あわれ)” の例文
かえって夫人がさしうつむいた、顔を見るだにあわれさに、かたえへそらす目の遣場やりばくだんの手帳を読むともなく、はらはらと四五枚かえして
わか紫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
さながら人なき家の如く堅くも表口の障子を閉めてしまった土弓場の軒端のきばには折々時ならぬ病葉わくらば一片ひとひら二片ふたひらひらめき落ちるのが殊更にあわれ深く
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
なおこの時、「往くさには二人吾が見しこの埼をひとり過ぐれば心悲しも」(巻三・四五〇)という歌をも作った。やはりあわれ深い歌である。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
この尖端せんたんうえけているくぎと、へい、さてはまたこの別室べっしつ、こは露西亜ロシアにおいて、ただ病院びょういんと、監獄かんごくとにのみる、はかなき、あわれな、さびしい建物たてもの
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
殊に今もしみじみとあわれを覚えるは、夕顔の巻、「八月十五夜、くまなき月影、ひま多かる板屋、残りなく洩り来て」のあたり
『新訳源氏物語』初版の序 (新字新仮名) / 上田敏(著)
きわ世間がしんと致し、水の流れも止り、草木も眠るというくらいで、壁にすだく蟋蟀こおろぎの声もかすかにあわれもよおし、物凄く
いまそのうるはしく殊勝けなげなる夫人ふじんが、印度洋インドやう波間なみまえずなつたといては、他事ひとごとおもはれぬと、そゞろにあわれもようしたる大佐たいさは、暫時しばらくしてくちひらいた。
いわんや男子は外をつとめて家におること稀なれば、誰かその子を教育する者あらん。あわれというも、なおあまりあり。
中津留別の書 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
そのお話しというのは、ほんとうに有そうな事ではないんでしたが、奥さまの柔和おとなしくッて、時として大層あわれっぽいお声を聞くばかりでも、嬉しいのでした。
忘れ形見 (新字新仮名) / 若松賤子(著)
というわけで、途中まで本物の川上機関大尉かと思った捕物第一号も、あわれたちまち偽物であることが露見した。
浮かぶ飛行島 (新字新仮名) / 海野十三(著)
血色の悪い、せこけた子供がうろうろしているのを見ると、いたずらをする元気もないように思われる。純一は国なんぞにはこんなあわれな所はないと思った。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
りにりて虫喰栗むしくひぐりにはおほかり、くずにうづもるゝ美玉びぎよくまたなからずや、あわれこのねが許容きよようありて、彼女かれ素性すじやうさだたまはりたし、まがりし刀尺さしすぐなるものはかりがた
たま襻 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
あわれむべし文三はついに世にもおそろしい悪棍わるものと成り切ッた所へ、お勢は手に一部の女学雑誌を把持ち、たちながら読み読み坐舗ざしきへ這入て来て、チョイト昇に一礼したのみで嫣然にっこりともせず
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
黄色な窓から頭を出している者で、踏切番の小舎こやの前にたって白い旗を出していたこの男に眼を止めたものがあろう、或者は、黙って見て過ぎた。或者は唾を吐いて過ぎた。中にはあわれな老人だ。
(新字新仮名) / 小川未明(著)
こう岸本は節子に言って、そこそこに外出する支度したくした。箪笥たんすから着物を取出して貰うというだけでも、岸本は心に責めらるるような親しみと、罪の深いあわれさとを節子に感ずるように成った。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
あわれな胸が何を案じ、何のためにわななき
干潮かんちょうの時は見るもあわれで、宛然さながら洪水でみずのあとの如く、何時いつてた世帯道具しょたいどうぐやら、欠擂鉢かけすりばちが黒く沈んで、おどろのような水草は波の随意まにまになびいて居る。
三尺角 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
初めから覚悟していた事なので長吉は黙って首をたれて、何かにつけてすぐに「親一人子一人」とあわれッぽい事をいい出す母親の意見を聞いていた。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
を長く引きらして楽しく住んだあの菅原の里よ、というので、こういう背景のある歌としてあわれ深いし、「裳引ならしし菅原の里」あたりは、女性らしい細みがあっていい。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
ああ何たる非道! 射殺されることになった罪なき七名の運命こそ、あわれではないか。
浮かぶ飛行島 (新字新仮名) / 海野十三(著)
心ない身も秋の夕暮にはあわれを知るが習い、して文三は糸目の切れた奴凧やっこだこの身の上、その時々の風次第で落着先おちつくさきまがきの梅か物干の竿さおか、見極めの附かぬところが浮世とは言いながら
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
「そう物のあわれを知り過ぎては困るなあ。君が投げんと云うなら、僕が投げる」
