しきゐ)” の例文
その時、呼び笛の声が高く響き、もう一人の男が闇から現はれて、そのしきゐに足をかけた。裕佐は繩を持つてゐるその右の手頸を掴んだ。
歿なくなつた子供の揺籃に倚懸つてゐる母親、楽園の門のしきゐに立てゐるエヴ、宝は盗まれて其跡に石の置いてあるのを見た吝嗇な男
クラリモンド (新字旧仮名) / テオフィル・ゴーチェ(著)
「むゝ。」とふくれ氣味のツちやまといふみえで、不承不精ふしやうぶしやう突出つきだされたしなを受取ツて、楊子やうじをふくみながら中窓のしきゐに腰を掛ける。
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
戸は彼の思つた通り、するりとしきゐの上をすべつた。その向うには不思議な程、空焚そらだきの匂が立ちめた、一面の闇が拡がつてゐる。
好色 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
ところが、しきゐにあらはれた陶は僕を見ると、曾老人に向つていきなり満洲なまりのはげしいやつを使つたのだ。曾老人も同じ言葉で答へてゐた。
南京六月祭 (新字旧仮名) / 犬養健(著)
床屋は言ひ付けられたやうにあくる日の午過ぎ、その姿で恐る/\公爵邸のしきゐまたぐと、昨日きのふ使者つかひが出て来て一に案内した。
しきゐで仕切られてゐるだけで、かつふすまの立てられたことのない自分の居間で、短い敷蒲團に足を縮めて横になつて目を閉ぢた。
入江のほとり (旧字旧仮名) / 正宗白鳥(著)
夜風よかぜやぶ屏風びやうぶうち心配しんぱいになりてしぼつてかへるから車財布ぐるまざいふのものゝすくなほど苦勞くらうのたかのおほくなりてまたぐ我家わがやしきゐたか
別れ霜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
しなやうやあきなひおぼえたといつてたのはまだなつころからである。はじめはきまりがわるくて他人たにんしきゐまたぐのを逡巡もぢ/\してた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
そして、それから三日目に、父の紋七が、気ぜはしさうに、店のしきゐをまたいではいつて来た時、宇部東吉は、奥の帳場から、穏かに声をかけた。
山形屋の青春 (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
で、彼がうちへ帰つてくると、玄関の戸がモウ閉つてゐた。信吾は何がなしにわが家ながらしきゐが高い様な気がして、可成なるべく音を立てぬ様にして入つた。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
「ふん、あつかましいお前さんの云ひさうなことだ。さうだらうと思つてゐた。お前さんがしきゐまたいだときに、それは、もう跫音あしおとで分つたからね。」
今日の新太郎ちやんは、気が張つてゐたので、惣兵衛ちやんの家の前で、野良犬のやうな恰好かつかうはしなかつた。栄蔵のすぐあとに続いてしきゐをまたいだ。
良寛物語 手毬と鉢の子 (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
しきゐの下の意識がこれまでに働いてゐて、その結果が突然閾の上に出たに過ぎない。八はどこへ行つて好いか分からずに、停車場脇の坂の下に立つてゐた。
金貨 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
自分は驚いて、あわてて、寝衣ねまきの儘、前の雨戸を烈しく蹴つたが、さいはひにもしきゐみぞが浅い田舎家ゐなかやの戸は忽地たちまちはづれて、自分は一簇いちぞくの黒煙と共に戸外おもてへと押し出された。
重右衛門の最後 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
お糸は我が家ながらしきゐも高くおづおづと伯父の背後うしろに隠れゐたるに、案じるよりは生むが易く、庄太郎は前刻せんこくの気色どこへやら、身に覚えなきもののやうなる顔付にて
心の鬼 (新字旧仮名) / 清水紫琴(著)
隣れる室のしきゐに近く此方こなたに背を見せて、地方行の新聞に帯封施しつゝある鵜川うかはと言へる老人
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
別れさしたところで今さらをめ/\村に歸つて自家のしきゐが跨がれる圭一郎でもあるまいし、同時に又千登世に對して犯した我子の罪を父は十分感じてゐることもいなめなかつた。
業苦 (旧字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
手まはりの小道具の始末をしてゐる間にも、折々弱い心が意識のしきゐへあらはれて來るのであつた。それを押し殺してすず子はあくる日の朝までに、すつかり仕度をしてしまつた。
計画 (旧字旧仮名) / 平出修(著)
底抜そこぬけにひツけた證據しやうこ千鳥ちどりあし、それをやつとみしめていへしきゐまたぎながら
ちるちる・みちる (旧字旧仮名) / 山村暮鳥(著)
年があけると同時に許されて、再びしきゐをまたぐと云ふ事が、ひどく面白かつた。
大阪の宿 (旧字旧仮名) / 水上滝太郎(著)
百樹曰、越遊ゑついうして大家のつくりやうを見るに、はしらふときこと江戸の土蔵のごとし。天井てんじやう高く欄間らんま大なり、これ雪の時あかりをとるためなり。戸障子としやうじ骨太ほねふとくして手丈夫ぢやうぶなるゆゑ、しきゐ鴨柄かもゑひろあつし。
