かん)” の例文
一升徳利をそのままかんをして持ち出すやら、台所をさらえて食えそうな物ならなんでも運びこむやら、てんてこまいをしている騒ぎ。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
尤も俊亮の前だけには、正木のお祖母さんの気づきで、小さなお盆に、かん徳利と、盃と、塩からのはいった小皿とが残して置かれた。
次郎物語:01 第一部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
この時小綺麗こぎれいな顔をした、田舎出らしい女中が、かんを附けた銚子ちょうしを持って来て、障子を開けて出すと主人が女房に目食めくわせをした。
鼠坂 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
「まだ早いわよ、今日もいつづけだって云ってたじゃないの、——お酒とうにここへ持って来てあるのよ、ちょっとおかんしましょうか」
おれの女房 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
門火かどび、門火。)なんのと、呑気のんきなもので、(酒だとかんだが、こいつは死人焼しびとやきだ。このしろでなくて仕合せ、お給仕をしようか。)
開扉一妖帖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
女はやがて牛肉をはちに並べて持って来た。そしてそのあとから今一人若い二十二、三の女中がおかんのついた銚子を持ってはいって来た。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
「上等の牛肉を、うんと買うて来た。今夜は、家内全部で、すき焼きじゃ。久しぶりで、一杯やるけ、酒のかんもつけちょいてくれ」
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
しかし、道夫はそんなことよりも早く下宿へ帰って、寝ぼけているじょちゅうにはかまわず、台所から酒を持って来てじぶんかんをして飲みたかった。
馬の顔 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
新城から提げて歩いてゐた酒の壜を取出して遠慮しながら冷たいまゝ飮んでゐると、かんをして來ませうと温めて貰ふ事が出來た。
鳳来寺紀行 (旧字旧仮名) / 若山牧水(著)
「貰ったのがありますが、ちょいとかんをつけましょうか。たんとはいけねえが、ほんの少しばかりなら、寒さ凌ぎになりますよ」
が、四五日たつと、やはり、客の酒のかんをするばかりが能やないと言い出し、混ぜない方の酒をたっぷり銚子に入れて、銅壺どうこの中へけた。
夫婦善哉 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
そうして向うでちろりを借りておかんをつけて、余った酒は又びんに入れて持って帰ってさかしおに使うと云うんだが、実際ありゃあいい考だね。
蓼喰う虫 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
相変らず、長火鉢の前、婆やに、かんをつけさせて、猪口ちょくを口にしながら、癇性かんしょうらしく、じれった巻きを、かんざしで、ぐいぐい掻きなぞして
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
晩春の頃で、独活うどと半ぺんの甘煮うまになども、新造しんぞは二人のために見つくろつて、酒を白銚はくてうから少しばかり銚子に移して、銅壺どうこでおかんをしたりした。
或売笑婦の話 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
「……鰻を、ま一丁持って来い。それからおかんも、ま一本……恐ろしい歯を持っとるのう。ええそれから……そこで給金の註文は無いかや……」
超人鬚野博士 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
此家こゝへ來れば酒を飮むものとめてゐるらしい道臣は、直ぐ盃を取り上げたが、かん微温ぬるさうなので、長火鉢の鐵瓶の中へ自分に徳利をけた。
天満宮 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
ははあ、斎藤はいいものを置いて行ってくれたわい、この鉄瓶が酒であろうとは思わなかった、かんが口合いに出来ている。
大菩薩峠:40 山科の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
持來るに長兵衞是は先刻さつき口止くちどめが併しお氣の毒と笑ひながら豬口ちよくとりさけ辭儀じぎは仕ない者なりおかんよいうち波々なみ/\うけこれより長兵衞長八の兩人は酒を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
ぼくどもは枯枝かれえだをひろひ石をあつめてかりかまどをなし、もたせたる食物を調てうぜんとし、あるひは水をたづねて茶をれば、上戸は酒のかんをいそぐもをかし。
次の間の長火鉢ながひばちかんをしながら吉里へ声をかけたのは、小万と呼び当楼ここのお職女郎。娼妓おいらんじみないでどこにか品格ひんもあり、吉里には二三歳ふたつみッつ年増としまである。
今戸心中 (新字新仮名) / 広津柳浪(著)
お照は火針へ差かざす手先に始終おかんを注意していたが寒餅の匂に気がついたものと見え、「お父さん御飯はどうしているの。下でおまかないするの。」
雪解 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
渠はお鳥に命じて、加集の持つて來た正宗をもかんしろと云つたが、かの女はそれに手をつけようともしなかつた。
それをよく洗ってお醤油したじを半分ほど入れてお酒のかんをするように鉄瓶てつびんの中へ入れてよくお湯を煮立たせておくれ。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
「これ、お蝶さんや、早くここへ来て手でも暖めないか。なに、おかんはわしがここでけながらるとしようよ」
