怨恨うらみ)” の例文
けれども、彼女かれも若い娘である。流石さすがに胸一杯の嫉妬と怨恨うらみとを明白地あからさまには打出うちだし兼ねて、ず遠廻しに市郎を責めているのである。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
……雲を貫く、工場の太い煙は、丈に余る黒髪が、もつれて乱れるよう、そして、さかさまに立ったのは、とこしえに消えぬ人々の怨恨うらみと見えた。
南地心中 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
源は前後あとさきの考があるじゃなし、不平と怨恨うらみとですこし目もくらんで、有合う天秤棒てんびんぼうを振上げたからたまりません——お隅はそこへたおれました。
藁草履 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
つまり左門は、頼母の血を、亡父の怨恨うらみの残っている紙帳へ注いでやろうと、紙帳間近まで、頼母をおびき寄せて来たのであった。
血曼陀羅紙帳武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
牧師の慰言いげんも親友の勧告すすめも今は怨恨うらみを起すのみにして、余は荒熊あれくまのごとくになり「愛するものを余にかえせよ」というよりほかはなきに至れり。
基督信徒のなぐさめ (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
あれ以来、如意輪寺の禅房に身をゆだねたそれがし、時に、未熟なわざをかこつこともござるが、何で貴殿に怨恨うらみを含みましょう。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
もし彼に怨恨うらみのある前科者ぜんかものどもが、短刀逆手さかでに現われたとしたらどうするだろうと、私は気になって仕方がなかった。
西湖の屍人 (新字新仮名) / 海野十三(著)
それで滝之助に向って、単に高田の松平家というような、一枝葉に拘泥かかわららずして、大徳川一門に向って怨恨うらみを晴らせ。
怪異黒姫おろし (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
校長先生に対する私たちの怨恨うらみは、私たち二人が二人とも黒焦になってしまっても、まだまだ飽き足りないでしょう。
少女地獄 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
祭司やパリサイ人らは私利私欲や党派心に基づく嫉妬怨恨に燃えてイエスに対し、公の問題についてイエス様から責められた怨恨うらみをば私的に報いようとした。
私は、ありとあらゆるものからひとり突き放されたような失望と怨恨うらみに胸が張り裂けるような気持ちがした。
うつり香 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
内気な彼女は、それまで怨恨うらみの情を胸中深く蔵して居ただけですが、発狂のために漸次ぜんじ抑制の力が麻痺したものか、五人のものに対する復讐心が非常な勢で、頭をもたげて来ました。
狂女と犬 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
「母さんか、林さんが貴郎の顔を見れば、きっと誰だか知っているに違いありません。貴郎は男の癖に真実ほんとうに卑怯です。若し母さんに怨恨うらみがあるなら、何故男らしく正面から来ないのです」
P丘の殺人事件 (新字新仮名) / 松本泰(著)
国民の富豪に対する怨恨うらみがようやくに熟していたから火蓋ひぶたが切られたのじゃ。
貴下あなたの様に気を廻しなすつちや困まる、山木も篠田には年来の怨恨うらみがありますので、到頭たうとう教会からひ出させたと、いもとの話でわしたが、女敵めがたき退散となつた上は、御心配には及びますまい
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
私の受けた虐待の創口きずぐちも今はまたすつかりふさがつて怨恨うらみの熖も消えてゐた。
しかしながらつひそのにん彼等かれらあひだ發見はつけんされなかつた。彼等かれら怨恨うらみすべ勘次かんじの一しんあつまつた。それでも淡白たんぱく彼等かれら怨恨うらみは三にん以上いじやうあつまつてくちひらけばかなら笑聲せうせいたぬほどのものであつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
弱きには怨恨うらみを抱かしめ強きにはいかりをおこさしめ、やがて東に西に黒雲狂ひ立つ世とならしめて、北に南に真鉄まがねの光のきらめきちがふ時を来し、憎しとおもふ人〻に朕が辛かりしほどを見するまで
二日物語 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
この怨恨うらみ、この呪咀のろひ、まざまざと
邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
怨恨うらみのあとをしるさざれ。
泣菫詩抄 (旧字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
ふる怨恨うらみまたあらたに
怨恨うらみをむすぶ敵軍に
騎士と姫 (新字旧仮名) / 末吉安持(著)
かれさへあらずば無事ぶじなるべきにと、各々おの/\わがいのちをしあまりに、そのほつするにいたるまで、怨恨うらみ骨髓こつずゐてつして、法華僧ほつけそうにくへり。
旅僧 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
栄えに栄えた城は亡び仇も恋人もひとしく死んだ! 俺は彼らに裏切られた。俺の怨恨うらみ永劫えいごうに尽きまい。俺は一切を失った。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
市郎は重ねて呼びながら、犬のくびに手をかけると、お葉はそばへ寄って来て、低声こごえで少しく怨恨うらみを含んだように
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
私はその時に、彼女から受けました巧妙な暗示と、係官に怨恨うらみを抱いておりました同囚の者の同情とに依りまして、何の苦もなく脱獄を決行する事が出来たのです。
キチガイ地獄 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
父や母や兄の仇、松平家を代表した一人いちにんに、怨恨うらみの鎌の刃とは、思えども、初めて接した貴人の背後、物怯ものおじしてブルブル戦慄せんりつして、手の出しようがないのであった。
怪異黒姫おろし (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
