)” の例文
驚きの声が、多勢の口をいて出ました。井戸の底にあるのは、——さんたる大判小判?——いやそんな生優しいものではありません。
月心尼がそううなずいたとき、その老人が不意に床の上へ起き直った。……あまり突然だったので、月心尼も老婆もあっと胸をかれた。
春いくたび (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
覚えず「思ひせく胸のほむらはつれなくて涙をわかすものにざりける」と口をいて出たままを口の中で繰り返し繰り返ししていた。
かげろうの日記 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
ひとり苦笑くせうする。のうちに、何故なぜか、バスケツトをけて、なべして、まどらしてたくてならない。ゆびさきがむづがゆい。
銀鼎 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
父はもう片足の下駄げたを手に取っていた。そしてそれで母を撲りつけた。その上、母の胸倉むなぐらつかんで、崖下がけしたき落すと母をおどかした。
雨のような詰問きつもんを外して、けんめいに逃げを張る。とうとう石の壁にき当って、そこで全裸にされた形だ。第二号はにやりと笑う。
戦雲を駆る女怪 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
その時は熊の胆の色が少しくれないを含んで、咽喉を出る時なまぐさかおりがぷんと鼻をいたので、余は胸を抑えながら自分で血だ血だと云った。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
恐るべきその浅井方の先鋒は、織田方の先鋒も、第二陣も三陣も無視して、一挙に、信長の中軍をこうとする意思らしく思われた。
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
驟雨しうういて力車りきしやに乗り市内を見物して廻つたが、椰子やしは勿論、大きな榕樹ようじゆ、菩提樹、パパイヤじゆ爪哇竹ヂヤワちくなどの多いのが眼に附く。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
こんなうたになると、自由じゆううかれるような調子ちようしが、ぴったりともりを鯨船くぢらぶねのすばやい動作どうさあらはすに適當てきとうしてゐるではありませんか。
歌の話 (旧字旧仮名) / 折口信夫(著)
南天なんてんつもっている雪がばらばらと落ちた。忠一はって縁側の障子を明けると、外の物音は止んだ。忠一は続いて雨戸を明けた。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
彼はしばらく静然じっと立ちすくんで、硬ばった屍体を見据えていたが、やがて自動人形のような動作でと手をのべて屍体に触れた。
青蠅 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
この時わが胸をきて起こりし恐ろしきおもいはとても貴嬢きみしたまわぬ境なり、またいかでわが筆よくこれを貴嬢きみに伝え得んや。
おとずれ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
白く透き通る切片は、咀嚼そしゃくのために、上品なうま味にきくずされ、程よい滋味の圧感に混って、子供の細い咽喉へ通って行った。
(新字新仮名) / 岡本かの子(著)
と、直ぐ閾際しきいぎわひざいてライカを向けた。そしてつづけざまに、前から、後から、右から、左から、等々五六枚シャッターを切った。
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
私の耳許みみもとからバンと烈しい銃声が起り、更にバン・バン・バンと矢継早に三つの銃声がそれに続いた。鋭い烟硝えんしょうの匂が急に鼻をいた。
虎狩 (新字新仮名) / 中島敦(著)
往来の真ん中で、あるまなざしなり、ある響きのいい言葉なり、ある笑い声なりが、彼の心の奥底をいたこともないではなかった……
「今声を立てたのはお前かい。たれか大声を出して叫んだように聞えたが。」こう言い掛けて、男はせわしい息をいて、こう言い足した。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
枕山は鬼怒川きぬがわを渡り土浦つちうらの城下を過ぎて霞浦かすみがうらに出で雨をいて筑波に向った。「筑波山歌」七言古詩一篇が『枕山詩鈔』に載っている。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
かく日々に切なる渇仰かつごうの念は、ついに彼を駆って伯をしょうする詩を作ることを思い立たしめた。一気呵成、起句は先ず口をいて出た。
法窓夜話:02 法窓夜話 (新字新仮名) / 穂積陳重(著)
そうおもえばますます居堪いたまらず、ってすみからすみへとあるいてる。『そうしてからどうする、ああ到底とうてい居堪いたたまらぬ、こんなふうで一しょう!』
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
木賀の言葉は、なお朗かであったが、新子はズシンと、胸をかれた。やはり、木賀が前川夫人のスパイであるような気持がして来た。
貞操問答 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
かすがひといふともかくつよくは木と木をあはすをえじ、是に於て彼等はげしき怒りを起し、二匹の牡山羊をやぎの如くきあへり 四九—五一
神曲:01 地獄 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
確実たしかに、自分には力がある。う丑松は考へるのであつた。しかし其力は内部なかへ/\と閉塞とぢふさがつて了つて、いて出て行く道が解らない。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
どうかすると小刀でく。窃盗せっとうをする。詐偽さぎをする。強盗もする。そのくせなかなかよい奴であった。女房にはひどく可哀がられていた。
そうして何の町へ行っても、即ち、メンスツリート以外の町へ行っても、鼻をくばかりに沢山の人が出歩いて居るのに驚いた。
