一棟ひとむね)” の例文
ちうつて三百年さんびやくねんといふ古家ふるいへひとつがこれで、もうひとつが三光社前さんくわうしやまへ一棟ひとむねで、いづれも地震ぢしんにびくともしなかつた下六番町しもろくばんちやう名物めいぶつである。
十六夜 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
肋骨君ろっこつくんの説明を聞いて知ったのだが、この突当りが正房せいぼうで、左右が廂房しょうぼうである。肋骨君はこの正房の一棟ひとむねに純粋の日本間さえ設けている。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
私の部屋の窓からは、いまにもくずれそうな生墻いけがきを透かして、一棟ひとむねの貧しげな長屋の裏側と、それに附属した一つの古い井戸とがながめられた。
三つの挿話 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
郁次郎は奉行所内の遥か奥に隔っている藪牢やぶろうにはいっていた。そこにある厳重な一棟ひとむねは、明和めいわの大獄以来使ったことのない番外牢であった。
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
僕等はすすきの穂を出した中を「悠々荘」のうしろへまわって見た。そこにはもう赤錆あかさびのふいた亜鉛葺とたんぶき納屋なや一棟ひとむねあった。
悠々荘 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
それと共に私はまたかすみせきの坂に面した一方に今だに一棟ひとむねか二棟ほど荒れたまま立っている平家ひらやの煉瓦造を望むと
明治四十二年の春に買った一棟ひとむねなぞは、萱沢山かやたくさんの厚さ二尺程にも屋根をいて、一生大丈夫の気で居ましたら、何時しか木蔭から腐って、骨が出ました。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
嘉吉と丸田は或る一棟ひとむねの倉庫の入口に消えて行つた。そこには猫背で胴体の馬鹿に短い、そして脚ばかりがひよろ長い、腕の片一方ない番人のぢいさんがゐた。
煤煙の匂ひ (新字旧仮名) / 宮地嘉六(著)
母屋おもやから独立した平家建ての一棟ひとむねで、八畳と四畳半の座敷の外に、玄関と湯殿と台所があり、出入口も別になっていて、庭からぐと往来へ出ることが出来
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
差し向いたる梅屋の一棟ひとむねは、山を後に水を前に、心をめたる建てようのいと優なり。ゆくりなく目を注ぎたるかの二階の一間に、辰弥はまたあるものを認めぬ。
書記官 (新字新仮名) / 川上眉山(著)
御身の茲に來られしみちすがら、溪川たにがはのあるあたりより、山の方にわびしげなる一棟ひとむねの僧庵を見給ひしならん。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
そこは建築したばかりの大工場で、この一棟ひとむねへはいった。土くれの匂いなどはなく、芳香を放つあぶらの匂いがあった。そして壁も天井も明るく黄いろく塗られて、頑丈がんじょうに見えた。
少年探偵長 (新字新仮名) / 海野十三(著)
戻路もどりにはせめてもと存じまして、長屋の位置を見がてら、その家紋を読んでまいりましたが、だいたい表通りに向った一棟ひとむねと、南側に添うた一棟と、総長屋は二棟に別れておりまして
四十八人目 (新字新仮名) / 森田草平(著)
ことに彼にそういう気持を起こさせたのは、一棟ひとむねの長屋の窓であった。ある窓のなかには古ぼけた蚊帳かやがかかっていた。その隣の窓では一人の男がぼんやり手摺てすりから身体を乗り出していた。
ある崖上の感情 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
町はずれの住んだ家に来て見れば母屋づくりの立派な一棟ひとむねのなかから、しょう吹く音いろがきこえ、おとなうことすらできなかった。近くの家々の人も、網代車あじろぐるま前簾まえすだれの中の生絹の顔を見ることがなかった。
荻吹く歌 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
石の門柱が立っており、足場のわるいだらだらした坂を登ると、ちょうど東京の場末の下宿屋のような、木造の一棟ひとむねがあり、周囲まわりに若いひのきかえでや桜が、枝葉をしげらせ、憂鬱ゆううつそうな硝子窓ガラスまどかすめていた。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
それは昔のままだったが、一棟ひとむね、西洋館が別に立ち、帳場も卓子テエブルを置いた受附になって、蔦屋の様子はかわっていました。
雪霊記事 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そこには泉殿いずみどのとよぶ一棟ひとむね水亭すいていがある。いずみてい障子しょうじにはあわい明かりがもれていた。その燈影とうえいは水にうつって、ものしずかな小波さざなみれている。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
隣はぬしのない家と見えて、め切った門やら戸やらにつたが一面にからんでいる。往来を隔てて向うを見ると、ホテルよりは広い赤煉瓦あかれんがの家が一棟ひとむねある。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
門をはいると左手に瓦葺の一棟ひとむねがあって其縁先に陶器絵葉書のたぐいが並べてある。家の前方平坦なる園の中央は、枯れた梅樹の伐除かれた後朽廃した四阿あずまやの残っている外には何物もない。
百花園 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
私が二十七妻が二十一の春東京で一緒いっしょになり、東京から逗子、また東京、それから結婚十四年目の明治四十年に初めて一反五畝の土と一棟ひとむねのあばら家を買うて夫妻此粕谷に引越して来ました。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