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
町へ出て飲み屋へ行っても、昔の、宿場のときのままに、軒の低い、油障子を張った汚い家でお酒を頼むと、必ずそこの老主人が自らおかんをつけるのです。
老ハイデルベルヒ (新字新仮名) / 太宰治(著)
兼「そんなに馬鹿にしたものじゃアねえ、中々うめえ……兄い喰ってみねえ……おゝ婆さん、おかんが出来たか」
名人長二 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
長火鉢の横には塗り膳があって、それには小鉢物がのせてあり、かん徳利などものせてあるという始末で。
怪しの者 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
かんをした酒を、コオヒイ茶碗についで、ぐうと一口美味うまさうに飲んで、富岡はじろりとゆき子を見た。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
「まあ、自分の勝手なお饒舌しゃべりばかりしていて、おかん全然すっかりちゃった。一寸ちょっと直して参りましょう。」
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
酒を火鉢ひばちかんをしてのむなど甚だ不行儀で、そのくせ、必要な客との応対などは尻込みをして姿を隠すなど、なかなか奇癖のある人物で、私とはどうもしょうが合いかねました。
お蓮は牧野にこう云われても、大抵は微笑をらしたまま、酒のかんなどに気をつけていた。
奇怪な再会 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「大変先生も機嫌がよかった。いま一杯やるところだからと進められたが、お須磨さんが土瓶どびんをもっているからなんだと思ったら、土瓶でおかんをして献酬けんしゅうしているところだった」
松井須磨子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
「こいつはなんだか考えれば考えるほど背筋のゾクゾグしてくるような気持だ! おの! 一本かんをしておくれんか! こんな妙な晩には酒でも飲まんことにはやりきれねえ」
蒲団 (新字新仮名) / 橘外男(著)
宵の程あつらへ置きし酒肴しゆこう床間とこのまに上げたるを持来もてきて、両箇ふたりが中に膳を据れば、男は手早くかんして、そのおのおの服をあらたむるせはしさは、たちまきぬり、帯の鳴る音高く綷※さやさやと乱れ合ひて
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
そんな日は重吉自身小さいかん徳利をもっておよねの店まで一合の酒を買いに行った。
(新字新仮名) / 壺井栄(著)
ひょいとみると、あか銅壺どうこに好物がにょっきりと一本かま首をもたげていたものでしたから、ことごとくもう上きげんで、とくりのしりをなでなでかんかげんを計っていると、突然でした。
「おかん熱過つきすぎているかも知れないが、一杯お飲みよ。温暖あったかになるから……。」
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
御祖父おじいさんは銅壺どうこの中に酒をいっぱい入れて、その酒で徳利とくりかんをしたあとをことごとくてさしたほどの豪奢ごうしゃな人だと云うから、銀扇の百本ぐらい一度に水に流しても平気なのでしょう。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
れいですよ。かんではありませんよ——定屋様はこの方で被入いらっらしゃるから」
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
さけすゝけた土瓶どびんかされた。彼等かれら各自かくじ茶碗ちやわんいでぐいとんだ。其處そこにはかん加減かげんなにかつた。各自かくじのどがそれを要求えうきうするのではなくて一しゆ因襲いんしふ彼等かれらにそれをひるのである。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
『面倒臭い此儘このまゝふ、おかん最早もういだらう。』
節操 (新字旧仮名) / 国木田独歩(著)
卯吉爺はかんの支度をしながら訊いた。
恐怖城 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
酒うすしせめてはかんを熱うせよ
五百句 (新字旧仮名) / 高浜虚子(著)
うば捨てん湯婆たんぽかんせ星月夜
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
帯もめで、懐中ふところより片手出して火鉢に翳し、烈々たる炭火うずたかきに酒のかんして、片手に鼓の皮乾かしなどしたる、今も目に見ゆる。
照葉狂言 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
亭主は無愛想に酒のかんをつけて来た。——正吉はそこに出ているつまみ物にも手を出さず、呷りつけるようにぐいぐいと呑んだ。
お美津簪 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
「貰つたのがありますが、ちよいとかんをつけませうか。たんとはいけねえが、ほんの少しばかりなら、寒さしのぎになりますよ」
小夜子も不断着のまま、酒のかんをしたり物を運んだりしていたが、ふと玄関の方のふすまを開けて縕袍どてら姿で楊子ようじくわえながら入って来る男があった。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
かんをなすには屎壺しゅびんの形したる陶器とうきにいれて炉の灰にうずむ。夕餉ゆうげ果てて後、寐牀のしろうやうやしく求むるを幾許ぞと問えば一人一銭五厘という。なし。
みちの記 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
闇太郎は、白鳥徳利の酒を、かんもせずに、長火鉢の猫板ねこいたの上に、二つ並べた湯呑みに、ドクドクと注ぎ分けるのだった。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)