狩衣かりぎぬ)” の例文
云い出すと、仮屋のなかへ駈け込んで、白の水着腹巻を捨て、肌のしずくを拭くがはやいか、すぐ下着、狩衣かりぎぬを着込み、小具足つけて
新書太閤記:01 第一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼は、成経や康頼が親切に残して置いてくれた狩衣かりぎぬ刺貫さしつらを、海中へ取り捨てた。長い生活の間には、衣類に困るのは分かりきっていた。
俊寛 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
渡辺源三競の滝口、出陣の出立は、狂紋きょうもん狩衣かりぎぬに大きな菊綴きくとじ、先祖代々伝わる所の着長きせなが緋縅ひおどしよろいかぶとは銀の星をいただいている。
が、松と緋葉もみじの中なれば、さすらう渠等かれらも恵まれて、足許あしもとの影はこまよこたえ、もすそ蹴出けだしは霧に乗って、つい狩衣かりぎぬの風情があった。
見合みあいとき良人おっと服装ふくそうでございますか——服装ふくそうはたしか狩衣かりぎぬはかま穿いて、おさだまりの大小だいしょう二腰ふたこし、そしてには中啓ちゅうけいってりました……。
彼女は白粉おしろいのあつい顔に眉黛まゆずみを濃くして、白い小袖の上に水青の狩衣かりぎぬを着ていた。緋の袴という報告であったが、きょうは白い袴をはいていた。
半七捕物帳:26 女行者 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
當日たうじつしろ狩衣かりぎぬ神官しんくわんひとり氏子うぢこ總代そうだいといふのが四五にんきまりの惡相わるさう容子ようすあとつい馬場先ばゞさきすゝんでつた。一にん農具のうぐつてる。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
と何げなく言って大将はやしきを出た。前駆もたいそうにはせず親しい者五、六人を狩衣かりぎぬ姿にさせて大将は伴ったのである。
源氏物語:39 夕霧一 (新字新仮名) / 紫式部(著)
燕子花かきつばたさく八橋も、渡れば渡る渡りがね、そこへあとから追って来た、業平朝臣なりひらあそん狩衣かりぎぬや、オーイ、オーイと呼びかける
剣侠受難 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
裏口の戸をガタピシとあけて、そこへ現われたのは、狩衣かりぎぬをつけて、わらはばき、藁靴をいた、五十ばかりの神主体かんぬしていの男。金剛杖を柱に立てかけて
大菩薩峠:23 他生の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
津の川波はうろこがたの細かいしわを見せ、男の古い狩衣かりぎぬには少し寒いくらいだった。青い下帯をしめた彼は渡舟を待つあいだ、筒井と土手に腰をおろしてやすんだ。
津の国人 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
されど自慢の頬鬢掻撫かいなづるひまもなく、青黛の跡絶えず鮮かにして、萌黄もえぎ狩衣かりぎぬ摺皮すりかは藺草履ゐざうりなど、よろづ派手やかなる出立いでたちは人目にそれまがうべくもあらず。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
よく丁字染ちやうじぞめ狩衣かりぎぬ揉烏帽子もみゑぼしをかけて居りましたが、人がらは至つて卑しい方で、何故か年よりらしくもなく、唇の目立つて赤いのが、その上に又気味の悪い
地獄変 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
顔もごろつきそうな顔でしょう。あれがひげやして狩衣かりぎぬを着て楠正成の家来になってたから驚いた。
虚子君へ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
通禧みちとみ烏帽子えぼし狩衣かりぎぬを着け、剣を帯び、紫の組掛緒くみかけおという公卿くげ扮装いでたちであったが、そのそばには伊藤俊介が羽織袴はおりはかまでついていて、いろいろと公使らの間を周旋した。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
日吉ひえ社神道秘密記』に鼠の祠は子の神なり、御神体鼠の面、俗形烏帽子えぼし狩衣かりぎぬ、伝説に昔皇子誕生あるべきよう三井寺の頼豪らいごう阿闍梨あじゃり勅定ちょくじょうあり、百社祈って御誕生あり
康頼 成経殿がふと狩衣かりぎぬそでに引っかけて、法皇の前にあった瓶子へいしを倒したのが初めだった。
