さけ)” の例文
その晩もお菜に鹽つ辛いさけをつけると、——こんなお菜は飯が要つてかなはない——つて、下女のお留に大小言を食はせたんですつて。
土地とちにて、いなだは生魚なまうをにあらず、ぶりひらきたるものなり。夏中なつぢういゝ下物さかなぼん贈答ぞうたふもちふること東京とうきやうけるお歳暮せいぼさけごとし。
寸情風土記 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
瀬の清い、流れの早い川に鮎がいることは不思議でもなんでもない——この名取川には、特有のさけの子もいるということを聞いた。
大菩薩峠:34 白雲の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
開けひろげてある庭の入口を通して、直ぐ向ふに肴屋の店頭みせさきが見える。さけなどが吊るしてある乾いた町へは急に夏らしい雨が来た。
出発 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
魚でもさけますと大きなやまめ渓間たにまの鯉は蛇を食べますから鮭や鱒を食べると三年過ぎた古疵ふるきずが再発すると申す位で腫物や疵には大毒です。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
たしかに河の出口にある古びた街であったけれども、仔細しさいに見れば海からは少からず逆のぼって、さけますの漁場から川上になっていた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
葉書を出しに行くみちさけの切身をひと切れ買って、まちがえてその鮭のほうを郵便函へほうり込んでしまったこともありました。
初看板 (新字新仮名) / 正岡容(著)
いぶさけの小皿と一しょに、新蔵の膳に載って居るコップがもう泡の消えた黒麦酒をなみなみと湛えたまま、口もつけずに置いてあります。
妖婆 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
○新撰字鏡うをに鮭(佐介さけ)とあり、和名抄には本字はさけぞくさけの字を用ふるは也といへり。されば鮭の字を用ひしもふるし。
タネリがゆびをくわいてはだしで小屋こやを出たときタネリのおっかさんは前の草はらでかわかしたさけかわぎ合せて上着うわぎをこさえていたのです。
サガレンと八月 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
「どっかへフッ飛んじゃったい。船長おやじ晩香坡バンクーバからさけかにを積んで桑港シスコから布哇ハワイへ廻わって帰るんだってニコニコしてるぜ」
難船小僧 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
そんなだから、たとえばさけのおかずといっても切身は買わず、一ト山いくらで滅法安い鮭のあらをよく買ったものである。
舌のすさび (新字新仮名) / 吉川英治(著)
少し話して行けと云うたら、また近所きんじょさけが出来たからと云うて、急いで帰った。鮭とは、ぶら下がるの謎で、首縊くびくくりがあったと云うのである。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
それに、もし胃腸がうけつけたら鉄とカルシューム補給のため、バタといわしさけの類、カン油なども是非あがった方がよい。私はいろいろ考えてね。
まだ海豹島かいひょうとうへ行って膃肭臍おっとせいは打っていないようであるが、北海道のどこかでさけってもうけた事はたしかであるらしい。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「やあ、さけの燻製でもいいから、ありつきたいものじゃな。うちの冷蔵庫の隅に尻尾ぐらいは残っていそうなものだ」
たまらなくびしくなって、いそいで食堂へ行き、罐詰のさけを冷たいごはんにのせて食べたら、ぽろぽろと涙が出た。
斜陽 (新字新仮名) / 太宰治(著)
なぜなら、どちらもそれを煮る時一塊いっかいの砂糖すら入れられはしないのだから。部落で食べる魚といえば飛び上るほど塩辛いさけ、ただそれだけであった。
とかくして涙ながら三戸につきぬ。とこ刀掛かたなかけを置けるは何のためなるにや、家づくりいとふるびて興あり。この日はじめてさけを食うにその味美なり。
突貫紀行 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
漁夫ぎよふさけ深夜しんやあみかゝるのをちつゝ、假令たとひ連夜れんやわたつてそれがむなしからうともぽつちりとさへねむることなく
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
魚銀からは塩引のさけを二尾と干物ひものを十枚、干物は風に当てれば十日は大丈夫だって云いました、それから八百久では青物のほかに漬菜と沢庵たくあんを一と樽ずつに
あだこ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
そして、どんどん運び出されて、さけます菰包こもづつみのように無雑作に、船尾につけてある発動機に積み込まれた。
蟹工船 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
それであるから、兄が十五になつて、若者仲間に入つてから間もなく、大雪が降つてそれの固まつた或る晩に、さけの頭に爆発する為掛しかけをして、きつねぴきを殺した。
念珠集 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
お昼の弁当も美味うまし、さけのパン粉で揚げたのや、いんげんの青いの、ずいきのひたし、丹塗にぬりの箱を両手にかかえて、私は遠いお母さんの事を思い出していた。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
やがて、さけの焼いたので貧しい膳立ぜんだてをした父親が、それ丈けが楽しみの晩酌ばんしゃくにと取りかかるのである。
夢遊病者の死 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
