くら)” の例文
初更しよかういたるや、めるつまなよやかにきて、粉黛ふんたい盛粧せいしやう都雅とがきはめ、女婢こしもとをしてくだん駿馬しゆんめ引出ひきいださせ、くらきて階前かいぜんより飜然ひらりる。
唐模様 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
枯木が密集した森林のあるところ、一望皚々がいがいの急勾配のところ、山と山との繋がりで馬のくらのようになったところ——を通りました。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
若い顕官たち、殿上役人が競うように凝った姿をして、馬やくらにまで華奢かしゃを尽くしている一行は、田舎いなかの見物人の目を楽しませた。
源氏物語:14 澪標 (新字新仮名) / 紫式部(著)
すると、馬蹄ばていをかわしてふりかえったひとりの影、そのまま、ムチを持ちなおして急ごうとする有村のくらつぼへ飛びかかってきた。
鳴門秘帖:06 鳴門の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
白斑ぶちの大きな木馬のくらの上に小さい主人が、両足をん張ってまたがると、白い房々したたてがみを動かして馬は前後に揺れるのだった。
山の手の子 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
「見事なおくらを拝見してありがたい。駕籠かごのなかからはなはだご無礼ではあるが、まことにご苦労であったと厚くお礼を申しております」
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
そう言われて始めて弥吉は、詰所結いを望んで、児太郎の屋敷へ勤めたこと、たか狩の、くらヶ岳の池で始めて児太郎を見たことなどを話した。
お小姓児太郎 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
其処そこには一ぴきの竜のこま(たつのおとしご)の大きなのが、金銀、珊瑚さんご、真珠などの飾りのついたくらを置かれ、その上には魚の形をした冠に
竜宮の犬 (新字旧仮名) / 宮原晃一郎(著)
ふとつなっていたうまがぶるぶるとぶるいをしました。そのとたん、ずしんとなにおもたいものが、うしろのくらの上にちたようにおもいました。
羅生門 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
この時女は、裏のならの木につないである、白い馬を引き出した。たてがみを三度でて高い背にひらりと飛び乗った。くらもないあぶみもない裸馬はだかうまであった。
夢十夜 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その馬上の姿は実に美しく、無造作に楽々と乗りこなしているところは、くらの下の馬までが感じ入って、乗り手をほこりとしているように見えた。
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
その真黒な焦土こげつちが、昨夜来の降雨のために、じとじと泥濘ぬかるんでいるので、その上には銀色をしたくらのような形で、中央の張出間アプスが倒影していた。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
例えば馬のくらの形をなせる曲面の背筋の中点より球を転下すれば、球の経路には二条の最大公算を有するものあるべし。
自然現象の予報 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
このうたはどうかすれば、うまつてたびをしてゐて、それをすぐさま枕詞まくらことばとして、くらたかねといつたようにもおもはれるが、さうかんがへてはいけません。
歌の話 (旧字旧仮名) / 折口信夫(著)
「さあ!」手をさしのべてくらから身をかゞめながら彼は叫んだ。「駄目、獨りぢや出來やしない。私の靴の爪先にお上り。兩手をかして。お乘り!」
よっぽど悪戯がきいたと見え、汗ばんだからだがびくびく痙攣ひきつりなかなか昂奮のおさまらぬ面持だった。馬勒くつわがとれ、くらもどこかへ落ちてしまっている。
蕎麦の花の頃 (新字新仮名) / 李孝石(著)
イカバッドはそのような馬にはあつらえむきの男だった。あぶみが短かったので、両膝りょうひざくらの前輪にとどくほど高くあがった。
ところが馬を降りれない、もう将軍の両足は、しつかり馬のくらにつき、鞍はこんどは、がつしりと馬の背中にくつついて、もうどうしてもはなれない。
北守将軍と三人兄弟の医者 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
その闘いのあいだに、一人の騎士は馬から落ちて散らし髪になった。彼はそのままで再びくらにまたがると、牛はその散らし髪におそれて水中に隠れた。
馬の口をとる村の男はそれを半蔵の家の門内まで引き入れ、表玄関の式台の前で小付け荷物なぞをくらに結びつけた。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
何しろ相手の騎士の上には、天主てんしゆ冥護みやうごくははつてゐるから、毒竜も容易に勝つ事は出来ない。毒竜は火を吐きかけ、吐きかけ、何度も馬のくらへ跳り上る。
LOS CAPRICHOS (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
借馬屋は原の西南隅で、軍馬の払い下げみたいのが四、五頭、馬場を四回まわってひとくらが四銭、主人は騎兵曹長の上りで初心者には丁寧に乗り方を指導。
明治世相百話 (新字新仮名) / 山本笑月(著)
で馬のくらなども西洋風のとは違い日本の古代の風によく似て居る。なかなかチベット婦人は馬によく乗るです。乗るにも決してあぶみの紐を長くして乗らない。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
武士では、出世のしようがない。剣では身が立たない。と思って、すっぱりくら替えをしただけのことなのだ。
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
半之丞は御墨付を入れた大事の文箱を、くら前輪まえわに添えてしかと押えたまま、黒助の指さす方を見やります。