俊寛 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
こうして築土ついじのくずれた小径を、ときどき尾花おばななどをかき分けるようにして歩いていると、ふいと自分のまえに女を捜している狩衣かりぎぬすがたの男が立ちあらわれそうな気がしたり
大和路・信濃路 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
若い武士たちは烏帽子えぼし狩衣かりぎぬをつけ、毛抜形のそりをうった太刀たちを傍に置いて、おそらくはじめて見るのだろう禁裏の、それも裏庭からの眺めに、ものめずらしげな目を散らしていた。
(新字新仮名) / 山川方夫(著)
播磨守が手をつと、蓬莱山が二つに割れて、天冠に狩衣かりぎぬをつけ大口おおぐち穿いた踊子が十二、三人あらわれ、「人間五十年、下天の内をくらぶれば、夢幻のごとくなり」と幸若こうわかを舞った。
鈴木主水 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
狩衣かりぎぬの袖の裏這ふ蛍かな 同
俳句上の京と江戸 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
振り返ってみると、しのぐさった薄色の狩衣かりぎぬに、太刀を横たえ、頭巾をかぶり、さらに頭巾の上から大笠をかぶっている旅人であった。
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ここの大池の中洲の島に、かりの法壇を設けて、雨を祈ると触れてな。……はかま練衣ねりぎぬ烏帽子えぼし狩衣かりぎぬ白拍子しらびょうしの姿がかろう。
伯爵の釵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
狩衣かりぎぬ姿の男がそっとはいって来て、柔らかな調子でものを言うのであったから、あるいはきつねか何かではないかと思ったが、惟光が近づいて行って
源氏物語:15 蓬生 (新字新仮名) / 紫式部(著)
左兵衛尉平家貞さひょうえのじょうたいらのいえさだという男は、狩衣かりぎぬの下にご丁寧にもよろいまでつけて、宮中の奥庭に、でんと御輿みこしを据えて動かない。
彼はいつも神前に礼拝する時に着用する白い狩衣かりぎぬのようなものを身につけて、それに石油をしたたかに注ぎかけておいて、社の広庭のまん中に突っ立って
青蛙堂鬼談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
あがると粗末だが御膳を食えとて、いろいろうまい物を出したが、これも久しく食わないから、腹いっぱいやらかした。少し過ぎて竜太夫は狩衣かりぎぬにて来おった。
筒井は小さい肩をすぼめ、身をまもろうとすると、狩衣かりぎぬを着た青年が立っていて、隠れもせずにいった。
津の国人 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
一人は濃いはなだ狩衣かりぎぬに同じ色の袴をして、打出うちでの太刀をいた「鬚黒くびんぐきよき」男である。
芋粥 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
狩衣かりぎぬさむらひ二人ふたりふもとの方に下りしは早や程過ぎし前の事なりと答ふるに、愈〻足を早め、走るが如く山を下りて、路すがら人に問へば、尋ぬる人は和歌の浦さして急ぎ行きしと言ふ。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
女はまだなんにも言わぬ。とこけた容斎ようさいの、小松にまじ稚子髷ちごまげの、太刀持たちもちこそ、むかしから長閑のどかである。狩衣かりぎぬに、鹿毛かげなるこま主人あるじは、事なきにれし殿上人てんじょうびとの常か、動く景色けしきも見えぬ。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
狩衣かりぎぬの袖の裏ほたるかな
俳人蕪村 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
こゝの大池おおいけ中洲なかすの島に、かりの法壇を設けて、雨を祈ると触れてな。……はかま練衣ねりぎぬ烏帽子えぼし狩衣かりぎぬ白拍子しらびょうしの姿がからう。
伯爵の釵 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
