“源融”のいろいろな読み方と例文
読み方割合
みなもとのとほる66.7%
みなもとのとおる33.3%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
頃日このごろ事実文編を繙閲して、はからずも息軒撰の墓碑銘を発見した。樵山の系は源融みなもとのとほるの曾孫渡辺綱から出でてゐる。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
その河原の左大臣源融みなもとのとほるはわかい時分に陸奥の按察使あぜちとして行かれた土地の中でも、この港の景色を殊に恋しく思ひ出されてその豪しやな河原の院の庭を作つたのであらう。
東北の家 (新字旧仮名) / 片山広子(著)
河原左大臣源融みなもとのとおるは、毎月二十石の潮水を尼ヶ崎から運搬させ、その六条の邸にたたえ、陸奥の塩釜しおがまの景をうつして、都のたおやめを、潮汲しおくみの海女あまに擬し、驕奢の随一を誇ったというが、忠平には
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)