赤げっと 支那あちこち (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
しかし私らの今取ろうというのは、この峻嶺跋渉ではない、烈しい白雲の中をいていわゆる裏山を飛騨ひだの国へ下りようというのである。
木曽御嶽の両面 (新字新仮名) / 吉江喬松(著)
第三がずきんと私の胸をいたこというまでもない。すなわち、あえて依頼をたずとも急遽一読すべく充分以上に親切である。
踊る地平線:04 虹を渡る日 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
「じゃ、飛ばそう。ぼくは夢から推論してね、艶子の急所をいたのさ。そして、突きつめていくうちに驚くべきことを訊き出したのだ」
五階の窓:04 合作の四 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
「だが、しかし万豊の芋畑を踊舞台に納得させるのはれっきとした公共事業だ。堀田君と僕は、先ずこの点で敵の虚をき……」
鬼涙村 (新字新仮名) / 牧野信一(著)
しばらくするとお玉は起って押入を開けて、象皮賽ぞうひまがいかばんから、自分で縫った白金巾しろかなきんの前掛を出して腰に結んで、深い溜息ためいきいて台所へ出た。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
燕王精騎を率いて左翼をく。左翼動かずして入る能わず。転じて中堅をく。庸陣を開いて王の入るにまかせ、急に閉じて厚く之を囲む。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
書替かきかへだの、手形に願ふのと、急所を手際てぎは婉曲えんきよくに巧妙な具合と来たら、実に魔薬でも用ゐて人の心をなやすかと思ふばかりだ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
雪之丞、みだらな雌狼めすおおかみにでもつけまわされているような怖れと、わずらわしさとに、一生懸命おさえていた、殺気が、ジーンとき上って来た。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
俺はそれを見たとき、胸がかれるやうな気がした。墓場をあばいて屍体をたしなむ変質者のやうな惨忍なよろこびを俺は味はつた。
桜の樹の下には (新字旧仮名) / 梶井基次郎(著)
二つのものをき合わせることによって、二つのおのおのとはちがった全く別ないわゆる陪音あるいは結合音ともいうべきものを発生する。
俳諧の本質的概論 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
こう言いながら、火鉢を少し持ち上げて、畳を火鉢の尻で二、三度とんとんといた。大沼の重りの象徴にするつもりと見える。
花吹雪 (新字新仮名) / 太宰治(著)
それにかびの臭いの外に、胸の悪くなる特殊の臭気が、間歇かんけつ的に鼻をいた。その臭気にはもやのように影があるように思われた。
淫売婦 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
オオビュルナンはほっと息をいた。「そうだ。マドレエヌの所へ友達の女が来ていてそれがやっと今帰って行ったのだな。」
田舎 (新字新仮名) / マルセル・プレヴォー(著)
あんまり早いねと母がいういのを、空耳そらみみつぶして、と外へ出て、ポチ来い、ポチ来いと呼びながら、近くの原へ一緒に遊びに行く。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
笹村も、一度経験したことのある、お産の時のあの甘酸ッぱいような血腥ちなまぐさいような臭気においが、時々鼻をいて来るように思えてならなかった。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
血管の中の血が一時にかっと燃え立って、それが心臓に、そして心臓から頭にき進んで、頭蓋骨ずがいこつはばりばりと音を立ててれそうだった。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
この山ことに高しとにはあらざれども、もつともはやく雪を戴くをもて名あり。けだしその絶巓いただき玄海洋げんかいなだをあほり来る大陸の寒風のくに当ればなり。
松浦あがた (新字旧仮名) / 蒲原有明(著)
自ら群書を渉猟する事が出来なくなってからも相変らず和漢の故事をならべ立てるのは得意の羅大経らたいけいや『瑯琊代酔篇ろうやたいすいへん』が口をいてづるので
八犬伝談余 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
その感動に背後からかれるようにして、私は、火鉢の前にとても割り込めないとわかっていながら、部屋に上って行った。
如何なる星の下に (新字新仮名) / 高見順(著)
かくてたがひにいつっつのをりから、おひ/\多人數たにんず馳加はせくははり、左右さいふわかれてたゝかところへ、領主とのえさせられ、左右さうなく引別ひきわけ相成あひなりました。
喜平はそう言って、大口に林檎を頬張ほおばった。紀久子は父親の言葉にかれたらしく、伏せていた目を上げて父親の顔を見た。
恐怖城 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
しかも書生が放吟し剣舞し、快と呼び壮と呼び、彼らをして怒髪どはつ天をかしむる者は、西郷・雲井らの詩ならざるべからず。
人々に答ふ (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
黙々として歩を運んでいるうちに、潮の香がプウンと強烈に鼻をいて、道が砂だらけになって、ようやく岬の突端へ立つことができました。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
その次は鼻で皿の中からこうばしいにおいが鼻をかすめればそこで一段の食慾を起す。悪い匂いが鼻をいたらたちまち胸が悪くなる。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)