かえっ)” の例文
家康とは余り交情の親しいことも無かったのであり、政宗はかえって家康と馬が合ったようであるから、此談もちと受取りかねるのである。
蒲生氏郷 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
お医者様の処に鉄砲を習いに行くと云うのは、世の中に余り例のない事のように思われる。れこそかえって不都合な話ではござらぬか。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
平生元気のいい丈夫な老人ほどそういう場合にはかえっもろくぽっくり逝くものだとひそひそ話をしているのを耳にしたことがあった。
老人 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
わたしはあなたに捉えられてそこに安住するとき、かえってあなたを罠ごとわたしの生命に浄化する便りになることがわかったのです。
阿難と呪術師の娘 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
昔流につるぎやピストルを用いたならば、相手を倒した勝利者の方がかえって殺人犯として処罰を受けなければならない。それでは決闘にならぬ。
吸血鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
「お勢、真個ほんとにお前は文三と何にも約束した覚えはないかえ。エ、有るなら有ると言ておしまい、隠立かくしだてをするとかえってお前の為にならないヨ」
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
それゆえ、古拓をただいたずらに肉筆で模し、殊に其の欠磨のあとの感じまで、ぶるぶる書きに書くようになってはかえって俗臭堪えがたいものになる。
書について (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
いつも宿り客の内幕を遠慮も無く話しちらすに引代ひきかえて、余計な事をおといなさるなと厳しく余を遣込やりこめたれば余が不審は是よりしてかえって、益々つの
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
「アハハハ。左様さような立入った詮議は大目付殿のお耳にはかえって這入らぬものじゃでのう。……して今日のお召はその事で……」
名君忠之 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
村人はかえってこんな邪魔な樹を除いてくれると喜んでいたとの事もあったが、近年その樹の減るのを惜しむ人々が出来てそれは禁制にしたそうだ。
植物記 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
爺いさんのこう云う様子が、ただ一通ひととおりの挨拶ではなく、しんから恐れ入っているらしいので、己はかえって気の毒に思った。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
かえってわく/\して、少しも手が付かないように、信一郎も飛ぶが如くに、過ぎ去ろうとする時間を前にして、たゞ茫然ぼうぜんと手をこまぬいている丈だった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
一方吾々下飯台の方は、幾月にも斯様こんなお手柔てやわらかなこきつかわれ方に遭遇でくわさないので、かえって拍子抜がして、変てこだがさすがに嬉しさは顔やこなしに隠されぬ。
監獄部屋 (新字新仮名) / 羽志主水(著)
むしろ喜びます、かえって喜びます、もしもその少女むすめにして死ななんだならばです、その結果の悲惨なる、必ず死の悲惨に増すものが有ったに違いないと信ずる
牛肉と馬鈴薯 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
乳母があわてて探すだろう、と言う心が起って来ても、かえってほのかな、こみあげ笑いを誘う位の事になっている。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
越しかたかえりみれば、眼下がんかに展開する十勝の大平野だいへいやは、蒼茫そうぼうとして唯くもの如くまた海の如く、かえって北東の方を望めば、黛色たいしょく連山れんざん波濤はとうの如く起伏して居る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
今度はかえって反対にこの関係における離反がいよいよ本質的に、いよいよ内面的に現はれて来るかのやうである。
ゲーテに於ける自然と歴史 (新字旧仮名) / 三木清(著)
併し其等は一切無益であった。彼女は歩度を緩めて彼を振向いた。足をめた。最早取返しは付かなくなった。狼狽ろうばいの余りかえっ誤間化ごまかす事が出来なかった。
偽刑事 (新字新仮名) / 川田功(著)
それはらかったが、それが世にいう幽霊というものだと、云われた時には、かえってゾッとおびえたのであった。
子供の霊 (新字新仮名) / 岡崎雪声(著)
そしてそれを持つて裁判長の道徳的感情に訴へようと試みながら、かえって自身は何んの熱情も伴はない冷淡な態度を、何かしら物足りない気持ちで聞いてゐました。
ある女の裁判 (新字旧仮名) / 伊藤野枝(著)
それにあの男は、大変神経質で気の小さな男ですから、うっかり注意してやっても、かえって悪い結果をもたらしてはと思いまして、それとなく機会をうかがっていたのです。
闖入者 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
しかしわたしの考では、そんな風に、因襲がどうにもめていない場合が、かえって面白い関係になるかも知れないでしょうと思いますの。そうではないでしょうか。
且つ労働多きにりて消化機能も盛なるを以て、かかる喰料にてもかえって都下の人より健康を増加するのみならず、生出せいしゅつする処の児輩こらは却て健康と怜悧れいりたるが如し。
関牧塲創業記事 (新字新仮名) / 関寛(著)
私はかえって、物を軽蔑することを知らない、その恋人を軽蔑してしまうにちがい無い(物を軽蔑することのできぬ人間は、又、物を尊敬することを知らない。僕の格言)
大阪を歩く (新字新仮名) / 直木三十五(著)
ここの地獄は別府の海地獄、血の池地獄のような大きなものはないが、別府のように散在的でなく大小三十余の地獄が一ヶ所に集中されてあるので、かえって壮観である。
雲仙岳 (新字新仮名) / 菊池幽芳(著)