物を食うにもさけでもどじょうでもよい、沢庵たくあんでも菜葉なっぱでもよく、また味噌汁みそしるの実にしてもいもでも大根でもよい。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
その時分はまだ北海道には日本人が一人もいなくて、山にはくま、川にはさけ、そして人間といえばアイヌ人ばかりでした。だからコロボックンクルはアイヌ人の神様でした。
蕗の下の神様 (新字新仮名) / 宇野浩二(著)
さけの耳石の環状構造にしても、一年の間に存するたくさんの第二次週期の意味がわかりにくい。
自然界の縞模様 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
さけますにも以前はこの貯蔵方法が盛んであったらしく、今もアラマキという語が知られている。
食料名彙 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
大寒だいかんさかりにこの貸二階の半分西を向いた窓に日がさせば、そろそろ近所の家からさけ干物ひものを焼くにおいのして来る時分じぶんだという事は、丁度去年の今時分初めてここの二階を借りた当時
雪解 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
命じ置きたるさけのカン詰を持ち帰る。こはなるべく歯にさわらぬ者をとて択びたるなり。
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
さけ燻製くんせい、アンチョビーの塩漬、いわしの油漬、ハム、チーズ、クラッカー、肉パイ、幾種類ものパン、等々がまるで魔術のように一時に出現して置き切れぬ程に並べられた光景を見ると
細雪:01 上巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
ぢやうおそれから阿母さんは今一枚洗つて、今日けふ大原おほはらまでにいさん達の白衣はくえを届けて来るからね、よく留守番をてお呉れ。御飯ごはんにはさけが戸棚にあるから火をおこして焼いておべ。
蓬生 (新字旧仮名) / 与謝野寛(著)
荒れ果てた畑に見切りをつけてさけの漁場にでも移って行ってしまったのだろう。
カインの末裔 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
波の絶頂に上がった時に、一方の鉤だけをはずすならば次の瞬間には、そのサンパンはさけのようにつるされているだろう。それが、波の最低部にまでおろされることは、不可能であった。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
夜食に大抵古沢庵ふるたくあんの二きれか三片で、昼も、たまに小猫こねこの食べるほどのさけの切身の半分もつけばおごった方で、朝の味噌汁の冷え残りか、生揚げの一ひらで済ますという切り詰め方であった。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
隆鼻術では実際南部のさけのように鼻の曲ってしまった人がありますよ。巧く行って高くなったところで美的効果はありません。鼻が高いという印象を与えるのは調和を欠いている証拠です。
親鳥子鳥 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
トニオ・クレエゲルは、水浴と足早な散歩のあとの快い疲れを覚えながら、椅子に背をもたせて、燻製のさけをのせた焼パンを食べていた。——ベランダと海のほうへ向いて坐っていたのである。
のぞきたるアイヌの家にいたましくさけ半身はんみのつるされしかな
小熊秀雄全集-01:短歌集 (新字旧仮名) / 小熊秀雄(著)
からさけ空也くうややせかんうち
郷愁の詩人 与謝蕪村 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
その晩もお菜に塩っ辛いさけをつけると、——こんなお菜は飯が要ってかなわない——って、下女のお留に大小言を食わせたんですって。
うだらう。日本橋にほんばし砂糖問屋さたうどんや令孃れいぢやうが、圓髷まるまげつて、あなたや……あぢしんぎれと、夜行やかうさけをしへたのである。糠鰊こぬかにしんがうまいものか。
麻を刈る (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
初茸はつたけの四寸、さけのはらら子、生椎茸なましいたけ茄子なす、胡麻味噌などを取りそろえて、老尼がお給仕に立つと、侵入者が言いました
大菩薩峠:41 椰子林の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
その柱のようになった水は見えなくなり大きなさけますがきらっきらっと白く腹を光らせて空中にほうり出されて円い輪を描いてまた水に落ちました。
銀河鉄道の夜 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
新撰字鏡に鮭の字をいだしゝはせいけいと字のあひたるを以て伝写でんしやあやまりをつたへしもしるべからず。けい河豚ふぐの事なるをや。下学集かがくしふにもさけ干鮭からさけならいだせり。
イシカリの河畔に点在するというさけ場所の話は彼も聞いていた。どこでもよろしい、早ければ早いほどよろしい——と、そういう阿賀妻の心もわかっていた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
猫の命日には、妻がきっと一切ひときれのさけと、鰹節かつぶしをかけた一杯の飯を墓の前に供える。今でも忘れた事がない。
永日小品 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「では何を……。あ、そうそう、カムチャッカでやっとります燻製くんせいにしんに燻製のさけは、いかがさまで……」
それをみつけて捕るのだから、字義どおり「拾う」のであって、私もしばしば、さけくらいの大きさの鱸を、肩にひっかけて帰る労務者を見かけたことがあった。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
そこへ僕等の興奮とは全然つり合わない顔をした、頭の白い給仕が一人、静にさけの皿を運んで来た。……
カルメン (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)