はか)” の例文
旧字:
都に出た田舎びとが京の六角堂の鬼瓦をしげしげと眺めて、はからずも国もとに措いて来た女房を思い出し、落涙するという筋である。
銷夏漫筆 (新字新仮名) / 辰野隆(著)
ここに於て佐志木作右衛門は、千束島の山善左衛門等とはかったが、結局ながら藩兵に攻められるより兵を挙ぐるにかずとなった。
島原の乱 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
阿波は由来なぞの国だ。金があって武力が精鋭、そして、秘密を包むに都合のいい国、一朝淡路あわじを足がかりとして大阪をはかり、京へ根を
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
が、折角せっかくたのみとあってればなんとか便宜べんぎはかってげずばなるまい。かく母人ははびと瀑壺たきつぼのところへれてまいるがよかろう……。
市川の町に来てから折々の散歩に、わたくしははからず江戸川の水が国府台こうのだいの麓の水門から導かれて、深く町中に流込んでいるのを見た。
葛飾土産 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
西坂本に故敦忠の山荘の跡をたずねて、はからずも昔の母にめぐり逢う迄のいきさつを書いた、一篇の物語であると云ってもよいのである。
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
そこに着いて見るとあにはからんや水はすっかりれて奇麗な白石ばかり残って居る。ちょうどそれが水のように見えて居ったです。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
そこを通りかかった時、はからずも寒夜にしわぶく声を耳にした、それは橋の下あたりに泊っている舟人の咳であった、というのである。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
しかるに何ぞはからん、今年の一月、余は漸く六つばかりになりたるおのが次女を死なせて、かえって君より慰めらるる身となった。
我が子の死 (新字新仮名) / 西田幾多郎(著)
それから四、五年のあいだは何事もなかったのですが、はからずも今度のようなことが出来しゅったいしまして、殿さまも姉もその脇指で殺されました。
半七捕物帳:61 吉良の脇指 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
かの壮士ははからずもその術にひっかかったものです。降りみ降らずみ五月雨さみだれの空が、十日も二十日も続く時は、大抵の人が癇癪かんしゃくを起します。
つい今迄その感情の満足をはからなかつた男だけに、言ふ許りなき不安が、『男は死ぬまで孤独ひとりぼつちだ!』といふかれ悲哀かなしみと共に、胸の中に乱れた。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
その様子に胸先ず安く、ついに調金の事を申し出でしに、はからざりき感嘆の体と見えしはしょう胆太きもふとさをあきれたる顔ならんとは。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
僕は、金色こんじきの背景の前に、悠長な動作を繰返している、藍の素袍すおうと茶の半上下はんがみしもとを見て、はからず、この一節を思い出した。
野呂松人形 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
借金の方は予想通り失敗であったが、その時はからずも、あの本物と少しも違わない様な、其時は印刷中であった所の、玩具の札を見たのである。
二銭銅貨 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
はからず丑松は敬之進の家族を見たのである。の可憐な少年も、お志保も、細君の真実ほんたうの子では無いといふことが解つた。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
衣食さえ出来れば大願成就とおもって居た処に、またはからずも王政維新、いよ/\日本国をひらいて本当の開国となったのは難有ありがたい。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
しかるにその村の者猟をして五葉山ごようざんの腰のあたりに入りしに、大なる岩のおおいかかりて岩窟のようになれるところにて、はからずこの女に逢いたり。
遠野物語 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
はからざる天の一方から急に二十三十の複雑の程度に進んだ開化が現われて俄然がぜんとして我らに打ってかかったのである。
現代日本の開化 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
し実際将門が謀反をあへてしようとして居たならば、不軌ふきはかるほどの者が、打解けて語らつたことも無い興世王や経基の処へわざ/\出掛けて
平将門 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
岩次郎が、いよいよ肉体的な恐怖に襲われ、専門の僧になって、その解脱げだつはかろうとしたのは十五歳の時だった。
宝永噴火 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
と鍋焼饂飩と立派な男と連れ立ってきます。此方こなた最前さいぜんからはからず立聞きを致しております清次は驚きました。
すなわち法治国ほうちこくにおいては法を破らぬ範囲内において、自己の利益を最もよくはかるものが勝利者となるに至った。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
近頃、奥様の御容子ごようすが、何分どうも不審なので御座いますよ、先日旦那様が御帰京おかへりになりました晩、伊藤侯がはからずも媒酌人ばいしやくにんつて下ださるからとのお話で
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
その村には、三十台ぐらいの若い人たちが、二十数名集まって、一つの団体を作り、いつも村のことを研究し、熱心に村生活の調和と革新とをはかっている。
次郎物語:03 第三部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