川音清兵衛かわおとせいべえ殿とのにまで申しあげます。拙者せっしゃの乗馬朝月あさづきが、こよい異様いようにさわぎまして、くらをかみます。そこで、鞍をつけてやりますと、静かにあいなりました。
三両清兵衛と名馬朝月 (新字新仮名) / 安藤盛(著)
東洋人らしい落ちついた馬丁が、勝手に走って行った馬を連れ戻して来ると、キッティはくらに飛び乗った。
万三郎は引返して来て、すでに馬上にいる斧田又平のうしろへ、(くら外れであったが)巧みにとび乗った。
風流太平記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
厩舎の中には、三匹の馬がくらを置いて隠されていた。猟銃も弾嚢帯だんのうたいと一緒にそこに置かれてあった。三人は胴に弾嚢帯を巻きつけると、銃を握って馬にまたがった。
恐怖城 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
下りると、馬のくらにつけて来た十何足の草鞋わらじを片手にかかえて、お松がその地蔵のお堂に近づきました。
大菩薩峠:26 めいろの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
ぎに動物どうぶつぞうにはうま一等いつとうおほく、それにはくつわだとかくらだとかの馬具ばぐをつけてゐるところがられます。
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
「それでは、わしは乗馬で行こう。馬車をはずしてくれ。この辺にくらを売ってくれる所はあるだろう。」
しかし、皇帝は馬の達人だったので、くらの上にぐっと落ち着いていられる、そこへ、家来が駈けつけて、手綱を押える、これでまず、無事におりることができました。
自分の番が来ると彼れはくらも置かずに自分の馬に乗って出て行った。人々はその馬を見ると敬意を払うように互にうなずき合って今年のせりでは一番物だとめ合った。
カインの末裔 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
此処ここは最も密樹の繁茂せるの間をくぐるには、くらにかじりつきても尚危く、あるいは帽を脱せんとする事あり、或は袖を枝にからまれて既に一身は落ちんとする事数回すうかいなり。
関牧塲創業記事 (新字新仮名) / 関寛(著)
スラリと乗ると裸馬、くらもなければあぶみもない。しかしちっとも困らない。手綱の代わりにたてがみをつかみ、腰を浮かせると前のめり、キュッと両足で胴をしめた。
剣侠受難 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「ええ。それはくらだけにかぶせる小さい奴ならあります。旦那の膝に掛けるのがありません。」
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
私はくらたたきながら、将士な盃と剣を挙げて王に誓いたり、吾こそ王の冠の、失われたる宝石を……と、歌い続けてこぶしを振り廻したが頑強な驢馬はビクともしなかった。
ゼーロン (新字新仮名) / 牧野信一(著)
元豊は馬でそのへいの外を通っていたが、中から笑い声が聞えるので、馬をとどめ、従者にくらをしっかり捉えさしてその上にあがって見た。そこには二人の女郎むすめが戯れていた。
小翠 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
ちゃんと立派なくら手綱たづながついていて、そのまま乗れるようになっているのです。そのそばの壁には、こしらえたばかりの立派な服が、上下うえしたそろえてくぎにかけてありました。
黄金鳥 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
わが身はすぐ後にひたと寄添ってすすみ渦巻うずまく激流を乗り切って、難儀の末にようやく岸ちかくなり少しく安堵あんどせし折も折、丹三郎いささかの横浪をかぶって馬のくらくつがえり
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
なにしろ、やくざ馬に馬具やくらをつけて、こき使うようなありさまなんでございますからね。
初め、むち、拍車、くら、手綱なぞいう乗馬用具を見た時は、格別怪しいと思わなかった。
東京人の堕落時代 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
給料を下げてまでも、おもてへ一つ船でくらがえした、途轍とてつもない「わる」であった。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
次いで還り来って廐に入り、くらを解いてまた吼え躍るとたちまち犬になった。
わたしはたるきのあいだと開いている天井窓てんじょうまどから、そのうす気味悪い小屋の中をのぞいてみました。七面鳥がはりの上でねむっていました。くらはからっぽの秣桶まぐさおけの中に入れて、休まされていました。
そこで侍も馬も画面のなかばよりはやや上の方にかいてある。この画の趣向は十分にわからぬけれど、馬には腹帯があつて、くらのない処などを見ると、侍が荒馬を押へて居る処かと思はれる。
病牀六尺 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
気持が先走りして、あたかもそれは、私がくらから落ちたのにかまわず疾駆しっくする悍馬かんばのようで、私は、それから離れまいと手綱を握ってずるずると地べたをきずり回されている感じであった。
如何なる星の下に (新字新仮名) / 高見順(著)
前後が山型をした珍らしいくらで、多くはこれを朱塗にし、上に金具の飾りを沢山あしらいます。北の端の弘前ひろさき和鞍わぐらと南北好一対をなすものといえましょう。形が珍らしく他に類を見ません。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
道を変えて竹田の宿外しゅくはずれへ出てみると、物具ものゝぐを着けた兵士だのくらを置いた馬などが要所々々に立ち並んでいるので、さてこそ我が君を討ち奉る所存と覚ゆるぞ、汝等こゝにて敵を一と支え支うべし
聞書抄:第二盲目物語 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)