世の中のものが何もかも私をしいたげているような悲痛な怨恨うらみが胸の底に波立つようにこみあげて来た。
うつり香 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
此世で仇讐かたきの一つもつて置かなかつたなら、未来で閻魔様えんまさまに叱かられますよ、黄金かねはられた怨恨うらみだから黄金でへしてるのさネ、俳優の様な意気地なしでも、男の片ツ端かともや
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
怨恨うらみといふよりも焦燥じれつたさであつた。おつぎの身體からだにはうして事件じけんおこすべき機會きくわいあたへられなかつた。それでもたつた一人ひとりおつぎとつてかたることにまでちかづきたものがあつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
ただお町の繰り言に聞いても、お藻代の遺書かきおきにさえ、黒髪のおくれ毛ばかりも、怨恨うらみは水茎のあとに留めなかったというのに。——
古狢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「慶安の巨魁由井正雪の孫、幕府に怨恨うらみを含む所あり、市中に出でて婦女子を害す。追窮されて遊里に忍び、遂げられざるを知って自殺す云々」
紅白縮緬組 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
去年三月十五日の怨恨うらみさえ晴らせば……男の意地というものが、決してオモチャにならぬ事が、思い上がった売女ばいために解かりさえすれば、ほかに思いおく事はない。
名娼満月 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
三ヶ所で見たのは、扮装いでたちは別々ながら、いずれも高田城内に忍び込んだ怪しき若者にそのままで有った。もしやその由緒ゆかりの者が怨恨うらみを晴らさん為に、附狙うのではあるまいか。
怪異黒姫おろし (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
私はまたさらに寂しい心地ここち滅入めいりながら、それでもやっぱり今柳沢に毒々しく侮辱された憤怒の怨恨うらみが、なぶり殺しにさいなまされた深手の傷のようにむずむず五体をうずかした。
うつり香 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
怨恨うらみあるものにはたたれ、化けて出て、木戸銭を、うんと取れ、喝!(財布と一所に懐中ふところじ込みたる頭巾ずきんに包み、腰に下げ、改ってうずくまる)
山吹 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
勘兵衛、これ、おのれに逢ったら、云おう云おうと思っていたのだが、野中の道了での決闘、俺は今に怨恨うらみに思っているぞ。
血曼陀羅紙帳武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
こっちは元より棄てた一生。一刀の下に切伏せて、この年月としつき怨恨うらみらいてくれるまでの事。
名娼満月 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
「違うでしゅ、それでした怪我ならば、自業自得で怨恨うらみはないでしゅ。……蛙手に、底を泳ぎ寄って、口をぱくりと、」
貝の穴に河童の居る事 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それらはいずれも人界ひとのよにおいて妻を奪われ子を殺され財宝を盗まれた不幸の者どもで、下界の人間すべてに対して怨恨うらみを持っている人間どもであった。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
モウ御存じかも知れんが、貴女あなたや、その轟さんとは相当、古いおなじみなんだ。あっしを手先に使って、貴女の御両親を殺させた、その轟九蔵って悪党に古い怨恨うらみがあるんでね。
二重心臓 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
昔と語りづるほどでもない、殺されためかけ怨恨うらみで、血の流れた床下の土から青々とした竹が生える。たかんなの(力に非ず。)すごさを何にたとうべき。
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
悪漢毒婦の毒手によって、無残に殺された男の怨恨うらみが、十年もの間籠っているところの、ここはあけずの館であった。
仇討姉妹笠 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
ロクな死に方をしないから……といって深良屋敷を呪咀のろわない村の人間は恐らく今までに一人も居なかったであろうと思われるくらい深良屋敷は、村中の怨恨うらみの焦点になっていたもので
巡査辞職 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
国長の腸が——悪血が——いやいや怨恨うらみ呪咀のろいの血が、頼春の両眼へしたたかはいり、その眼を盲目にしたらしい。
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
血汐ちしほ先刻さきにはぎを伝ひて足の裏を染めたれば、が天井に着くとともに、怨恨うらみ血判けつぱん二つをぞしたりける。
妖怪年代記 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
そうして現在いまでも、大して怨恨うらみを持ち合っているという訳でもない。二十年前ここでお主と斬り合ったのも、東十郎を殺す助けるの意見の相違からに過ぎなかった。
血曼陀羅紙帳武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
目的物が出るはずの、三の面が一小間切抜いてあるので、落胆がっかりしたが、いや、この悪戯いたずら、嬢的にきわまったり、と怨恨うらみ骨髄に徹して、いつもより帰宅かえりの遅いのを、玄関の障子からすかして待構えて
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
家や屋敷を取り上げられたのを死んだ後までも怨恨うらみに思い、それで夜な夜な現われては、「返してくだされ! 返してくだされ!」と、喚き立てるのだというのであった。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
何為なぜか、その上、幼い記憶に怨恨うらみがあるような心持こころもちが、一目見ると直ぐにむらむらと起ったから——この時黄色い、でっぷりしたまゆのない顔を上げて、じろりとひたいで見上げたのを、織次はきっ唯一目ただひとめ
国貞えがく (新字新仮名) / 泉鏡花(著)