なお)” の例文
なお余力よりょくあるに於ては、長駆カシマなだよりトーキョー湾に進撃し、首都トーキョー及びヨコハマの重要地点を攻撃すべし。ブラック提督
空襲葬送曲 (新字新仮名) / 海野十三(著)
けれども、いまの私は、その青年と、どこが違うか。同じじゃないか。としをとっているだけに、なおさら不潔だ。いい気なもんだ。
(新字新仮名) / 太宰治(著)
「馬鹿な女」「仕様のないやつだ」と、思えば思うほどなお意地悪くその美しさに誘惑される。これは実に私に取って不幸な事でした。
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
私はなお念の為に、彼がやとったという人力車の宿を聞いて、尋ねて見たところ、送り先が、諸戸の住居のある池袋いけぶくろであったことも分った。
孤島の鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
なお詳しく言えば、物について物を見ないで、主観の感情によって認識し、心情ハートの感激や情緒にかして、存在の意味を知ることである。
詩の原理 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
なおも並木で五割酒銭さかては天下の法だとゆする、あだもなさけも一日限りの、人情は薄き掛け蒲団ぶとん襟首えりくびさむく、待遇もてなしひややかひらうち蒟蒻こんにゃく黒し。
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
酔漢よっぱらいは耳にも懸けずたけり狂って、なおも中間をなぐりるを、侍はト見れば家来の藤助だから驚きまして、酔漢にむか会釈えしゃくをなし
六十すぎた将軍達がなお生に恋々として法廷にひかれることを思うと、何が人生の魅力であるか、私には皆目分らず、然し恐らく私自身も
堕落論 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
頂戴した羊羹ようかんの一切れに舌鼓を打ち、二個のカールとカール状の窪地に四方からえぐり取られた細い国境の山稜を、なおも北東に沿うて進み
結城善也の物語はなお長く続いたのではあったけれど、要するに夫れは料理人の季参に対する反感と取越し苦労とに過ぎなかった。
温室の恋 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
なお百喩経ひゃくゆきょうは、仏典の比喩経のなかの愚人(仏教語のいわゆる決定性けつじょうしょう)のたとえばかりを集めた条項からその中の幾千を摘出したものである。
百喩経 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
死因も全く病気という事だし、之以上突つく必要もないと思うが、なお君、念の為、昨日と今日の信造と卓一の足取りを洗って見てれ給え。
青服の男 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
母の、恐ろしいうなり声が美奈子の魂をおののかしたが、母のうめき声を聴いた途端に、悪夢はれた。が、不思議に呻き声のみは、なお続いていた。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
学びし人とも覚えずしかるをなおよくかくの如く一吐一言いっといちげん文をなして爲永ためながおきなを走らせ式亭しきていおじをあざむく此の好稗史こうはいし
怪談牡丹灯籠:01 序 (新字新仮名) / 坪内逍遥(著)
なお、白堊館の下に埋められてあった金は、長谷川家に戻したが、長谷川家からその内半分を龍介の研究費にと贈られたことを書添かきそえておこう。
幽霊屋敷の殺人 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
はじめて片手を休めたが、それさへ輪を廻す一方のみ、左手ゆんでなお細長い綿わたから糸をかせたまゝ、ちちのあたりに捧げて居た。
二世の契 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
しかしなお最後に、彼等江戸ッ子の衰亡の原因が、こうした精神的方面からばかり来たものでないことを付け加えておきたい。
ミシンや裁台たちだいなどの据えつけに、それでもなお足りない分を、お島の顔でやっと工面ができたところで、二人のわた職人しょくにんと小僧とを傭い入れると
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
しかも、この別荘としては、その地下室は不相応に広いらしく、充分の間取りをもって、なおも奥へ続いているようであった。
鱗粉 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
なお、上述のもの以外には外傷はなく、しかも、同人が西洋婦人人形を抱きてその室に入りてより、僅々十分足らずのうちに起れる事実なりと云う。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
銀の鈴を鳴らして行く橇に跳飛はねとばされて、足に怪我をしながらも、なお娘の前途を祝福して、寂しい家のともしびもとに泣いている妻を慰めに帰って行く。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
父を捨てた子は、母の死に目にも会いません。私共はなお西へ西へと旅をつづけ、何時しか世界を一周して、大正九年の三月日本に帰って来ました。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
ところで、その中、今もなお記誦きしょうせるものが数十ある。これを我がために伝録していただきたいのだ。何も、これにって一人前の詩人づらをしたいのではない。
山月記 (新字新仮名) / 中島敦(著)
御書かたじけなく拝見仕候。かねて願上候御認おんしたためもの、早く拝見いたし度と存じ候へども、今日もなおせき少々出で候まゝ、引きこも罷在まかりあり候。熱は既に去り申候。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
なおもって彼の草稿そうこう極秘ごくひに致し置、今日に至るまで二、三親友の外へは誰れにも見せ不申候もうさずそうろう是亦これまた乍序ついでながら申上候もうしあげそうろう。以上。
