うず)” の例文
もし厖然ぼうぜんたる連歌大発句帳を示して、この書冊が尽くこの種の発句にてうずめられたるを説かば、誰かその馬鹿げたるに驚かざる者ぞ。
古池の句の弁 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
「義さん」と呼吸いきせわしく、お香は一声呼びけて、巡査の胸にひたいうずめわれをも人をも忘れしごとく、ひしとばかりにすがり着きぬ。
夜行巡査 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その中に群居してうずまって、それらの窓や戸口から、手や頭やを出すとむくむくもぐもぐ馬鈴薯ばかりを食べているような気がした。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
ある夜彼がまた洞穴の奥に、泣き顔を両手へうずめていると、突然誰かが忍びよって、両手に彼をいだきながらなまめかしい言葉をささやいた。
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
ふすまをあけて、椽側えんがわへ出ると、向う二階の障子しょうじに身をたして、那美さんが立っている。あごえりのなかへうずめて、横顔だけしか見えぬ。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
道庵主従が東の桟敷に、むんずと座を構えると、まもなく、土間が黒くなり出して、見るまに場内が人を以てうずまってしまいました。
大菩薩峠:24 流転の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
しかし権兵衛さんは、頬髯ほおひげうずまった青白い顔に、陰性のすごい眼を光らせてにらみつけるばかりで、微笑を浮かべた事さえなかった。
大人の眼と子供の眼 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
と、制服の外套のえりあごを深くうずめた四十男の消防手がいた。彼は帆村が下駄をはいて上ってきたのに、すこしあきれている風だった。
蠅男 (新字新仮名) / 海野十三(著)
彼は、そっと、人のいないのを見すまして、衣裳部屋に潜り込み、葉子のちっちゃい肉襦袢に、醜悪な顔を、うずめていた事もあった。
夢鬼 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
そして、頭はどこの敷石の下にうずめ、胴はどこの水門に捨て、足はどこの溝に放り込んだという様な犯罪の実例が、沢山たくさん並べてあった。
一寸法師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
蒼白い靄にうずもれながら、すぐ窓下の冬薔薇の木は、しぼんだ花と満開の花とをかんざしのように着けながら、こんもりと茂って居るのでした。
西班牙の恋 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
末子を引き取り、三郎を引き取りするうちに、目には見えなくても降り積もる雪のような重いものが、次第に深くこの私をうずめた。
(新字新仮名) / 島崎藤村(著)
そして悪口が見つかったので、やはり顔を地面じべたうずめたまま、わらいこけながら大声おおごえでそれをいってやった。けれどなんの返事もなかった。
ジャン・クリストフ (新字新仮名) / ロマン・ロラン(著)
といいながら、身を震わしてやにわに胸に抱きついて来て、乳の間のくぼみに顔をうずめながら、成人おとなのするような泣きじゃくりをして
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
「ここは背もうず萱原かやはら。あれまでお運びたまわれい。おなじことなら、ご最期さいごには、人の聞えにも、おすずやかがよろしゅうおざろう」
私本太平記:05 世の辻の帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「二十年も昔のことだが、盗賊がこわいので、ここの床の下へ玉をうずめてある、それを掘りだして、お前にあげようと思って来た」
悪僧 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
妹娘は安楽椅子いすにからだをうずめて、明るい燭台の下で厚い洋書らしいものを、読んでいました。きまり悪げに頭をいている私を見ると
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
王之臣おうししん補鍋ほかもって生計を為さんとして老補鍋ろうほかと称し、牛景先ぎゅうけいせん東湖樵夫とうこしょうふと称し、各々おのおの姓をうずめ名を変じて陰陽いんよう扈従こしょうせんとす。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
それゆえは西北の風強くして砂を打ち上げて川口をふさうずむれば、その水ただちに海に入ることあたわず、川口にて東へ曲り流るるなり。
地名の研究 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
彼は盲人めくらである。年ごろは三十二三でもあろうか、日に焼けて黒いのと、あかうずもれて汚ないのとで年もしかとは判じかねるほどであった。
女難 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
小櫻姫こざくらひめ通信つうしん昭和しょうわねんはるから現在げんざいいたるまで足掛あしかけねんまたがりてあらわれ、その分量ぶんりょう相当そうとう沢山たくさんで、すでに数冊すうさつのノートをうずめてります。
部屋へ戻って、寝衣に着替え、もういちど火鉢のうずをみてから、夜具の中へはいり、読みかけの「松代物語まつしろものがたり」というよみ本をひろげた。
五瓣の椿 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
祈祷書きとうしょのみでは国家統治とうちはできない」というのは、永い中世紀の間宗教の中にうずもれていた政治を、その固有の基礎の上によみがえらせ
