した。
富士 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
テーブルの上には珈琲碗かひわん四つ五つ、菓子皿はおおむねたいらげられて、ただカステーラの一片がいづれの少将軍にほふられんかと兢々きょうきょうとして心細げに横たわるのみ。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
シェストフを贋物がんぶつの一言で言い切り、構光利一を駑馬どばの二字で片づけ、懐疑説の矛盾をわずか数語でもって指摘し去り、ジッドの小説は二流也と一刀のもとにほふ
○軍は段違いのスコアで△軍をほふった。二年間負け続けて先輩から風紀敗頽はいたいそしりを受けていた折からの快勝に、嬉しさ余った選手達は相擁して泣き出すという始末。
脱線息子 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
あるひ患者くわんじやたいして、たん形式以上けいしきいじやう關係くわんけいたぬやうにのぞんでも出來できぬやうに、習慣しふくわんやつがさせてしまふ、はやへば彼等かれらあだかも、にはつてひつじや、うしほふ
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
機会は次々ともたらされていたのに——会津救援には何をいてもけつけるべきであったのに——拱手こうしゅ傍観を強いられた彼らは、むざむざと数百の生命をほふらしたではないか。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
しかし無数の動物は、一片の悔恨の影もなしに、毎日いたずらにほふられている。それを口にする者は物笑いとなるだろう。——そしてこのことこそ、許すべからざる罪悪である。
一行はここに席をつらね、徳利をおろし、行炉を置き、重箱よりほふれる肉を出し、今一度水にて洗い清めたり、その間にあるものは向いの森より枯枝と落葉を拾い来たりて燃しつけつ
空家 (新字新仮名) / 宮崎湖処子(著)
妙義山麓みょうぎさんろく陣場じんばはらに集合した暴徒を指揮して地主高利貸警察署などをほふった兇徒の一人として、十年に近い牢獄生活を送り、出獄後は北海道の開墾に従事したり、樺太からふとへ往ったり
雨夜続志 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
或る時はほふった仔牛こうしを沢山積んで歩いていた。仔牛のしかばねの下半身が一列にぶらさがっている。下肢と尾が一様の或る律動で揺れている。その上段には仔牛の首の方が一列に並びいる。
玉菜ぐるま (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
支那分割を思う列強は自らわざわいするものである。支那を亡ぼさんとするなら、まず支那国民をほふり尽すの覚悟が無ければならぬ。ところが果して屠り尽し得るか。やれるならやってみろ。
三たび東方の平和を論ず (新字新仮名) / 大隈重信(著)
其処そこに行ってから三日目に、この家で決めてある父母の誕生日が来た。兄たちは鶏と七面鳥とをほふった。私と二人の娘とは部屋の装飾をするために山に羊歯しだの葉や草花を採りに行った。
フランセスの顔 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
と云うのは、だいいち十四郎の気性が、粗暴になってきて、血腥ちなまぐさい狩猟などにふけり、燔祭はんさいの生き餌までも、手ずからほふると云ったように、いちじるしい嗜血しけつ癖が現われてきた事だった。
白蟻 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
我国で古く屍体を始末することはハフル(葬)と云うていたが、このことばには、二つの意味が含まれていた。即ち第一ははふるの意(投げ棄てる事)で第二はほふるの意(截り断つ事)である。
本朝変態葬礼史 (新字新仮名) / 中山太郎(著)
城をほふった勝利者の獲物の中には、必ずや女がある——というようなことまで、ひとり旅の身には、何とはなしに思いやられるのでありましたが、実を言うと、それらの名所古蹟よりも
大菩薩峠:40 山科の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
むなしくほふられてしまった無数のかなしい生命にくらべれば、窮地に追詰められてはいても、とにかく彼の方がしあわせかもしれなかった。天が彼を無用の人間として葬るなら、むを得ないだろう。
永遠のみどり (新字新仮名) / 原民喜(著)
荒鷲爆撃機は、昭和遊撃隊をほふって、フーラー博士の元気はものすごい。
昭和遊撃隊 (新字新仮名) / 平田晋策(著)
妹の姿が紅葉した大樹の蔭に消えてしまうと、タダオモウナオは林中に飼っていた鶏を従者にほふらせた。それからくすの太い幹の蔭になった柔かい雑草の上に従者六名とともに円座をつくって坐った。
霧の蕃社 (新字新仮名) / 中村地平(著)
よしやそれが贖物の千位の一位にも足らぬものであろうとも、美衣も珍饌ちんせんも重宝も用をなさぬ永遠の若返りのために、彼はそうすることを欲しているのである。犠牲となる空無の羊はほふられもしよう。