後方うしろ)” の例文
ソクラテスの死をあらわした例の古い銅版画の掛った壁を後方うしろにして、寝台に近く岸本は腰掛けた。そして自分の半生を思い続けた。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「ああ!」とおかみさんがこたえた。「うち後方うしろにわにラプンツェルがつくってあるのよ、あれをべないと、あたしんじまうわ!」
あるのこと、ものすごいなみおと後方うしろきつつ宝石商ほうせきしょうは、さびしい野原のはらあるいていますと、そらからゆきがちらちらとってきました。
宝石商 (新字新仮名) / 小川未明(著)
しかしてわが影消ゆるを見て我もわが聖等ひじりたちも我等の後方うしろに日の沈むをしりたる時は、我等の試みしきだなほ未だ多からざりき 六七—六九
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
しかも二人の立っている位置は、前方むこうを見ても峨々ががたる山、後方うしろを見ても聳える山、右も左も山と谷の、荒涼寂寞こうりょうせきばくたる境地である。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
露八はつい後方うしろにばかり気をられているのだった。そのときも、かえっていた。そして思わず、あっ……と佇立たたずんでしまった。
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
庭つづきになった後方うしろの丘陵は、一面の蜜柑畠みかんばたけで、その先の山地に茂った松林や、竹藪の中には、終日鶯と頬白ほおじろとがさえずっていた。
十六、七のころ (新字新仮名) / 永井荷風(著)
と、自分を励ましたが——そう思う次の瞬間に、後方うしろの襖の中から、鬼のような、化物のような奴が、こっちを見ているような気がした。
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
氏はまた蜻蜓とんぼをもる。蜻蜓は相場師と同じやうに後方うしろに目が無いので、尻つ尾の方から手出しをすると、何時いつでも捕へられる。
「さあ、早く行きましょう」と不図ふと後方うしろを振向くと、また喫驚びっくり。岩の上には、何時いつしか、娘の姿が消えていて、ただ薬瓶くすりびんのみがあるばかり。
テレパシー (新字新仮名) / 水野葉舟(著)
変だとは思ッたが、ぶら/″\電車の路にいて進むと、いよいよ混雑を極めてたが、突然後方うしろから、僕の背をつゝく者が有ッた。
東京市騒擾中の釣 (新字旧仮名) / 石井研堂(著)
『オイ。十分間だぞ……それ以上は待たねえぞ』とルパンは後方うしろから声をかけた。『十分間経ったら置き去りだぞ。よいか』
水晶の栓 (新字新仮名) / モーリス・ルブラン(著)
見ないふり、知らない振、雪の遠山とおやまに向いて、……溶けて流れてと、唄っていながら、後方うしろへ来るのが自然と分るね、鹿の寄るのとは違います。
唄立山心中一曲 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
女の方は三十二三でとこから乗り出して子供を抱えようとした所を後方うしろからグサッと一さしに之も左肺を貫かれて死んでいる。
琥珀のパイプ (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
月はもう庭先をはずれて、今では教会の後方うしろにかかっていた。往還の片側は月の光に溢れ、片側は影になって黒かった。
女房ども (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
お勢もまた後方うしろを振反ッては顧たが、「誰かと思ッたら」ト云わぬばかりの索然とした情味の無い面相かおつきをして、急にまた彼方あちらを向いてしまッて
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
彼地あちらの若い衆は顔を出して皆後方うしろへ冠ります、なるたけ顔を見せるように致しますから、髷の先と月代さかやきとが出て居ります。
霧陰伊香保湯煙 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
だが暫くすると、警官たちは云いあわせたように、ッと悲鳴をあげると、将棋だおしに、後方うしろへひっくりかえった。
恐怖の口笛 (新字新仮名) / 海野十三(著)
後方うしろから追駈けられるようなあわただしさを感じながら、さっそく長い間の逗子の生活を切り上げる仕度に取りかかった。
逗子物語 (新字新仮名) / 橘外男(著)
お登和嬢に心の名残なごりを惜しみつつりて中川の家を出でたるが下宿屋へは足の進まずしてとかく心は後方うしろへ戻る
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
わたしの騾馬は後方うしろの丘の十字架に繋がれてゐる。そしてものうくこの日長を所在なさに糧も惜まず鳴いてゐる。
聖三稜玻璃:02 聖三稜玻璃 (旧字旧仮名) / 山村暮鳥(著)
……ハドルスキーがいつも嬢の直ぐ後方うしろに馬を立てて、あたかも嬢を監視しているかのように見えた事……。
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
しばらくすると風呂場でうがい茶碗が金盥かなだらいにかちりと当る。今度は後方うしろだと振りむく途端に、五寸近くあるおおきな奴がひらりと歯磨の袋を落してえんの下へけ込む。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
いいえ、たった五人です。一番の流行児はやりっこが選ばれて此処まで練って来るのです。斯ういう具合に若い衆が後方うしろから日傘を翳しかけましてな。綺麗な禿かむろが供をしましてな。
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
その時刻にまだ起きていた例の「涙寿なみだすし」のまえまで来て、やっと一息ついて、立止たちどまったが、後方うしろを見ると、もう何者も見えないので、やれ安心と思ってようやくに帰宅をした
青銅鬼 (新字新仮名) / 柳川春葉(著)
