ざる)” の例文
佐藤は市川でざるや籠をつくつて卸売をしてゐる家の主人とは商売柄心やすくしてゐたので、頼み込んで其家の一間を貸してもらつた。
にぎり飯 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
お栄はそんなことを胸に浮べながら独りで部屋を片附け、それから勝手の方へ行つてざるの中に入れてあつた馬鈴薯じやがいもの皮をき始めた。
出発 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
それは越後の風習で宅の母なども毎年修繕してつかいました。亀の子ざるをふせて幾重ともなく真綿をひろげ、新しいのを上に被せます。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
その時、平次の眼は、施米の行列の先頭、ちょうど小脇に抱えたざるへ、三升の白米を入れて貰っている二十一二の女の眼と逢いました。
いとも罪なのは按摩の頭へざるかぶせ、竹竿でたたき落す夕方の蝙蝠こうもり取り、いずれ悪太郎の本性、気の毒も可哀想もあったものでなし。
明治世相百話 (新字新仮名) / 山本笑月(著)
と、あはれや夕飯ゆふめし兼帶けんたいだいざるはしげた。ものだと、あるひはおとなしくだまつてたらう。が、對手あひてがばらがきだからたまらない。
麻を刈る (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
で、キャベツを三つざるへ入れて、コック部屋べやの方へデッキを歩いてると、船が急に傾いたんで、左の足をウンと踏んばったんだよ。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
主人がそのうちで一番うまやつを——何と云ったか名は思い出せないが、下男に云いつけて、ざるに一杯取り出さして、みんなに御馳走ごちそうした。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
雨がつゞいたあとでは、雑木林にきのこが立つ。野ら仕事をせぬ腰の曲った爺さんや、赤児を負ったお春っ子が、ざるをかゝえて採りに来る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
おつぎは浴衣ゆかたをとつて襦袢じゆばんひとつにつて、ざるみづつていた糯米もちごめかまどはじめた。勘次かんじはだかうすきねあらうて檐端のきばゑた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
みんなが、みんな、何か、ますざるのようなものをつかんで、振り立てて、冬の宵の口を、大通りを目ざして、駆け出すのであった。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
今のいままでざるの川ながれ塵埃ごみ集結かたまりと見えていた丸い物が、スックと水を抜いて立ちあがったのを眺めると、裸ん坊の泰軒先生!
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
壕の入口にざるを持っていた富田君がぷーっと壕の奥へ吹きこまれ、そこにしゃがんで鍬を振っている清木先生の背にどしんとぶつかった。
長崎の鐘 (新字新仮名) / 永井隆(著)
そこで、考えて、神田の亀井町には竹ざるをこしらえる家が並んでおりますから、そこへ行って唐人笊を幾十個か買い込みました。
「それは落語ですよ」と岡田少年は云った、「ええ、たしかざるでもって同じようなことをする落語がありますね、ラジオで聞きましたよ」
季節のない街 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
そのそばにはまだ五六人の仲間がいて潰した皮粕かわかすまるめてざるの中へ入れたり、散らばっているの皮を集めてその手許てもとに置いてやったりした。
岩魚の怪 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
町の中ほどに大きな荒物屋があってざるだの砂糖だの砥石といしだの金天狗きんてんぐやカメレオン印の煙草たばこだのそれから硝子ガラスはえとりまでならべていたのだ。
なめとこ山の熊 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
私が想像した通り、鬚が赤くて、眼がビィドロのようで、鈍間のろまらしい風付ふうつきであった。みな黒いざるのような帽子を、かぶっていた。
戦争雑記 (新字新仮名) / 徳永直(著)
ちょうど今ごろ五月の節句のかしわもちをつくるのにこの葉を採って来てそうしてきれいに洗い上げたのをざるにいっぱい入れ
庭の追憶 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
駄菓子屋だがしやの店先などに丸いざるの中に打ち重ねて盛りあげられた南京豆の三角形の紙袋を見ると買わずには通り過ぎることが出来ない位でした。
三角形の恐怖 (新字新仮名) / 海野十三(著)
そして、夜は、籐駕籠パランキンに揺られて英吉利イギリス旦那のもとへ通ったり、ひまな晩は、馬来竹マライ・ラタンざるを編んで、土人市場のアブドの雑貨店へ売り出した。
ヤトラカン・サミ博士の椅子 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
『其晩、そつと一人で大きいざるを持つて行つて、三十許り盜んで來て、僕に三つ呉れたのは、あれあ誰だつたらう、忠志君。』
漂泊 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
彼女は桑をみに来たのか、寝間着に手拭てぬぐいをかぶったなり、大きいざるを抱えていた。そうして何か迂散うさんそうに、じろじろ二人を見比べていた。
百合 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
お蔦 (押えんとする市の手を振り払い、掴みかかりそうにする北公に、吹流しにする色紙入りのざるを投げつけ、お君を庇って隅の壁に倚る)
一本刀土俵入 二幕五場 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
自然わるい方の左のあしは、もう一方の脚に引きずられ、決してそれに追いつかない。彼は、ざるをもっている。そしていう——
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