大正十二年の震災後、藩主の本邸は渋谷に移された。私は母方の親戚しんせきがN侯の側近を勤めてゐたわづかの関係が縁で本邸をめぐる家来長屋の一棟ひとむね寄寓きぐうし、少しの間、神田の学校へ通つたことがある。
老残 (新字旧仮名) / 宮地嘉六(著)
それはむかしのまゝだつたが、一棟ひとむね西洋館せいやうくわんべつち、帳場ちやうば卓子テエブルいた受附うけつけつて、蔦屋つたや樣子やうすはかはつてました。
雪霊記事 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
で、目的もくてきは? やはりかせぎにくるのである。そしてその一棟ひとむね一棟ひとむねで、みな職業がちがっているのもおもしろい。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
最後にもっとも長い二階建の一棟ひとむねの前に出た。これが共同生活をやらしている所でと、相生さんが先へ這入はいる。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
銀行ぎんかうよこにして、片側かたがははら正面しやうめんに、野中のなか一軒家いつけんやごとく、長方形ちやうはうけいつた假普請かりぶしん洋館やうくわん一棟ひとむねのきへぶつつけがきの(かは)のおほきくえた。
深川浅景 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
西洋館に続いて日本建にほんだて一棟ひとむね付いていたこの屋敷には、家族の外に五人の下女げじょと二人の書生が住んでいた。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
おくの西に、木につつまれた一棟ひとむねがある。昼寝でもするつもりか、大股に、つとそこへ這入ると
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
秋の夜番、冬は雪かきの手伝いなどした親仁おやじが住んだ……半ば立腐りの長屋建て、掘立小屋ほったてごやというていなのが一棟ひとむねある。
茸の舞姫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
父のいる一棟ひとむねは、荒れ御堂といってもよい。枯れ野みたいな庭の向こうにあった。清盛は、そこのれ縁を上がった。そして、しとみの蔭から、おそるおそる中へすべり込んだ。
下から見上げた外部の様子によって考えると、がけの上は幾坪かの平地ひらちで、その平地を前に控えた一棟ひとむねの建物が、風呂場の方を向いて建てられているらしく思われた。何しろ声はそっちの見当から来た。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
建物たてもの取𢌞とりまはした一棟ひとむね其池そのいけのあるうへばかり大屋根おほやね長方形ちやうはうけい切開きりひらいてあるから雨水あまみづたまつてる。
怪談女の輪 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
おそろしい、はしッこさで、かれがねらってきたのは鉄砲火薬てっぽうかやくをつめこんである一棟ひとむねだった。見ると、戦時なので、煙硝箱えんしょうばこも、つみだしてあるし、くらの戸も、観音かんのんびらきにいている。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
さみしい、しんとした中に手拍子てびょうしそろって、コツコツコツコツと、鉄槌かなづちの音のするのは、この小屋に並んだ、一棟ひとむね同一おなじ材木納屋なやの中で、三個さんこの石屋が、石をるのである。
三尺角 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
大吉寺は大吉堂ともいい、一宇いちうの堂と、れはてた僧房一棟ひとむねしかない。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
さみしい、しんとしたなか手拍子てびやうしそろつて、コツ/\コツ/\と、鐵槌かなづちおとのするのは、この小屋こやならんだ、一棟ひとむね同一おなじ材木納屋ざいもくなやなかで、三石屋いしやが、いしるのである。
三尺角 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
佐々木小次郎が江戸の住居は、細川藩の重臣で岩間角兵衛が邸内の一棟ひとむね——その岩間の私宅というのは、高輪たかなわ街道の伊皿子いさらご坂の中腹、俗に「月のみさき」ともいう地名のある高台で、門は赤く塗ってある。
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
真中に一棟ひとむね、小さき屋根の、あたか朝凪あさなぎの海に難破船のおもかげのやう、つ破れ且つ傾いて見ゆるのは、広野ひろのを、久しい以前汽車が横切よこぎつた、時分じぶん停車場ステエション名残なごりである。
二世の契 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
秀吉は、席を換え、橋廊下をこえた一棟ひとむねへ入った。
新書太閤記:10 第十分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
湯宿やどの二階の、つらつらと長いまわえん——一方の、廊下一つ隔てた一棟ひとむねに、私の借りた馴染の座敷がながれに向いた処にあるのです——この廻縁の一廓は、広く大々だいだいとした宿の
菊あわせ (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ここで一寸ちょっと念のために申しますが、この旅籠屋も、昨年の震災をまぬかれなかったのに、しかも一棟ひとむねけて、人死ひとじにさえ二三人あったのです——蚊帳は火の粉をかぶったか、また、山を荒して
甲乙 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
一棟ひとむね火の番小屋とが並んでいる。
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)