頃日このごろ事実文編を繙閲して、はからずも息軒撰の墓碑銘を発見した。樵山の系は源融みなもとのとほるの曾孫渡辺綱から出でてゐる。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
技巧の練達は、昔から申しております技神に入るということになるのでありまして、はからずも自分の予想以上の実力が練習の結果として生ずるのであります。
「いや、有難う、村山君。君の手帖のお蔭ではからずも犯人、いや有力な嫌疑者けんぎしゃが判明した。感謝する!」
電気風呂の怪死事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
鉄槌かなづちを以て器械に附着したる氷雪を打毀うちこわす等、その他千種万態ばんたいなる困難辛苦を以て造化の試験を受けてやや整頓のちょに就かんとせし所に、はからずもさい登山しきたりたり
「さては天上に神さまがいられる」と思いつつ、彼はなおもよく耳をすましていると、はからんや、神の声は高い天上ではなくて、低い地上から聞こえてきたのです。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
「人間万事塞翁さいおうの馬。元気を出して、再挙をはかるさ。人生七十年、いろいろさまざまの事がある。人情は飜覆ほんぷくして洞庭湖の波瀾はらんに似たり。」と洒落しゃれた事を言って立ち去る。
竹青 (新字新仮名) / 太宰治(著)
はからず口から滑り出た一言、ちよいとした、間違つた挙動なぞのやうな、刹那の不用意から生ずる一瑣事が、この不思議に纏まつてゐる総てを打ち崩してしまひはすまいか。
クサンチス (新字旧仮名) / アルベール・サマン(著)
私のはつしと打ち込んだ熊手が、はからず向ひ合つた人の熊手の長柄に喰ひ込んだ途端、きやアと驚きの叫び声があがつた。舎生たちが仰天して棒立ちになつた私を取り巻いた。
途上 (新字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
日蔭者自殺をはかるなどと同情のある書き方だった。柳吉は葬式があるからと逃げて行き、それきり戻って来なかった。種吉が梅田へたずねに行くと、そこにもいないらしかった。
夫婦善哉 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
さて、私の手もとに、『斎藤茂吉全集』の書簡篇に自分の持っている茂吉の手紙と葉書を提出してからのちはからず或る本にはさんであったのを見つけた、二通の茂吉の葉書がある。
茂吉の一面 (新字新仮名) / 宇野浩二(著)
それまではみんな、ぼくを精々、嫉妬しっとするくらいで、別に詰問きつもんするだけの根拠こんきょはなかったのですが、はからずも、ハワイで買ったあかいセエム革の手帳が、それに役立つことになりました。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
入り見ればせみがら同様人を見ず、され共古びたる箱類許多あまたあり、ふたひらき見れば皆空虚くうきよなり、人夫等曰く多分猟師小屋れうしこやならんと、はからず天井をあほぎ見れば蜿蜒えん/\として数尺の大蛇よこたはり
利根水源探検紀行 (新字旧仮名) / 渡辺千吉郎(著)
ところで、はからずも貸主が君と云ふので、轍鮒てつぷの水を得たるおもひで我々が中へ入つたのは、営業者の鰐淵として話を為るのではなくて、旧友のはざまとして、実は無理な頼も聴いてもらひたいのさ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
グヰンは自動車に乗った警官の一行が旅館ホテルへ入ったのを見て、所詮しょせん身ののがれ得ぬのを知り、五階の窓から飛降りて、自殺をはかったのだというものもあれば、A夫人がグヰンを突落したのであろうと
緑衣の女 (新字新仮名) / 松本泰(著)
とは評論全篇の骨子こっしにして、論者がかかる推定すいていより当時もっとも恐るべきのわざわいは外国の干渉かんしょうに在りとなし、東西開戦かいせんせば日本国の存亡そんぼうはかるべからざるごとくに認め、以て勝氏の行為こうい弁護べんごしたるは
あまり出抜だしぬけで、私はその意をはかりかねていた。
世間師 (新字新仮名) / 小栗風葉(著)
はからずも思ひぞいづる。
邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
驚いて、あたりを見廻すと、何ぞはからん、自分たちより先に、この山上に来て、岩陰にうずくまり、居眠りをしていた男があった。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
亡き殿様の御首みしるしの前で、はからずもお身達にお会い申すことが出来ましたのは、矢張御佛のお引き合わせだと思われてなりませぬ。
聞書抄:第二盲目物語 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
去年の暮巌谷四六いわやしろく君(小波先生令弟)とはからず木曜会忘年会の席上に邂逅かいこうした時談話はたまたまわが『日和下駄ひよりげた』の事に及んだ。
『おわかれしてから随分ずいぶんなが歳月としつきましたが、はからずもいまここでおにかかることができまして、こころからうれしうございます。』
石を撫でながら、なにげなく石の裏を見ると、そこに、「二十一、とりの女の墓」と小さく刻んであるのが、はからず眼に触れてゾッとしました。
大菩薩峠:15 慢心和尚の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
古井の三氏および今回出資せる越中えっちゅう富山の米相場師某ら稲垣と共に新町遊廓に豪遊を試み、妾もはからずその席に招かれぬ。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
謝貴しゃきもっ都指揮使としきしとなし、燕王の動静を察せしめ、巍国公ぎこくこう徐輝祖じょきそ曹国公そうこくそう李景隆りけいりゅうをして、はかりごとあわせて燕をはからしむ。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
どうぞ、篠田さん、御赦おゆるし下ださいまし——警視庁から愚父ちゝへ内密の報知がありましたのを、はからず耳にしたので御座います、おはずしいことで御座いますが
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)