かれの狩衣かりぎぬの片そでが、そのまろい物の包みに用いられていた。あの夜以来、かれが、かた時も手ばなさない袈裟けさの首級にちがいなかった。
源氏の衣服はもとより質を精選して調製してあった。幾個かの衣櫃ころもびつが列に加わって行くことになっているのである。今日着て行く狩衣かりぎぬの一所に女の歌が
源氏物語:13 明石 (新字新仮名) / 紫式部(著)
何れも平紋ひょうもん狩衣かりぎぬに帯剣、お経の施物、御剣ぎょけん御衣ぎょいを捧げ持ち、次々に東のたいより南庭を渡り、西の中門へ静かに出て行くさまは、まことに壮厳で美しかった。
弟は狩衣かりぎぬをつけた若い人だといった。もしやと思ったが気色けしきにはあらわさなかった。
津の国人 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
折柄傍らなる小門の蔭にて『横笛』と言ふ聲するに心付き、思はず振向けば、立烏帽子に狩衣かりぎぬ着たる一個のさむらひの此方に背を向けたるが、年の頃五十計りなる老女と額を合せてさゝやけるなり。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
狩衣かりぎぬ差貫さしぬきようのもの、白丁はくちょうにくくりばかま、或いは半素袍はんすおう角頭巾かくずきん折烏帽子おりえぼし中啓ちゅうけい、さながら能と神楽かぐらの衣裳屋が引越しをはじめたようにゆるぎ出すと、笛と大拍子大太鼓がカンラカンラ
大菩薩峠:22 白骨の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
しかもあの平太夫へいだゆうが、なぜか堀川の御屋形のものをかたきのように憎みまして、その時も梨の花に、うらうらと春日はるびにおっている築地ついじの上から白髪頭しらがあたまあらわして、檜皮ひわだ狩衣かりぎぬの袖をまくりながら
邪宗門 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「お前はそこに何をしている」と、主人らしい男は彼にしずかに訊いた。男は三十七、八でもあろう。水青の清らかな狩衣かりぎぬに白い奴袴ぬばかまをはいて、たて烏帽子をかぶって、見るから尊げな人柄であった。
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
狩衣かりぎぬの袖の裏這ふほたるかな
俳人蕪村 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
ただそれよりもしおらしいのは、お夏が宿の庭に咲いた、初元結はつもとゆいの小菊の紫。蝶の翼の狩衣かりぎぬして、欞子れんじに据えた机の前、縁の彼方あなたたたずむ風情。
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
狩衣かりぎぬの者は、狩衣を火に乾かし、具足の者は、具足を解いて、土杯かわらけを、飲みまわすもあり、かてを食べはじめているのもある。
どこがそんなに自分を惹きつけるのであろうと不思議でならなかった。わざわざ平生の源氏に用のない狩衣かりぎぬなどを着て変装した源氏は顔なども全然見せない。
源氏物語:04 夕顔 (新字新仮名) / 紫式部(著)
この夜の信連の装束は、萌黄匂もえぎにおいの腹巻をつけ、上には薄青の狩衣かりぎぬ、腰には衛府えふの太刀。やがて午前零時、騎馬の音が門外に近づいた。源大夫判官兼綱と、出羽判官光長の率いる三百余騎である。
しのぶずりの狩衣かりぎぬ指貫さしぬきはかまをうがち、烏帽子えぼしのさきを梅の枝にすれすれにさわらし、遠慮深げな気味ではあったが、しかし眼光は鋭く、お互に何のおもいをとどけに来ているかを既に見貫みぬいている
姫たちばな (新字新仮名) / 室生犀星(著)
狩衣かりぎぬきぬたぬしにうちくれて 路通ろつう
芭蕉雑記 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
生命いのち取留とりとめたのも此の下男で、同時に狩衣かりぎぬぎ、緋のはかまひも引解ひきほどいたのも——鎌倉殿のためには敏捷びんしょうな、忠義な奴で——此の下男である。
伯爵の釵 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
自室へ入って、白い小袖や袴を解きすて、色の狩衣かりぎぬに着かえると、すぐにまた出て行った。いおのある小柴垣は、屋形と鑁阿寺との途中の森の小道だった。
私本太平記:01 あしかが帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)