それに私はその頃神経質的に間食を避けていたので、正直に言えば叔母の好意はかえって迷惑だった。
御萩と七種粥 (新字新仮名) / 河上肇(著)
こうして酒に酔って居る時にかえって溢れる様に父の真情が出るのを恭三は幾度も経験して居た。
恭三の父 (新字新仮名) / 加能作次郎(著)
おせんちゃんはおいらのおかみさんだよと、度重たびかさなる文句もんくはいつかあそ仲間なかまわたって、自分じぶんくちからいわずとも、二人ふたりぐさま夫婦ふうふにならべられるのがかえってきまりわる
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
そうすると、兄夫婦だって、後から面倒くさい調停をしたり何かしなければならない。その方がかえって迷惑になる訳だから、骨惜ほねおしみをせずに今一寸一所に行ってくれたらかろう。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
小さな櫓が残っている。其そばにドッカと荷物を卸してゆっくり昼飯にする。展望がないのでかえって気が落ち着いて好いなぞと負惜みを言っていたのは誰であったか忘れてしまった。
奥秩父の山旅日記 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
知らしておかから逃げて往くようなことがあると、おかには仲間がおって見張をしておりますから、かえってあぶのうございます、それであなたに、ず知らした後で、お父さんに話して
参宮がえり (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
きのうまでは宿のすぐ下の家で祭囃まつりはやしの練習に余念もなかった。寝床に入ってのちまでも祭囃しは聞こえておった。今日はかえってその囃しは聞こえない。先刻どこかで花火が揚がった。
別府温泉 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
男は起き直って、「あんまり長く横になっていたものだから、かえっ草臥くたびれた」とって、腰掛の隅にすわって、窓の外を見ている。もう遥か向うに明りの点いたウィインの町が見える。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
「先生、放屁は僕に遠慮なさることは御無用に願います。かえって僕がつらいですから」
勉強記 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
胸がとどろいて掻巻かいまきの中で足をばた/\したが、たまらなくツて、くるりとはらばひになつた。目をいて耳をすますと、物音は聞えないで、かえっ戸外おもてなる町が歴然ありありと胸に描かれた、やみである。
処方秘箋 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
そんな事で、かえって岡村はどうしたろうとも思わないでいる所へ、蚊帳かやの釣手のかんをちゃりちゃり音をさせ、岡村は細君を先きにして夜の物を運んで来た。予は身を起してこれを戸口に迎え
浜菊 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
樺太虎杖の花は内地で見るようなほのぼのとした淡紅ときいろを含めていないが、その緑がかった薄黄はかえっつつましくてあわれであった。それが雨と霧とに濡れしずくになっているのである。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
十五六年もの間、ぱったりと音沙汰のなかった叔父と、こうして偶然に会ったというのに、その態度のあまりの余所余所よそよそしさには、中野自身、かえって狼狽に似た気持に襲われたほどであった。
地図にない島 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
「さぞ御不自由で御座いましょう。とんだ御心配かけましてかえって恐縮です」
猫と村正 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
此様こないに云われるで何うにも仕ようがないじゃて、しかし何うも気の毒なこっちゃな、ねっから、全体商人あきんどはお前の性分に合わぬのじゃから、かえって谷中のお寺へきなはった方が心が沈着おちついていやろう
闇夜の梅 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
惜しいことには、鼻の一部と唇の一部にホンの少しばかり欠けがあるが、なさけの中に何処か可笑味おかしみを添えて、かえっおもむきをなすと云わば云われる。台石の横側に、○永四歳(丁亥)十月二日と彫ってある。
地蔵尊 (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
第五 遍地ニ罨覆あんぷくシテ寒ノ土中ニ侵透スルヲ防拒ス 地中よりテ以テ寒冷ヲ致サズ かえっテ温ヲ得 故ニ草木肥茂シ蟄虫ちっちゅう生ヲ得 又雪上ニそりヲ走ラシ犬鹿ヲ駆使シおもきヲ引キとおきニ致ス 故ニ北陲ほくすいおおきモ害ナク利アリ
(新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
そこへ幽霊を出してはかえって凄みがないとおっしゃいました。
薄どろどろ (新字新仮名) / 尾上梅幸(著)
明らかにそれがかえって得意にも思はれるのであつた。
散歩 (新字旧仮名) / 水野仙子(著)
あるいは功も功とならずして、かえっとがめのあらんも
鬼桃太郎 (新字新仮名) / 尾崎紅葉(著)
僕にはそれがかえっ老獪ろうかいに響いた。
階段 (新字新仮名) / 海野十三(著)
とせかえって江戸をさす故郷 同
古池の句の弁 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
かえって口きゝ玉うにも物柔かく、御手水おちょうず温湯ぬるゆ椽側えんがわもって参り、楊枝ようじの房少しむしりて塩一小皿ひとこざらと共に塗盆ぬりぼんいだ僅計わずかばかりの事をさえ
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
大道で小便とは今から考えれば随分ずいぶん乱暴であるが、乱世の時代には何でもない、こんな乱暴がかえって塾の独立を保つめになりました。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
心の中にはこれから先毎晩こういう風に千代香を囲者かこいものにしてからの楽しさのみが、かえって切ないほど果てしもなく想像されるのであった。
夏すがた (新字新仮名) / 永井荷風(著)