ぬれ)” の例文
年齢としのころ三十あまりと見ゆる女白く青ざめたる㒵に黒髪くろかみをみだしかけ、今水よりいでたりとおもふばかりぬれたる袖をかきあはせてたてり。
甚「ヘエ傘の無いのでびしょぬれになりました、うも悪い日和ひよりで、日和癖で時々だしぬけに降出して困ります…エヽお母様っかさん御機嫌よう」
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
ずぶぬれの、一所いつしよつゝんだくさに、弱々よわ/\つて、のまゝ縋着すがりついたのもあつたから、手巾ハンケチそれなりに土手どててておこした。
月夜 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
力草ちからぐさ漸々やう/\と山へ這上はひあがりて見ば此はいかに山上は大雪おほゆきにて一面の銀世界ぎんせかいなり方角はうがくはます/\見分がたく衣類いるゐには氷柱つらゝさがしほぬれし上を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
きち様と呼ばせらるゝ秘蔵の嬢様にやさしげなぬれを仕掛け、鉋屑かんなくずに墨さしおもいわせでもしたるか、とう/\そゝのかしてとんでもなき穴掘り仕事
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
やうや雪解ゆきどけがすんだばかりなので、ところどころでちよろ/\小流こながれが出来てゐた。掘返へしても掘返へしても、かなり下の方まで土がぢく/\ぬれれてゐた。
新らしき祖先 (新字旧仮名) / 相馬泰三(著)
暗い砂山の下のその小屋についた時は、一郎さえ呼吸いきがはずんで口がきけなかったくらいだから、翠子は頭から裾までずぶぬれで、苦しい息づかいをしながら
九月一日 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
中の巻の発端に「かゝる親には似ぬ娘、お夏は深きぬれゆゑに、菩提ごゝろと意地ばりて、嫁入もせいものび/\の」………と書出かきいだして、お夏に既に恋ある事を示せり
「歌念仏」を読みて (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
何處どここずゑしろものとゞめないでつかれたやうにぬれた。ゆきこと/″\つちおちついてしまつた。そのおちついたゆきげて何處どこ屋根やねでもしろおほきなかたまりのやうにえた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
水にぬれたとは云え、ゴム底は収縮しませんから、ちゃんと元の形が分ります。僕は試みにその文数もんすうを計って見ましたが、十文の足袋と同じ大きさでした。ところがね
何者 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
馬丁の吹き鳴らす喇叭らっぱの音が起る。薄いござを掛けた馬のからだはビッショリとぬれて、あらく乱れたたてがみからはしずくしたたる。ザクザクと音のする雪の路を、馬車の輪がすべり始める。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
伊予守忠弘は、ひた泣きに泣きぬれる芳江の手を取りながら、敢然としてこういい切るのでした。
昨日も一日吹雪の中をあっちこっちとけ廻って歩くうち一足いっそくしかない足駄あしだの歯を折ってしまった事やら、ズブぬれにした足袋たびのまだ乾いていようはずもない事なぞを考え出して
雪解 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
それが暗の中に万竿ばんかんせいをつらねて、重なり合つた葉が寒さうにぬれて光つてゐる。
京都日記 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
それは、ぬれた処を走つてゐる時と、壁を這つてわらじむしや蜘蛛等の、きまりどほりの生餌をさがしてゐる時に見る事が出来たのだ。もう一つの方は、大変大きくて蒼みがかつた黄色だ。
ポツリポツリと雨はようやくこまかになる。かさを持って来なかった、ことによると帰るまでにはずぶぬれになるわいと舌打をしながら空を仰ぐ。雨は闇の底から蕭々しょうしょうと降る、容易に晴れそうにもない。
琴のそら音 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
またたおれた! パサッ——と、ぬれ手拭をはたくような血の音。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
つかつかと出て、まだしずくまぬ、びしょぬれの衣を振返って、憂慮きづかわしげに土間に下りて、草履をつっかけたが、立淀たちよどんで、やがて、その手拭を取って頬被ほおかぶり
葛飾砂子 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
気づかっていた姉妹が縁側に出迎えた時、二人ともずぶぬれになって着物の吸いつくようにぴったり肌にくっついたままの姿で、せいせい息を切らしていた。
九月一日 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
かり着替きかへぬれ着類きるゐ竿さをに掛け再び圍爐裡ゐろりはたへ來りてあたれば二日二夜のくるしみに心身しんしんともつかれし上今十分に食事しよくじを成して火にあたゝまりし事なれば自然しぜん眠氣ねふけ
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
夏向座敷へ出ます姿なりでも縮緬ちりめんでも繻袢じゅばんなしの素肌すはだへ着まして、汗でビショぬれになりますと、直ぐに脱ぎ、一度りであとは着ないのが見えでございましたと申しますが
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
宗吉は——煙草たばこまないが——その火鉢のそば引籠ひきこもろうとして、靴を返しながら、爪尖つまさきを見れば、ぐしょぬれの土間に、ちらちらとまたくれないの褄が流れる。
売色鴨南蛮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「何時か蟒女史の大嵐の時、びしよぬれにした一張羅を仕立直して貰つた人の話をした事があつたらう……」
大阪の宿 (旧字旧仮名) / 水上滝太郎(著)
ピュウ/\と筑波下つくばおろしが吹き、往来はすこし止りましたが、友之助はびしょぬれの泥だらけ、元結もとゆいははじけて散乱髪さんばらがみ、面部は耳の脇から血が流れ、ズル/\した姿なりで橋の欄干に取付き
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
上り十間の白扇子しらあふぎうららかなる春の日をかざ片身替かたみがはりの夕時雨ゆふしぐれぬれにし昔の相傘あひがさを思ひ出せし者も有るべし土手八町もうち越して五十けんより大門口に來て見れば折しもなかの町のさくらいま
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
と、ずぶぬれきものを垂れるしずくさえ、身体からだから玉がこぼれでもするほどに若え方は喜ばっしゃる。
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
悪口わるくちをきいて居る処へ、ガラリと戸を明けて帰って来たが、ずぶぬれ
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
なれども、僧都が身は、こうした墨染の暗夜やみこそけれ、なまじ緋の法衣ころもなどまとおうなら、ずぶぬれ提灯ちょうちんじゃ、戸惑とまどいをしたえいうおじゃなどと申そう。おしも石も利く事ではない。
海神別荘 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
客「まだ事は切れない、もう少し此方こちらへ入れてくんな、ぬれてゝもい、大方うだろうと思ったが全く死後しにおくれたに違いない、彌助やすけお前其処そこ退きな、何か薬があったろう、水を吐かせなければならん」
政談月の鏡 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
真白まっしろ油紙あぶらっかみの上へ、見た目も寒い、千六本を心太ところてんのように引散ひっちらして、ずぶぬれの露が、途切れ途切れにぽたぽたと足を打って、溝縁みぞぶちに凍りついた大根剥だいこんむきせがれが、今度はたまらなそうに
露肆 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と言うて起された、が、身体中からだじゅうきずだらけで、夜露にずぶぬれであります。
春昼 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ずぶぬれ破褞袍やれぬのこけだし小児の尿汁にょうじゅうを洗わずして干したるもの、悪臭鼻をえぐってずいとおる。「やれ情無い、ヘッヘッ。」と虫唾むしずを吐けば、「や、ぜんの上へつばを吐くぞ。」と右手めてなる小屋にてわめく声せり。
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ぬれしょびれたまま高い押入の中に突込つッこまれた。
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)