我は再び博士のしきゐえじ。禁ぜられたるこのみゆびざし示す美しき蛇に近づきて、何にかはすべき。幾千いくちの人か、これによりて我を嘲り我をあなどるべけれど、猶良心に責められんにははるかに優れり。
「おい、あんなに呼んだのに聞えないのか。」と冷たいしきゐの上に立つた。
茗荷畠 (新字旧仮名) / 真山青果(著)
私の足がしきゐを跨ぐとやつと今まで呆唖ぼかされてゐた意識が戻つて来て、初めて普通の悲しさがこみ上げて来た。それで大声を出して泣き喚いた。叔母がついて来て何か解らぬ事を云つて私をなだめた。
父の死 (新字旧仮名) / 久米正雄(著)
「お前は永遠なるもの、完全なるもののしきゐを跨いでゐるのだよ。」
クサンチス (新字旧仮名) / アルベール・サマン(著)
わがしきゐは汝の訪はぬままに、静かに暗し。
妄動 (新字旧仮名) / 与謝野寛(著)
大百貨店のしきゐまたぐ女に
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
ゐざりしきゐはし
おもひで (新字旧仮名) / 末吉安持(著)
と玄関番はしきゐに突立つたまゝ欠伸あくびをしい/\言つた。玄関番といふものは、主人が奥で欠伸をする時分には、自分もきまつてそれをするものだ。
かれはそれでも煙管きせるして隙間すきまから掛金かけがねをぐつといたらせんさしてなかつたのですぐはづれた。かれくらしきゐまたいでたもと燐寸マツチをすつとけた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
早く彼が帰つて来て一刀両断にこの事件の跡始末をしてくれればと、ただそれのみを祈る気持で家のしきゐをまたいだ。
双面神 (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
あとに残された栄蔵は、しきゐの外に乞食こじきの子のやうに、もぞもぞして、前垂まへだれの端をひつぱつてゐた。
良寛物語 手毬と鉢の子 (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
ハタとたて雨戸あまどしきゐくちしはみぞ立端たちはもなくわつとそらやみからす兩三聲りやうさんせい
別れ霜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
是非小鳥がパンを食べられるやうにしてやりたかつたから。窓は開いた。私はパン屑を撒いてやつた。石のしきゐの上にも櫻の枝の上にも落ちた。それから窓を閉ぢて私は返辭をした。
「うん。持つて帰るとも」しきゐまたいで折を抱へたが、その拍子に鷹雄は板戸に出てゐる靴の刷毛ブラシをかけるくぎそでを引つかけた。だが彼は自暴して、その袖を力一ぱい引つたくるやうにした。
愚かな父 (新字旧仮名) / 犬養健(著)
百樹曰、越遊ゑついうして大家のつくりやうを見るに、はしらふときこと江戸の土蔵のごとし。天井てんじやう高く欄間らんま大なり、これ雪の時あかりをとるためなり。戸障子としやうじ骨太ほねふとくして手丈夫ぢやうぶなるゆゑ、しきゐ鴨柄かもゑひろあつし。
(あらゆる芸術的活動を意識のしきゐの中に置いたのは十年前の僕である。)
この時の苦しさは、後の別の時に増したり。後の別の時には、媼は泣きつれど、何事をもいはざりき。既にしきゐを出でしとき、媼走り入りて、くゆりに半ば黒みたる聖母の像を、扉より剥ぎ取りて贈りぬ。
台所のしきゐに腰すゑた
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
贅澤の極のやうに勝代は思つて「東京で暮しとれば、見る物聞く物が何でも揃うとつて、旅行なぞせいでもよからうにな。東京でさへ年中居ると單調になるぢやらうか。勝は去年の春からうちの門のしきゐから外へ出たことは數へるほどしかないのぢやもの。」
入江のほとり (旧字旧仮名) / 正宗白鳥(著)
またあしみつけ/\のつそりあるいて戸口とぐちしきゐしばらつてずつとばしたくびすこかたむけて卯平うへいてついと座敷ざしきつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
と、直人は、多少ら立つて、奥へ声をかけた。三鴨倉太は、鼻をすかすか云はせながら、しきゐの外へ手をついた。
双面神 (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
卷パンの一片をこまかく碎いて、しきゐの上にパン屑をのせてやるつもりで、窓をけようと窓框まどかまちを力まかせに引つぱつてゐると、その時ベシーが階段を駈け上つて子供部屋に這入つて來た。
といふ、家来の保証がなかつたら、夢にもしきゐをまたがうとはしなかつたから。
本當に女房もちに成つては仕方がないねと店に向つてしきゐをまたぎながら一人言をいへば、高ちやん大分御述懷だね、何もそんなに案じるにも及ぶまい燒棒杭やけぼつくひと何とやら、又よりの戻る事もあるよ
にごりえ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
菊次さんは菊次さんで、しきゐに腰をおろし、手拭を両手でしぼりながら
百姓の足、坊さんの足 (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
藤蔓ふぢつるにてくゝしとめしきゐもなくてとぼそとす。
その入口いりくちしきゐに。
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
リイドは太い首根つ子を真直に肩の上にてて三軒目の店を覗いてみた。そこはまがひもない馬具みせであつた。この共和党の弁論家は店のしきゐ衝立つゝたつた儘、暫くは馬のやうに眼を白黒させてゐた。