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
あわれに捕われて来た皆さん。8610
そうするとその婦人おんながこうたたずんだきり、うつむいて、さも思案に暮れたという風、しょんぼりとしてあわれさったらなかったから。
註文帳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ケダシ賀寿ノえんヲ設ケテ以テソノ窮ヲ救ヘト。先生曰ク、中興以後世ト疎濶そかつス。彼ノ輩名利ニ奔走ス。我ガ唾棄だきスル所。今ムシロ餓死スルモあわれミヲ儕輩せいはいハズト。晩年尤モ道徳ヲおもんズ。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
いわば月並つきなみの衣類なり所持品です。それがうまくこうを奏して隅田すみだ氏の妹と間違えられたのです。顔面のもろくだけたのは、神も夫人の心根こころねあわれみ給いてのことでしょう。僕は復讐を誓いました。
赤外線男 (新字新仮名) / 海野十三(著)
「さようでございましょうか、へい、」といってこの泥に酔ったような、あわれな、腑効ふがいない青年わかものは、また額を拭った。
三枚続 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
博士 (朗読す)……世のあわれとぞなりにける。今日は神田のくずれ橋に恥をさらし、または四谷、芝、浅草、日本橋に人こぞりて、見るにおしまぬはなし。
海神別荘 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
一陣ひとしきり風が吹くと、姿も店も吹き消されそうであわれ光景ありさま。浮世の影絵が鬼の手の機関からくりで、月なき辻へ映るのである。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
はじめ孫とも見えたのが、やがて娘らしく、妹らしく、こうしたところではふさわしくなって、女房ぶりもあわれに見える。
国貞えがく (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
次の部屋の真中まんなかで、盆に向って、飯鉢おはちと茶の土瓶を引寄せて、此方こなたあかりを頼りにして、幼子おさなごが独り飯食う秋の暮、という形で、っ込んでいた、あわれ雛妓おしゃく
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
あわれ果敢はかない老若男女ろうにゃくなんにょが、見る夢も覚めた思いも、大方この日が照る世の中のことではあるまい。
葛飾砂子 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
銀六も健かに演劇しばい真似まねして、われはあわれなる鞠唄うたいつつ、しのぶとおどりなどしたりし折なり。
照葉狂言 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
とあきらめたように、しかもあわれにきこえた処へ、廻診の時間じゃないのに、院長が助手と看護婦長とを連れて、ばたばたと上って見えて、すっとこの室の前を通ったんだね。
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
前途ゆくて金色こんじきの日の輝く思ひの、都をさしての旅ながら、かか山家やまが初旅はつたびで、旅籠屋はたごやへあらはれる按摩の事は、古い物語で読んだばかりの沢は、つく/″\ともののあわれを感じた。
貴婦人 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
真平まっぴら御免なさい、先方さき小児こどもなんです。ごく内気そうな、半襟の新しいが目立つほど、しみッたれたあわれ服装みなり、高慢にくしをさしてるのがみじめでね、どう見ても女中なんですが。
三枚続 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
今もびっしょりであわれである、昨夜ゆうべはこの雫の垂るる下で、死際の蟋蟀きりぎりすが鳴いていた。
葛飾砂子 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
真面目な話にえいもさめたか、愛吉は肩肱かたひじ内端うちはにして、見るとさみしそうであわれである。
三枚続 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ものの色もすべてせて、その灰色にねずみをさした湿地も、草も、樹も、一部落を蔽包おおいつつんだ夥多おびただしい材木も、材木の中を見え透く溜池ためいけの水の色も、一切いっさい喪服もふくけたようで、果敢はかなくあわれである。
三尺角 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
お雪は黙って婆さんの顔を見たが、詮方せんかたなげであわれである。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
潸然さんぜんとしてこぼす涙に真心見えてあわれなり。
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
あわれとりことなりにけり。
活人形 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
霞を織る様あわれなり。
活人形 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)