先方さきでも何言なにごとも云わずにまた後方うしろって、何処どこともなく出て行ってしまった、何分なにぶん時刻が時刻だし、第一昨夜私は寝る前に確かに閉めたドアが外からけられる道理がない
闥の響 (新字新仮名) / 北村四海(著)
この小屋がけは従来の方式とは違って、今日普通に見るサーカスの小屋がけ、日本でいえば相撲の場所とほぼ同じように、円心に舞台を置いて桟敷さじきが輪開して後方うしろに高くなる。
大菩薩峠:22 白骨の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
春枝夫人はるえふじんわたくし後方うしろに、愛兒あいじをしかといだきたるまゝ默然もくねんとしてことばもない、けれど流石さすが豪壯がうさうなる濱島武文はまじまたけぶみつま帝國軍人松島海軍大佐ていこくぐんじんまつしまかいぐんたいさ妹君いもとぎみほどあつて、ちつと取亂とりみだしたる姿すがたのなきは
其の時の気持と云つたらありませんでした。丁度後方うしろから、いきなり首でも締められたやうに、一時に呼吸が止つてしまひました。本当に其の時の悲しさと云つたらありませんでした。
忘れ難きことども (新字旧仮名) / 松井須磨子(著)
あの時佐々村佐次郎は、お茶を呑みに母屋おもやへ帰って、遥かの後方うしろに居たはずです。
いままで前面ぜんめんてゐた五月山さつきやまうらを、これからは後方うしろりかへるやうになつた。
死刑 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
先方は正しく後方うしろを振り返つたのでなく横を向いただけらしかつたので。
煤煙の匂ひ (新字旧仮名) / 宮地嘉六(著)
その聯隊れんたいの秋季機動演習は、会津あいづ若松わかまつ近傍きんぼうで、師団演習を終えて、のち、我聯隊れんたいはその地で同旅団の新発田しばたの歩兵十六聯隊れんたいと分れて、若松から喜多方きたかたを経て、大塩峠おおしおとうげを越え、磐梯山ばんだいさん後方うしろにして
雪の透く袖 (新字新仮名) / 鈴木鼓村(著)
高価な毛皮で縁どった天鵞絨びろうどの服や、レエスの着物や、刺繍のある衣服や、駝鳥だちょうの羽根で飾った帽子——てんの皮の外套がいとう、それから小さな手袋、手巾ハンケチ、絹の靴下——帳場の後方うしろに坐っていた婦人達は
『どうだね鷺太郎君。僕が君の後方うしろに廻ったのを知ってるかい——』
鱗粉 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
六日むいか目に同室の婦人は後方うしろ尼様あまさんの様な女の居る室に空席が出来たと云つて移つて行つた。汽車はたまの様な色をした白樺の林の間ばかりを走つて居る。稀には牛や馬の多く放たれた草原くさはらも少しはある。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
後方うしろ蹲踞しゃがんでいた五十余りの男はその時ツト起ち上って
美人鷹匠 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
車夫は数次あまたたびこしかがめて主人の後方うしろより進出すすみいでけるが
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
甘つたれて、彼女は後方うしろに頭を反らし
このとき我見しに、白き衣を着(かくばかり白き色世にありしためしなし)、己が導者に從ふごとく後方うしろより來る民ありき 六四—六六
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
その時になって見ると、旧庄屋として、また旧本陣問屋としての半蔵が生涯もすべて後方うしろになった。すべて、すべて後方になった。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
手に大きな箱を垂下ぶらさげていた。盲目で竹の杖を突きながらとぼとぼと私の後方うしろについて来たが、途中から、私に手を引いてくれいといった。
黄色い晩 (新字新仮名) / 小川未明(著)
ふと後方うしろを振り返つてみると、いつも見馴れた立派な神様達の代りに薄汚い乞食のやうな仏様が一人居る。道命はお経を誦みさして訊いた。
私はもうあとは聴いていなかった。たれはばかる必要もないのに、そっと目立たぬように後方うしろ退さがって、狐鼠々々こそこそと奥へ引込ひっこんだ。ベタリと机の前へ坐った。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
先頭の隊で太鼓を打てば後方うしろの隊でも太鼓を打つ、白人隊で喇叭らっぱを吹けば土人軍でも喇叭を吹く。そして時々喊声を上げて猛獣の襲来を防ぐのであった。
沙漠の古都 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
それが、ぱっとふたりのかかとが雪煙を揚げ、後方うしろへ離れあうと——どちらの身もまだ健在であって、白雪の大地に、一滴ひとたらしの血しおもこぼれていないことが
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「僕は、美人の新型を作るよ。一方の眼が大きくて、一方が細いとか、前にも、後方うしろにも顔があるとか——」
ロボットとベッドの重量 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
いきなり後方うしろから、「檀那、そこまで入れてってよ。」といいさま、傘の下に真白な首を突込んだ女がある。
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
その途端に、足許に転がっていたものが解けるようにムクムクと起き上って、激しい怒声と共に格闘を始めたから、捜査課長はきもつぶしてハッと後方うしろへ下った。
恐怖の口笛 (新字新仮名) / 海野十三(著)
ゆきしたくには、て、自分じぶんちがつて後方うしろとほけねばならないのに、とあやしみながら見ると、ぼやけたいろで、よるいろよりもすこしろえた、くるまも、ひと
星あかり (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)