智慧ちえ)” の例文
それは若くて美しいと思われた人も、しばらく交際していて、智慧ちえの足らぬのが暴露してみると、その美貌びぼうはいつか忘れられてしまう。
安井夫人 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
いや、むしろ可愛い中にも智慧ちえの光りの遍照へんしょうした、幼いマリアにも劣らぬ顔である。保吉はいつか彼自身の微笑しているのを発見した。
少年 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
しかし、俺は、悟空の(力と調和された)智慧ちえと判断の高さとを何ものにもして高く買う。悟空は教養が高いとさえ思うこともある。
しかも、話をしながら、いろいろと、こまかく身ぶりをするところを見ても、猿なんかよりも高等な智慧ちえをもった動物のように見えた。
大宇宙遠征隊 (新字新仮名) / 海野十三(著)
そしてそのためには、人の心理を洞察どうさつする聡明そうめい智慧ちえと、絶えず同化しようと努めるところの、献身的な意志と努力が必要である。
……それがさながらに悪魔の智慧ちえで計劃された復讐のように残酷な、手酷てきびしい時機と場面を選んで来た事はトテモ偶然と思えない。
笑う唖女 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
で、わたくしかたしんじています。もし来世らいせいいとしたならば、そのときおおいなる人間にんげん智慧ちえなるものが、早晩そうばんこれを発明はつめいしましょう。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
釈迦しゃか竜樹りゅうじゅによって、基督は保羅ポーロによって、孔子は朱子によって、凡てその愛の宝座から智慧ちえと聖徳との座にまで引きずりおろされた。
惜みなく愛は奪う (新字新仮名) / 有島武郎(著)
さて最初さいしょ地上ちじょううまでた一人ひとり幼児おさなご——無論むろんそれはちからよわく、智慧ちえもとぼしく、そのままで無事ぶじ生長せいちょうはずはございませぬ。
いうて、——ほんまにあの時分、よっぽど思案に余ってしもて、先生のとこい智慧ちえ貸してもらいに上ろか思たぐらいですねんけど
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
すべからく私どもは因縁に随順してすみやかに般若の智慧ちえみがく事によって、まさしくさとりの世界をハッキリ味得せねばなりません。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
数十人の智慧ちえある先賢に手をとられ、ほとんど、いろはから教えたたかれて、そうして、どうやら一巻、わななくわななく取りまとめた。
創作余談 (新字新仮名) / 太宰治(著)
ところが外部の人ことに一知半解いっちはんかいの旅客などの地名の呼び方は勝手至極なものであって多くは文字に基いて智慧ちえ相応の呼び方をしている。
地名の研究 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
出額でこ捲髪カールを光線の中に振り上げ振り上げ、智慧ちえのない恰好かっこうで夢中に拍手しているのを、かの女は第一にはっきり見て取った。
母子叙情 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
法印は、すばしッこく智慧ちえのまわる方ではねえ。お初といえば女狐めぎつねよりもずるい奴——だまされたと見えるが、みんな、俺の罪だ!
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
そういう時の彼の胸にはよく「愛と智慧ちえとに満ちたアッソシエ」の言葉が浮んで来る。「アッソシエ」とは生涯の伴侶はんりょという意味に当る。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
きみ智慧ちえで、この野原のはらまで、あのうさぎをさそしてくれたら、ぼくのできることなら、どんなおれいでもするよ。まあここへりてきたまえ。
からすとうさぎ (新字新仮名) / 小川未明(著)
僕は、陳君の奇計に、おもわず手をたたいた。が、考えてみると、この奇計も、やっぱり、少年だけの智慧ちえしかないとおもった。
怪奇人造島 (新字新仮名) / 寺島柾史(著)
前後のない一念の念仏で、念仏みずからの念仏とでもいいましょうか。とやかく人間の智慧ちえで、その意味を詮索せんさくする余地もない念仏であります。
益子の絵土瓶 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
芥子けしの実ほどの眇少かわいらしい智慧ちえを両足に打込んで、飛だりはねたりを夢にまで見る「ミス」某も出た。お乳母も出たお爨婢さんどんも出た。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
大工が仕事を初めたところで、くぎをすら買うべき小銭に事かいていたお島は、また近所の金物屋から、それを取寄せる智慧ちえを欠かなかった。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
「儲ける儲からんはとにかく、人を呼ぶのに、あんなことでは余り智慧ちえがない。何か一つアッといわせるようなものを拵えて見たいもんだね」
いたずらにしても、金槐集などにある恋歌をひくとは、お智慧ちえのないなされ方だと思います。こんどはもっと稀覯の書からおひろいあそばせ。
菊屋敷 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
どうしていっしょに免職させる気かと押し返してたずねたら、そこはまだ考えていないと答えた。山嵐は強そうだが、智慧ちえはあまりなさそうだ。
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
卵でも呑みに来たり、余程わるさをしなければ滅多に殺さぬ。自然に生活する自然の人なる農の仕方は、おのずから深い智慧ちえかなう事が多い。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