ビジテリアン諸氏はこれらのことは充分じゅうぶんご承知であろうがなおこれを以て多くの病弱者や老衰者ろうすいしゃならび嬰児えいじにまで及ぼそうとするのはどう云うものであろうか。
ビジテリアン大祭 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
清吉はなおも泣き止まないで、受持教師が便所から出て来るのを待って、戸の外に立っていると、他の生徒は彼処此処あちらこちらの窓や、階子段はしごだんの陰から覗いてののしっている。
蝋人形 (新字新仮名) / 小川未明(著)
その上、心中には、なおひそかに、願立てたことがあったが、それは、内深くひめて表には出さないでいた。
なお、その程度によっては、ホノルルなり、サンフランシスコなりに、船が着いたら、下船させてしまうぞ。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
焚火たきびのあかりを半顔に受け、莚敷むしろじきのゆかの上でなされるこの慇懃いんぎん挨拶あいさつは、阿賀妻の眼を湿うるましていた。子供をひき連れた母親であったからなおいけなかった。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
その肉声のなかにはもずのような啼き工合や、いきなり頬を舐め廻されるような甘い気持や、また、いきなり痒いところをなお痒くえぐるような毒々しさをもっていた。
幻影の都市 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
それでもなお、とにかく何とか返事をしろと言われるのなら、地球が百万年はおろか僅々きんきん数千年をでずして何かほかの天体と衝突して絶滅することは既定の事実であり
なお仕出し御料理その他御弁当御寿司などの御註文は多少にかかわりませず迅速に御届け申上ます。
私の身辺をそう始終鼠が附いて廻るというのも、一つの不思議ではなかろうか、かくこの事は、自分が十七八の少年時代から、今日きょうまでもなお経験しているのであるから
頭上の響 (新字新仮名) / 北村四海(著)
聞く所によれば野蛮人は赤色せきしょくを愛すると云うが、我輩わがはい文明人にしてもなお野蛮の域に居る所の子供は赤色を好み、段々と大きくなるに従って、色の浅いものを好むようになる
猫と色の嗜好 (新字新仮名) / 石田孫太郎(著)
八百屋の店頭に、水色のキャベツが積まれ、赤いトマトオが並べられ、雪のように白い夏大根が飾られる頃になると、私のホームシックはなお一入ひとしお烈しくなるばかりであった。
郷愁 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
働かねば食えぬ苦労を重ねて今日もなお働き続けている互いの生活は派手でなどあろう筈はない。けちんぼはいやだとダメを押されても閑子はびくびくしていたかもしれない。
妻の座 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
何時いつ書きしものかわからねど、ふるえた手跡しゅせきに鉛筆での走り書きで一通は、師匠の私へ宛てた今日きょうまでの普通の礼を述べた手紙で、なお一通のはすなわちこの父親に残したものであった
二面の箏 (新字新仮名) / 鈴木鼓村(著)
久雨きゅううなおまず軽寒腹痛を催す。夜に入つて風あり燈を吹くも夢成らず。そゞろにおもふ。雨のふる夜はたゞしん/\と心さびしき寝屋ねやの内、これ江戸の俗謡なり。一夜不眠孤客耳。
雨瀟瀟 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
太子ハ深厚ナル哀悼ノ意ヲ直チニ在ヴィルプール王宮並ニ政庁ニ送達、なお御遺骸移送ノ他ニ際シテハばん遺漏ナカランガメ在米英国大使館ハ在桑港総領事ニ電命ノ旨唯今通知ニ接ス。
ナリン殿下への回想 (新字新仮名) / 橘外男(著)
下宿はどっちかとえば、小商人の二階などが良かった。ことにそれが老人夫婦であればなおよかった。その人たちは私たちの仕事に縁遠いし、二階の人の行動には、その理解に限度がある。
党生活者 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
この二人の話し声であった事はすぐに判ったが、ここに今なお判らぬ事がある。
怪談 (新字新仮名) / 平山蘆江(著)
喬介は私にそう告げ終ると、なおも屍体を調べ続けた。顔面はそれ程引き歪められていると言う方ではないが、ただ左の顔だけ一面にソバカスの出来ているのが、なんとなく気味悪く思われた。
カンカン虫殺人事件 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
勿論もちろん近代といえども、僧侶殊に禅僧については、なお従来の伝説やら歴史やら挿話などが、くっついているので、わしらも審美的に方外の友に対して一種の興味を有っていることは事実である。
僧堂教育論 (新字新仮名) / 鈴木大拙(著)
赤靴をき頭髪を分けをり年頃二十六、七歳位運転手風の好男子なり、男の黒つぽき外套がいとうのかくしと女のお召コートのたもとには各々遺書一通あり、なお女のコートの袂には白鞘しろさやの短刀をかくしあり。
芳川鎌子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
そしてなお老僧のいうのには、その場合その人自身の頭脳あたまに、何か一つ残るものがあって、それは各人にってことなるが、もしも愛着心あいじゃくしんの強い人ならば、それが残ろうし、恨悔くやしい念があったらば
テレパシー (新字新仮名) / 水野葉舟(著)
ざわめく室内をもう一度眺め渡し乍ら蜂屋文太郎はなおも言葉を継ぎます。
古城の真昼 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
なおこの俳諧散心の会は翌明治四十年一月二十八日に至り四十一回に及ぶ。
五百句 (新字旧仮名) / 高浜虚子(著)
彼女は白いブラウスの上に、真紅あかい目のめるようなジャケツをひっかけていた。それよりもなお泉原の心をひいたのは、心持ち唇をかむようにして、じっと空間を見据えている彼女の横顔であった。
緑衣の女 (新字新仮名) / 松本泰(著)
ただ時期がなおはやいとか手続きがまずいとか言って、反対している者があるだけである。その実現はまったく時の政治がこれを決する。あすが日にもさあってみようということになるかも知れぬ。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)