政治学入門 (新字新仮名) / 矢部貞治(著)
横川よりゆくての方は、山のくずれおちて全く軌道をうずめたるあり、橋のおちたるありて、車かよわずといえば、わらじはきていず。
みちの記 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
ニールスははね毛の中にうずまっているので、返事をすることができません。でも、これは、あたたかくて、すてきな寝床ねどこです。
なよたけは文麻呂の胸にうずめていた顔を上げる。なよたけの涙も止った。輝かしい、この上もなく輝かしいなよたけの微笑ほほえみ。
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
そう云いながら、瑠璃子は勝平に近づいて、ふとった胸に、その美しい顔をうずめるような容子ようすをした。勝平は、心の底から感激してしまった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
「大旦那の又兵衛——金はあるがせがれ夫婦に死に別れ、孫の喜太郎という十一になる男の子とたった二人、奉公人と小判にうずまって暮している」
銭形平次捕物控:050 碁敵 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
大雪は其後そのご幾日も降続ふりつづいて、町も村も皆うずめられた。悲劇の舞台たりしの一軒家は、三日目の夕暮に遂に潰されてしまった。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
ぎざぎざになって赤い土からみ出していたのです。それはむかし山の方から流れて走って来てまた火山灰にうずもれた五層の古い熔岩流ようがんりゅうだったのです。
(新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
恐らく土中にうずめていたものを発掘して、鈴木町の田村邸に安置され、のち田村さんと共に○○町へ移ったものであろう。
あのときはとうのステッキにすがるようにして、宿屋の裏の山径やまみちなどへ散歩に行くと、一日ごとに、そこいらをうずめている落葉の量が増える一方で
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
かやぶき家根の門を這入ると、右手は梅林、左手が孟宗藪もうそうやぶ。折から秋のことで庭は紅葉し、落葉が飛石などをうずめている。
兎の足あとらしい三つ指ついたのが、かなたの谷へ、長く長く引いている。足の甲だけが雪にうずまったのは、とうの前。
雪の武石峠 (新字新仮名) / 別所梅之助(著)
住吉すみよし移奉うつしまつ佃島つくだじまも岸の姫松のすくなきに反橋そりばしのたゆみをかしからず宰府さいふあがたてまつる名のみにして染川そめかわの色に合羽かっぱほしわたし思河おもいかわのよるべにあくたうずむ。
そしてせっかく御所ごしょつかえながらひくくらいうずもれていて、人にもしられずにいる山守やまもりがたかい山の上の月をわずかにからするように
(新字新仮名) / 楠山正雄(著)
わたしは学問をする人間で、書物にうずもれているものですから、実生活のほうには、これまでずっとうとかったわけです。
すると村の人々は、型ばかりの念仏を唱えて、遺骸は厄介払いでもするようにさっさと墓地の片隅へうずめてしまった。
情状酌量 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
せまい通りを幾つか曲って、やがてだんだん海へ近づいてゆくと、老樹の並木路を出はずれたところに、草と堀と橋と石垣にうずもれた古城があった。
踊る地平線:05 白夜幻想曲 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
暫らくの間は腕をんで、あごえりうずめて、身動きをもせずにしずまり返ッて黙想していたが、たちまちフッと首を振揚げて
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
それはあるうずもれた祭壇の廃墟であろうと思いますが、そしてその中に私は奇妙な金の十字架を見つけたのです。私はそれをひっくり返してみました。
私達は馬車から飛び降りたが、ホームズだけは依然として前方の空を見つめたまま降りようともせず、座席に身をうずめてじっと深く瞑想に耽っていた。
論判ろっぱんの挙句、これはきっと閏土がうずめておいたに違いない、彼は灰を運ぶ時一緒に持帰る積りだろうなどと言って
故郷 (新字新仮名) / 魯迅(著)
先刻のおんなが煙草盆を持って来た。火がうずんであって、暑いのに気が利かなかった。立ち去らずにぐずぐずしている。
城のある町にて (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
しかような事が世間へ知れてはならぬとあって、庭の小高い処へ狸の死骸をうずめてしまったという。さりながら娘お若が懐妊して居る様子であるから
その英魂毅魄きはくうずめしめたるも、英仏人民に向かってはたしてさらにいくばくの愉快と幸福とを増加せしめたるか。
将来の日本:04 将来の日本 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
一、死体は焼きて能く骨を拾い、牧塲に送り貯えて、卿が死するの時に同穴にうずめ、草木そうもくを養い、牛馬の腹を肥せ。
関牧塲創業記事 (新字新仮名) / 関寛(著)
ある時はまた、真実に近い姿に見えたりなどして、結局見透しのつかない雲層の中にうずもれてしまうのが常でした。
白蟻 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
なにしろそのままにしてはおかれないというので、男と女の死骸をおさめたままで、その柩を寺の西門の外にうずめると、その後にまた一つの怪異を生じた。
世界怪談名作集:18 牡丹灯記 (新字新仮名) / 瞿佑(著)
学院の門はほとんど埋没してわずかに門柱の頭が少しばかり地面に露出しているに過ぎず、平屋建ての校舎も、スレートきの屋根だけを残してうずまっていた。
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)