智慧ちえ権能ちからとは神にあり、智謀と穎悟さとりも彼に属す」る事を、この世の各方面にわたりて実証している。辞句の意味は説明せずしてあきらかである。
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
この子もなりは大きいくせに智慧ちえづきはひどく遅く、おまけに毎晩かならず一度は寝ぼけて起きあがる癖がありました。
死児変相 (新字旧仮名) / 神西清(著)
八百屋お七は家を焼いたらば、再度ふたたび思う人に逢われることと工夫をしたのであるが、吾々二人は妻戸一枚を忍んで開けるほどの智慧ちえも出なかった。
野菊の墓 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
禁断の智慧ちえ果実このみひとしく、今も神の試みで、棄てて手に取らぬ者は神のとなるし、取って繋ぐものは悪魔の眷属けんぞくとなり、畜生の浅猿あさましさとなる。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「だって、一人でくよくよしてたってつまらないよ。話して見給え、僕にだってまたいい智慧ちえがないとも限らない」
疑惑 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
だん/\と人口じんこうがふえ、みんなの智慧ちえひらけてるにしたがつて、やうやくといふものを使つかふことをり、ものたりいたりしてべるようになり
森林と樹木と動物 (旧字旧仮名) / 本多静六(著)
人間は虚栄によって生きるということこそ、彼の生活にとって智慧ちえが必要であることを示すものである。人生の智慧はすべて虚無にいたらなければならぬ。
人生論ノート (新字新仮名) / 三木清(著)
五人ごにんのうちであまりものいりもしなかつたかはりに、智慧ちえのないざまをして、一番いちばんむごたのがこのひとです。
竹取物語 (旧字旧仮名) / 和田万吉(著)
一人一人、自分の隠した処を知っていても、他の者の処は知らぬので、左様に取極とりきめたのは石見守の智慧ちえじゃ。
怪異黒姫おろし (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
決して書籍でひと様の智慧ちえを借りたのでないが、万事について、書籍をたてに取る日本の学者が、自分の卑劣根性より法螺ほらなどと推量さるるも面白からぬから
男は驚いてこれに気のついた筒井の智慧ちえに、いまさら眼を見はる気持だった。五つの袋を解いてしまった時に、盆の上にはおびただしい小豆が一杯にあふれていた。
津の国人 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
「しかし、ここいらの奴は皆な身体は強いし、ずいぶん過激な労働にはえるんだから、智慧ちえと資本のある者が先へ立って使ってやれば役に立つんだが……」
入江のほとり (新字新仮名) / 正宗白鳥(著)
「おお、心得た。だが、拙者せっしゃは腕力は弱いから、その時には、また今夜のように、智慧ちえくらべで戦おうわい」
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
あるものはさら智慧ちえを出して、草紙の黒いところを丸く切りぬいて、膏薬こうやくのやうに娘の両眼りょうがんに貼りつけた。
梟娘の話 (新字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
森君は大人のような智慧ちえがあって、何だかこわいけれども、一方ではとても優しい所があるから僕は大好だいすきだ。
贋紙幣事件 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
あなた、どうぞいい智慧ちえを出してくだすって、姫君の御運を開いてあげてくださいまし。貴族のお家に仕えておいでになる方は、便宜がたくさんあるでしょう。
源氏物語:22 玉鬘 (新字新仮名) / 紫式部(著)
十八歳の智慧ちえである。勇は返事もせずに、急に押し黙ったミチに対して起って来た疑惑と嫉妬に苦しみながらも、金銭に対する執着がミチを追求させなかった。
刺青 (新字新仮名) / 富田常雄(著)
日本の智慧ちえの火がこの国の蒙昧もうまいなるくらがりを照すところの道具となる縁起えんぎでもあろうかなどと、馬鹿な考えを起してうかうか散歩しながらある店頭みせさきへ来ました。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
さすれば夫たる者の唱える所は妻を心服せしめるだけの準備が是非必要であると存じます。今の多数の男子は勿論婦人に比べて数倍の学問も智慧ちえもありましょう。
離婚について (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
ある者は智慧ちえにおいて勝り、またある者はその善良さにおいて、その勤勉さにおいて、親切さにおいて
「はい」とさる面目めんぼくなさそうにこたえました。「智慧ちえでならたれにもけませんが、力ずくのことはこまってしまいます。甚兵衛さん、どうかその大蛇おろち退治たいじてください」
人形使い (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
家庭へ持ち帰ると細君の智慧ちえで焼鳥風にやつてみることゝなり、肉を串にさして昆炉こんろの炭火であぶつたところ、脂肪が焼けて濃い煙が、朦霧のやうに家中へ立ちこめ
たぬき汁 (新字旧仮名) / 佐藤垢石(著)
全体小癪こしゃく旅烏たびがらすと振りあぐるこぶし。アレと走りいずるお辰、吉兵衛も共にとめながら、七蔵、七蔵、さてもそなたは智慧ちえの無い男、無理にうらずとも相談のつきそうな者を。
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
人類の教師の持つ右のごとき普遍性は、その教師の人格や智慧ちえにもとづく、と通例は考えられる。
孔子 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
なんでも私はたいへん智慧ちえづくのが遅くって、三つぐらいになってもまだ「うま、うま……」ということしか言えなかったのに、その夕方、おばさんの家で父にうと
花を持てる女 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)