“伝写”のいろいろな読み方と例文
読み方割合
でんしや66.7%
でんしゃ33.3%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
かの橋柱は後(のち)に御領主(ごりやうしゆ)の御蔵(ごぞう)となりしとぞ。椎谷(しひや)は余(よ)が同国(どうこく)なれども幾里を隔(へだて)たれば其真物(しんぶつ)を不見(みず)、今に遺憾(ゐかん)とす。姑(しばらく)伝写(でんしや)の図(づ)を以てこゝに載(のせ)つ。
かの橋柱は後(のち)に御領主(ごりやうしゆ)の御蔵(ごぞう)となりしとぞ。椎谷(しひや)は余(よ)が同国(どうこく)なれども幾里を隔(へだて)たれば其真物(しんぶつ)を不見(みず)、今に遺憾(ゐかん)とす。姑(しばらく)伝写(でんしや)の図(づ)を以てこゝに載(のせ)つ。
而(しこう)して先生は二人の外(ほか)何人(なんびと)にも示さざれば決して他に漏(も)るるはずなきに、往々これを伝写(でんしゃ)して本論は栗本氏等の間に伝えられたるものなりなどの説あるを見れば
瘠我慢の説:01 序 (新字新仮名) / 石河幹明(著)
依(より)て思うに、この論文はあえて世人に示すを憚(はば)かるべきものにあらず、殊(こと)にすでに世間に伝わりて転々(てんてん)伝写(でんしゃ)の間には多少字句の誤(あやまり)なきを期せざれば寧(むし)ろその本文を公にするに若(し)かざるべしとて
瘠我慢の説:01 序 (新字新仮名) / 石河幹明(著)