牛込うしごめ)” の例文
牛込うしごめにいさんだわ。しょうちゃんたちがボールをしているとわたしがいったら、にいさんはとんでいったわ。」と、花子はなこさんがいいました。
ボールの行方 (新字新仮名) / 小川未明(著)
ここにおいてわたくしは、外崎さんの捜索をわずらわすまでもなく、保さんの今の牛込うしごめ船河原町ふながわらちょうの住所を知って、すぐにそれを外崎さんに告げた。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
あっしゃ全体、神田の豊島町としまちょうで生れたんだけれど、牛込うしごめ赤城下あかぎしたに住んでたのさ。お父さんはお組役人——幕末あのころ小役人こやくにんなんざ貧乏だよ。
市川九女八 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
市谷いちがや牛込うしごめ、飯田町と早く過ぎた。代々木から乗った娘は二人とも牛込でおりた。電車は新陳代謝して、ますます混雑をきわめる。
少女病 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
「それでは、これにて御免こうむる、——今夜のうちに駿府に向い、一日も早く江戸へ馳せ帰って、この旨を牛込うしごめの先生へ申上げるとしよう」
江戸の火術 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
いやな私なり、牛込うしごめの男の下宿に寄ってみる。不在。本箱の上に、お母さんからの手紙が来ていた。男が開いてみたのか、開封してあった。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
漱石の内は牛込うしごめ喜久井町きくいちょう田圃たんぼからは一丁か二丁しかへだたつてゐない処である。漱石は子供の時からそこに成長したのだ。
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
牛込うしごめさかな町の喜平だなといい、路地の奥ではあったが一戸建ての家で、うしろが円法寺という小さな寺の土塀になっていた。
おさん (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
言ってぐずぐずしているうちに時間がたってしまうじゃないか。この近辺はいけないのか。荒木町あらきちょうか、それとも牛込うしごめはどうだ。
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
捨吉は田辺の留守宅から牛込うしごめの方に見つけた下宿に移った。麹町の学校へ通うには、恩人の家からではすこし遠過ぎたので。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
下谷したやから浅草あさくさへ出たらう、それから本郷台ほんがうだいあがつて、牛込うしごめへ出て四谷よつやから麹町かうぢまちへ出てかへつてた、いやもうがつかりした。
年始まはり (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
間もなく二度目に家を持ったのが牛込うしごめ北山伏町きたやまぶしちょうで、債務の段落が一時着いたというもののやはり旧債にたたられていた。
ある年の春、Nさんはある看護婦会から牛込うしごめ野田のだと云ううちくことになった。野田と云う家には男主人はいない。
春の夜 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
巻頭の口画に掲げたるは現今上流社会台所の模範と称せらるる牛込うしごめ早稲田大隈伯爵家の台所にして山本松谷やまもとしょうこく氏が健腕を以て詳密に実写せし真景なり。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
然し、これは東京から襲われる点に於て、牛込うしごめると大した変りはないと思った。代助は旅行案内を買って来て、自分の行くべき先を調べてみた。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
東京でも牛込うしごめはもと上州の人の開いた土地で、そこには赤城山の神を祀った古くからの赤城神社がありました。
日本の伝説 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
差し当たり牛込うしごめにある家が売れると、そのうちの一万か二万かの金をそっと融通するから、当分それで家庭をもつようにしようと、そう言ってくれるのよ。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
それは牛込うしごめ神楽坂かぐらざかの手前に軽子坂かるこざかという坂があるが、その坂上に鋳物いもの師で大島高次郎という人があって、明治十四年の博覧会に出品する作品に着手していた。
ぼくかぎりでは、日本にほん麻雀マアジヤン發祥地はつしやうちれい大震災後だいしんさいご松山まつやましやう三が銀座裏ぎんざうらからうつつて一牛込うしごめ神樂坂上かぐらざかうへ經營けいえいしてゐたカフエ・プランタンがそれらしい。
麻雀を語る (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
涙ににじんだ眼をあげて何の気なく西の空をながめると、冬の日は早く牛込うしごめの高台の彼方かなたに落ちて、淡蒼うすあおく晴れ渡った寒空には、姿を没した夕陽ゆうひ名残なごりが大きな
うつり香 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
牛込うしごめ江戸川えどがわ公園の西のはずれに、俗称大滝おおだきという、現在では殺風景のコンクリートの水門に過ぎないが、併しやっぱり大滝の様に水の落ちている箇所がある。
猟奇の果 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
それを取り巻いて山の手の芝、麻布あざぶ、赤坂、四谷、牛込うしごめ小石川こいしかわ、本郷などの低地が同様に燃え始める。
地異印象記 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
「そうだ、丁度会社の方も仕事を始めて、給料をくれることになったから、どこか焼けていない牛込うしごめか芝の方に家を見つけて移ろうか。それともここで君と——」
棺桶の花嫁 (新字新仮名) / 海野十三(著)
牛込うしごめちかくに下宿住居げしゆくずまゐする森野敏もりのさとしとよぶ文學書生ぶんがくしよせい、いかなるかぜさそひけん、果放はかなき便たよりに令孃ひめのうはさみヽにして、可笑をかしきやつわらつてきしが、その獨栖ひとりずみ理由わけ
暁月夜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
私は本紙に連載中の大東京繁昌記の一節として、これからその印象や思い出を語ろうとしている牛込うしごめ神楽坂かぐらざかのことに関しても、矢張り同様の感を抱かざるを得ない。
早稲田神楽坂 (新字新仮名) / 加能作次郎(著)