私の家の周囲まわりにも秋の草花が一面に咲き乱れていて、姉と一所いっしょざるを持って花を摘みに行ったことをかすかに記憶している。
思い出草 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
もっとも魚籠びくは、鉄砲ざるの古いのがあったから、あれを使うことにしよう。餌筥は、楊枝ようじ筥の古いので間に合うだろう。肝心なのは竿に糸に鈎。
顎十郎捕物帳:04 鎌いたち (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
それでも或日の四時過ぎに、母の云いつけで僕が背戸の茄子畑なすばたけに茄子をもいで居ると、いつのまにか民子がざるを手に持って、僕の後にきていた。
野菊の墓 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
代官の幽公が来るのを懼れて、戸を閉じ夜を守ったも事実であろう。柊は刺で、トベラは臭気で悪霊を禦ぐは分りやすいが、ざるを何故用いるか。
板台はんだいになざるたずさえて出入する者が一々門番に誰何すいかされ、あるいは門を出入するごとに鄭重ていちょう挨拶あいさつされるようになれば、商売はうるさくなりはせぬか。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
ざるはお貸し申しておきますゆえ、お勝手へ置いて参ります。後でまいちど、清水でさらして、召し上がって下さいませ」
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
うなぎやの親方は、私の父に揚板あげいたの下のうなぎを見せて、あらいのをざるにあげて裂いた。父は表二階でさかずきを重ねはじめた。
そこには共進会のように新しいおはちだの俎板まないたたらい、大ざる、小笊、ちり紙、本棚、鏡台などという世帯道具がうずたかく陳列されているのであった。
朝の風 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
き替えたこの一銭銅貨がみんな五拾銭銀貨であったならば、拾円以上にもなっているであろう——私はざるを持つと、暗がりの多い町へ出て行った。
清貧の書 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
彼等の仕事は、カッパざるを担ぐことと博奕をすることぐらいのもので、給金はたいてい二貫四百、一年中のお仕着せが紺木綿こんもめんあわせ一枚と紺単衣こんひとえ一枚。
大菩薩峠:08 白根山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
つばのひろいざるの底にまろびあういろいろな鶏の卵は私のために乏しい村の隅ずみから寄せ集めたものである。飯がふくじぶんまで話して本陣は帰った。
島守 (新字新仮名) / 中勘助(著)
棚のざるに馬鈴薯の買ひ置きがあるので、それをあしらつて、さつきの牛肉を煮て先におひるにしようかとも考へた。
桑の実 (新字旧仮名) / 鈴木三重吉(著)
あれでも買おうとざるを持って裏口まで出たのはようございますけれども声を出して豆腐屋を呼ぶ事が出来ません。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
お互ひに默禮して行き違ひさまに見るとそのざるには桃がいつぱい入れてあつた。何の氣なく行きすぎたが、私は急にその爺さんに聲がかけて見度くなつた。
樹木とその葉:26 桃の実 (旧字旧仮名) / 若山牧水(著)
窓を洩れる西日が、明るく落ちている板敷に、新らしい歯朶しだの葉を被せかけたざるがおいてあるのが眼についた。
艸木虫魚 (新字新仮名) / 薄田泣菫(著)
太公望たいこうぼう然として百本杭にこいを釣つて居るのも面白いが小い子が破れたざるを持つてしじみを掘つて居るのも面白い。
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
井戸沢やほらノカイの方面は、針葉樹で凄いように暗いが、南方は遠く開けて眺望が好い。南アルプスが駒、朝与あさよからひじり上河内かみこうちざるに至るまで一目に見られる。
秩父の奥山 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
あれが皇弟か、その皇弟がざるげて買物にくようなけで、マア村の漁師の親方ぐらいの者であった。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
一と渡り日常に要る器物がさまざまな姿を見せて山と陳列されます。や、ざるや、靴や、くしや、鳥籠や、虫入れに至るまで、あらゆるものが買手を待っています。
北支の民芸(放送講演) (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
ほかの餓鬼がざるに一ぱい遣るうちに、己は二はい遣るのだ。百姓びっくりしやぁがった。そして言草いいぐさが好いや。里芋の選分えりわけは江戸の坊様に限ると抜かしやぁがる。
里芋の芽と不動の目 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
塵埃じんあいを浴びて露店の群れは賑っていた。ざるに盛り上った茹卵ゆでたまご。屋台に崩れている鳥の首、腐った豆腐や唐辛子の間の猿廻し。豚の油は絶えず人の足音に慄えていた。
上海 (新字新仮名) / 横光利一(著)
彼は答えて言った、自分は有害のものと認めて捨てるのである、すでに有害と知ってどうして人に与えられよう。かくて彼は貧人となり、ざるを作って活計を立てた。
日本精神史研究 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
観人みるひとぐんをなして大入なれば、さるの如きわらべどもにのぼりてみるもあり。小娘ちひさきむすめざるさげ冰々こほり/\とよびて土間どまの中をる。ざるのなかへ木の青葉あをばをしき雪のこほりかたまりをうる也。
コラサッと、この時、ざるを前のめりに、ひょろひょろと、横っ飛びによろけかかった黒んぼがある。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
それから、流場のざるの下とか、敷板の下などを点検し、蛞蝓は火箸で摘んで、塩で溶かすのであった。妻は蛞蝓の居そうな場所と、出て来る時刻を、すっかりそらんじていた。
吾亦紅 (新字新仮名) / 原民喜(著)