あれは牛込うしごめの飯島と云う旗下の娘で、死んだと思っておりましたが、聞けば事情があって、今ではじょちゅうのお米と二人で、谷中の三崎に住んでいるそうです。私はあれを
円朝の牡丹灯籠 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
忍ぶべからざる侮辱を受けたとかの理由をもって大学の講壇から去り、いまは牛込うしごめの御自宅で、それこそ晴耕雨読とでもいうべき悠々自適ゆうゆうじてきの生活をなさっているのだ。
佳日 (新字新仮名) / 太宰治(著)
それから淀橋区と豊島区と小石川区の堺の隅をかすめて、小石川区牛込うしごめ区の境線を流れる江戸川となる。
河明り (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
東京とうきやういたところにいづれも一二いちに勸工場くわんこうばあり、みな入口いりぐち出口でぐちことにす、ひと牛込うしごめ勸工場くわんこうば出口でぐち入口いりぐち同一ひとつなり、「だから不思議ふしぎさ。」といてればつまらぬこと。
神楽坂七不思議 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
信仰しんかうなし己の菩提所ぼだいしよ牛込うしごめの宗伯寺なりしが終に一大檀那だいだんなとなり寄進の品も多く又雜司ざふし鬼子母神きしぼじん金杉かなすぎ毘沙門天びしやもんてん池上いけがみ祖師堂そしだうなどの寶前はうぜん龍越りうこしと云ふ大形の香爐かうろ
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
牛込うしごめのとッぱずれのだらだら坂を、とうにすぎて、ここは、星かげもひなびている抜弁天ぬけべんてんに近い田圃たんぼ中——一軒家があって、不思議にも、赤茶けたあんどんに、お泊り宿——
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
いったいどこへゆくのだろう? 四谷よつやを過ぎ、いちを過ぎ、牛込うしごめの方へ走ってゆく。
剣侠受難 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
それに、女番頭格のお高と、それだけの一家だ。朝は、水道下の水戸みと様の屋根が太陽を吹き上げる。西には、牛込うしごめ赤城あかぎ明神が見える。そこの森が夕陽ゆうひを飲み込む。それだけの毎日だ。
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
ただ一人親しく往来していた同窓の男が地方へ就職して行ってからは、別に新しい友も出来ぬ。ただこの頃折々牛込うしごめの方へ出ると神楽坂かぐらざか上の紙屋の店へ立寄って話し込んでいる事がある。
まじょりか皿 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
日枝ひえ神社の本祭りで、この町内では踊り屋台を出した。しかし町内には踊る子が揃わないので、誰かの発議でそのころ牛込うしごめ赤城下あかぎしたにあった赤城座という小芝居の俳優やくしゃを雇うことになった。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
あんたあの話知ってる? 去年の春だったか牛込うしごめのあるやしきの郵便受けの中に銀行の通帳と印形いんぎょうが入れてあって、昔借り放しにしていたのをお返しするって丁寧な添え手紙がしてあったという話。
ニッケルの文鎮 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
河童かっぱ頭に繻子しゅすはかま、目ばかり光らした可愛げもない子供でした。お兄様のお供をするというのがうれしくて、喜び勇んで出かけたのです。牛込うしごめのおやしきには黒くていかめしい大きな御門がありました。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
牛込うしごめ若宮町、中村吉右衛門きちえもん邸。
六百句 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
二十九年には脩が一月に秀英舎いち工場の欧文校正係に転じて、牛込うしごめ二十騎町にじっきちょうに移った。この月十二日に脩の三男忠三さんが生れた。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
大正八年一月五日の黄昏時たそがれどきに私は郊外の家から牛込うしごめの奥へと来た。その一日二日の私の心には暗い垂衣たれぎぬがかかっていた。
松井須磨子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
かくの如き眺望はあえてここのみならず、外濠そとぼり松蔭まつかげから牛込うしごめ小石川の高台を望むと同じく先ず東京ちゅうでの絶景であろう。
長いこと人もたずねずに引籠ひっこみきりでいた彼は、神田へも行き、牛込うしごめへも行った。京橋へも行った。本郷へも行った。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
紅葉は『伽羅枕』を牛込うしごめの北町の家で書いた。太田南畝なんぽの屋敷の中だとかいふ奥まつた小さな家で、裏には大きな樫の樹が笠のやうになつて繁つてゐた。
紅葉山人訪問記 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
と云ふのは少し大雑把おほざつぱである。牛込うしごめ矢来やらいは、本郷ほんがう一帯の高地にははひらない筈である。けれどもこれは、白壁はくへき微瑕びかを数へる為めにあげたのではない。
日本小説の支那訳 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
心祝いどころか、笹野の旦那は明日は先代様の法要で、牛込うしごめのお寺まで行かなきゃならないと言っていなすったよ
竹「只今これへ参ります、今牛込うしごめの蕎麦屋から出ましたのを見届けました、水戸殿みとどのの前を通って参ります」
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
空に星がまばたき始める頃、まるで日が暮れ切るのを待ってでもいた様に、気違い葬儀車は、牛込うしごめ矢来やらいに近い、非常に淋しい屋敷町やしきまちの真中で、ピッタリと停車した。
恐怖王 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
これは彫刻なら立体的に物の形が現われて都合が好いと考えたからであります。それで牛込うしごめ辺の鋳物師の工場で、蝋作りを習って、蝋をひねって馬をこしらえました。
笹村は、M先生のある大きな仕事を引き受けることになってから、牛込うしごめの下宿へ独りで引き移った。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
「そうさね。東京は馬鹿に広いからね。——何でも下町したまちじゃねえようだ。やまだね。山の手は麹町こうじまちかね。え? それじゃ、小石川こいしかわ? でなければ牛込うしごめ四谷よつやでしょう」
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)